孫氏、売却益12億ドルか 自動運転企業Cruiseの株式売却で

背景には「IPOの是非」がある可能性も



出典:ソフトバンクプレスリリース

米ゼネラルモーターズ(GM)は2022年3月、自動運転開発を進める傘下のCruise(クルーズ)に追加投資を行うと発表した。

ソフトバンクビジョンファンド(SVF)が有するクルーズ株を21億ドル(約2,500億円)で取得した上、13億5,000万ドル(約1,600億円)の追加投資を行う内容だ。


SVFはこれまで、クルーズに対し最低9億ドル(約1,000億円)を出資しているほか、今後13億5,000万ドルを追加投資する約束を交わしていたが、これらをGMが引き継ぐ格好のようだ。

こうした動きの背景には何があるのか。クルーズへの投資に関する動向とともに、各社の思惑に迫っていく。

■SVFの利益は12億ドル相当?

2018年、SVFがクルーズに対して総額22億5,000万ドルを投資するという計画が明らかになった。最初のトランシェ(※分割融資における区分)で9億ドル、次に自動運転車の商用展開について規制当局の承認を受けたタイミングを第2のトランシェとし、13億5,000万ドルを追加投資する内容だ。

2018年にすでに9億ドルの投資が行われ、2022年2月にはクルーズが米カリフォルニア州から許可を得てサンフランシスコで自動運転タクシーサービスを開始し、第2のトランシェの条件を達成した。


【参考】Cruiseの自動運転タクシーについては「Waymoから3年2カ月遅れ、GM Cruiseが自動運転タクシーの展開スタート」も参照。

そしてこのタイミングで、冒頭のGMによる発表だ。SVFが2018年に9億ドルを出資した取得した株式をGMが21億ドルで買い取る場合、SVFは9億ドルと21億ドルとの差額12億ドル(約1,500億円)相当の利益を得たことになる。

SVFがすでに第2のトランシェで予定していた13億5,000万ドルの投資を履行している場合は話が別だが、GMはクルーズに同額の13億5,000万ドル(約1,600億円)を追加投資すると発表していることから、恐らくSVFは第2のトランシェを実行していないものとみられる。

■バーラCEO「最大限の柔軟性を提供」

この株式譲渡をGM、SVFどちらの陣営がどのような目的で持ちかけたかは定かでないものの、GMのメアリー・バーラCEO(最高経営責任者)は声明で「投資ポジションの増加はクルーズの株主構造を簡素化するだけでなく、GMとクルーズに最大限の柔軟性を提供し、自動運転テクノロジーの可能性を最大限商業化するための最も価値の高い道を追求する」としている。


一方、クルーズはこの株式譲渡に合わせる形で、従業員を対象とした「Recurring Liquidity Opportunity Program(RLO)」を発表した。ストックオプションを持つ従業員が4半期ごとにその権利をGMに売却可能にするプログラムで、優秀なエンジニアの確保などが目的となっているようだ。

クルーズのカイル・ヴォグトCEOは、このプログラムによって「IPOのような流動性と潜在的な利益を従業員に提供する」としている。言い換えれば、当面IPOを行う予定はないということだ。

■IPOをめぐる協議が売却の背景に?

同社のIPOをめぐっては、2021年末にIPO推進派のダン・アマンCEOが退任し、カイル氏が後任となった経緯がある。

憶測だが、SVFもIPO推進派だったのではないだろうか。SVFの本質を踏まえればそう考えるのが自然だ。クルーズ株の過半数を有するGMの判断とSVFの意見が食い違い、協議の末、落としどころとしてGMがSVFの保有株を買い取ることになったのではないだろうか。

第2のトランシェを履行するこのタイミングでの売却には、それなりの理由が必要となるはずだ。

真相は不明だが、SVFにとって未公開株・公開株の売却・資金化は珍しいものではない。2022年3月期において、SVF1、SVF2合わせてUberやDoorDash、Opendoorなど計16銘柄の一部を売却している。株式市場が不安定感を増す中、売却益による資金で次なる一手に備えている可能性も十分考えられそうだ。

【参考】CEO交代劇については「自動運転、2022年に上場可能性があるベンチャー7選」のCruiseの項を参照。

■クルーズに投資しているその他の企業

クルーズに対しては、GMやSVFのほか、ホンダやウォルマート、マイクロソフトなどが出資している。ホンダは2018年、無人ライドシェアサービス用の自動運転車開発に向けGM及びクルーズとパートナーシップを結び、クルーズに7億5,000万ドル(約850億円)を出資したほか、今後12年にわたり事業資金約20億ドル(約2,240億円)を投じる計画を発表している。

ウォルマートは2020年に自動運転配送サービスの実現に向けクルーズとパートナーシップを結んでおり、2021年4月に推定7億5,000ドル(約890億円)を同社に出資している。

マイクロソフトは2021年1月に自動運転車の商業化加速に向けクルーズと長期的な戦略的関係を結んだと発表した。その際、GMやホンダなどと協力し、クルーズに20億ドル(約2,380億円)超の新規株式投資を行うとしている。

これらの3社は、クルーズと自動運転開発やサービス面で直接結びついているため、現時点でクルーズ株が公開されようとされまいと戦略上それほど影響を受けないものと思われる。

■【まとめ】クルーズやSVFの今後の動向に注目

あくまで憶測の域を脱しないが、クルーズのIPOをめぐる水面下の協議が背景にあり、こういった結末を迎えた可能性がある。いずれにしろ、ソフトバンクグループにとっては大きな収益となり、GMもクルーズを中心とした自動運転戦略における影響力をいっそう増すものと思われる。

実用化を加速するクルーズの動向とともに、SVFの新たな投資先にも引き続き注目していきたいところだ。

【参考】関連記事としては「GM傘下Cruise、自動運転タクシー「2030年に100万台」」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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