自動運転開発を手掛けるスタートアップの米Argo AIはこのほど、新型LiDAR「Argo LiDAR」の開発を発表した。LiDARはパートナーシップを結ぶフォードとフォルクスワーゲングループの開発車両に提供する方針という。
同じく自動運転開発を手掛けるGM CruiseやAurora Innovationなどに比べ、Argo AIは具体的な情報が少なく、有力スタートアップの中ではベールに包まれている印象が強いが、表舞台で存在感を発揮する日が刻々と近付いているようだ。
この記事では、Argo LiDARの特徴とともに同社の概要について解説する。
記事の目次
■Argo AIの概要
DARPA優勝チームのエンジニアが2016年に創業
Argo AIは、ロボット工学を専門とするBryan Salesky(現CEO)とPeter Rander(現社長)の2人のエンジニアを中心に2016年に設立された。両者は米カーネギーメロン大学のロボティクス技術センター(NREC)で研究を進めていた間柄だ。
Bryan氏はNREC在籍時、米国防高等研究計画局(DARPA)が主催する自動運転技術を競う大会「DARPAアーバンチャレンジ(DARPAグランドチャレンジ)」に出場し、優勝した実績を持つ。同氏はチームにおいてソフトウェアエンジニアリングを主導している。なお、チームメートには米Aurora Innovation創業者兼CEOのChris Urmson氏もいる。
その後、2011年にグーグルの自動運転開発部門に加わり、自動運転センサーやコンピューターの開発などを担当した。
一方、Peter氏はNRECで自動運転技術の商業化プロジェクトなどに取り組み、2015年に米Uber Technologiesの自動運転開発部門でリーダーを務めた実績を持っている。
DARPA経験者は、WaymoやUber、Cruise、Auroraなど自動運転開発の最前線で活躍する企業を数多くけん引しており、Bryan氏とPeter氏が率いるArgo AIも最有力候補の1つに数えられそうだ。
■Argo AIの自動運転システム「SDS」
Argo AIは自動運転レベル4の技術開発を主に進めており、世界の自動車メーカーとの提携のもと、ライドシェアや商品配送サービスに自動運転車を導入・展開する目標を掲げている。
開発分野は、自動運転ソフトウェアをはじめセンサーやコンピューティングシステムといったハードウェア、マップ、クラウドインフラストラクチャなど全般に渡る。各自動車メーカーがArgo AIの自動運転システムを自社の車両に統合し、大規模生産できるようなシステム構成をとっている。
同社が開発を進める自動運転システム「Argo Self-Driving System(SDS)」は、高解像度カメラ、LiDAR、レーダー、GPS、慣性センサーなどのマルチモーダルセンシング技術と、電力効率の高い高密度・高耐久性コンピューティングハードウェアで構成される統合ハードウェアとソフトウェアシステムにより、レベル4を実現する。
公道実証は、ペンシルバニア州ピッツバーグ、カリフォルニア州パロアルト、ミシガン州デトロイト、ワシントンDC、フロリダ州マイアミ、テキサス州オースティンで実施しており、2021年中には欧州でも試験走行を開始する。
狭い通りや丘があるピッツバーグ、大渋滞が発生するワシントンDC、自転車やスクーターに加えローラーブレードやホバーボード利用者がいるマイアミなど、さまざまな地形や気候、交通パターン、運転行動などを学びシステムの機能を高めているようだ。
改良を重ね続けている現在のSDSは第4世代に達しており、ODD(運行設計領域)の拡大や信頼性、安全性の向上などが図られている。
■フォードとフォルクスワーゲンから巨額出資
創業間もない2017年、米自動車大手のフォードから5年間で総額10億ドル(約1130億円)もの出資を受けることが発表された。創業からわずか半年ほどで、目に見える具体的な成果や技術が示されない段階での巨額出資は、Bryan氏らへの絶大な信頼感と大きな期待の表れと言えそうだ。
2019年には、独フォルクスワーゲングループからも26億ドル(約2800億円)の出資を受けることが発表された。フォードとフォルクスワーゲングループは2019年初に自動運転開発や商用車、EV分野などで連携していくことに合意しており、この流れでArgo AIの株式を取得することを決めたようだ。
Argo AIは、フォードとフォルクスワーゲングループと緊密に連携し、各メーカーがライドシェアや商品配送サービスで安全性、信頼性、耐久性のあるサービス展開を実現する大量生産可能な自動運転車を提供するため、必要な自動運転車テクノロジーを提供するとしている。
一方のフォードとフォルクスワーゲングループは、両社それぞれのモビリティサービスを拡大するためArgo AIの自動運転システムを互いに独立した形で使用する予定としている。
両社とも大株主となる存在だが、Argo AIを独立した企業として捉え、自動運転技術を社会実装するためのパートナーとしての関係を維持するようだ。
【参考】VWとフォードの提携については「VWとフォード、自動運転などの領域で提携拡大 Argo AIへの出資を対等に」も参照。
VWとFord、自動運転などの領域で提携拡大 Argo AIへの出資を対等に https://t.co/UejdBLGGwc @jidountenlab #VW #フォード #自動運転
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) July 15, 2019
■カーネギーメロン大学に自動運転研究センター設立
Argo AIセンター設立、次世代研究を促進
Argo AIは2019年6月、カーネギーメロン大学と提携し、自動運転研究を行う「Argo AIセンター」の設立を発表した。
自動運転システムの大規模展開を可能にする高度な自律機能の開発をサポートし、次世代の自動運転技術の研究を推進してフロンティアを拡大し続ける目的で、5年間で1500万ドルの資金提供を行う。
また、学生向けにデータやインフラストラクチャ、プラットフォームへのアクセス権を提供する。次世代のコンピュータービジョンや機械学習の専門家をサポート・育成する方針だ。
データセット「Argoverse」公開
Argo AIは同年、一般の研究者向けにHDマップと多数のシナリオを含む公開データセット「Argoverse」をリリースした。車線の中心線や車線の方向、運転可能な領域など幾何学的かつセマンティックなメタデータを含むHDマップと、他の車両や歩行者、道路利用者の動きを予測するプロセスとなるモーション予測モデルの構築に必要な30万超のキュレートされたシナリオを含むモーション予測データセットで構成されている。
アルゴAIセンターの研究者らはArgoverseにアクセスできるほか、Argo AIと直接コラボレーションするなど、多くのデータと知識を活用できる。
【参考】Argo AIセンターについては「自動運転開発のArgo AI、米カーネギーメロン大に研究所 1500万ドル投資」も参照。
米Argo AI、カーネギーメロン大に自動運転研究所 1500万ドル投資 https://t.co/MmNASEkd4t @jidountenlab #ArgoAI #自動運転 #研究所
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) June 26, 2019
■新たな「Argo LiDAR」発表
Argo AIは2017年、LiDAR開発を手掛ける米Princeton Lightwaveを買収した。2000年創業の同社は早くからLiDAR開発を進めており、開発と商業化において豊富な経験を持っているという。このノウハウを活用し、自動運転に必須となるLiDARの高機能化や低コスト化などを図っていく構えのようだ。
この買収と研究開発の成果は、新たな「Argo LiDAR」として2021年5月に発表された。高速道路を安全に走行できるよう設計されており、昼夜を問わず360度の認識が可能で、にぎやかな街路や郊外も安全に走行できるという。
検知範囲は業界最長クラスの400メートルで、超高解像度の知覚も提供する。暗い物体の検出をはじめ、小さな物体を識別するために必要なフォトリアリスティックなイメージングも可能としている。
Bryan氏は「Argo LiDARはまったく新しいレベルの自動運転技術に私たちを導き、配達サービスや配車サービスの両方を強化する能力を解き放つ」とし、「配達、小売、相乗りのパートナーにおいて、次の成長段階を可能にする準備ができた」とコメントしている。
Argo LiDARはすでに生産段階に入っている。最初のロットは自動運転テスト車両フリートに使用されており、まもなくフォードとフォルクスワーゲングループによる大量生産計画によって、配車サービスや自動配送などの広範な商業化が実現するとしている。
■【まとめ】DARPA御三家の動向に注目
Argo AIは、CruiseやAuroraなどと肩を並べる有力スタートアップであることがわかった。米国拠点のほか、フォルクスワーゲングループとのパートナーシップを機にドイツのミュンヘンにもヨーロッパ本社を設けており、欧州展開も本格化するものと思われる。
自動運転の実用化においてはWaymoや中国組が先行しているが、ここにArgo AIらが加わることで本格的な自動運転戦国時代を迎える。
特にArgo AI、Cruise、AuroraのDARPA御三家は、それぞれ世界の大手自動車メーカーと密接な関係を持っており、実用化した際の影響力は非常に大きい。今後の動向に引き続き注目したい。
【参考】関連記事としては「LiDARとは?自動運転の目となるセンサー、レベル3実用化で市場急拡大」も参照。