コネクテッドカー関連のオープンプラットフォームを開発するAutomotive Grade Linux(AGL)への企業参加が相次いでいる。2020年4月には、新たに大阪エヌデーエスとスイスのMERA、米Mocanaの参加も発表されるなど、150社超の企業が名を連ねる組織に膨れ上がっている。
コネクテッドカーの実用化が始まり、サービスの拡張に向けさらなる研究開発が各所で進められているが、コネクテッド関連技術の開発においてAGLはどのような役割を担っているのか。
組織としてその実態をつかみにくいAGLだが、いったいどのような組織で、どのような活動を行っているのか。その正体に迫ってみよう。
記事の目次
■Automotive Grade Linuxの概要
2012年にトヨタらが中心となって設立
Automotive Grade Linux(AGL)は、コネクテッドカーに活用するオープンプラットフォームを開発するプロジェクトで、「Linux Foundation Projects」による取り組みの一つ。
Linux Foundation は、Linuxをはじめとしたオープンソースに係るプロジェクトを支援する非営利の技術コンソーシアムで、これまでに100以上のプロジェクトが立ち上がり、開発資金は推定1兆7000億円を超えるという。
AGLは2012年9月、自動車機器の開発を進める広範な業界のコラボレーションを促進し、製品開発に使用できるコミュニティ参照プラットフォームの提供を目的に設立された。
コネクテッドカー向けのオープンソフトウェアスタックの開発と採用を加速させる共同プロジェクトとして、Linuxをコアに据え、自動車メーカーやテクノロジー企業らが協力しながら新しい機能やテクノロジーの迅速な開発を可能にする事実上の業界標準として機能するオープンプラットフォームをゼロから開発している。
こうしたオープンプラットフォームを共有することでコードの再利用や開発プロセスの効率化が可能となり、開発コストの削減や新製品の市場投入までの時間短縮などを図ることができるようになる。
【参考】Automotive Grade Linuxの公式サイトは「こちら」。
当初メンバーには、トヨタや英ジャガーランドローバー、日産などの自動車メーカーをはじめ、アイシンAWやデンソー、富士通、NEC、米インテル、米NVIDIAなどが名を連ねており、ダッシュボードコンピューティングから車載インフォテインメント(IVI)に至るまでワイヤレスデバイスになりつつある自動車業界において、オープンソーステクノロジーを使用してイノベーションを加速していくこととしている。
組織には、プロジェクトの全体的な方向性や予算を決める諮問委員会や、専門知識・ガイダンスなどを提供する運営委員会をはじめ、専門家グループとして以下が設けられ、各メンバーが共同研究にあたっている。
- システムアーキテクチャチーム
- アプリフレームワークとセキュリティ
- 接続
- 継続的インテグレーションとテスト
- インストルメントクラスター
- ナビゲーション
- リファレンスハードウェアシステムアーキテクチャ
- 音声
- UIとグラフィックス
- V2C(Vehicle to Cloud)
- 仮想化
トヨタやスバルらがAGLのプラットフォームを採用
業界標準向けに開発されたオープンソースソフトウェアプラットフォーム「AGL Unified Code Base(UCB)」の実装も着々と進んでいる。
2017年5月には、トヨタが次世代のインフォテインメントシステムにAGLプラットフォームを採用すると公式発表された。AGLベースのトヨタインフォテインメントシステムは、北米国際自動車ショーで初披露された新型カムリに搭載されたほか、北米で販売される多くのトヨタとレクサス車両で展開予定とされている。
当時のトヨタコネクティッドカンパニーのプレジデントは「AGLプラットフォームの柔軟性により、トヨタのインフォテインメントシステムを車両ラインナップ全体に迅速に展開し、コンシューマーテクノロジーとより一貫したペースでより優れた接続性と新機能を顧客に提供することができる」とコメントしている。
2020年1月には、スバルのアウトバックとレガシィのインフォテインメントにAGLソフトウェアが採用されることが発表された。同社の電子製品設計部部長の森田直吉氏は「AGLのオープンソースソフトウェアを使用することで、ユーザーエクスペリエンスを簡単にカスタマイズし、新しい機能を統合して、ドライバーにとってより楽しい統合コックピットエンターテインメントシステムを作成できます」とコメントを発表している。
UCBは現在ver.9.0までアップデートされており、2020年夏ごろには10.0が発表される見通しだ。
■どのような取り組みを行っている?
プロジェクトとしては、これまでに下記などを完了しているようだ。
- Project-Tizen-Gap-Analysis=ARMベースのプロトタイププロジェクトにフィードする要件分析プロジェクト
- project-agl-spec-v1.0=AGL仕様の初期バージョン作成
- project-agl-demonstrator=AGLデモンストレータープロジェクトWebランタイムベース
- project-agl-demonstrator-crosswalk=Crosswalkを使用したAGLデモンストレータープロジェクト
- project-proto-ivi-system=AGLの主要機能を使用し現実的なIVIシステムプロトタイプの実装
2015年に、業界初のオープンなIVIソフトウェア仕様となるAGL要件仕様1.0の提供を発表した。具体的には下記に関する定義で、これにより自動車メーカーは独自のブランドのユーザーエクスペリエンスを作成する能力を維持しながら、Linuxをベースに成長するソフトウェアスタックを活用しやすくなったようだ。
- IVI用の高度に統合されたLinuxベースのソフトウェア参照プラットフォーム
- WiFi、Bluetooth、マルチメディア、位置情報サービス、アプリケーションライフサイクル管理など、複数のサービスの要件
- ネイティブとHTML5の両方のアプリケーションフレームワーク
- ミドルウェアおよびアプリケーション用のAPIを使用して、車両バス(CAN、MOST)との接続および相互作用
続く2016年には、最新の「AGL Unified Code Base(UCB)ディストリビューション」を発表した。自動車メーカーをはじめとした開発者がLinuxに基づくソフトウェアスタックを活用して車載ソフトウェアを作成できるようにするもので、当初はIVIに焦点を当てていたが、同じクラスターから異なるプロファイルを作成し、メーターパネルやヘッドアップディスプレイ、テレマティクス、コネクテッドカーなど幅広く対応可能なものとなったようだ。
この際、トヨタらがUCBディストリビューションを使用し、最新の車載インフォテインメントやコネクテッドカーエクスペリエンスの構築を計画していることも合わせて発表されている。
2018年2月には、音声認識とV2Cに焦点を当てた2つの新しい専門グループの設立を発表し、米アマゾンやニュアンスらが自動車内のすべてのアプリケーションを音声対応にするオープンAPIの開発を本格化させた。
2019年3月には、オープンソースの音声認識・音声APIを備えた最新のUCBを発表した。これにより、アプリケーション開発者は、基盤となる音声テクノロジープロバイダーとは関係なくアプリを音声対応にできるようになった。
自動車関連の見本市などへの出展にも積極的で、CES2020では、デンソー、デンソーテン、マツダ、パナソニック、ルネサス、NTTデータ、スズキらが、AGLテクノロジーで実行されるインストルメントクラスター、インフォテイメント、コネクテッドカー、サイバーセキュリティアプリケーションをAGLブースで展示し、デモンストレーションなどを行っている。
■どんなメンバーが所属している?(2020年4月現在)
プラチナメンバー
プラチナメンバーには現在6社が名を連ねており、いずれも日本企業となっている。
- デンソー
- マツダ
- パナソニック
- ルネサス
- スズキ
- トヨタ
ゴールドメンバー
ゴールドメンバーにはホンダのみが名を連ねている。
シルバーメンバー
- アイシンAW
- Amazon(米)
- メルセデスベンツ(独)
- フォード(米)
- NTT DATA MSE
- Qualcomm(米)
- 上汽集団(SAIC MOTOR/中国)
- フォルクスワーゲン(独)
- 藍星科技(Wuhan Bluestar Technology/中国)
ブロンズメンバー
ブロンズメンバーには現在131社が名を連ねており、日本関連ではアルプスアルパイン、富士通、日立、JVC KENWOOD、三菱自動車、三菱電機、NEC、パイオニア、ソニー、スバル、東芝などが参加している。
また、メジャーなところでは、Arm(英)、ボッシュ(独)、コンチネンタル(独)、ヒュンダイ(韓国)、HERE(蘭)、インテル(米)、LG(韓国)、NVIDIA(米)などが名を連ねている。
■Linux Foundationにおける自動運転関連の取り組み
Linux Foundationにはこのほか、自動運転開発などを促進するLinuxベースの支援ツールなどを開発する「ELISA」や、コネクテッドシティにおける移動や安全性、道路インフラ、交通渋滞、エネルギー消費などを改善するオープンソースソフトウェア開発を進める「Urban Computing Foundation」などさまざまなコンソーシアムが設立されている。
ELISAはトヨタらが主導して2019年2月に設立され、Urban Computing Foundationには米グーグルやUberらのもと2019年5月に設立された。
【参考】ELISAについては「トヨタ、Linuxベースでの自動運転システム構築など支援」も参照。Urban Computing Foundationについては「「つながる街」の進化、オープンソフトで Linux団体が新組織、ウーバーやGoogle参画」も参照。
トヨタ自動車、Linuxベースでの自動運転システム構築など支援 https://t.co/g0He1e6OxN @jidountenlab #トヨタ #自動運転 #Linux
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) February 22, 2019
■【まとめ】自動運転領域でオープンソースは大きな武器に
トヨタをはじめとした日本企業が多く参加しており、プラチナメンバーの顔触れからも事実上日本が主導している印象だ。
ソフトウェア開発においては、オープンソース化することで自由度と拡張性が高まり、開発の裾野が広がる。開発に携わる企業が増加すればそれだけシェアも高まり、結果として市場化の際も優位となる。消費者の立場からは実感が薄いかもしれないが、こうした取り組みによりサービス開発が促進され、各ユーザーの利便性が高められているのだ。
特に、自動運転やコネクテッド分野のように一定の規格化や標準化が求められる領域においては、オープンソースが標準化を推進する役割を担うため、その意義はより大きなものとなる。
今後、さらに多くの企業の参加が見込まれ、新車への実装もますます拡大していくものと思われる。コネクテッド技術・サービスの進化に向け、いっそうの貢献に期待したい。
【参考】自動運転領域におけるオープンソース化の意義については「オープンソース「歴史上必ず勝る」…自動運転OSの第一人者・ティアフォー加藤真平氏」も参照。