自動運転サービスの実用化が日本国内でも始まっている。2025年中には、一般車道における無人サービスも登場する可能性が高く、自動運転社会に向けた展望が大きく広がっていくことになりそうだ。
ただ、現行の自動運転技術は走行エリアなどを限定した自動運転レベル4にあたる。レベル5は厳密に言うと、一切の制限がない完全自動運転にあたるが、果たしてレベル5はいつ実現するのか。
レベル5に関しては、かつては「2030年代」を目標に据える動きが目立った。予測を立てづらいレベル5だが、その背景には何があるのか。レベル5の概要とともに、その実現時期に迫ってみよう。
【自動運転ラボの視点】
「自動運転レベル5」というのは、厳密には自動運転のエリアカバー率が100%という意味合いになるが、実際にはそれを目指す理由と価値は決して高くなく、現実的には「レベル4の範囲が限りなく広がった状態」といえる。
例えば携帯電話。日本では「ほぼすべて」のエリアで使える状態であれば、体感的には何一つ不便がない「完全普及」した状態と感じる。人口カバー率で言うと98%などとなっており、エリアカバー率で言えばこの数字はもっと低いが、だとしても利用上の問題は発生しておらず、ネガティブな状況とは言えない。
つまり、携帯電話の「人口カバー率」を自動運転の適用範囲に置き換えて考えてみると、「人が現実的に移動するエリア」の「カバー率」が限りなく100%に近づいた状態が、現実解としてのレベル5ということになる。例えば、東京都内(もしくは周辺県)での移動に特化した自動運転タクシーであれば、そのエリアをレベル4の対象範囲として難なく走行できるようになれば、その自動運転タクシーは実質的にレベル5で運行しているということになる。
「レベル5がいつ実現するのか」という疑問を持つ際には、そもそも前提として、「田んぼの間の畦道や、人が一生に一度も移動のために通行しないような道も含めて、あらゆる道を自動運転の範囲としてカバーする時期」のことを考えるべきなので、それとも「『リアルな移動カバー率』が98%とかに達する時期」をイメージするべきなのか、をはっきりしておくことが重要な視点となる。
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■自動運転レベルとは?
まず自動運転レベルについて解説する。以下が自動運転レベルの一覧表だ。
レベル1~2は運転支援
自動運転レベルは、自動車や航空宇宙関連の標準規格化を進める米国の自動車技術者協会(SAE)が策定した基準が日本をはじめとする世界で広く用いられている。レベルは0~5の6段階に区切られ、このうち3~5が自動運転に当たる。
レベル0は「運転自動化なし」で、運転を支援する一切のシステムを備えないものを指す。レベル1は「運転支援」で、自動車の縦方向、または横方向のいずれか一方の制御を支援するものを指す。レベル2は「部分運転自動化」で、自動車の縦方向と横方向両方の制御を支援するものを指す。
レベル1~2は先進運転支援システム(ADAS)に相当し、運転主体はあくまで人間のドライバーであり、システムは補助的な役割を担うに過ぎない。アクセル・ブレーキ操作を補助し前走車両に追従する「アダプティブ・クルーズ・コントロール」や、ハンドル操作を支援し車線内走行を維持する「レーンキープアシスト」などがこのレベルだ。
このうち片方を実行可能なものはレベル1、両方を実行可能なものがレベル2となる。レベル2のアダプティブ・クルーズ・コントロールとレーンキープアシストを高度化したモデルの中には、一定条件内でハンドルから手を放して運転することができる「ハンズオフ」運転を可能にしているものもある。
ただし、手を離すことが可能になるだけでドライバーは常に周囲の状況を監視し、すぐにハンドル操作に戻れなければならない。あくまで運転支援機能であり、自動運転ではない。
レベル3~4はODD内で自律走行が可能
レベル3は「条件付き運転自動化」を指し、一定条件下における自動運転を可能にしている。この一定条件は「ODD(運行設計領域)」と呼ばれ、走行可能な道路の種類や範囲、速度、気象条件などで構成される。その構成は開発者がそれぞれ設定する。
例えば、世界初の自家用車におけるレベル3を実現したホンダの「トラフィックジャムパイロット」では、「高速自動車国道、都市高速道路」「強い雨や降雪による悪天候など自動運行装置が周辺の車両や走路を認識できない状況でないこと」「自車が走行中の車線が渋滞又は渋滞に近い混雑状況であること」「自動運行装置の作動開始前は時速約30キロ以下、作動開始後は時速約50キロ以下であること」――などが掲げられている。
これらの条件を満たした際に自動運転が可能になる。その一方、条件を満たしていても自動運転できない状況に陥る可能性があり、その際はシステムからの要請に応じ速やかにドライバーが運転を引き継がなくてはならない。この部分がレベル3の肝で、ドライバーは常時監視を免れるものの、いつでも手動運転に戻ることができるよう備えている必要がある。
レベル4は「高度運転自動化」で、ODD内における自動運転を可能にする。ODD内では原則自動運転を継続できることが条件であり、ドライバーの助けを借りることを想定しない無人運行が可能になる。事故や故障などで万が一自動運転の継続が困難になった際も、自動で路肩に停車するなど安全を確保する機能も搭載されている。
自動運転のメリットは「無人化」によることが大きく、現在開発や実装が進められている自動運転サービスの多くはレベル4となっている。
なお、海外開発勢の中には、このレベル4を「完全自動運転」と称するケースもある。ODD内であれば人の手を介することなく完全な自動運転が可能――という意味では間違っていないが、ここでは「完全自動運転=レベル5」と定義する。
【参考】自動運転レベルについては「自動運転レベル一覧【1・2・3・4・5の表付き】 定義や日本・海外の現在状況」も参照。
【参考】ODDについては「自動運転のODD(運行設計領域)とは?」も参照。
レベル5は制限のない自律走行が可能に
そしてレベル5だ。レベル5は「完全運転自動化」を指し、厳密にはODDによる条件を受けずいつでもどこでも自動運転が可能な水準を指す。いわば、人間のドライバーが運転可能な状況・場所であれば自動運転が可能になる、一つの完成形と言える。
人間が停車を余儀なくされる濃霧やホワイトアウトするような降雪下で自動運転が可能かどうか――については特に定めがない。また、道路交通環境・ルールが著しく異なる国をまたいで自動運転が可能か――といった点も不明だ。
こうした環境下でも自動運転可能なシステムが将来出てくる可能性はあるが、現実論としては、特定の国において人間のドライバーが運転可能な状況を網羅していればレベル5と言ってよいものと思われる。
多少の悪天候や道路工事現場における警備員の指示、狭小道路など、日常的に想定される程度のハードルは柔軟に対応してクリアする必要はあるだろう。
ただし冒頭触れたように、「カバー率」が限りなく100%に近づいた状態が、「現実解としてのレベル5」と言える。
【参考】レベル5については「完全自動運転(レベル5)とは?いつ実現?課題は?」も参照。
■自動運転レベル5の実現時期
かつての実現目標時期は2030年代だったが……
自動運転開発事業者の恐らく9割以上は「レベル4」を前提に開発を進めている。その先にあるレベル5を見据えていないわけではないが、それはあくまで将来技術であり、実用化目線でレベル4を開発・実装していかなければ先に繋がらないためである。
かつて2010年代に自動運転開発が熱気を帯び始めたころ、開発各社や各国政府は2030年代をレベル5実現の目標時期に掲げることが多かった。しかし、実際に開発に着手した感触からか、その後はレベル5に言及するものは少なくなり、「まずはレベル4」という意識が強くなったように感じられる。レベル4のハードルの高さを実感したためだ。
開発が進められるレベル4の大半は、事前に作製した高精度3次元地図を用いている。走行するエリアを事前に3Dスキャンし、仮想線などを加えたデジタルマップだ。自動運転車は、カメラやLiDARなどのセンサーで周囲の状況を認識しながら走行するが、このセンサーの情報とマップ情報を突合することで自車位置の把握をより正確に行うことが可能になる。
このほか、道路に設置されたセンサーと情報をやり取りするインフラ協調(I2V)システムなどを利用するケースもある。
レベル4ですら難航、レベル5は見通せず?
一定エリア内など走行ルートが限られるレベル4でさえ、石橋を叩くかのように入念に実証を重ね、高精度3次元地図などの力を借りながら数年がかりで実現しているのだ。これをレベル5に拡張する――となると、先が見えなくなるのも仕方のないことだ。
前述したように、厳密に言えばレベル5は何らかの条件に限定されずに無人運転を行う技術が必要になる。混雑する一般道も高速道路も、路上駐車の車両が多いエリアも道路区画線がない道路も冬の峠道もすべてである。
すべてのエリアをマッピングするのは容易ではない。官民一体となった国を挙げての政策が必要になる。実証に関しても、すべての走行エリアを何度も走行して精度を高めていくのは現実的とは言えない。
レベル5実現には、一度も走行したことがない道路でも自動運転可能な応用能力の高い技術が必須と言える。
つまり、高精度3次元地図などに依存することなく、車載センサーとAIのみで自律走行を実現することが望ましい。しかし、このハードルが異常に高い。
前方数百メートルおよび車両の周囲を可能な限り広く見通すことができるセンサーと、そこに映し出されたさまざまなオブジェクトを瞬時に識別し、その動きを予測しながら安全に車両を制御するAIが必須となる。
「前方を走る自転車が膨らむかもしれない」「歩行者が道路を横断し始めるかもしれない」「駐車車両の影から歩行者が飛び出してくるかもしれない」「隣接車線を走行する自動車がウィンカーなしで割り込んでくるかもしれない」といったリスクも踏まえつつ、周囲の車両と同等レベルの円滑な走行が求められるのだ。ある程度イレギュラーな状況に柔軟に対応可能な水準までAIを鍛えなければならない。
レベル5実現はやっぱり困難?2040年代以降?
現状、この水準に達した開発事業者はいない。自動運転分野で先行する米グーグル系Waymoの初代CEOを務めたジョン・クラフチック氏は2018年、講演で「完璧な自動運転は実現しない」と発言したという。
クラフチック氏に限らず、高名なエンジニアの中でもレベル5の実現を疑問視する意見は少なくないようだ。少なからず、現状の技術が多少進化した程度では無理と考えられているようだ。
こうした点を踏まえると、レベル5実現は早くとも10年先と見るべきかもしれない。現状、多くのエンジニアは2040年代以降、あるいは2050年代以降と見ているようだ。
今後、AIに劇的な進化が発生しなければ、レベル5の実現は2040年代以降となる可能性が高い。レベル5の早期実現には、さらなるイノベーションが必要となりそうだ。
【参考】ジョン・クラフチック氏の発言については「グーグル系ウェイモのCEO「完璧な自動運転は実現はムリ」」も参照。
■自動運転レベル5開発の動向
レベル5開発の急先鋒はテスラ
険しい道のりが予測されるレベル5だが、果敢に挑む開発勢ももちろん存在する。その代表格は米テスラだ。同社CEOのイーロン・マスク氏は早くからレベル5を見据えた自動運転開発を進めている。
同社は、自家用車向けのADAS「FSD(Full Self-Driving)」を徐々に進化させて自動運転を実現する戦略で、原則どこでも自律走行が可能なレベル5に相当する自動運転技術の確立を進めている。ODDも特に設定していない。
そのシステムは、人間のドライバーがクルマを運転する仕組みを純粋にコンピュータ化したものと言える。人間の目に相当するカメラを軸に周囲の環境を認識し、脳に相当するAIが状況を把握し、判断を下すのみだ。
LiDARは使わず、シンプルにカメラとAIの技術でレベル5を実現しようとする試みだ。ただし、独自のデジタルマップや衛星測位システムは使用している。
現状の技術水準はさておき、レベル5を目指す取り組みとしてはこのくらい尖っていないとダメなのかもしれない。FSDはかなり熟成されてきており、マスク氏は2025年中に自動運転化が始まると発言している。いきなりレベル5はあり得ず、現実解としてどういった形でODDを設定するのか注目だ。
【参考】テスラの取り組みについては「テスラの自動運転技術・Autopilot/FSDを徹底分析」も参照。
Turingは「2030年実現を目指す」
国内では、「We overtake Tesla(テスラを越える)」を標榜するスタートアップのTuringがレベル5を目標に掲げている。
同社もテスラ同様カメラとAI技術でレベル5実現を目指している。マルチモーダル生成AI開発を促進するなど、カメラ画像の情報をいかに複合的・人間的に理解するかに取り組んでいる。
開発速度はすさまじく、「2030年にレベル5の完全自動EVを量産化」という目標を打ち立て邁進している。今後の動向に注目の一社だ。
【参考】Turingの取り組みについては「天下一品のロゴ、「進入禁止」の標識と区別可能に!AI新興企業Turing」も参照。
■【まとめ】AIの進化次第では2030年代実現もあり
2010年ごろからのディープラーニングによるAIの進化、そして近年の大規模言語モデル(LLM)や生成AIの開発により、AIのポテンシャルは大きく広がっている。それに伴い、自動運転技術も現在の見立てより早く進化を遂げる可能性が考えられる。
もう一段、二段のイノベーションが起これば、2030年代に実現するのは夢ではないかもしれない。少なからず、レベル5実現のめどが立ち、「実現は無理」といった声は小さくなっている可能性が高い。すさまじい勢いで成長を遂げるAIの進化がカギを握っていると言えるだろう。
【参考】関連記事としては「自動運転が「普及しない理由」は何?日本で実用化が遅れているワケは?」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)