モビリティカンパニーへの転身を図るトヨタ。その視線の先には、陸上のみならず空の移動も見定められている。その先陣を切るのが、出資先の米Joby Aviationだ。
豊田章男会長は、Joby Aviation創業者兼CEOのJoeBen Bevirt(ジョーベン・ビバート)氏と初めて会った2019年当時、「空のモビリティの実用化はトヨタ創業以来の夢」とし、「空のモビリティの方が、完全自動運転時代より先に来る」と語ったそうだ。
この章男会長の見立ては正しいのか。本格的な実用化は、空が先か、陸の完全自動運転が先か。トヨタとJoby Aviationの関係に触れつつ、空と陸のモビリティの実現時期に迫ってみよう。
記事の目次
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■トヨタとJoby Aviationの関係
Toyota Venturesの投資で縁
トヨタとJoby Aviationの縁は、トヨタの米拠点Toyota Research Institute(TRI)のベンチャーキャピタルファンドToyota AI Ventures(現Toyota Ventures)による投資に始まる。2018年7月時点の投資先企業の中にJoby Aviationが名を連ねている。
その後、2020年1月にJoby Aviationとの協業が発表された。2019年に実施されたJoby Aviationの資金調達シリーズCラウンドをトヨタが主導し、総額5.9億ドル中3.94億ドル(約430億ドル)を出資したほか、自動車事業で培った強みを生かし、eVTOLの設計や素材、電動化といった技術開発に関わっていくとした。
2024年10月には、5億ドル(約770億円)の追加出資を行い、eVTOL実用化に向けた取り組みを加速していくと発表した。
2023年にJoby Aviationに対し電動化関連部品の供給を開始するなど、協業はしっかりと進展しているようだ。一方、トヨタが具体的に空のモビリティを自社事業にどのように生かしていくか――といった戦略は不明で、特別な関係性はうかがえないのが実情だ。
【参考】トヨタとJoby Aviationの協業については「トヨタ、「ほぼオワコン」ムードの空飛ぶクルマに730億円追加出資」も参照。
章男会長はJoby Aviationに首ったけ?
しかし、章男会長は思いのほかJoby Aviationに入れ込んでいるようにも感じられる。トヨタのオウンドメディ「トヨタイムズ」によると、章男会長とビバート氏が初めて会ったのは2019年2月という。
ビバートCEOが自身の夢について話したところ、章男会長は100年前から豊田家が抱いてきた空のモビリティへの夢を披露し、「移動の変革をもたらすモビリティが日常的に使えるようになる日を夢見ている」と話したという。
また、「空のモビリティの方が完全自動運転時代より先に来る」「モビリティカンパニーへ変革の布石の一つになると思う」といった考えを示し、試験飛行の動画を見て「早く乗りたい」と興味を隠さなかったという。そして両社の本格的な協業がスタートした。
その後も、2人は互いの国を訪れた際に対話を重ねてきたという。よほど馬が合ったのか、あるいは章男会長のエアモビリティへの思いが相当強かったのか。いずれにしろ、想像以上に2社の結びつきは強いのかもしれない。
2024年11月には、Joby Aviationが静岡県裾野市の東富士研究所で試験フライトを行ったことが発表された。11月2日開催の式典では悪天候のためデモフライトは中止されたが、10月下旬からテスト飛行を行ってきた。
式典後、章男会長は改めて「早く乗りたい」とわくわく感を抑えきれない様子だったという。一方、ビバート氏は「章男さんの運転するクルマに乗せてもらえないか」とお願いし、急遽86での同乗体験が行われたという。もはや盟友のようだ。
エアモビリティは豊田一族の夢?
トヨタの歴史を紐解くと、トヨタグループの創始者・豊田佐吉氏は1925年、太平洋をひとっ飛びできる蓄電池の発明に懸賞金を寄付したという。また、トヨタ自動車創業者の豊田喜一郎氏は航空機事業にも関心を抱き、自動車の量産化に留まらずヘリコプターなどパーソナルな飛行機の開発を目指したという。
豊田章一郎氏は、トヨタのエアロ開発発祥の地・東富士研究所で、米国企業と世界初となる電子制御のエアロ・ピストン・エンジンの共同開発を行った。豊田一族の空にかける思いは相当なようだ。章男氏がJoby Aviationに入れ込んでもおかしくはないだろう。
2019年当時は空飛ぶクルマ実用化の機運が大幅上昇
さて、話を戻す。章男会長は2019年時点で「空のモビリティの方が完全自動運転時代より先に来る」と予測していた。
当時、自動運転分野では米Waymoが自動運転タクシーの商用サービスを開始し、実用化への道を切り拓き始めた段階だ。まだセーフティドライバーが同乗しており、無人サービスは実現していなかったが、開発各社の取り組みが大きく加速し始めた時期と言える。
一方、自動車メーカーにとっては、自動運転開発・実用化の難しさを実感し始めた時期ではないだろうか。この少し前まで「2020年に自動運転(レベル4)実現」「2030年に完全自動運転(レベル5)実現」といった目標を掲げるメーカーは少なくなかったが、徐々に温度が下がっていった。
まさに、自動車メーカーとスタートアップの差がはっきりと分かれ始めた時期かもしれない。ただ、スタートアップの勢いが大きく増していたのは事実で、レベル4実装はすでに射程圏内に収められていた時期と言える。
対する空飛ぶクルマ分野は、先行する中国EHang(イーハン)以外は単発の飛行実証がやっとの印象だった。EHangは2016年に1人乗りマルチローター機「Ehang 184」を発表し、数千回に及ぶ飛行実証を行っていた。
中国民用航空局(CAAC)からまだ商用パイロット運用の許可は下りていなかったが、2019年に61機の販売予約を得るなど一歩先をひた走っていた。
一方、Joby Aviationは、2019年に量産化を見据えたプロトタイプを完成させ、本格的な飛行実証に着手した段階だ。
ただ、「空飛ぶクルマ」という存在がメジャーになり始めた時期でもあり、実現に向けた機運・ムードが大きく高まっていた時期でもある。
総じて当時を振り返ると、トヨタとしては自動運転の難しさをまざまざと見せつけられた時期である一方、章男会長の憧れでもあるエアモビリティ「空飛ぶクルマ」の実用化に大きな期待を寄せていたのかもしれない。
【参考】EHangについては「岡山の空を飛んだ「空飛ぶクルマ」は中国EHang製!どんな企業?」も参照。
【参考】関連記事としては「Joby Aviationとは?「空飛ぶクルマ」で世界をリード」も参照。
自動運転も空飛ぶクルマも想定より遅れている?
では、自動運転と空飛ぶクルマ、それぞれの現在地はどのようになっているか。結論から言えば、両方とも5年前の予測よりも遅れているのではないだろうか。
自動運転はレベル4サービスが米国・中国を中心に拡大傾向にあるものの、国内では混在空間となる一般車道でのレベル4はいまだ実現していない。ましてや、レベル5に相当する完全自動運転は遠い未来の技術扱いだ。
一方、空飛ぶクルマはどうだろうか。大きくロードマップから外れた感はないものの、国内で言えば2025年開催予定の大阪・関西万博での商用運航が暗礁に乗り上げた。運航を計画していた全陣営が乗客を乗せるサービスを断念し、デモフライトに切り替える見込みだ。
空飛ぶクルマの運航は万博の目玉の一つだっただけに、肩透かしを食らったような印象だ。ただ、パリ五輪でも独Volocopterが飛行許可の取得に失敗し、運航が叶わなかった例もある。世界的に計画は遅れているものと思われる。
なお、万博でのデモフライトを予定しているSkyDrive、Joby Aviation、Volocopter、英Vertical Aerospaceの各陣営は型式証明申請が受理されているものの、2024年11月時点でいずれも取得には至っていない。量産化もまだまだ先の話になるのかもしれない。
【参考】万博における空飛ぶクルマの最新動向については「万博の空飛ぶクルマ、結局は「乗客席からっぽ」で飛行か」も参照。
完全自動運転より空飛ぶクルマが先?自律飛行タイプは?
この5年間で自動運転も空飛ぶクルマも一定の進展を遂げたものの、両者ともまだ本格実用化の域には達していないのが現状だ。
レベル5の完全自動運転と空飛ぶクルマの実用化で考えると、章男会長の予測通り空飛ぶクルマの方が早く実現する可能性が高い。ただ、空飛ぶクルマもパイロット不在の「自律飛行」で考えた場合はどうだろうか。
現在開発が進められている空飛ぶクルマの多くはパイロットが搭乗するタイプだ。各国の法規制・制度設計も間に合っていないため、自律飛行はまだ先の話となる。
しかし、空飛ぶクルマにおいては自律飛行のハードルは意外と低いかもしれない。現在の航空機においてオートパイロットがスタンダードな存在となっているように、一から十まで手動で制御することはほぼ考えられない。
離着陸時などは慎重を要するが、飛行中は特段の事情がない限り基本的に自動で飛行する技術はすでに確立されているものと思われる。この制御技術は仕組みが異なる空飛ぶクルマにも通用する。
要は、この異なる仕組みで安全に飛行可能な技術が確立すれば、自律飛行のハードルは通信技術などに拠るところが大きいのではないだろうか。地上のクルマにおける自動運転では、不特定多数の交通参加者が混在する狭い道を走行しなければならないため自律走行のハードルは高いが、空は比較的空いている。空においては、同エリアを飛行する他のエアモビリティとの衝突がまず危ぶまれるが、交通管制システムでクリアできる問題だ。
個人が勝手に飛ばすドローンや鳥なども危険因子となりそうだが、この手の障害は有人飛行でもおいそれとかわせるものではない。パイロットの有無に関係なく、有事の際に安全に飛行継続・不時着できるシステムが問われるのみだ。
そう考えると、完全自動運転よりも自律飛行可能な空飛ぶクルマの方が早く社会実装されるのかもしれない。手動操縦・遠隔操縦で安全に飛行可能なシステムが確立されれば、自律飛行へのハードルは意外と低いものと思われる。
■自動運転と空飛ぶクルマの今後
自動運転はレベル4進展、レベル5も夢ではない?
自動運転は、今後レベル4サービスが拡大していくのは間違いなく、その過程でAI開発にイノベーションが起こり、レベル5への道が拓ける可能性が考えられる。ただ、2020年代はレベル4拡大のフェーズで、レベル5は早くとも2030年代~とする見方が強い。現在の技術水準で考えれば2040年代以降と言われても納得だ。
レベル4の汎用性が大きく増し、多エリア展開が容易になれば、レベル4+的なシステムが登場するかもしれない。狭隘道路など著しく条件が厳しい場所以外ほぼすべての道路を走行可能なレベル4だ。若干の条件は付されるものの、横展開が容易になればそれだけレベル5に近づくことになる。そう考えていけば、レベル5も決して夢物語ではないはずだ。
また、米テスラや日本のTuringのようにレベル5に照準を定めて開発する勢力も存在する。こうした開発勢が存在する限りさらなるイノベーションの発生を否定することはできない。実現時期については何とも言えない状況だが、ネガティブにならず前向きに応援したいところだ。
【参考】自動運転レベル5については「完全自動運転(レベル5)とは?いつ実現?課題は?(2024年最新版)」も参照。
空飛ぶクルマは2025年に動きあり?
空飛ぶクルマに関しては、例えばJoby Aviationは2024年末までに米国で型式証明を取得し、2025年を目途にニューヨークなど一部エリアで商用運航を開始する計画を掲げている。
この最初の一歩に実際に着手できるかがカギとなる。地上の自動運転と比べ、空飛ぶクルマは横展開が容易と思われるためだ。つまり、一歩目に成功すれば二歩目、三歩目と歩みを進めやすくなる。
Joby Aviation以外にもそろそろ商用化に踏み込む開発企業が出始める可能性が高く、各社の第一歩目にまずは注目したい。
【参考】空飛ぶクルマについては「空飛ぶクルマとは?英語で何という?いつ実現?ヘリコプターやeVTOLとの違いは?」も参照。
■【まとめ】トヨタのモビリティ戦略に注目
ハードルが高い空飛ぶクルマだが、基本的な飛行能力が確立されれば、その後の横展開や自律飛行化は比較的スムーズに進むかもしれない。最初のハードルこそが肝心で、多くの企業がこれに立ち往生しているのが現在地だ。
一方の陸の自動運転は、レベル4開発・実用化が着々と進展しているものの、完全自動運転はまだまだ見えてこない。さらなるイノベーションが必要となりそうだが、イノベーションが突然発生することも珍しくない。革新技術の登場に期待したいところだ。
果たして、章男会長の予言は当たるのか。そもそも、トヨタは自動運転やエアモビリティにどのように関わっていくのか。よもや、クルマの自動運転より空飛ぶクルマ実現に力を注いでいく……といったことはないと思うが、モビリティカンパニーとしてどのような事業化を目指すのか。トヨタのモビリティ戦略にもしっかりと注目していきたい。
【参考】関連記事としては「トヨタの自動運転戦略(2024年最新版) 車種や機能の名前は?レベル2・レベル3は可能?」も参照。