トヨタ、自動運転実用化の質問に「実質ゼロ回答」 株価下落の引き金に?

章男会長、具体的な取り組みは示さず



出典:Flickr / DennisM2 (CC0 1.0 : Public Domain)

トヨタの第120回定時株主総会が2024年6月に開催された。過去最高益をはじき出しつつも、グループ内では認証申請における不正行為が表面化するなど、明暗の激しい一年となった。

一部株主からは豊田章男会長の解任を求める声も上がり、取締役選任に関する議案では、章男会長再任を支持する議決権割合は71.93%に留まった。もちろん、多くの株主はこの10数年にわたる章男会長の実績・功績を評価しており、改めてグループの未来を託す格好となった。


未来と言えば、静岡県裾野市で建設中のWoven City(ウーブン・シティ)の第一期工事が2024年度中に終了する見込みだ。自動運転のテストコースとしてトヨタの未来を担う新たな挑戦であり、株主からもWoven Cityにおける自動運転の取り組みに関する質問が寄せられたようだ。

しかし、答弁に立った豊田章男会長の口からは具体的な取り組みは示されず、実質ゼロ回答となったようだ。どのような思惑があるのだろうか。

株主総会における質疑の内容とともに、トヨタの自動運転構想に迫ってみよう。

■トヨタの株主総会の概要

自動運転の実用化・商品化に関する質問

出典:Woven City公式Facebookページ(https://www.facebook.com/WovenCity.JP/)

トヨタイムズによると、株主総会では「ウーブン・シティでは自動運転の実用化に向けてどんな取り組みが行われるのか、商品化はどんなふうに進んでいくのか?」といった質問が寄せられたという。


佐藤社長は「ウーブン・シティのプロジェクトオーナー、創業メンバーである会長の豊田より回答申し上げる」と豊田章男会長を答弁者に指名した。

章男会長は「ウーブン・シティの考え方は、かつての関東自動車の一人の従業員の質問から成り立った。東富士工場を閉める決定をしたとき、従業員は『この先、この工場はどうなるのか』という不安を多く抱えていた。そんな時、私が現地に赴き工場従業員全員の前で想いを語っていたとき、思わず言葉に出たのが『ここを未来のテストコースにしたい』ということ」ときっかけを説明した。

続けて「来年には第一期工事が完了するが、ウーブン・シティは更地の上にできるのではなく、半世紀にわたり自動車産業、地域のために働いた仲間の情熱の歴史の上に建つ街。その意味では、クルマ屋たちの夢の跡。ウーブン・シティでは未来のことを、未来の人たちが一緒になって仲間とともに考え、悩み、失敗しながら挑戦をし続けてほしい」とした。

また、「クルマ屋から見た私を驚かせてくれるような新たなモビリティが、この街から生まれてくることを期待している。ウーブン・シティという未来への投資は、決して正解があるから進んでいるわけではなく『今の行動が未来の景色を変える』という想いで若い人たちが中心となってやっている。日本でも未来づくりができるということをトヨタは示したい」と話し、株主の支援・理解・応援を求めた。


答弁が終わると、章男会長の未来に対する思いに感化される格好となったのか、会場から大きな拍手が沸き起こったという。万々歳だ。

自動運転の実用化・商品化には言及せず

……いや、ちょっと待ってほしい。ウーブン・シティの在り方や章男会長の思いとしては模範的回答かもしれないが、自動運転の実用化や商品化に関する質問の答弁としては「ゼロ回答」ではないだろうか。莫大な研究開発費を投じて開発している自動運転技術だけに、不透明感が高まったら株価が大幅下落する懸念もある。

公開されている動画を見る限り、実用化・商品化に関する具体的内容には一切言及していない。意図的に避けたか、あるいは「若い人たちに一任している」ということなのか。

後者であっても、ウーブン・バイ・トヨタの中では一定のロードマップが出来上がっているものと思われる。そして、章男会長であればその進捗や計画を容易に把握可能なはずだ。

質問自体は明確で、その主旨を見失うものでもない。そう考えると、質問に対し意図的にゼロ回答したことになる。

しかし、それはそれで疑問だ。秘密にしなければならないほどの内容と思えないためだ。仮にある程度内容を伏すにしろ、「e-Palette(イー・パレット)を導入して~~」など、これまでに発表済みの内容を大雑把に回答すればよいだけの話だ。

章男会長は……というより、トヨタはなぜこの質問に答えなかったのか。謎は深まるばかりだ。

■トヨタの自動運転に関する取り組み

ホンダや日産は計画を公表

自動運転に関するトヨタの取り組みは、ライバルのホンダ日産に比べ大人しい状況が続いている。トヨタ主導の自動運転公道実証は行われず、独自の自動運転サービス実用化に向けた取り組みも特に公表されていないのだ。

例えば、ホンダは米GM、Cruiseとともに2026年初頭にも東京都内で自動運転タクシーを開始する計画を掲げ、栃木県内などで実証を行っている。日産は早くから新モビリティサービス「Easy Ride(イージーライド)」の実証を神奈川県横浜市内で実施しており、2027年度に地方を含む3~4市町村で車両数十台規模のサービス提供を目指す計画を明らかにしている。

一方のトヨタは、自動運転サービス専用モデル「e-Palette」をいち早く発表し、東京オリンピック・パラリンピックの選手村で関係者の移動向けにサービス実証を行っているものの、その後の主体的な取り組みは特に発表されていない。

2024年2月に、トヨタが都内のお台場エリアで建設中の新アリーナ「TOYOTA ARENA TOKYO」周辺で、トヨタとソフトバンクの合弁MONET Technologiesが2024年7月にも自動運転サービスの実証を開始することが報じられたが、正式なプレスリリースは出されていない。

また、自動運転システムにはトヨタが出資する米May Mobilityが導入されるといった報道もある。情報を精査すると、トヨタ主導ではなさそうだ。

今のところ、トヨタ自身が自動運転サービスを導入する具体策や具体的な取り組みはない状況と言える。

【参考】トヨタ、ホンダ、日産の動向については「トヨタ、自動運転タクシーの参入見送りか 日産は2027年、ホンダは2026年に展開へ」も参照。

トヨタ、自動運転タクシーの参入見送りか 日産は2027年、ホンダは2026年に展開へ

自動運転車のベースとなる量産車の開発に注力?

一方、トヨタとパートナーシップを結ぶ新興勢の開発意欲は高く、トヨタの量産モデルをベース車両に採用する例も非常に多い。

走行実証向けの車両では、航続距離が長く費用対効果が高いプリウス、サービス実証段階では上質感のあるレクサス車両を採用する例が多い。May Mobilityや中国Pony.aiなどもレクサス車両を導入している。

近年では、米国市場向けのミニバン「シエナ」を導入する動きが広がっている。同車の自動運転サービス向けモデル「シエナAutono-MaaS」はMay MobilityやPony.ai、Aurora Innovationといったパートナー企業をはじめ、2024年にはアマゾン傘下のZooxも走行テスト向けに導入したようだ。

Zooxは自動運転専用設計のオリジナルモデルの開発・生産に固執しており、すでに量産体制も構築しているはずだが、新規の実証においてはハンドルなどを備えたシエナの方が許可が下りやすく、利便性が高いものと思われる。

各社の動向を見ていると、トヨタはこうしたベース車両の開発に力を入れているのでは?……とも感じる。戦略上、これも重要な手だろう。

自動運転サービスはスタートアップ勢が先行しており、大半が自動車メーカーの既存モデルを改造して活用している。こうした需要を取り込む意味でもハンドルなどを備えた自動運転向けの量産車開発に力を入れることに意味はあり、さらにそこで培った知見を自社の自動運転開発に役立てることもできる。シエナAutono-MaaSはその好例となり得る。

国内では、トヨタ製の量産タクシー「JPN TAXI(ジャパンタクシー)」をティアフォーが採用し、自動運転タクシー実用化に向けた取り組みを進めている。

日本向けとして、近い将来「JPN TAXI Autono-MaaS」的なモデルが発表されてもおかしくなさそうだ。

【参考】自動運転車のベース車両については「自動運転車の「ベース車両」、トヨタ車が続々採用されている理由」も参照。

自動運転車の「ベース車両」、トヨタ車が続々採用されている理由

Woven Cityはトヨタの自動運転構想の象徴?

トヨタ独自の取り組みがいまいち見えてこない。だからこそトヨタ主導のWoven Cityの取り組みが気になるのだ。

Woven Cityでは、独自設計した都市空間・まちで、自動運転をはじめとした各種モビリティの実証や社会課題解決に向けたさまざまな先進的研究・実証などが行われる予定となっている。

2024年度に約5万平米の第一期工事を終了し、2025年度に360人規模の移住と一部実証がスタートする計画だ。その後も順次拡大を図っていく。敷地は70万8,000平米に上り、最終的には2,000人規模の住民を予定している。

トヨタはこのWoven Cityにおいて「モビリティの拡張」をビジョンに掲げ、その上で「テストコースの街で未来の当たり前を発明する」ことをミッションに据えている。

都市には、自動運転モビリティ用の道や歩行者とスピードが遅いパーソナルモビリティが共存するプロムナード、歩行者専用の3種類の道路を地上に整備するほか、地下にも物流専用道が通る計画だ。既成概念にとらわれない都市空間で、人や各種モビリティの移動の在り方を一から見つめなおす狙いがありそうだ。

住人は研究者のほか、例えば「子育て世帯」など実証にマッチする層を募集する見込みだ。研究者には、リアルな生活空間で実証を行うことができる「場所=Woven Test Course」と、トヨタのモノ作り知見やアセットを活用した、さまざまな面からの開発・実証を支援するサポート体制「Woven Inventor Garage」を提供するという。

同所ではe-Paletteの導入が予定されており、移動サービスをはじめとしたさまざまな実証に期待が寄せられる。

また、さまざまな研究者が自動運転サービスを作り出せるプラットフォームの形成を図っていくこととしている。自動運転機能をさまざまな研究者に使い試してもらうことでユースケースを拡げていく計画で、例えばe-Paletteを使った自動運転バスサービス(バス事業者)や、自動移動販売サービス(小売り業者)などがある。

自動運転技術を鍛えるとともに、自動運転を使ったサービスの価値検証を効果的に図っていく狙いだ。この領域のパートナー企業などはまだ明かされていない。

このあたりの取り組みが具体化すれば、トヨタとしての自動運転構想の輪郭が徐々に鮮明になっていくのかもしれない。

【参考】Woven Cityについては「トヨタWoven City、準備整い次第「訪問者」を募集へ」も参照。

トヨタWoven City、準備整い次第「訪問者」を募集へ

■【まとめ】トヨタは10年20年後を見据えている?

自動運転サービスの具体化計画を出さないトヨタの戦略は、裏を返せばすべてWoven Cityに関わってくるのかもしれない。

Woven Cityでの濃密な実証を通じて極限まで質を高め、その後に大々的に各所へ横展開を図っていくような戦略だろうか。自動運転バスなどの一般的なサービスは、初期段階においては完全に他社に任せるくらいの算段で構想を練っているのかもしれない。

つまり、トヨタは2年3年後ではなく、10年20年後を見据えた取り組みを進めているのだ。そう考えればゼロ回答にも納得がいく。

真相は不明だが、Woven Cityのオープンとともに具体化されたさまざまな計画や戦略が浮かび上がってくるものと思われる。引き続きトヨタやWoven Cityの動向に注目だ。

【参考】関連記事としては「ついに2024年、トヨタが「自動運転レベル3」で沈黙破るのか」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




関連記事