トヨタ自動車が、新年度向けの役員人事を2023年1月26日に発表した。豊田章男社長が会長職に就き、新社長には現執行役員の佐藤恒治氏が就任する大型人事だ。
2009年に社長に就任して以来、先頭に立ってトヨタをけん引してきた章男社長は、自動運転分野においてどのような功績を残したのか。また、章男社長からバトンを手渡される佐藤氏は、自動運転戦略をどのように展開していくのか。
この記事では、自動運転分野を中心に据え、章男氏在任中におけるトヨタの変革に迫っていく。
記事の目次
■役員人事の概要
章男氏は会長職へ
今回発表された役員人事は2023年4月1日付のもので、現代表取締役社長で執行役員の章男氏が代表取締役会長となり、現代表取締役会長の内山田竹志氏は代表取締役となる。新社長には、現執行役員でChief Branding Officerなどを務める佐藤恒治氏が就く。
また、第119回定時株主総会での承認を得次第、佐藤氏を取締役に選定する予定だ。
新体制でさらなる変革を
トヨタのオウンドメディア「トヨタイムズ」によると、内山田氏の会長職退任から社長交代の話が浮上したようだ。章男氏は、トヨタの変革をさらに進めるためには、空席となる会長職に自身が収まり、新社長をサポートする形が最適と考えたようだ。
章男氏は、佐藤氏について「トヨタの思想、技、所作を身につけようと、クルマづくりの現場で必死に努力してきた人」「クルマが大好きな人」と評する。その上で「佐藤新社長を軸とする新チームのミッションは、トヨタをモビリティ・カンパニーにフルモデルチェンジすること」と次の世代に期待を寄せる。
クルマを創り続ける社長でありたい
一方、佐藤氏は「私はエンジニアで、長くクルマ創りに携わってきた。クルマを創ることが大好きだからこそ、『クルマを創り続ける社長』でありたいと思う。トヨタのあり方を『クルマ』という形で示していきたい」とし、「新チームでは『継承と進化』をテーマに、創業の理念を大切にしながら『商品と地域を軸にした経営』を実践し、モビリティ・カンパニーへのフルモデルチェンジに取り組んでいく」と抱負を語っている。
豊田章男氏の略歴
章男氏は1956年生まれの66歳(2023年1月時点)で、1984年にトヨタに入社した。GAZOO事業部やアジア本部、中国本部、情報事業本部などを経て2009年6月に社長に就任した。初代の豊田利三郎氏から数えて第11代目の社長だ。
テストドライバーやレーシングドライバーとしての顔も持ち、1人のドライバーとしてもクルマに対する造詣が深い。また、2018年からは日本自動車工業会の会長も務めている。
佐藤恒治氏の略歴
佐藤氏は1969年生まれの53歳(2023年1月時点)で、1992年にトヨタに入社した。2016年にLexus InternationalのZLチーフエンジニアに就任し、2020年からはLexus International とGAZOO Racing CompanyのPresidentを務めている。2021年 に執行役員に就任し、同年からChief Branding Officerを務めている。
エンジニア畑が長く、初代プリウスの開発などにも携わってきた経歴を持つ。「クルマを創り続ける社長」として、章男氏の戦略を踏襲しながらモビリティ・カンパニーへのモデルチェンジを推進していく構えだ。
■豊田章男氏によるトヨタ経営
苦境を乗り越え組織改革を実行
章男氏が社長に就任した2009年は、リーマンショックの影響がなお続く危機の時代だ。就任直前の2009年3月期決算には創業期以来の赤字決算を計上していた。その後も大規模リコールや東日本大震災の発生など、トヨタを取り巻く環境は厳しさを増した。
章男氏は、トヨタが目指すべき方向性を示す「トヨタ グローバルビジョン」の策定や、「もっといいクルマづくり」に向けた組織改革などに乗り出す。パワートレーンユニットとプラットフォームを刷新したTNGA(Toyota New Global Architecture)に基づく商品開発やカンパニー制の本格導入などもこの時期にスタートする。
チームメイトコンセプトを公表
イノベーション関連では、ハイブリッド車や燃料電池車、安全技術、次世代モビリティ、ITインフラといったさまざまな革新に向けリソースの投入を強化している。
2015年には、開発中の自動運転車両によるデモ走行を首都高速道路で実施した。高速における合流、車線維持、レーンチェンジ、分流を自動運転で行うものだ。この際、同社がこれまで取り組んできた自動運転の考え方を「Mobility Teammate Concept」と命名したことも発表している。人とクルマが、ある時は見守り、ある時は助け合う気持ちが通ったパートナーのような関係を築く考え方で、今なおこのコンセプトは踏襲されている。
TRI設立でAI開発を推進
2016年には、AIの研究開発を主軸とする「TRI(Toyota Research Institute)」を米シリコンバレーに設立し、自動運転をはじめとした先進技術開発を大きく加速していく。
大学をはじめとした研究機関との協業をはじめ、ベンチャーキャピタルファンド「Toyota AI Ventures(現Toyota Ventures)」によるアーリーステージのスタートアップへの投資なども促進し、開発能力を大幅に向上させている。2018年には、ミシガン州に自動運転開発用のテスト施設を開設している。
国内開発拠点TRI-ADを開設
トヨタは2018年、自動運転技術の先行開発分野における技術開発促進に向け、国内開発拠点となる「TRI-AD(Toyota Research Institute Advanced Development)」を設立した。北米のTRIとの連携強化を図りながら、研究から開発まで一気通貫のソフトウェア開発を促進し、トヨタグループ内での開発をスピードアップさせる狙いだ。
チームメイトコンセプトに基づく自動運転技術へのアプローチ手法である「ショーファー」や「ガーディアン」の開発をはじめ、自動地図生成プラットフォーム「AMP」の開発や、さまざまな車両プログラムを容易に設計、構築、テスト、実装できるプラットフォーム「Arene」の開発など、着実に成果を上げていく。
ウーブンプラネットグループで開発力強化
2020年には、TRI-ADを発展的に再編した新会社ウーブン・プラネット・グループの設立を発表した。持株会社ウーブン・プラネット・ホールディングスと、事業会社となるウーブン・コア、ウーブン・アルファ、グローバル投資ファンドのウーブン・キャピタルに事業を再編し、さらなる開発促進と革新的なプロジェクトの立ち上げを推進していくとしている。
ウーブン・キャピタルは、自動配送ロボット開発を手掛ける米Nuroや、フリート事業におけるDX化を推進する米Ridecellに出資するなど、多様なパートナーやテクノロジーとの連携を強めている。
また、ウーブン・プラネット・ホールディングスは、米配車サービス大手Lyftの自動運転開発部門「Level 5」や高精度地図関連技術を有する米CARMERA、自動車向けOSの開発を手掛ける米Renovo Motorsをそれぞれ買収するなど、先端技術の導入を推進している。
【参考】ウーブン・プラネット・ホールディングスについては「トヨタ系Woven Planet Group(2022年最新版)」も参照。
トヨタ系Woven Planet Group(2022年最新版) https://t.co/A7MtkrmMYl @jidountenlab #トヨタ #ウーブンプラネット
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) July 28, 2022
実証都市「Woven City」の建設に着手
2021年には、静岡県裾野市で実証都市「Woven City」の建設にも着手している。閉鎖したトヨタ自動車東日本の東富士工場の跡地を活用し、パートナー企業とともにモビリティをはじめとしたさまざまな先端技術を検証していくための「まち」だ。
e-Paletteの導入なども計画されており、自動運転技術の実証はもちろん、自動運転を活用したさまざまなサービス展開や異業種との結び付きなど多角的な事業展開に期待が寄せられる。
現在造成工事が進められており、2024~2025年に第1期オープンを予定している。
【参考】Woven Cityについては「Woven City、第1期は2024年開業か 初期住民は360人」も参照。
Woven City、第1期は2024年開業か 初期住民は360人 https://t.co/cEVC9atxPD @jidountenlab #WovenCity #トヨタ
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) August 6, 2022
■社長交代で自動運転戦略は変わる?
チームメートコンセプトは踏襲される?
章男氏の指揮下において、トヨタは自動運転の開発競争に乗らず、無理に社会実装を早める戦略を採用しなかった。運転する楽しさとの共存を模索し、チームメイトコンセプトのもと、安全走行をいかにサポートするか――といった観点に主軸を置いている印象だ。
こうした考えは乗用車の領域にはっきりと反映されており、レベル2やハンズオフを可能にするレベル2+の搭載を推し進める一方、未だレベル3には踏み込んでいない。
この戦略は、佐藤氏の指揮に移行しても踏襲される可能性が高い。レクサスブランドやGAZOO事業をけん引してきた佐藤氏は、自家用車に求められる本質的な価値を重視し、今しばらくは手動運転前提の事業展開を行っていくのではないだろうか。
もちろん、レベル3の搭載・製品化はすでに水面下で具体化しているものと思われるが、自動化そのものが目的ではなく、あくまで手動運転をベースとした安全走行のための自動化が根本となっているはずだ。
サービス用途の自動運転戦略は流動的?
一方、サービス用途の車両についてはこの限りではない。バスやタクシーなどの事業用途では、運転する楽しさを考慮する必要はなく、純粋に安全性や事業の効率性などを追及していかなければならない。また、e-Paletteのように多目的な活用を目指すには、他社の動向を踏まえた社会実装の時期も重要性を増す。
国内では、ライバルであるホンダがGM・Cruise陣営との協業のもとレベル4サービス実装に向けた取り組みを大きく加速しており、こうした動きを無視するわけにはいかないはずだ。
この分野においては、流動的に事業を展開していく可能性も考えられる。モビリティ・カンパニーに向けた佐藤氏の采配に注目だ。
■【まとめ】継承と進化をテーマに
佐藤氏自身が「継承と進化」をテーマに据える通り、長年トヨタが築き上げてきた歴史と章男氏が実行した変革をいかに継承していくか、また、その上でモビリティ・カンパニーへのモデルチェンジに向けどのように独自色を発揮していくかが問われることになりそうだ。
従来の「クルマ」が「モビリティ」へと移り変わっていく大変革時代を迎えた自動車業界において、新たにバトンを受け取る佐藤氏はどのようなゴールを見据えているのか。各界から大きな関心が寄せられるところだ。
【参考】関連記事としては「トヨタと自動運転(2023年最新版)」も参照。