ADASや自動運転、コネクテッド技術の実用化により、自動車における研究開発の中心は徐々にハードウェアからソフトウェアへと移行している。従来、機械として扱われていた自動車がコンピューター化しているのだ。
これを顕著に示す例が、独フォルクスワーゲングループ(VWグループ)におけるソフトウェア専門開発子会社「CARIAD(カリアド)」だ。グループの全ブランドを網羅するOSやクラウド、自動運転技術の開発などを一手に引き受けており、設立約2年ながら4,000人超の規模で事業を展開している。
この記事では、VWグループの戦略とともにCARIADの取り組みを解説していく。
記事の目次
■CARIADの概要
ソフトウェア開発部門「Car.Software」が前身
CARIADは、VWグループがソフトウェア専門の研究開発部門として2019年に設立し、2020年に本格始動した「Car.Software」を前身とする。グループ内のエンジニアらを集結し、自動車関連ソフトウェア開発の内製化率を引き上げる目的だ。
VWグループの車両には、200社ものサプライヤーから提供された最大70種類のコントロール ユニット・制御用ソフトウェアが組み込まれており、関連ソフトウェアの内製化率は10%未満にとどまるという。コネクテッドカーが増加する今後、こうしたソフトウェアはさらに増加していくことが予想される。
アウディやポルシェなどグループ内の12ブランドはそれぞれ独自のアーキテクチャを実行しており、それぞれが特定の車両セグメントに合わせて最適化されているため統一性はなく、複雑性が増すばかりとなる。
そこで、グループ内の全ブランドで共通して使用可能な標準OS「VW.OS」やクラウド「VW.AC(Volkswagen Automotive Cloud)」を開発することで、複雑に入り組んだグループ内のシステムやバージョンを簡素化し、効率化を図るとともに収益性を上げていく狙いだ。
Car.Softwareは、2025年までに5,000人を超す専門家を同部門に配置して開発を加速し、グループ内の全新型車種におけるソフトウェアプラットフォームの共有化や、ソフトウェア開発の内製率を10%未満から60%以上に引き上げる目標を掲げている。
従業員は4,000人超、米国や中国にも開発拠点設置
Car.Softwareはその後、VWの子会社CarmeqやAudi Electronics Ventureを統合するなど組織再編とともに開発力強化を図り、2021年3月にCARIADとして正式に子会社化した。名称は「CAR, I Am Digital」に由来する。
この子会社化の時点で従業員はすでに4,000人超規模に達しており、国際的なソフトウェア開発者らが、本拠地のヴォルフスブルクをはじめインゴルシュタット、シュトゥットガルト、ベルリン、ミュンヘン、さらには中国、北米シアトルなどで開発に当たっている。
具体的な開発領域は、OSやE/Eアーキテクチャ、プラットフォームをはじめ、ADAS、インフォテインメントプラットフォーム、パワートレインをリンクするソフトウェア機能、シャーシと充電技術、車両内外の新しいエコシステムやデジタルビジネスモデルを含むデジタル機能の開発なども手掛けているという。
■VW.OSの開発
バージョン1.1はすでに実装
VW.OSの開発において、CARIADは現在3つのソフトウェアプラットフォームの開発を手掛けており、1つ目の「E3 1.1」はすでにEV「ID.3」「ID.4」に導入されている。OTAアップデートで常に車両を最新の状態に保つことができる。
進化バージョンとして続く「E3 1.2」は、2023年に利用開始になる見込みで、アウディやポルシェの車両に導入されるという。新しい統合インフォテインメントプラットフォームとサードパーティのアプリストアを備えるほか、新しいVW.ACに移行する準備も整うとしている。
バージョン2.0は全車両への導入目指す
そして2025年を目途に開発を進めている「E3 2.0」は、将来的にグループのすべての車両に導入するプラットフォームとなる。2.0には、レベル3の自動運転能力とレベル4に向けた準備段階の能力が含まれ、VW.ACに完全に接続される。
予定では、2025年にアウディのArtemisプロジェクトに統合され、2026年にフォルクスワーゲンのTrinityプロジェクトにも拡大し、2030年までにグループ内のブランド最大4,000万台の車両に導入されていく。
■VW.ACの開発
マイクロソフトとの協業のもと開発継続
クラウド開発に向けては、2018年にVWと米マイクロソフトが戦略的パートナーシップを発表している。
VW.ACに接続された車両がリアルタイムで生成するデータは適時分析が行われ、どの機能・システムが効果的に作動し、またどのシステムがうまく機能しないかを発見する。この分析に基づいてソフトウェアを更新し、各車両に新しいバージョンをリリースする。そして、新しいバージョンからデータを収集し、再び改善を図っていく。
この数百万台の車両が関与する継続的なサイクルを「Big Loop」と名付け、車両を継続的に改善される自己学習型の機械へと変えていくという。
VW.ACは、包括的なエンドツーエンドのソフトウェアプラットフォームの主要部分として、車載OSをはじめADASや自動運転、インフォテインメント、モバイルアプリサービスなどを可能にする機能も含まれる。
また、VWとマイクロソフトは自動運転に向けたクラウド「ADP(Automated Driving Platform)」の開発も進めている。自動運転開発における環境データや車両データ、システムデータといった膨大なデータを一元的に処理する効率的で持続可能な開発基盤で、ADASや自動運転機能の開発に合わせた強力なソフトウェアテクノロジーがバンドルされている。
■VWグループの自動運転開発における位置づけ
自家用車向け自動運転開発でボッシュと協業
VW内における自動運転開発の位置付けとしては、CARIADが自家用車向け、米Argo AIが商用車向けと分担しているようだ。Argo AIはVWから出資を受け、さらにVWグループの子会社だった自動運転開発企業「Autonomous Intelligent Driving(AID)」を統合し、パートナーシップを深めながら開発を進めている。
自家用車向けの開発は、目下高度なレベル2とレベル3に焦点が当てられており、近々では2022年1月25日にCARIADと独サプライヤー大手ボッシュのパートナーシップが発表された。
【参考】関連記事としては「自動運転レベルとは?定義や呼称、市販車の車種は?できることは?」も参照。
ボッシュのクロスドメインコンピューティングソリューション部門とCARIADのアソシエイトが混成チームを組み、高速道路をはじめ都市や郊外においてもハンズオフ運転を実現する高度なレベル2システムと、高速道路においてすべての運転機能を引き継ぐレベル3システムを共同開発していく。レベル4実現に向けた検討も進め、最終的には1,000人超の開発チームになるという。
【参考】Argo AIについては「Argo AI、自動運転の年表!米有力スタートアップ、VWとFordが出資」も参照。
■【まとめ】自動車メーカーはソフトウェア主導のモビリティプロバイダーへ
誤解のないように、自動車開発においてハードウェアが軽視されているわけではなく、純粋にソフトウェア開発の比重が増しているということだ。その意味で、CARIADはVWグループの命運を握るといっても過言ではないだろう。
VWグループのように、ソフトウェア主導のモビリティプロバイダーを目指す動きは多くの自動車メーカーが意識しているところであり、異業種を交えた車載OSやクラウド、自動運転システムの開発は今後ますます加速していく可能性が高い。
自動車メーカー各社がどのような企業と手を組み、開発を進めるのか。また、その過程で自動車メーカー同士の新たなパートナーシップが生まれるのかなど、要注目だ。
▼CARIAD公式サイト
https://cariad.technology/
【参考】関連記事としては「ボッシュ、汎用的な自動運転ソフトウェアを開発へ」も参照。