ホンダ、タクシー会社の「ライバル」化 自動運転移動サービスの展開で火花

お得意様と競合関係に?既存業界への影響は?



出典:Ian Muttoo / Flickr (CC BY-SA 2.0)

自動運転タクシー事業化に向けた動きを鮮明にした自動車メーカーのホンダ。合弁を立ち上げ、2026年にも東京都内で自動運転タクシーサービスを開始する計画を公表した。

直営する形で自らタクシー事業を行うのかは不明だが、この場合、既存のタクシー会社にとってはホンダが強力なライバルとなり得るため、顧客争いで火花を散らすことになりそうだ。自動運転技術による無人移動サービスの実現は、業界の垣根を超えた競争を生み出すのだ。


自動運転によるサービスは、業界にどのような影響を与えるのか。ホンダの例を交えながら解説していく。

■自動運転タクシー実現に向けたホンダの取り組み
実現に向けロードマップを明確化

100年に一度の大変革の時代と言われる昨今、自動車業界にはCASE(C=コネクテッド、A=自動運転、S=シェアリング・サービス、E=電動化)の波が押し寄せ、自動車メーカー各社は自動運転開発や新たなモビリティサービスの創出などに力を注いでいる。

自動運転開発は、オーナーカー向けとサービスカー向けに大別できるが、表立って開発が進められているのがサービスカー向けだ。先行するスタートアップの多くがサービスカー向けのシステム開発を行っていることもあり、話題に上がるのは自動運転バスやタクシー、トラックばかりだ。

自動車メーカー各社もオーナーカーとサービスカー双方の自動運転開発を進めているものと思われるが、具体的なロードマップを示す例は少ない。


数年前までは「自動運転タクシーを2020年をめどに実用化する」――といったビジョンを掲げるメーカーも少なくなかったが、開発が現実味を帯び、各種課題が表面化するにつれ、明言を避けるようになった節がある。

「どの自動運転車を使用し、どこでいつまでにどのようなサービスを開始する」――といった具体的なビジョンは影を潜めたのだ。

しかし、今回ホンダは「Cruise Origin(クルーズ・オリジン)を使用し、東京都心部で2026年初頭に自動運転タクシーサービスを開始する」と具体的な道を示した。GM、Cruiseとともに2024年前半にもサービス提供を担う合弁を設立し、実証を加速する。2026年時点では数十台からサービスを開始し、500台規模での運用を見込む。その後も順次台数を増加させ、サービス提供エリアの拡大を目指す方針だ。

非常に具体的で、現実味を感じられる内容だ。このリリースを読む限りでは、新たに設立する合弁が自動運転タクシーを直営するように受け取れる。


直営か否か…タクシー会社との協業も?

ただ、ホンダ子会社のホンダモビリティソリューションズは2022年4月、2020年代半ばに予定する東京都心部での自動運転モビリティサービスの提供開始に向け、タクシー事業を手掛ける帝都自動車交通と国際自動車とサービス設計や事業者間の役割・責任分担の在り方などについて検討していくことに合意している。

交通事業者や自治体などのステークホルダーとの連携強化を図りながら、東京都心部でのサービス開始に向け自動運転技術の実証などを実施していく予定としている。

この協業における、「サービス設計や事業者間の役割・責任分担の在り方」が肝となる。仮に、帝都自動車交通や国際自動車に自動運転車をリースするなどし、各社のプラットフォーム上でサービスを提供するならば協調路線を歩むことができる。

しかし、タクシー運営に関するノウハウやそこから得られる膨大な人の移動データをホンダが吸収した上で、ホンダモビリティソリューションズや新会社がサービスを直営し、自動運転にまつわるデータやプラットフォームの所有権を有するのであれば、話は変わってくる。

仮に、運行管理などの実際のオペレーション業務はタクシー会社との協業になったとしても、マネタイズの源泉となるデータやプラットフォームが自社(※タクシー会社)のものにならないならば、それは「協業」という名の下の「自動運転タクシー会社の下請け」になることを意味するだろう。

つまり既存のタクシー会社にとってホンダは、「協業」すべき相手でもあり「競合」する純粋な「ライバル企業」となるのだ。

従来、自動車メーカーにとってタクシー会社は車両を販売する「お得意様」だった。ホンダ車はあまりタクシーに採用されていないものの、大口契約の可能性を秘めた取引先となり得る。自動運転サービスの直営は、このビジネスパートナーとなり得るタクシー企業を向こう岸に回す行為とも言える。

【参考】ホンダの自動運転タクシー戦略については「ホンダの自動運転タクシー、Googleすら未実現の「運転席なし」」も参照。

■次世代モビリティの世界
新モビリティは既存サービスと競合する?

こうした競合は、自動運転サービスに限らない。MaaSにおけるさまざまなモビリティサービスの創出・提供も、既存サービス事業者との競合を生み出すことがある。

ケースバイケースではあるものの、自動車メーカー直営のカーシェアサービスをはじめ、新たなパーソナルモビリティのシェアサービスやレンタルサービスなどが既存移動サービスを脅かす可能性は少なくない。

MaaSの本質は、同一エリアにおけるさまざまな事業者のモビリティをサービス面で統合し、エリア内における移動を円滑にすることにある。利用者の移動に利便性をもたらし、移動の総量を増やすことで各事業者が競合しつつも共に需要を増加させていくことが理想だ。

ただ、現実問題として類似したサービスがただの利用者争奪戦に終始することは珍しくない。全体の戦略に対し深いレベルで共通認識が醸成されていなければ、単純にMaaSアプリを導入するレベルで取り組みが終わってしまう。その結果、類似サービスはただただ競合し、ライバル関係から脱することができなくなるのだ。

初期段階における自動運転タクシーは既存タクシーを脅かさない?

では、自動運転タクシーは既存の手動運転タクシーと競合するのか。A地点からB地点へとピンポイントで利用者を移動するサービスとして当然競合するため、既存事業者から見れば、新たなタクシー事業者が参入してきたことに変わりはないだろう。自動車メーカー直営による自動運転タクシーは、ライバルの参入でしかないのだ。

ただし、初期段階における自動運転タクシーは手動運転ほどの運転能力を持たず、走行エリアや走行ルート、乗降ポイントが限られていたり、悪天候に耐えられなかったりするなど、サービス・運用面で至らない点が出てくる。初心者マークのドライバーが恐る恐るサービスを提供するようなイメージだ。料金設定も、当面は既存サービス同様かそれ以上に設定される可能性が高く、絶対的なメリットは少ない。

技術高度化で本格的な競合へ、しかし……

技術が高度化してくると、走行エリアが拡大し、より確実で安全な走行が提供できるようになる。初心者マークはすでに取り払われ、熟練ドライバーの仲間入りを果たし始めるのだ。こうした段階に至れば、導入車両数はさらに増加し、人間のタクシードライバーと本格的に競合することになる。

しかし、こうしたフェーズに突入すると、タクシー会社も自動運転車の導入を本格検討することになるはずだ。慢性的なドライバー不足の状況に加え、人件費を圧縮できる無人サービスはタクシー会社にとっても魅力的なものへと変わっていくのだ。

遅かれ早かれ自動運転の技術は高度化し、手動運転の領域に達する。こうした未来を踏まえると、自動運転サービスをライバル視し続け、また対岸の技術・サービスとして捉え続けることはガラパゴス的発想となる。

自動運転が手動運転の領域に達する頃には、タクシーを取り巻く法改正も進み、自動運転タクシーの料金も相当低めに設定される可能性が考えられる。手動運転サービスの需要は一定程度残るものの、次第に自動運転タクシーが手動運転タクシーの台数を上回り始めることになる。

こうした将来を見越し、タクシー会社はどの段階でどのように自動運転サービスを取り入れていくかを早い段階で見定めなければならない。当面は従業員であるドライバーを守る必要があるのも事実だが、計画的に人員をコントロールして来るべき未来に備えなければならないのではないだろうか。

【参考】自動運転タクシーの料金については「自動運転技術が東京〜大阪間「1万円タクシー」を実現する」も参照。

■【まとめ】自動運転タクシー高度化のタイミングを見定めるべし

ホンダが自動運転タクシー実現に向けた取り組みを本格化すれば、タクシー会社はその動向を注視せざるを得ない。ただ、その視線を「ライバル」に対して向けるのか、「未来のモビリティ」に対して向けるのかによって、自社の戦略は変わっていくのだろう。

ポイントは、自動運転タクシーがどのタイミングで手動運転の水準に踏み込み始めるか――だ。海外で実用化されている自動運転タクシーの大半はまだ初心者マークを脱していない。初心者マークどころか仮免レベルもあるようだ。

しかし、遅かれ早かれ技術は進歩する。そのタイミングを正確に見定め、円滑に事業をシフトしていくことが肝要となりそうだ。

【参考】関連記事としては「自動運転、主要企業の「子会社」まとめ(2023年最新版)」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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