トヨタ自動車とNTTは2020年3月24日、業務資本提携に関する合意書を締結したと発表した。トヨタが静岡県の東富士に設置するコネクティッド・シティ「Woven City」での協力を皮切りに、スマートシティビジネスの事業化に向けて長期的な協業関係を今後維持していく構えだ。
この業務資本提携に関し、トヨタとNTTによる共同記者会見が行われた。トヨタの豊田章男社長は会見中、「日本を背負うという気概で」と覚悟を口にしつつ、NTTとの協業についてその詳細を語った。今回はこの会見における豊田社長のスピーチ部分の全文を書き起こし、その内容をお届けする。
【参考】業務資本提携の詳しい内容は「トヨタ自動車とNTT、スマートシティで協業 Woven Cityの取り組みを世界へ」を参照。
記事の目次
■「あらゆるモノ・サービスが情報でつながっていく時代に」
豊田でございます。皆様ご承知の通り自動車産業は「CASE革命」により、車の概念そのものが変わるとともに、人々の暮らしを支える、あらゆるモノ・サービスが情報でつながっていく時代に突入しております。
つまり、私たちのビジネスを考えるうえでも、車は単体ではなく、車を含めた街全体、社会全体という大きな視野で考えること、「コネクティッド・シティ」という発想が必要となってきております。
こうした中で今回、NTTと新たな協業に取り組まさせていただくことになりました。私からは、トヨタがNTTと提携する理由を、私たちが直面している2つの変化の観点からご説明させていただきます。
■「ハードの強みを活かし、ソフトウェア・ファーストの考え方も」
1つは、トヨタ自身が対応していくべきものとして、モノづくりにおけるソフトウェアの位置づけの変化がございます。
従来の商品開発は、「ハード」と「ソフト」の一体開発が基本でした。しかし、ソフトの進化のスピードが、ハードを上回る状況が出てまいりますと、一体開発では商品の性能や価値向上が、進化の遅いハードの制約を受けるという課題が顕在化してまいりました。
そこで近年、開発の自由度確保と商品力向上のため、ハードとソフトを分離し、ソフトを先行して開発実装する「ソフトウェア・ファースト」の考え方が広がってきております。この成功例が「スマートフォン」です。
スマートフォンの大きなモデルチェンジは、画面の大型化や超高精細有機EL画面の登場、折りたためる画面など新しいハード技術の採用のタイミングで行われます。しかしスマホでは、そのタイミングを待たずに同じハードでも、OSやアプリ更新で新しい機能を拡張していけるわけであります。
これをクルマづくりに当てはめますと、「フルモデルチェンジ」はハードを更新するタイミングで車を買い替えていただき、その価値をお届けすること。「マイナーチェンジ」など、その他の改良はソフトを更新するタイミングで、ハードはそのままに新しい機能・価値を提供することとなります。
分かりやすいのは「ソフト」と「データ」が鍵を握る、高度運転支援機能など先進技術です。ベースのソフトを先に実装しておき、リアルライフでデータを集めながらAI(人工機能)をレベルアップさせ、ある段階でアップデートして機能を追加する、そんなことができるようになると思っております。
車のマイナーチェンジがソフトウェアのアップデートという概念に変わってくれば、トヨタが持つハードの強みが、さらに活きてくると思っております。
トヨタのハードには、3つの強みがあると考えます。1つは耐久性の良さである「Durability」、次に交換部品の手の入りやすさを意味する「Parts Availability」、最後に修理のしやすさである「Repairability」です。
ソフトが都度、最新のものとなり、ハードをより長期間使用することになれば、この3つの強みがより発揮されることになります。実際、協業相手のMaaS事業者は、トヨタのこの3つの強みを評価して、トヨタの車を選んでくれております。ハードの強みを活かし、ソフトウェア・ファーストの考え方も取り組んでいくことで、トヨタのクルマづくりを次のフェーズに変革することが可能になると考えております。
■「クルマは個人の所有物、移動手段に止まらず社会システムの構成要素の一つに」
もう1つは、トヨタだけでは対応することができないクルマの役割の変化です。今から約10年前の2011年、東京モーターショーでトヨタは「Fun-Vii」というコンセプトカーを出展いたしました。
このときに私は「スマホにタイヤを4つつけたら、こういうクルマになった」と申し上げました。走る、曲がる、止まるに「繋がる」機能を加えるとクルマは、新しい価値を生み出せると考えておりました。それから7年後、2018年1月のCESで「e-Palette」を発表いたしました。
「e-Palette」は、TRIやトヨタコネクティッドという、ソフトウェアのエンジニアたちがクルマを作ればどうなるか、という新たな試みでした。その次に、e-Paletteを走らせるための「道」が必要だと考えて、生まれた発想が「Woven City」です。
トヨタにとって、Woven Cityとはモノの見方、考え方を180度変えていくことを意味しております。クルマや住宅が先にあって、それをつなげていくという従来の発想から、上位概念は人々が暮らす街であり、そこにクルマや住宅をつなげていくという発想に転換するーーー。
そのために仕事のやり方を大きく変革することだと思っております。これがトヨタの、街のプラットフォーム作りに取り組む理由でございます。「つながる」化、「IoT」化により、クルマは個人の所有物、移動手段に止まらず社会システムの構成要素の一つとなり、果たすべき役割が変わってくると思います。
例えば、有事の際は非常電源になり、ハザードマップなどセンサーを通じて社会に役立つ情報を提供できる、さまざまな可能性が生まれてきております。それゆえにクルマの進化は、社会の進化と密接な関係を持つことになります。
【参考】関連記事としては「トヨタ、2021年初頭に静岡県で「コネクティッド・シティ」着工 自動運転やロボット、AIの実証都市に」も参照。
■「NTTとの提携は必要不可欠であり、ある種必然であった」
私は社会システムに組み込まれたクルマを最も上手に活用いただけるパートナーがNTTだと思っております。なぜならば、NTTの事業は社会づくりそのものに直結しているからであります。社会を構成するさまざまなインフラは、NTTが提供する情報インフラに支えられております。
人間の身体に例えますと、クルマや家は筋肉・骨、通信は情報という血液を流す血管であり、そのなかでもNTTは大動脈として毛細血管に到るまでの血液循環を支え、身体全体を動かしているのだと思います。言い換えますと、NTTは社会システムの根幹を担っているわけであります。
このようにソフトウェア・ファーストのクルマづくりを実現し、街という社会システムと結びついたクルマの未来を作っていくこと。これを会社規模で行うことが、私の言う「自動車を作る会社」から「モビリティ・カンパニー」、すなわちモビリティに関わるあらゆるサービスを提供する会社にフルモデルチェンジするということになることであります。
企業グループのフルモデルチェンジにおいてNTTは先駆者です。NTTはすでに会社規模でハードとソフトの分離を実行してこられました。当初、電話回線はアナログ通信であり、通信の切り替えは機械式設定による交換機だったと伺ってきております。
その後、通信のデジタル化とともに交換機がルーターに置き換わり、ソフトで通信の制御を行うようになってまいりました。さらに携帯電話により、場所を選ばずどこでもつながる社会が実現され、通信は通話という機能を超えて、新しいデータサービスやビジネスを生む基盤となりました。
そこでNTTは、グループ全体の事業構造をハード主体からソフト主体にフルモデルチェンジをし、NTTコミュニケーションズやNTTデータなどの通信基盤、情報処理基盤の構築や、そのうえでのソフト事業を担う会社を作り、データサービスやソリューションまで幅広く取り組む「総合情報通信企業」としてイノベーションの加速に取り組んでこられました。現在はスマートシティやIOWN構想など、将来の街づくりの実証や先端研究でも世界の先頭を走っておられます。
ソフトの位置付けの変化とクルマの役割の変化、という2つの変化に対応し、「モビリティ・カンパニー」へとフルモデルチェンジしていくために、NTTとの提携は必要不可欠であり、ある種必然であったとすら思っております。
そして私たちは、さらなる仲間を求めていくことになると思います。この提携のベースにあるのは「オープンマインド」です。多くの仲間とともに未来をもっと良くしたい、それは両社共通の想いです。
■「もっと人々に幸せを与える存在にならなければ」
最後に、今回の提携の根底にある私の想いをお話ししたいと思います。
このグラフをご覧ください。平成の30年間の一世帯あたりの支出をみますと支出総額は増えていないものの、交通・通信の項目が約30年前の10%から15%に増えております。
いみじくも家計調査では両社が同じ分類になっておりますが、この間ピークを迎えた日本の自動車市場に対しまして、大幅に増えておりますのが通信です。これは、人々がクルマ以上に通信を必要不可欠なものだと考えていること、もっと言うと、通信が人々の幸せに繋がっているということだと思います。
かつてはクルマがその役割を担っていたと思います。このグラフを見て、もう一度クルマががんばらないといけない。日本の基幹産業であり、成長産業だというならば、もっと人々に幸せを与える存在にならなければならない、ということを痛感いたしました。
こちらの円錐形をご覧ください。これは1955年にトヨタ自動車工業が発行した「トヨタ」と題した冊子にあったものでございます。「トヨタとは」というタイトルとともに、この円錐形が記載されておりました。
一番上には「佐吉翁の遺志」とあります。これはトヨタ工業のことであり、その中には「産業報国」の精神があります。食器から自動車にフルモデルチェンジを果たし、現在に至るまでトヨタの根底にあるのは社会や国を豊かにすることに貢献したい、という強い想いです。
未来の社会づくりには大きなエネルギーが必要となります。先を見通すことが難しい大変革の時代、帯刀のない時代だからこそ、「お国のために」という意志を持ち、未来を想像する技術力と人間力を持った民間企業が決起することが大切だと考えております。
■「NTTとトヨタが日本を背負うという気概を持ち」
NTTとトヨタが日本を背負うという気概を持ち、多くの仲間を巻き込みながら、人々の豊かな暮らしを支えるプラットフォームを作ることができれば、社会のお役に立つことはもちろん、世界における日本のプレゼンスを高めることにもつながっていく、そう信じております。
そして、佐吉翁の遺志とともに前社長、喜一郎の理想「国産大衆車の製造」となります。クルマも昔は高値の花でした。トヨタはそれを誰もが手に入れられる、誰もが運転できるものにしてまいりました。
電話も同じです。一家に一台の電話も当然ではなかった時代を経て、今は先進国、新興国を問わず一人一台、スマホなどの通信手段を持つことが当たり前の時代になってまいりました。
大衆車、という言葉に込められているのは量産ということであり、「全ての人に幸せをお届けする」、ということだと思います。
トヨタもNTTも日本に根ざしたグローバル企業です。「すべての人」というとき、それはグローバルに展開することを意味するものだと思います。そして両社が描く、未来の真ん中には人がいます。笑顔の人がいます。「Human Connected」。それが、私たちの目指す未来社会です。
澤田社長と初めてお会いした際も、実直なお人柄、人間を大切にされる姿勢を実感いたしました。私は素直に、この方に頼りたいと思いました。トヨタの原点は「すべての人に幸せをお届けする」ということです。
私はそのためにNTTと提携をさせていただくのだと思っております。そしてそれは、日本が世界のためにお役に立てることでもあると思っております。私たちが取り組む未来にご支援賜りますよう、よろしくお願いいたします。
■【まとめ】東富士のWoven Cityが第一歩
トヨタとNTTは2000億円を相互に出資した。スマートシティの「雛形」を密な連携によって作り上げ、力を合わせて世界展開まで持っていこうという強い思いの表れであるとも言える。
そしてその第一歩が東富士のWoven Cityだ。Woven Cityではトヨタが自動運転車やコネクテッドカー、パーソナルモビリティをどんどん実証的に走らせるものとみられる。そうした取り組みにNTTがどう関与していくのか、今後も注目していきたい。
【参考】関連記事としては「【全文書き起こし】トヨタの章男社長が年頭挨拶で語ったこと コネクテッドシティ?AI自動運転?」も参照。