【インタビュー】自動運転領域での採用、社内変革でエンジニアを引き寄せる HCCR社の同領域専門ヘッドハンターに聞く

トヨタTRIのCEO起用、業界の好例に



自動運転ラボのインタビューに応じるHCCR株式会社の浜野氏(左)と中里氏(右)=撮影:自動運転ラボ

自動運転開発。それはいま大手メーカーにとっては、勝ち抜くため、そして生き抜くためにも、必ず取り組まなければいけないものと言っても過言ではない。そしてスタートアップやべンチャーにとっては、成り上がるビッグチャンスであり、下克上の好機だ。

しかしそんなムードの中、自動運転領域に携わるほぼ全ての企業が頭を抱えている問題がある。人材採用だ。


日本国内の自動車業界には群を抜く優秀なエンジニアが相当数いる。ただ自動運転を実現させるには自動車エンジニアだけではなく、AI(人工知能)や通信、ソフト開発などに長けたエンジニアも必要だ。

自動車業界でとてつもないパラダイムシフトが起きる前夜とも言える今、企業は外国人採用を含め、どのような採用戦略を立てるべきなのか。

自動運転ラボは、自動車業界や先進技術領域に強いヘッドハンティング会社のHCCR株式会社(本社:東京都港区)を訪れ、自動運転領域を専門としているヘッドハンターの浜野益己氏と中里一司氏(ともにエグゼクティブ・コンサルタント)にそのヒントを聞いた。

記事の目次

■自動運転領域では先端技術者の需要も
Q いま自動運転領域の企業が欲しがっているエンジニアとは、どのような方ですか?

浜野 自動運転のクラウド領域では通信領域系のエンジニアの需要があります。他には、自動運転車に必要なサービス開発のエンジニア、ナビやGPS、OSプラットフォーム、画像認識やAI(人工知能)系の希少人材などです。面白いところでは、ゲーム領域にいらっしゃるエンジニアの方、というケースもあります。


自動運転ラボ それってまさかそのエンジニアにゲーム開発をして欲しいということですか?

浜野 例えば、とてもリアルな実写のような風景で車を走らせるゲームを開発された方でしたら、その画面上でうまく車を走らせられるとどうなる、コースを外れるとどうなる、などのプログラミングができますので、そういった素晴らしいスキルを活かせるフィールドがあるようです。また、航空産業や防衛産業からでも同様に活かせる技術エリアは多いです。

中里 以前は、アカデミックな方が企業で活躍できるケースは少なかったですが、自社で成功した開発を論文にして世界に発表できるような大学の研究者出身の方が欲しい、という会社さんも最近は出てきました。

自動運転ラボ 自社のブランディング力を高めることにつながりますね。


浜野 その他にも、IoT関連や交通の管制局、鉄道分野、電気電子メーカー、通信などの領域出身のエンジニアは、自動運転領域での需要があります。開発しなければならない領域がとてつもなく広範囲であるというところがポイントです。

■エンジニアの心に響く募集案件とは
Q 日本では自動運転領域における給与相場はそれほど高くないと聞きました。企業からみれば良い人材を獲得するチャンスだということですか。

中里 人によりけりです。ズバ抜けて給与が高いプレイヤーもいらっしゃることは確かです。今の日本の製造業においては国内での給与水準や待遇は横並びが多いので、柔軟性をもってその方に合った待遇や環境などが提示できれば、逆にチャンスだと思います。

Q 数は少ないですけれども、ベンチャー系から出てくる募集で魅力的な報酬相場だったり、事業企画的な部分にも絡めるポジションであれば、エンジニアの心に響く?

浜野 ベンチャーだと、固定の年収パッケージに加えてストックオプションなどがついてくる案件があります。その会社が例えば上場したり、ジャイアントプレイヤーに買収されたり、また、例えば製品を2年後にリリースしたりした時にストックオプションがさらに入るなどの魅力がありますので、上昇志向や成功志向のエンジニアにとっては魅力的に映る場合も多いと思います。

中里 あとは、働き方やキャリアプランなどに柔軟性をもって個別に対応できることが重要ですよね。例えば、結果を出せれば昼から出社しても構わない、ある程度自由に論文をどんどん発表できる、仕事や昇進などが年功序列ではない、などです。働き方に関してこういう柔軟な環境を打ち出すと、(求職者に)魅力的に感じて頂けます。日本の製造業のど真ん中である従来型の自動車産業の大手企業においては、古い慣習が残っていることも珍しくないためです。

Q 大企業にない柔軟性をフックにするといい人が集まってくるということですか?

中里 先日も浜野と話したのですが、エンジニアの気質が昔と変わってきています。10年前は大企業で安定して働きたい方が多かったですし、周囲もそれを望んでいました。

いまの20代の若いエンジニアの方は、インターネットやSNS、ネットワーキングなどで外部の情報も容易に入ってきます。その上で自分がどう気持ち良く、ストレス少なく働く事ができるか、などの環境面を重視されています。

また、優秀なAI系やソフトウェアエンジニアの方は、そもそも1社で終わろうとは思っている方は少ないです。そういう社会になっているという認識も必要です。日々刻々と新しいテクノロジーが世界中で開発され、ご自身が勤めていらっしゃる会社で興味のあることができるのか、成長できるのか、何を得られるかなどと、長く働くというより、そういう視点で見ている方が以前と比べてとても増えたように感じます。

■外国人の採用、メリットは大きいが「環境作り」が必須
Q 続きまして、外国の方を企業が採用するときには言語や文化の違いがあり、定着性や戦力化に不安を覚えることもあるかと思うのですが、外国籍の方を採用するメリットとデメリットなどを教えてください。

浜野 この領域で求められる需要に対し、対応できるエンジニアの方の数が世界的に見ても圧倒的に少ないです。ある分野の開発では日本国内にエンジニアがいないこともあります。外国人の採用はすべきです。メリットは確実にあります。

自動運転ラボ 実態ベースで言うと、日本企業はベンチャー企業を含めて、いま結構、外国人を採用してきているものなのですか?

中里 IT系の企業が外国からエンジニアを採用し、戦力化に成功しているケースが例として挙げられます。ただそういう企業さんは、基本的に社内公用語は英語、という前提があります。

そうではない日本の製造業の企業も海外人材を採用するためのさまざまな施策を行ってきています。しかし海外人材の方々は終身雇用の感覚が薄いので、企業によっては短期間で辞めて、次の企業からのオファーを受けてしまうケースも散見されます。

長く定着して頂いて戦力化できるかが課題です。成功体験が得られるプロジェクトや外国人が大切に思う社内コミュニケーションなども課題です。一方で、外国人の方が日本での就労をきっかけに日本での生活をいざ始めると「日本のことがより好きになった」という方が肌感覚ですがほとんどです。

浜野 日本では日本語で記載された紙の社内資料を使っている企業は多いですし、顧客から日本語での対応を求められることもが多いので、今でも「N2」(編注:日本語能力試験の5段階中で上から2番目)を採用の必須条件にしている企業もあります。

自動運転ラボ その時点で門戸をやっぱり閉じていますよね。

浜野 その通りですね。海外人材はコミュニケーション能力が高い方が多く、ハッキリと善し悪しを指摘しながらもグローバルなチームをまとめるなどは得手で、そういう部分では可なのですが、語学の面で門戸を閉じているという企業が多数あるのは現実です。ただ、少しずつですが変化している企業も出てきています。

中里 日本の自動車産業だと生産拠点の関係で日本全国津々浦々に展開しています。外国籍の方からすると、大都市圏で働くのは良いのだけれども、郊外の拠点に行くのは遠慮したいという方もいます。

東京が苦手という方も中にはいらっしゃいます。 でもやっぱり大都市圏で働きたいですよね。週末に色々なイベントや母国テイストのレストランや文化がある空間に行きやすいとか、同じ母国のご出身の方と手軽に会えた方が日本での生活が充実するという考え方を持った方もいらっしゃいます。

浜野 働く環境や職務内容に関連する事例としては、ビッグデータの開発担当をさせてもらえるということで転職したのに、現実はその開発に際して5%未満の情報しか扱わせてくれず、「話が違う」というので1年後には別の企業へ転職された、といったケースがありました。

そのほか、社内OSが驚くほど古すぎる、業務簡素化でリリースされている社外の製品を使用せずに内製化したものを改善改善で使っている、などという転職理由もあります。

■著名な大物外国人の採用、トヨタの米拠点TRIの事例が好例に
Q トヨタのTRIのように、海外で活躍している業界の大物に自動運転専門会社の指揮官を任せるというのは、大きな出来事かと思います。それによって欧米のエグゼクティブが日本企業にヘッドハンティングされることのハードルが下がった、みたいなことはないのでしょうか。御社としての商売はまさにそこがど真ん中だと思うのですが。

【参考】トヨタのアメリカ子会社でAI(人工知能)研究を行うトヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)。トヨタはその初代CEOに、著名ロボット研究者でAI領域における「米国の至宝」とも呼ばれるギル・プラット氏を起用している。関連記事としては「全文掲載:トヨタがCES 2019で述べた自動運転戦略の哲学とは?」も参照。2018年3月に設立されたTRI-ADにおいても、グーグルで自動運転開発を担当した経験を持ち、TRIのCTO(最高技術責任者)として迎えられていたジェームス・カフナー氏が初代CEOに就任している。

浜野 実はいくつか事例がございました。お客様の社名などの詳細は公表できませんが、10年前では考えられなかった事です。

中里 世界的に業界で影響力をもう既に持っておられる方を1人でも採用できれば、(その企業にとって)大きなメリットになります。その方の下で働いてみたいと願う志の高い方はついていきやすくなりますので。

浜野 そういった方々の採用によって、企業のブランディング力も変わります。その上で、意思決定の権限や仕事上の裁量権、ご家族との時間のための働き方の自由度は改革が必要となると思います。

中里 TRI-ADさんみたいに別会社にして、そこの公用語はスタート段階から英語だという風にしたほうが早いかもしれませんし、そういった会社も出てきております。

浜野 アジャイル開発に相応しい労働環境や社員のワークライフバランス、リモートワークなど、すでに働き方も色々と選択できる世の中ですからね。

弊社も(大手コワーキングスペースの)WeWorkさんを利用させていますが、初めて足を運んだときは本当にカルチャーショックでした。働き方改革と言われ、日本式にあった答えを中々見出せない企業さんも、本当に真剣に取り組まないといけないと思います。

■エンジニア探し、成功のカギは「外」より「中」に

自動運転領域での採用市場には有効な成功法が存在するというのが中里氏と浜野氏の見解だ。ただそれには企業側にも変革が求められる。働き方が変わり、世代や国籍が違う人材とともに開発を進めるとき、職場環境の変革なしには目標は成せない。

自動運転開発レースがスタートしある程度の時間が経った。グーグル系ウェイモの自動運転タクシーの商用サービスも始まり、各社悠長に構えていられる時代ではない。そんな時代を勝つために避けては通れないのが採用戦略の成功だ。

エンジニア探しは「外」を向いていた話のようで、実は「中」の話とも言えることを、採用担当者は忘れないでいた方が良いだろう。


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