MaaS×運賃無料、この”ダブル革命”が世界を変える

欧州で公共交通無料化の動きが活発化





欧州のルクセンブルクは2020年3月、国内すべての公共交通を無料化した。公共交通の無料化は早くから欧米で社会実験が行われている領域で、欧州では近年導入を本格的に検討する動きが活発化しつつあるようだ。







一方、MaaS(Mobility as a Service)も世界的に実装が進んでおり、こうした交通無料化と無縁のものではない。場合によっては、MaaSを構成する全交通機関を無料化する事例も生まれるかもしれない。

もし全交通機関が無料化されたMaaSが誕生したら、社会にどのような変化をもたらすのか。今回は、公共交通無料化に関する取り組みに触れながら、無料MaaSの可能性を模索していきたい。

■公共交通無料化の事例
ルクセンブルクが国内すべての公共交通を無料化

ルクセンブルクは2020年3月、国内すべての公共交通を無料化した。予約席やサブスクリプションを除く鉄道やバス、路面電車を原則無料とし、チケットも不要にしたのだ。

東京都より一回り程度大きい国土面積2586平方キロメートルのルクセンブルクでは自動車による交通渋滞が慢性化しており、渋滞緩和と環境負荷の低減、また低所得層の円滑な移動を担保することで購買力を高めることなどを目的に無料化に踏み切った。

政府によると、公共交通の運営費は年間約5億ユーロ超(約580億円)である一方、乗車券の売り上げなど収入は4100万ユーロ(約47億円)程度で、年間総コストの約8%という。もともと財政支出に頼る部分が多かったこともあり、導入に向けたハードルは低かったようだ。

2025年までにモビリティニーズが20%増加すると予想しており、公共交通機関の開発を継続的に進めることで増加に対応していく方針だ。

エストニアは首都タリンで無料化

人口約45万人のエストニアの首都タリンは、2013年から住民を対象に公共交通を無料化しており、タリン市民は、市内を走るバスやトロリーバス、路面電車を無料で利用することができる。

乗車には、博物館などの入場料無料や飲食店の割引サービスなどが付く観光カード「タリンカード」またはスマートカード、乗車券を使う。スマートカードなどは住民情報と紐づけることで市民と識別され、乗車が無料になるようだ。

交通経済研究所研究員の原佳代氏が執筆した「タリン市における公共交通無料化の取り組み」(交通新聞掲載)によると、運営費に占める運賃収入は無料化以前の25%から概ね5%ほどに下がったという。金額ベースでは、運賃収入減少分は年間1200万ユーロ(約14億円)に上るが、これを契機に同市への住民登録が増加し、住民税は年間約2000万ユーロ(約23億円)増収となったようだ。

フランスやドイツなども導入見据えた動きが活発に

欧州では、フランスのダンケルクも住民を対象に無料化しているほか、ドイツもベルリンやボンなどの都市で導入に向けたトライアルを進めているようだ。

欧州では人口過密エリアがごく一部に限られており、公共交通は基本的に赤字前提という風潮が強い。有料時においても財政投入が70~90%に達しているケースが多いため、無料化のハードルが低いと言えそうだ。また、ドイツを筆頭に環境意識も高く、自動車のEV化を推進するのと同様、公共交通の充実を図る動きが近年活発化しているようだ。

■日本国内でも無料化を見据えた社会実験が進展
栃木県宇都宮市:MaaS社会実験で一部区間を無料に

栃木県宇都宮市では、市内のバスなどが乗り放題となる無料パスを発行した際の公共交通の利用変化を調査する「宇都宮MaaS社会実験」が2019年8月から10月にかけて実施された。

宇都宮市内のバス停を起終点とする関東バスとJRバス、及び東武鉄道の一部区間を無料とし、専用アプリをスマートフォンにインストールする形式のフリーパスを配布した。

実験の結果、モニターの公共交通利用率はバスが約1.4倍、鉄道が約3.8倍に増加し、GPSログデータをもとに調査した行動圏域は約2.7倍に拡大した。通勤・通学を除くモニターの外出頻度も、週に4~5 回以上外出すると回答した割合が約10%増加したという。

熊本県熊本市:九州産業交通ホールディングスが試み

熊本県熊本市では、九州産業交通ホールディングスが自社の商業施設「SAKURA MACHI Kumamoto(サクラマチ クマモト)」がグランドオープンする2019年9月14日限定で、県内の関係機関や周辺地域と連携し、路線バスやコミュニティバス、熊本市電、電鉄電車、公共交通機関を終日無料とする試みを実施した。

サクラマチクマモトは国内最大規模のバース(乗降場)を備える熊本桜町バスターミナルを併設しており、オープン初日の来館者による過度な混雑解消を図りながら公共交通機関の利用を促進する機会と捉え、同グループが全費用を負担する形で無料化した。

その結果、交通機関利用者は1週間前の約2.5倍となる24万7534人に達し、オープン1週間後も同約1.1倍の10万5545人を数えた。

群馬県:イベントに合わせ無料の臨時路線バスを運行

群馬県も2019年9月、公共交通機関の利用促進のため、文化ホールで開催されるイベントに合わせ無料の臨時路線バスを運行させる社会実験を行っている。

前橋駅または中央前橋駅から県民会館前バス停留所までの既存の路線バスと、ベイシア文化ホール正面玄関前に設置した臨時の路線バス停留所から中央前橋駅経由で前橋駅まで臨時運行する路線バスを対象とし、イベントの観覧チケットに路線バス補助券付のチラシを同封する形で実施した。

なお、同県は2018年11~12月にも東武桐生線(太田駅~赤城駅間)の利用促進に向け乗車料金に助成金を出す実験なども行っており、この時は東武桐生線(太田駅~赤城駅間)の特急利用者数が上期と比較し1日当たり53人、201%の増、また定期外の利用者数も同47人、14%増加したという。

■公共交通無料化が抱える課題

公共交通の無料化を図る目的は、渋滞解消や環境負荷の低減、交通弱者の救済、地域活性化に集約されそうだ。大都市圏においては渋滞解消や環境負荷の低減が主目的となりそうだが、例えば東京のようにすでに公共交通需要が飽和状態の場合、キャパシティを大幅に増加させる余裕がなければ無料化の費用対効果は薄いどころか、公共交通がパンクしてしまうだろう。

一方、地方においては住民の移動にかかる利便性を高めて地域活性化を図ることが主目的になりそうだ。もともと公共交通を赤字運営しているエリアが多く、財政補填割合が高ければ高いほど導入の敷居も下がる。

しかし、こうしたエリアでは交通弱者の利用増が見込める一方、自家用車保有層を公共交通にシフトさせるにはさらなるインパクトを必要とするケースが多そうだ。

ドアツードアの移動が可能な自家用車と比較する上で重要となるのは、最寄りのバス停までの距離など交通網がどれだけ整備され充実しているかを含めた費用対効果を考慮しなければならないからだ。

単純に公共交通を無料化しても、シフトするのはごく一部に限られる可能性が高い。公共交通無料化によって多くのメリットを生み出すためには、エリア人口や密度といった諸条件に加え、ラストワンマイルを補う方法などもう一手を加える必要がありそうだ。

この「もう一手」となり得るのがMaaSだ。

■「MaaS×全交通機関無料化」で考えられる変化
都市圏、地方、観光型それぞれでメリットを創出

バスや鉄道といった公共交通をはじめ、サイクルシェアやカーシェアなどによってラストワンマイルを補うことで、従来の交通網に自由度が加わり、移動の利便性が格段に増す。自宅からバス停や駅までの移動なども補うことが可能になるのだ。

こうした各種モビリティも含め、MaaSを構成するすべてのモビリティを無料化した場合、どのような変化が想定されるだろうか。

自宅からエリア内の各所まで柔軟な移動が可能になるため、自家用車保有層のうち娯楽性を重視しない層の無料モビリティへのシフトは間違いなく進む。交通弱者対策も大きく改善することが予想される。

地方においては、通勤通学をはじめ日常的な買い物や病院通いなども不自由なく行うことが可能になり、安心して生活できる基盤が確立される。

都市圏においては、中心部と郊外の格差が縮まり、不動産価値も平準化が進むものと思われる。立地の優位性が平準化されるため、小売店舗や事務所などのロケーションも柔軟性を増すほか、住宅地も地域内における格差がほぼなくなるだろう。

また、移動の利便性向上は外出機会をより多く創出するため、商業の活性化にも期待が持たれる。都市圏をはじめ、観光型MaaSにおいても、無料モビリティの導入によって観光産業が大きく盛り上がるのであれば、費用対効果は十分得られる可能性が出てくるだろう。

カギを握るマネタイズ

もともと大赤字の路線を無料化する場合はそれほど負担は増さないが、さまざまなモビリティを導入したうえで無料化する場合、それなりの財政出動が必要となる。

限られた予算の中でやり繰りすれば、そのツケは他の事業を圧迫することになる。商業活性化や住民の増加などによる税収増で補填できるのが理想だが、そういった地域はごく一部に留まるだろう。マネタイズを避けて通ることは難しそうだ。

現実解としては、法定外目的税のような形で新たに徴収することも考えられる。例えばMaaS税を新設し、住民から平たく徴収するのだ。自家用車の保有は贅沢な扱いとし、MaaSを利用しない層にも負担してもらうことで生活弱者の利便性を増す。事実上無料ではなくなっているが、定額で乗り放題となるMaaSの一形態とも言えそうだ。

また、都市部においては、中心部における駐車場に新たに税を課すことで、財源を確保しつつ自動車の利用を減らしMaaSを促進することなどもできそうだ。

MaaS無料化は完成形への道

財源に課題を抱えることになりそうだが、こうした無料化はある意味MaaSの完成形でもある。さまざまなモビリティをシームレスにつなぎ、予約や決済をワンストップで行うことができるMaaSは、より高度化すると料金体系そのものが統合され、月定額ですべてのモビリティが乗り放題になるなど、各交通事業者ごとではなく、移動全般を対象にしたサービス形態に発展する。

さらに高度化すれば、都市計画など政策とMaaSが結びつき、自治体の交通政策やまちづくりにおける事業に位置付けられることになる。

MaaSの無料化はもちろん、目的税形式の実質定額負担による乗り放題などは、すでに自治体の事業として政策に位置付けられていることを意味するのだ。

MaaSの完全無料化とはいかないまでも、定額負担による乗り放題や一部モビリティの無料化など柔軟な手法で需要増を図り、利便性の高い交通サービスを提供することで、MaaSの本質が生きたものとなってくるのだ。

■【まとめ】重要性増す交通施策 無料化も踏まえたMaaS研究を

医療や福祉、教育などが重要であることは言うまでもないが、交通施策も年々重要性を増しており、交通課題を重点分野に据え、MaaSの導入とともに無料化を模索する自治体が出てきても決しておかしくはない話だ。

いかに利便性を高め需要を最大化し、波及効果も踏まえながら予算を確保するか。有料ありきではなく、無料の可能性も含めたうえで本格的に研究を進めるに値する領域ではないだろうか。

【参考】関連記事としては「MaaS(マース)の基礎知識と完成像を徹底解説&まとめ」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。同業上場企業とのJV設立や複数のM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立。設立3年で、グループ4社へと拡大し、デジタル系事業開発に従事している。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域最大級メディア「自動運転ラボ」立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術・会社の最新情報が最も集まる存在に。
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