米Intel(インテル)はこのほど、MaaSプラットフォーマーのイスラエル企業・Moovit(モービット)の買収を発表した。約9億ドル(約960億円)の巨額買収で、Mobileye(モービルアイ)とともにインテルグループのモビリティ事業をけん引していく重責を担うことになりそうだ。
同社への期待は、MaaSアプリの構築に留まらない。モービルアイの自動運転技術と掛け合わせることで、ロボタクシーをはじめとした自動運転モビリティを世界各地に誕生させるところまで絵を描いているのだ。
こうしたモビリティサービス分野を見据えた動きは世界の潮流になりつつある。今回は、インテルの自動運転戦略を中心に各社の動向に触れていこう。
記事の目次
■Moovit社とは?
2012年設立のMoovitはスマートフォンやWebブラウザー向けのマルチモーダルアプリを開発し、現在では、103カ国、3200の都市で8億人以上の利用者にサービスを提供しているという。
交通データは、交通事業者のほか60万人を超えるMoovitersと呼ばれるローカル編集者がデータ収集を担っており、データベースには7000を超える交通機関の路線や時刻表などが収められている。日本国内にも一部地域で活動を行っているMoovitersがいるようだ。
MaaSソリューションにはAIが活用され、MaaSの分析やルート設定、運用などの面で、米Microsoftや配車サービス大手の米Uber、地図大手の蘭TomTomなどとパートナーシップを結んでいる。
【参考】Moovitの公式サイトは「https://company.moovit.com/」(英文)。
■インテルの自動運転戦略
インテルのこれまでの取り組み
半導体開発を主力とするインテルは、2017年にモービルアイを推定153億ドル(約1兆7500億円)で買収し、自動運転分野への多角的な進出に本格着手している。独BMWらと自動運転開発を推進する連合を結成するほか、独フォルクスワーゲンとモービルアイは自動運転タクシー(ロボタクシー)の配車サービスをイスラエルで2022年にもスタートする計画で、開発と実証を進めている。
モービルアイ、Moovitに代表されるようにイスラエル勢への投資に力を入れるほか、モービルアイが中国EV(メーカーの上海蔚来汽車(NIO)と提携し、自動運転キットを提供するパートナーシップを結ぶなど、着実にインテルグループの勢力は広がりを見せているようだ。
【参考】インテルの取り組みについては「米インテル、イスラエルに1兆円追加投資か 同国の経済大臣が明かす 自動運転開発強化へ」も参照。
Moovitとモービルアイの連携で自動運転×MaaSを推進
Moovitの買収の目的は、モービルアイの進化にあるようだ。ADAS(先進運転支援システム)を中心とした自動運転システムの開発・製造企業として名を馳せたモービルアイにMoovitを統合することで、同社をロボタクシーサービスを含む完全なモビリティプロバイダーへと変えていく方針を打ち出している。
これは、モビリティ・カンパニーへのモデルチェンジを図るトヨタなどと同様の戦略で、自動車や自動運転システムの開発・製造から、これらを活用したモビリティサービスまでを見越したビジネススタイルを確立していく青写真を描いていると言える。
モービルアイのアムノン・シャシュアCEOは「Moovitは世界中の何億人もの人々から信頼されている強力なブランド。モービルアイのマッピング・自動運転技術などの機能とともに、タイムラインを加速してモビリティの未来を変革することができる」とコメントを発表している。
また、Moovitのニル・エレズCEOも「自動運転車によって可能になる最先端の安全で手頃な価格の環境に優しい交通手段と組み合わせることで、都市をより住みやすい場所にすることができる。このビジョンを共有し、モービルアイの一部としてそれを実現することを楽しみにしている」としている。
Moovit がモービルアイの一部として連携することにより、同社のMaaS戦略と自動運転技術のグローバル化を推進していくのだ。その代表例がロボタクシーサービスで、自社開発した自動運転システムを搭載したロボタクシーを世界各地に送り出すだけでなく、MaaSを構成するモビリティとして明確に位置付け、各地のさまざまな交通機関と連携させていく方針だ。
【参考】モービルアイの戦略については「モービルアイ(mobileye)の自動運転戦略 インテル傘下、製品や技術は?」も参照。
マルチモーダルXaaS戦略で自動運転技術の社会実装を進める
インテル・モービルアイは、カメラやレーダー、LiDAR(ライダー)などのセンシングデータを解析する最先端のAI(人工知能)開発を進めるとともに、これらのテクノロジーをMaaSビジネスに取り入れるため、バリューチェーンの形成や都市のモビリティシステムの社会的・経済的な問題点、既存の都市交通組織に自動運転車を導入する方法など、ビジネス性を研究するために多大な努力を注いできたという。
その成果は「マルチモーダルXaaS戦略」に表されており、①自動運転システム②HDマッピング③フリートオペレーションズ・フリートコントロールセンター④モビリティインテリジェントプラットフォーム・サービス⑤モビリティユーザーやパートナーのネットワーク――の5階層において、①・②をモービルアイ、③をモービルアイとMoovit、④・⑤をMoovitが担う形で、すべての階層においてインテルが価値提案を行うことができるようになるとしている。
最初の重要資産として「データ駆動型のリアルタイムの需要と供給の洞察に基づくモビリティインテリジェンス」を挙げ、これによりファースト・ラストマイルを含む起点から終点までをルーティングするさまざまなサービスモデルを通じて、無人テクノロジーを導入できるとしている。
2つ目は交通事業者の運用に関する専門知識を挙げ、サービスとしての車両(VaaS/vehicle as a service)とサービスとしての乗り物(RaaS/ride as a service)の2つの標準モデルにおいて、既存のサービスオペレーターはRaaSによって自動化されたモビリティソリューションを呼び出して需要に応えることができ、さらに統合が進んだVaaSによってコントロールセンターと一体化した自動運転シャトルの効率的な利用が可能になるとしている。
多くのデータやユーザーを抱えるMoovitは、世界中のどこでも手ごろな価格で最適化された無人モビリティサービスを可能にする基盤となる資産や機能、パートナーネットワークを所有しており、ここにモービルアイの技術を融合させることで、世界各地でロボタクシー導入に向けた基盤を構築していく絵を描いているようだ。
■モビリティサービスをめぐる動向
トヨタやソニーなどもモビリティサービス分野に本格進出
CASEの潮流により、自動運転システムの開発などを手掛ける事業者のモビリティサービス分野への参入は、今後スタンダードとなっていくものと思われる。
トヨタは、多様なモビリティサービスとの接続機能を備えたプラットフォーム「モビリティサービス・プラットフォーム(MSPF)」の構築を2016年から進めており、自社のコネクテッドサービスや出資先のライドシェア事業者などへの導入をはじめ、e-Palette(イー・パレット)といった次世代のMaaS向け自動運転車への導入を図っていく方針だ。
また、サービス分野では、ソフトバンクとともにMaaS時代を見据えたMONET Technologies(モネ・テクノロジーズ)を設立したほか、トヨタグループとしてカーシェアリングサービス「TOYOTA SHARE」やサブスクリプションサービス「KINTO」など相次いで新サービスを導入している。
このほか、九州を中心に西日本鉄道やJR九州などとMaaSアプリ「my route」を運用し、全国展開の動きも見せており、「to C」向けのサービス事業に力をいれている姿が見て取れる。
【参考】トヨタの取り組みについては「【保存版】トヨタ×自動運転の全てが分かる4万字解説」も参照。
一方、ソニーはこれまでイメージセンサー技術などを武器にソリューションを提供する形で自動車産業と結びついていたが、2018年にタクシー事業者と共同でみんなのタクシーを設立し、タクシー配車システムやサイネージサービスなどに着手している。
【参考】ソニーの取り組みについては「配車件数18倍、広告売上4倍…みんなのタクシーが実績発表 事業説明会で」も参照。
半導体企業では、自らが主体となってモビリティサービス分野に参入する例はまだ顕著に表れていないが、米NVIDIAや英Armなど自動運転関連企業との結びつきを強める動きは活発で、今後の動向に注目が集まるところだ。
■自動運転開発国内各社の動向は?
国内では、自動運転に関する技術開発を軸とするティアフォーやZMPらが今後どのような事業展開を進めていくかに注目が集まりそうだ。
ティアフォーの動きは?
オープンソースの自動運転OS「Autoware(オートウェア)」の開発を手掛けるティアフォーはこれまでに、米Apex.AIなどと共同でAutowareの国際標準化を進める団体「The Autoware Foundation(AWF)」を設立したほか、国内ではアイサンテクノロジーなどと共同で積極的に自動運転の実証実験を進めている。
また、2019年11月には、Mobility Technologies(旧JapanTaxi)とアイサンテクノロジー、損害保険ジャパン日本興亜、KDDIと5社で自動運転タクシーの実用化に向けた協業について発表している。メンバー構成から推測すると、自動運転タクシー導入後のサービス面はMobility Technologiesが担う形になりそうだが、将来的にはティアフォーがOS開発に留まらずサービスプラットフォームの分野に進出する可能性も否めない。
Autowareを導入した自動運転車が各所で効率よく稼働するためには、サービスプラットフォームも不可欠となるからだ。自らサービスプラットフォーム開発を手掛けるのか、あるいはAutowareと密接に連携可能なプラットフォーマーと提携するのか。あくまで憶測だが、将来こうした動きを見せるかもしれない。
【参考】ティアフォーの取り組みについては「トヨタ製「JPN TAXI」を自動運転化!ティアフォーやJapanTaxi、無人タクシー実証を実施へ」も参照。
ZMPの動きは?
一方、自動運転用のソフトウェアプラットフォーム「IZAC(アイザック)」や宅配ロボットの開発など、幅広い事業展開が武器のZMPは、自動運転タクシーの実証を日の丸交通などとともに取り組むほか、空港制限区域内における自動運転サービスの事業化を目指し、2018年に丸紅と共同でAIRO株式会社を設立している。
現状、自動運転車を各地で運用可能にする汎用性の高いサービスプラットフォームの開発には至っていないものと思われるが、宅配ロボット向けのサービスアプリなどはすでに開発しており、こうした分野における開発能力も備えていることは間違いない。
宅配ロボットなども含めた自動運転モビリティの社会実装に向け、どのような戦略を披露するのか、期待が高まる。
【参考】ZMPの取り組みについては「ZMPの自動運転タクシー実証、APECコンテストで銀賞」も参照。
■【まとめ】モビリティサービス分野の覇権争い勃発へ
自動車メーカー各社がCASEの波に乗ってモビリティサービス分野への進出を本格化させる中、半導体大手のインテルによるこうした動きは業界を刺激し、競争を加速する可能性がある。
自動運転技術を活用した「to C」向けのサービスプロバイダとしては、これまでコネクテッドサービスに力を入れる自動車メーカー主体のアプリや配車サービス大手のアプリなどが有力視されていたが、情勢はまだまだ変化し続けるようだ。
すでに自動運転タクシーの商用サービスを開始しているグーグル系ウェイモも、今後世界戦略を加速させる可能性が高い。MaaSプラットフォームを軸とするモビリティサービス分野の覇権争いが一気に進行し、業界のグループ化がいっそう鮮明なものになる可能性も高そうだ。
【参考】関連記事としては「MaaS(マース)の基礎知識と完成像を徹底解説&まとめ」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)