
中国EV最大手のBYD(ビーワイディー)が、運転支援機能God’s Eye(天神之眼)を使った走行中の自社過失事故について、全額賠償すると表明した。補償に上限はなく、別途の自動運転保険も不要だという。事故が起きたら誰が払うのか。自動運転業界が長らく答えを避けてきたこの問いに、中国メーカーが正面から踏み込んだ形だ。
発表は2026年5月28日、BYDが中国で開いた車両知能化戦略イベントの場で行われた。会長兼社長の王伝福(ワン・チュアンフー)氏が明らかにした。対象は都市部の運転支援機能God’s EyeのA・B版を使うユーザーで、中国国内に限り、納車日から1年間有効となる。米EV大手Tesla(テスラ)が完全自動運転ソフトFSDについて一度も示してこなかった姿勢であり、運転支援をめぐる責任モデルの違いが一気に鮮明になった。
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■BYDが打ち出した「全額負担」
BYDの宣言の核心は、運転支援機能God’s Eyeを規定どおりに変えている最中に起きた自社過失の事故について、その費用を全額負担するという点にある。対象となる費用は幅広い。自車の修理費、第三者の物的損害、そして人身被害までをカバーする。しかも支払いに上限を設けていない。
条件面もユーザーに有利だ。別途の自動運転保険に加入する必要はなく、補償を使っても翌年の任意保険料は上がらない。対象はGod’s EyeのA版とB版で、中国国内に限り、納車日から1年間が有効期間となる。すでにBYD車を持つユーザーも、通信経由でGod’s Eye 5.0へアップデートすれば対象に含まれる。初回購入者や登録名義人に限定されない点も特徴だ。
ここで押さえておきたいのは、God’s Eyeが法的には自動運転ではなく、自動運転レベル2の運転支援システムだという点である。つまり運転の主体はあくまでドライバーであり、使用中も前方への注意義務は残る。今回の全額負担は、無人で走る完全自動運転車の事故を丸ごと肩代わりするという話ではない。あくまで規定を守った使用下での自社過失に限られる。王伝福氏は、レベル2の段階で自動運転レベル3・4相当の責任を先取りして引き受けることが、技術への自信の表れだと位置づけている。
運転支援の責任をメーカーが自ら負う動きは異例だ。レベル2では責任はドライバーというのが世界の通例であり、それを覆す宣言は責任論議を一段先へ進める。中国が自動運転の制度設計を主導する号砲とも読める。
【参考】関連記事としては「中国 自動運転レベル4ロボタクシー「テスラを超える」全部自前で量産へ」も参照。
■テスラFSDとの違いが映す「責任は誰が取るか」
BYDの宣言が異例なのは、米EV大手Tesla(テスラ)の姿勢と対比すると一段とはっきりする。テスラの完全自動運転ソフトFSDも分類上は自動運転レベル2であり、運転の責任は100パーセントドライバーが負う建前だ。テスラ自身の取扱説明書も、FSDが有効かどうかにかかわらず車両の速度と制御の責任は運転者にあると明記している。
この責任の所在は理屈の問題にとどまらない。2026年2月には、米マイアミの連邦陪審がテスラの運転支援が絡む死亡事故をめぐり、同社に約2億4,300万ドルの賠償を命じた。陪審は責任の3分の1をテスラに割り当てている。テスラは自ら進んで責任を負ったのではなく、陪審の評決によって負わされた構図だ。BYDはこれと逆に、規制当局に問われる前に、自ら責任の前面に立つ道を選んだ。
価格差はこの対比をさらに際立たせる。レーザー光を使うセンサーLiDARを搭載したGod’s Eye Bは一括1万2,000元、約1,770ドルのオプションだ。一方、テスラが中国で「Tesla Assisted Driving」として売る同等品は6万4,000元、約9,400ドルとされる。BYDはおよそ5分の1の価格で、しかも上限なしの事故補償まで付ける。責任を負わないテスラの方が高く、責任を負うBYDの方が安いという逆転が起きている。
【参考】関連記事としては「テスラ、安全性を「3倍水増し」か?」も参照。
■背景に「利用率21→93%」の成功体験
では、なぜBYDはここまで踏み込めるのか。背景には先行した成功体験がある。同社は2025年7月、自動駐車機能で今回と同様の全額補償を導入していた。BYDの説明によれば、その後この機能の実際の利用率は21パーセントから93パーセントへと跳ね上がり、事故率は低いまま推移したという。今回の都市走行への拡大は、駐車で得た手応えを横展開する動きと言える。
利用率が上がれば、その分だけ走行データが集まる。BYDは支援運転を搭載した車両がすでに315万台路上を走り、1日あたり最大2億キロメートルの走行データを生み出していると説明する。膨大な実走行データはアルゴリズムを鍛える燃料であり、かつてはテスラの大きな強みだった。中国メーカーがそのフリート規模で追う構図が見えてくる。
この宣言が自信の表れか、それともマーケティングかという問いには、両方が答えになる。法的な約束であると同時に、ハードを売り走行距離を稼ぐための販売戦略でもある。補償が利用を押し上げ、利用がデータを生み、データが技術を磨く。この循環を回す狙いがうかがえる。なお背景として、BYDが販売の伸び悩みという逆風下にある点も、この攻めの姿勢を後押ししているとの見方がある。
■同時発表の4ナノチップと「事故ゼロ」目標
全額負担の宣言は、技術側の布石とセットで打ち出された。BYDは同じ5月28日のイベントで、中国初となる自社設計の4ナノメートル車載スマート運転チップ「Xuanji A3(玄璣A3)」を発表した。自動運転レベル3・4に対応し、3基を組み合わせると演算性能の指標TOPSで2,100を超えるという。すでに量産段階に入っているとする。チップを外部に頼らず内製する点は、電池やモーターまで自前で抱えるBYDの垂直統合戦略の延長線上にある。
ハードの普及も進める。LiDAR搭載のGod’s Eye Bを全車種でオプション化し、価格は1万2,000元に抑えた。さらにGod’s Eye Cはバージョン4.0へと進化し、高精度地図に頼らないエンドツーエンド型の準都市走行支援として、2026年9月からの展開が予定されている。王伝福氏は知能化競争の後半に向けた長期目標として、交通事故ゼロを掲げた。全額負担という思い切った約束は、こうした技術への自信に裏打ちされている。
【参考】関連記事としては「中国政府、自動運転の国家安全基準を2027年7月施行へ 日本と世界標準争いが激化か」も参照。
■まとめ:BYDの「全額負担」が中国自動運転に問うもの
BYDの全額負担宣言は、メーカーと保険会社、規制当局、そしてドライバーの関係を問い直す動きとして注目を集めている。もしこの取り組みが成果を上げれば、同様の制度が他社にも広がる可能性がある。責任は誰が取るのか。自動運転業界が10年にわたって避けてきたこの問いに、中国メーカーが具体的な金額と条件で答えを示した意味は小さくない。
もっとも、これは中国限定で、規定を守った使用に紐づき、1年間という期限付きの約束だ。システムの分類そのものを自動運転へ引き上げたわけではない。それでも、同じレベル2の枠組みを前にして、テスラが免責の盾を掲げ続ける一方、BYDは製品の背後に立つことを競争上の武器に変えた。全額負担という一手は、中国が自動運転の責任論議を制度の核心に据えつつあることを映している。日本を含む各国がこの問いにどう向き合うか。BYDの宣言は、その試金石になりそうだ。












