天下一品のロゴ、ホンダ車が「進入禁止」と再び誤認識

ローソンのフェアであちこちにロゴが・・・



出典:Flickr / Tatsuo Yamashita (CC BY 2.0 DEED)

ホンダADAS「Honda SENSING(ホンダセンシング)」による「天一騒動」が再燃しているようだ。ホンダセンシングが、ラーメンチェーン「天下一品」の企業ロゴを「車両進入禁止」の道路標識に誤認識してしまう案件だが、ローソンが「天下一品こってりフェア」を開催したことで「遭遇率」が高まり、再び話題となっているようだ。

この誤認識による本質的なトラブル事例は出ておらず、あくまで「ネタ」としてトピック化されているわけだが、こうした事案が自動運転レベル3以降で発生すると厄介だ。


天一問題の概要とともに、センサー誤認識による自動運転への影響について解説していく。

■天下一品のロゴが車両進入禁止標識に酷似している件

標識認識機能が「ネタ」に……

天下一品の企業ロゴは、赤い丸枠に筆で描いたような「一」の字が白抜きで刻まれたものだ。このロゴが、赤い丸枠に白抜きで横線を入れた「車両進入禁止」の標識と酷似しているため、ADAS(先進運転支援システム)に搭載された標識認識機能が誤認識してしまうようだ。

標識認識機能は、ホンダ以外にもトヨタ日産など多くのADASに搭載されており、検知した標識をディスプレイに表示したり、アラートで注意喚起を行ったりする。レベル2以下では、検知した標識をもとに車両制御を支援するシステムはあまり採用されていないため、仮に誤検知したとしても基本的には運転に支障はないと言える。

さて、この天一のロゴを誤検知する問題は、数年前からSNSなどでたびたび騒がれている。なぜかホンダセンシングが多いが、日産(セレナ)でも同様の事案が報告されている。


トヨタなど他社製ADASが誤検知しないのかなどは不明だが、SNS投稿者はホンダオーナーばかりで、天一の駐車場に入ろうとした際や通りがかった際などにセンサーが天一ロゴを検知し、「進入禁止」のアラートを発するようだ。

ローソンの天一フェアであちこちにロゴが……

天一ロゴ・進入禁止ブームは一段落したかに思われていたが、新たに燃料を投下するかのような企業が現れた。コンビニチェーン大手ローソンだ。

ローソンは2024年2月、「天下一品こってりフェア」を開始した。天下一品の味をきっちりと再現したラーメンをはじめ、からあげクンとのコラボ商品、天一監修のこってり天津チャーハンなど数々の企画商品を店頭に並べている。

そこで、天一ファンらが商品を求めローソンを訪れると……「進入禁止の罠」だ。店先に掲げられたキャンペーン用のノボリなどに掲載された天一のロゴを、ホンダセンシングは見逃さなかった。本来の標識サイズより明らかに小さいロゴをしっかりと検知し、ドライバーに注意を呼び掛けたのだ。


キャンペーン開始以降、SNS「X」にはホンダオーナーのさまざまな声が飛び交っている。以下、一例を紹介する。

  • 「ローソンの天下一品こってりフェア 進入禁止だそうですwww」
  • 「おぉ。。。これが噂のw Honda SENSING×天下一品」
  • 「ローソンの天下一品フェア‼︎自分のシビック「進入禁止」の表示が出ました‼︎確かに誤って店に進入したら大変なことになるので、ある意味正解ですね」

本来ならばクレームに発展してもおかしくはない誤検知だが、ネタ具合が勝っているからだろうか、みな楽しんでいるように感じる。

■自動運転における誤検知の問題

センサーの精度を高めるべきか否か

誤検知の原因は、言わずもがな進入禁止の標識と天一ロゴが酷似しているためだ。センサーとAI(人工知能)による検知能力・精度を高めれば解決する問題ではあるが、精度を高め過ぎた場合、別の問題が発生する懸念もある非常にセンシティブな問題でもある。

例えば、対象物の距離に応じた標識のサイズ含め、厳格に進入禁止の標識を定義した場合、標識の表面に汚れがある場合ややや斜めに配置されている場合など、進入禁止の標識として正しく認識しない可能性がある。光の加減で見え方が変わることもあるだろう。

こうしたケースを想定し、やや緩めに進入禁止の標識を定義することも1つの在り方だろう。多少汚れた標識もしっかり認識することで、安全性を高めることができる。

恐らく、ホンダは進入禁止の標識と天一のロゴを明確に区別するパーセプション技術を有しているはずだ。しかし、意図的に緩めに設定しているか、あるいは意図的に古い技術を更新せずに使用しているか……ではないだろうか。

自動運転では誤検知は許容されず

ただ、こうしたあいまいさが許されるのは手動運転前提のADASだからと言える。自動運転では、標識は標識、企業ロゴはその他のオブジェクトとして明確に区別しなければ、自律走行は成立しない。

標識に類似したマークを認識するたびにAIが迷えば、自動運転車はスムーズに走行することができなくなる。「進入禁止かもしれない」と判断を迷い、停止して別ルートを探してしまうかもしれない。急停止など想定外の挙動を行うことで、周囲の交通参加者を惑わせることも考えられる。

自動運転においては、標識の誤認識は致命的な欠陥になり得る。可能な限りあいまいさを排除し、安全かつスムーズな自律走行を実現しなければならないのだ。

パーセプション技術の高度化や高精度3次元地図で対策

解決策としては、まず個別の事案として、天一のロゴを厳密に認識することで区別を図る手法が考えられる。天一のロゴを、天一のロゴとして寸分たがわず正確に認識することで、進入禁止標識のイレギュラーパターンと区別を図ることができるようになる。

同様の事案が発生するたびに作業が必要になるが、AI学習においてはスタンダードな手法と言える。標識に限らず、自動運転開発においてはこうした作業を繰り返すことによってパーセプション能力を高めていくことが求められる。

また、高精度3次元地図の活用も有効だ。道路そのものをはじめ、標識などの構造物も含め事前にマッピングしたデータを用い、リアルタイムでセンサーが検知した標識などの情報と突合しながら走行することで、それが標識なのか店の看板なのかを区別する。

自動運転車は、事前に標識の位置や内容を把握したうえで、センサーに映し出された情報と整合性を図りながら走行することができる。

【参考】高精度3次元地図については「ダイナミックマップとは?(2024年最新版) 自動運転に有用」も参照。

言語モデルの応用などでAI能力を高める

AI技術としては、検知した際にそのシチュエーションなどと関連付けて対象物が何かを考えさせることで状況に応じた正確な認識機能を発揮することもできる。

路側式の道路標識であれば、一部例外を除きその高さは1.8メートルが標準とされている。歩道などに道路標識を設置する場合は、原則として歩車道境界と支柱・標示板の間を25センチ以上離すものと規定されている。標示板の形や色は、標識令に基づくものとされている。一定のルールが存在するのだ。

こうした法則をAIに学ばせることで、シチュエーションごとに標識が設置されているべき正しい位置を把握し、対象物が標識かどうかを選別する一助とすることもできる。

また、今後の開発においてポイントとなりそうなのが言語モデルの導入だ。センサーに映し出された「文字」などをAIが理解することで、対象物の特定をはじめその対象物が意味するものごとを認識し、その上で判断を下すことが可能になる。

例えば、天一のロゴであれば、その近くに「天下一品」の文字があるはずだ。この文字と関連付けてロゴを認識することで、それがラーメン屋の看板であることをAIは理解する。

コンビニ店頭に掲げられたノボリの類であれば、そこがコンビニであるということや周辺の文字などを参照し、それは標識ではないと判断することができる。

自動運転開発に大規模言語モデルを導入する取り組みは各所で進められており、国内ではTuringが力を入れている。

同社は2023年3月、完全自動運転実現に向け国産LLM開発に着手したことを発表した。「言語を通じて極めて高いレベルで世界を認知・理解する」ことで、人間と同等以上の能力を実現するという。

同年9月には、日英言語対応のマルチモーダル学習ライブラリ「Heron」と、最大700億パラメータの大規模モデル群を公開した。

Heronのモデル学習の特長として、対話を含むデータセットを用いることで自然かつ適切な対話が可能となっている点が挙げられている。これまでのマルチモーダルモデルでは単純な回答しかできなかった複合的な画像-言語タスクにおいて、前の質問を含む文脈を理解した応答を可能にしているという。

このHeronに関しては、同社でAI開発ディレクターを務める山口祐氏がXで以下の投稿をポストしている。「先日公開したHeron、何がすごいかって「進入禁止」と「天下一品」を区別できるんですよね」

話題となっている天一問題に関連した投稿で、Heronはすでに天一ロゴをクリアしているようだ。ロゴをただのマークとして認識するのではなく、周囲のシチュエーションを交えた上で認識しているのだ。

【参考】Turingの取り組みについては「Turing、完全自動運転EV「2030年10,000台」宣言 半導体チップも製造へ」も参照。

誤検知させるさまざまな実験も

自動運転分野においては、センサー×AIの認識能力を揺るがす研究も進められている。過去には、標識にシールを貼ることでセンサーを誤認識させる実験なども行われた。ワシントン大学の研究では、「一時停止」の標識にシールを貼り足すことで、「時速45マイル」の速度制限標識に誤認識させたという。

また、パデュー大学の研究では、ノイズが混ざった光線を標識に照射することで、「一時停止」を「時速30マイル」に誤認識させたという。

2022年には、米ミシガン大学や電気通信大学などの研究チームが、LiDARにレーザー光を照射することで誤認識させる実験に成功したという。本来検知範囲にいるはずの対象物を「いない」ものと認識させという。

中国の清華大学らの研究チームは、超音波でセンサーを誤認識させることに成功したという。超音波を照射することで、何もない場所に標識が出現したかのような誤認識をさせるという。

こうした研究は課題や問題点を克服するために行われているものだが、悪意を持って使用すれば大変なこととなる。セキュリティ上、開発者は悪意を前提に対策を施していかなければならないのだ。

【参考】自動運転におけるAIについては「自動運転とAI(人工知能)の関係性解説(2024年最新版)」も参照。

■【まとめ】天下一品ロゴ認識は初歩、さらなる高性能化を

天下一品は、ある意味自動運転におけるパーセプション技術に警鐘を鳴らしていると言える。もちろん、天一にその気はないだろうが、開発者サイドはこうした誤検知の問題を深刻に捉えなければならない。

開発者においては、天一ロゴ問題は超えるべき最初のハードルだ。さまざまな問題を乗り越え、高精度な自動運転技術を実現してもらいたい。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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