テスラ株急落!180万円の自動運転ソフト、無料提供で復活模索か

ソフトウェア主体のビジネスモデルへ転換?



出典:Dunk / flickr (CC BY-SA 2.0 DEED)

栄枯盛衰。自動車業界に新風を吹き込んだ米EV(電気自動車)メーカーのテスラ。業績は堅調とも言えるが、一時隆盛を極めた株価は急落も含む下落傾向が続き、その企業価値はGAFAMから再び離され始めている。市場からは、EVメーカーとしての活躍にとどまらずビッグテック企業同様の革新が求められている印象だ。

このような中、同社を率いるイーロン・マスクCEO(最高経営責任者)が新たな一手を打ち出した。テスラのADAS(先進運転支援システム)「FSD(Full Self-Driving=完全自動運転)」ベータ版を1カ月無料で提供すると発表したのだ。


FSDは現在1万2,000ドル(約180万円)で提供されているが、この機能が1カ月お試しサービスとなるのだ。さまざまな狙いが考えられるが、今回の一手が企業価値の再向上につながっていくかもしれない。

FSDはどのような形でテスラの未来を担う存在へと進化していくのか。同社の動向に迫る。

■テスラの最新動向

FSD体験サービス実施

マスク氏は2024年3月上旬、X(旧Twitter)で「FSDを1カ月間無料で利用することが可能になる」とつぶやいた。近い将来、自動運転機能に進化することが想定される高機能ADASの「お試しサービス」を開始するというのだ。

この発表を受け、「テスラはソフトウェアによる新たなビジネスモデルの構築を本格化する」「FSDが一定水準に達したことを裏付けている」など、さまざまな見方がネット上で飛び交っているが、おおむね好感されている様子だ。


マスク氏が送信した社内向けメールを公開した人もいるようだ。マスク氏は社員に向け、「今後、北米ではFSD V12.3.1をインストールして有効にし、車を引き渡す前に顧客に短い試乗をさせることを義務付ける」と発信したようだ。北米における既存顧客と新規顧客を対象に、積極的にFSDの利用を勧めるといった内容だ。

EVメーカーとしてのビジネスモデルは完了?

新興EVメーカーとして20年かけてその地位を確立したテスラだが、次のフェーズへの移行を本格化させる兆しとも言える。

15年ほどかけて車両生産体制を確立したテスラは、徐々に普及モデルの生産への注力も強めるようになった。当初は高級EV路線をまい進していたが、多くの台数を販売する上で普及モデルは欠かせないためだ。

堅調に生産・販売台数を伸ばしており、2020年に50万台、2021年に90万台、2022年に130万台、2023年に180万台を超えた。2024年は200万台を突破するとの見方が強い。


その一方、昨今のEVブームで中国BYDを筆頭に各社が台頭し始めてきた。特にBYDは廉価モデルを中心にシェアを大きく拡大しており、BEV販売台数では2023年下半期にテスラに並んだ。

BYDの影響か、テスラは2024年1月までの1年半の間に中国市場で5度販売価格を値下げしている。ターゲット層がやや異なるとはいえ、やはり影響は避けられないものと思われる。こうした値下げの効果もあって販売台数は伸ばし続けているが、2022年に16.8%だった営業利益率が2023年には9.2%へ低下するなど、業績に影響が出ているのも事実だ。

【参考】テスラの動向については「テスラはオオカミ少年?真の「自動運転」実現なら覇者返り咲きか」も参照。

FSDとともに新たなフェーズへ移行?

ライバル勢の台頭とともにEVブームが一息つきそうな中、テスラは次のフェーズを見定めているのかもしれない。ADASソフトウェアをはじめとした各種オプションサービスやプラットフォームサービスだ。

FSDは後付け可能なADASソリューションで、現在は一般的なレベル2にとどまるものの、バージョンアップを重ねて最終的には完全自動運転を実現することを標榜している。

じわりじわりと機能は高度化し、それに伴って価格も当初の5,000ドルから最大1万5,000ドルまで値を上げた。現在は1万2,000ドル(約180万円)で、サブスクリプションサービスも展開している。一般的なAutopilot搭載車の場合、月額199ドル(約3万円)でFSDを利用できる。

構想レベルでは、マスク氏は過去、自動運転化したマイカーを配車プラットフォーム「テスラネットワーク(仮)」上でロボタクシーとして稼働する案なども発表している。

こうしたサービスで他社との差別化を図り、かつ新たなビジネスの柱にしていく戦略がマスク氏の頭の中にあるものと思われる。テック企業的な発想で自動車ビジネスに風穴を開けていくフェーズへ移行し始めたのかもしれない。

FSD利用者増加で自動運転開発も加速

収益増加という観点を抜きにしても、FSD利用者の増加はテスラに好循環を生み出す。FSDは、一般的な自動運転開発と同様膨大なセンサーデータを学習することで進化を遂げる。近年は、FSD利用者から収集される走行データが開発を加速させている。利用者が増えれば増えるほど多種多様なデータが集まるため、いっそう開発が進展するのだ。

FSDベータ版のバージョンは現在「12.3.2.1」となっている。FSDユーザーからはその進化の度合いや完成度を評価する声が多く、実際にFSDを使用して市街地などを走行する動画が多数SNSにアップされている。

ベータ版としてはバージョン12が最後となる――といった見方もある。一定の完成領域に達したとすれば、ADASからの脱却はもう目の前に迫っているのかもしれない。

現状の技術に懐疑的な見方も?

一方、米運輸省道路交通安全局(NHTSA)は2023年12月、テスラのオートステア機能に欠陥があるとしてリコールを発表した。対象は約200万台に上る。

また、米道路安全保険協会(IIHS)が2024年3月に発表した自動車メーカー各社のADAS評価結果によると、テスラのFSDベータ版「バージョン 2023.7.10」を搭載したModel 3は、注意喚起と緊急時の対応が4段階中2番目の「Acceptable(許容できる)」と評された一方、ドライバー監視やレーンチェンジ、車間自動制御システム、協調操舵、安全機能の各項目は、4段階中最低の「Poor(劣っている)」と評された。

調査された14車種中13番目で、なぜか12番目にはAutopilot「バージョン 2023.7.10」を搭載したModel 3が入っている。

各システムの精度云々というより、誤用や誤認対策、長時間にわたる注意力の欠如を減らすのに役立つ有効な安全策が施されているか……について分析しているようだ。

【参考】IIHSの調査については「部分的自動運転、トヨタ・レクサスのみ「合格圏」 米IIHS調査」も参照。

ODDを絞らないレベル3実現で一気に先頭に?

「Full Self-Driving=完全自動運転」という名称に名前負けしているFSD。レベル2としてもそれほど客観的評価が高いわけではないが、優れている点もある。原則高精度3次元地図が不要で、どこでも自動運転が可能になるよう設計を進めている点だ。

現時点では不安定な場面でレベル2を使用するケースもあり、それ故不評を買うこともあるようだ。ただ、このチャレンジが実を結べば一気に他社を追い抜き、追随を許さぬ水準に達する可能性がある。

FSDがどの段階でレベル3以上を実現するかは何とも言えないが、状況によってはいきなり一般市街地でのレベル3を実装することも考えられる。この段階に達すればテスラの株はうなぎ上りとなるだろう。

【参考】テスラの自動運転戦略については「テスラの自動運転技術」も参照。

■【まとめ】近い将来テスラはテック企業に?

単純なEVメーカーとしての企業価値は頭打ち感を拭えないものの、今後はテック企業的な躍進の時を迎えるのかもしれない。まさに「クルマ」というハードウェアからソフトウェア主体のビジネスモデルへと変わっていくのだ。その象徴がFSDだ。

自動運転分野でも埋もれた感が強いテスラだが、限りなく広いODDを設定したレベル3を実装できれば、他メーカーを一気に追い抜き、頭二つほど抜け出ることになる。

さらなる成長フェーズに移行すればテスラの株価は再び急伸し、今度は「テック企業」として他のビッグテックと肩を並べるかもしれない。テスラの動向に要注目だ。

【参考】関連記事としては「テスラのFSD訴訟、「自動運転」未実現で購入費を払い戻し」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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