日本交通とDeNAが出資するモビリティテクノロジー企業であるGO株式会社(本社:東京都港区/代表取締役社長:中島宏)がIPO(新規株式公開)の準備を進めている。同社は、タクシーアプリ「GO」を運営している。上場時期は未定だが、すでに準備に取り掛かっているのは確実で、その動向に注目が集まるところだ。
一方、2023年12月に開催された内閣府のデジタル行財政改革会議の中で、岸田文雄首相がライドシェア解禁に言及した。2024年4月に新たな制度の下ライドシェアを限定解禁する内容だ。
タクシー業界にとって天敵とされるライドシェア。その導入による業界への影響が懸念されるところだが、GOにとっては追い風となるかもしれない。
これまで業界総出で頑なに拒んできたライドシェアが、なぜ追い風になり得るのか。同社の展望に迫る。
記事の目次
■GO株式会社の沿革
デジタル対応にいち早く着手
GOは、タクシー配車アプリをはじめとしたモビリティテクノロジー開発を手掛ける新進気鋭の企業のように思われるが、その歴史は長い。日本交通グループにおいて電算システムを管理する子会社として1977年に設立された日交計算センターに端を発する。
同社は1992年に日交データサービスに商号を変更した。計算業務をはじめ、IT時代を見据えたシステム開発の領域をいち早く拡大していくためだ。
21世紀に入りタクシー無線がデジタル化されると、従来の電話による配車依頼・応答に加え、インターネット経由の配車システムを模索する動きが強まった。日本交通も、専用番号へワン切りした携帯電話に配車用URLを送る「モバイル配車」システムを採用するなど、電話回線を使わない手法をいち早く導入した。
こうしたデジタル化の波は、スマートフォンの登場とともに大きな転機を迎える。タクシー配車アプリの登場だ。日本交通は2011年1月、「日本交通タクシー配車」(2017年に全国タクシー配車に統合)の提供を開始した。
これまでの携帯電話のインターネットを利用した配車システムと比べ、スマートフォンにより地図上で乗車場所などを指定できるようになり、サービス性は飛躍的に向上した。同年9月にアプリのダウンロード数は10万件を超え、配車台数3万台に達するなど、提供開始から間を置くことなく人気を集めた。
タクシー事業者との提携のもと全国版アプリを展開
2011年12月には日本マイクロソフトとの協業のもと、クラウドを活用した全国規模の配車サービス「全国タクシー配車」を開始した。全国のタクシー事業者との提携を進め、業界全体の活性化を図っていくこととしている。これが現在の「GO」につながるアプリだ。
配車サービス世界最大手の米Uber Technologiesがアプリのベータ版を公開したのが2010年、正式にサービス開始したのが2011年であることを踏まえると、日本交通の取り組みが世界最先端を走っていることがわかる。
日交データサービスは2015年、商号をJapanTaxiに変更した。この年にはすでに47都道府県を網羅しており、シリーズ累計ダウンロード数180万件、配車台数350万台、売上85億円に達した。提携事業者は全国144グループ、タクシー台数は約2万5,000台の規模となっている。
また、この年にはアプリの次世代化に向け、タクシークラウド広告サービスの実証にも着手している。
2018年には、「全国タクシー」の名称を「JapanTaxi」に変更した。この頃には、ダウンロード数550万件、タクシー台数は全国のタクシーの3割に相当する7万台規模まで膨れ上がっている。
DeNAと事業統合、テクノロジーを強化
2020年2月には、日本交通ホールディングスとDeNAがタクシー配車アプリなどに関する事業を統合する計画を発表した。アプリ「JapanTaxi」とDeNAのアプリ「MOV」を統合するほか、日本交通とDeNA出資のもとJapanTaxi株式会社をMobility Technologiesに改称した上でモビリティ関連事業をいっそう強化していく狙いだ。
同年9月には、両アプリの統合を見据えた新たなアプリ「GO」をリリースした。2023年4月には、商号も「GO」に変更している。2023年12月現在、タクシー台数は約10万台、ダウンロード数は1,800万件に上るという。
【参考】DeNAとの事業統合については「JapanTaxiとDeNAの配車アプリ事業、統合へ 自動運転技術の導入も視野」も参照。
JapanTaxiとDeNAの配車アプリ事業、統合へ 自動運転技術の導入も視野 https://t.co/0UHhdlKpCb @jidountenlab #JapanTaxi #DeNA #タクシー #配車アプリ
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) February 4, 2020
国内配車アプリでは不動の地位を確立
MM総研が2023年8月に発表したタクシー配車アプリに関する利用実態調査によると、東京都・大阪府・愛知県におけるタクシー配車アプリの利用率はGOが東京都61%、愛知県51%、大阪府63%といずれも過半数を超えたという。
米Uber Technologiesや中国Didi Chuxing(滴滴出行)、ソニー系S.RIDEといったライバルが次々と日本国内でサービスを開始しているが、こうしたプラットフォーマーやテクノロジー企業の追随を許さず、タクシー会社発のGOが依然としてシェアナンバーワンを維持しているのだ。
いち早く業界における横の連携を強化し、その上で貪欲にテクノロジー強化を図り続けてきた賜物だろう。
転職サイトにも「IPO準備中」の文字が躍る
早くからIPOのうわさが立っていたGOだが、ブルームバーグの取材において同社の中島宏社長がIPOを目指す方針を明かした。また、転職エージェントサイト「パソナキャリア」の同社求人で「IPO準備中の成長企業!」と宣伝されていることから、IPOを目指す活動が着々と進められていることは間違いなさそうだ。
▼GO株式会社 事業企画【IPO準備中の成長企業!】|パソナキャリア
https://www.pasonacareer.jp/job/80857508/
上場時期は不明だが、2024年中にも動きがありそうだ。
なお、これまでの資金調達としては、JapanTaxi時代の2017年に未来創生ファンドから5億円、2018年にトヨタから75億円、未来創生ファンドから追加で10.5億円、韓国のカカオモビリティから15億円などの出資を受けている。
GOとなった2023年には、シリーズDでゴールドマン・サックスから100億円を調達したほか、三菱UFJ銀行と三井住友信託銀行と総額40億円のコミットメントライン契約を結んでいる。金額は明かされていないが、シリーズDエクステンションラウンドではフィデリティ・インターナショナルと両備グループの岡山交通からの資金調達も発表されている。
■ライドシェア解禁によるGOへの影響
岸田首相がライドシェア解禁を正式表明
今後は、「ライドシェア解禁」が追い風になるかもしれない。2023年12月に開催されたデジタル行財政改革会議の中で、岸田文雄首相が「新たな運送サービス」の開始に言及したのだ。
詳細は不明だが、中間とりまとめ(案)によると、現状のタクシー事業で不足している移動の足を自家用車や一般ドライバーを活用したライドシェアにより補い、タクシー事業者の運行管理の下で新たな仕組みを創設するとしている。
具体的には、都市部を含めタクシー配車アプリによって客観指標化されたデータに基づき、タクシーが不足する地域や時期、時間帯の特定を行う。このデータに基づき、タクシー事業者が運送主体となって一般ドライバー・自家用車を活用し、アプリによる配車と運賃収受が可能な運送サービスを2024年4月から提供する方針という。
枠組みとしては、道路運送法第78条第3号に基づく制度を新たに創設するようだ。第78条は自家用自動車の有償運送について定めたもので、第3号は「公共の福祉を確保するためやむを得ない場合において、国土交通大臣の許可を受けて地域又は期間を限定して運送の用に供するとき」は有償運送を禁ずる同法の適用から除外することとしている。
また、タクシー事業者以外がライドシェア事業を行うことを位置付ける法律制度についても、2024年6月に向け議論を進めていくという。
このほか、道路運送法の許可または登録対象外の無償運送についても、アプリを通じたドライバーへの謝礼の支払いが認められることを明確化し、利便性向上を図るという。
【参考】ライドシェアに関する方針については「ライドシェア「タクシー会社による雇用が条件」 政府方針、骨抜きの解禁か」も参照。
ライドシェア「タクシー会社による雇用が条件」 政府方針、骨抜きの解禁か | 自動運転ラボ https://t.co/x2xAXvPcp8 @jidountenlab
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) December 13, 2023
ライドシェア解禁の第一段階は骨抜き案?
つまり、タクシー事業者による運行管理のもと、配車不足が明確な条件下においてライドシェアを解禁する――といった内容だ。その他事業者の参入についても議論を進めていくこととしているが、まずはタクシー業界の勝利と言える。
タクシーサービスに供する車両やドライバーの要件を緩和し、正規ドライバーではなく副業的にタクシー事業者の管理のもとサービスを提供することが可能になるイメージだ。ライドシェア推進論者からすれば「骨抜き案」となる折衷案と言えるだろう。
この案であれば、タクシー事業者に痛手はない。事業者は、自社の配車が不足しているときに一般ドライバーの手を借りるだけだ。管理面でのコストはかかるものの、配車に関する手数料収入などを見込むことができる。
何より、得体のしれない第三者に顧客を奪われる心配がなくなるのが大きな利点だろう。ライドシェアドライバーをもくろんでいたギグワーカーも、自由度の低い中で副業することになるため、希望者が殺到するようなことにはならないはずだ。
【参考】ライドシェアについては「ライドシェアの法律・制度の世界動向(2023年最新版)」も参照。
ライドシェア導入の可否をめぐる議論が国内で過熱し始めた。世界においても各国で賛否を巻き起こし、規制を設けた上で導入を許可するケースや全面禁止するケースなど対応が分かれている。#ライドシェア
ライドシェアの法律・制度の世界動向(2023年最新版) https://t.co/Bvr9yVisZC @jidountenlab
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) November 12, 2023
ライドシェア反対派の先頭に立つ川鍋会長「大変残念」
全国ハイヤー・タクシー連合会の会長などを歴任する日本交通の川鍋一朗会長は、ライドシェア反対の急先鋒で、ギリギリまでライドシェア解禁に対し慎重な議論を求めていた。時事通信社によると、今回の折衷案に対し「大変残念」といった感想を述べている。
恐らく、ライドシェア解禁論が浮上するたびに政界に対し先頭に立って根気強く働きかけを行ってきたものと思われる。そうした過去の経緯を踏まえると、解禁を防げなかった思いはやはり強いのだろう。しかし、妥協策としては及第点ではないだろうか。
タクシー事業者以外の参入が焦点に
今後の争点は、継続議論されることとなった「タクシー事業者以外」の参入だ。タクシー業界への新規参入という形で、ライドシェア主体のサービスを提供する事業者が現れた場合、タクシー業界にとって痛手となる可能性が生じる。
もちろん、需要過多であることがサービス提供の要件となる限り、その影響は最小限に留まることになるが、成長機会を失うタクシー事業者が出てくる可能性が考えられる。
仮にウーバーなどのプラットフォーマーの参入が可能になった場合、将来的な影響は避けられないものの、近々ではライドシェア需要は限定的であり、タクシー業界が総出で対抗すれば痛手をこうむるのはプラットフォーマーとなることも考えられる。
議論の行く末に注目が集まるところだが、いずれにしろ国内最強のプラットフォーマーである「GO」にとっては好機となり得る。日本交通の一員としてタクシー業界を背負いつつも、事業形態はプラットフォーマーであるためだ。
ライドシェアは「配車」が前提となる。このご時世においてはスマートフォンを活用したアプリの利用がスタンダードとなるため、国内ダントツのシェアを誇るGOにとっては新たなビジネスチャンスとなり得る。
また、ライドシェア抜きに考えても、タクシー配車そのものの伸びしろが大きいほか、同社はタクシークラウド広告サービス「Tokyo Prime」や法人向けタクシー管理サービス「GO BUSINESS」、次世代AIドラレコサービス「DRIVE CHART」など数々の事業を手掛けている。さらなる躍進が期待される1社だ。
■【まとめ】IPOを経てさらなる急成長も
ライドシェア議論が最終的にどのような結末を迎えるのか不明だが、GOとしてはこうした外部環境の変化も新たなビジネスチャンスに変換することができ、IPOを経てさらなる急成長を果たすことも考えられる
配車プラットフォームを主力とするテクノロジー企業でありつつもタクシー事業者のグループ企業として重要な位置を占める。業界の意向を反映しながらライドシェアをはじめとした新たなモビリティサービスに対処できる点は、今後大きな武器となるかもしれない。
【参考】関連記事としては「ライドシェアとは?(2023年最新版) 解禁・導入時期はいつ?」も参照。