建設費5兆円!自動運転専用の「スイス地下トンネル」計画、総延長は500キロ

2031年に第1期区間運用開始へ



出典:Cargo Sous Terrain公式サイト(https://www.cst.ch/en/even-more-climate-protection-thanks-to-cargo-sous-terrain/

世界の自動車保有台数をご存じだろうか?2020年末時点で乗用車11.1 億台、バスやトラック4.2億台、計15.3億台に及ぶという。途上国を中心に右肩上がりを続けており、この10年間でその数は約1.5倍に達している。

この自動車の増加に悲鳴を上げているのが「道路」だ。人口密度の高い国・エリアではキャパシティを超える自動車が溢れ、慢性的な渋滞を引き起こしている。自動運転をはじめとした先進技術によってモビリティの変革が推し進められているが、道路のあり方や高規格なども検討していかなければならない時代が到来しているようだ。


こうした道路の変革において、徐々に注目が高まっているのが「地下トンネル」だ。開発余力のない限られた地上を補う一手として、その有効活用策が模索されているのだ。

スイスでは、総延長500キロに及ぶ地下トンネルを設置し、物流専用道として自動運転カートを走行させるプロジェクト「CST(Cargo Sous Terrain)」が進められているようだ。

CSTプロジェクトをはじめ、「地下」をめぐる世界の動向に迫ってみよう。

■CSTプロジェクトの概要
総延長500キロの物流専用トンネルを構築

スイスの地下物流システム「CST」は、国土交通省所管の社会資本整備審議会(道路分科会・国土幹線道路部会)などでもトピックに上がっている。


CSTは、物流専用道として主要都市を結ぶ地下トンネルを設置し、自動運転カートを走行させる新たな物流システムだ。

スイスでは、2040年までに貨物交通量が約4割増加することが想定されており、トラック輸送は限界を超えるという。貨物車の積載効率も低下傾向にあり、 配送も各社が個別対応しているため非効率という。

既存の交通ルートでは輸送増に耐えられず、都市中心部への新たな供給ルートを構築する必要が生じているが、既存の交通インフラを無制限に拡張することは不可能だ。

そこで地下トンネルの登場だ。地下20~100メートルほどの深さに貨物専用トンネルを敷き、自動運転専用カートを24時間体制で運行させることで、地上の道路交通に影響を与えることなく、また左右されることなく安定した物流網を構築することができる。


トンネルは6メートルで、カートが走行する2線と点検用1線の計3ラインが敷設される。カートは自動運転で時速30キロほどで走行する。カートは規格化されており、ユーロパレット2枚を積み込めるようだ。トンネル上部にも搬送レーンが設置されており、別途小口の荷物を輸送することができる。

貨物は、各地に設置された物流ターミナルから垂直輸送され、デジタルマッチング技術によって効率的な配送を実現するという。

出典:国土交通省資料/Cargo Sous Terrain公式サイト
第1期区間は2031年にも運用開始

地下トンネルプロジェクトは、2021年12月に成立した地下貨物法により正式にゴーサインが下され、2025年までに明確な計画を策定する。2026年に第1期工事を開始し、2031年にヘルキンゲンとチューリッヒを結ぶ約70キロの区間で運用を開始する予定という。70キロの区間には、11ヵ所のハブ(物流ターミナル)を設けるようだ。

その後、2045年までにジュネーブからザンクトガレンに至る約500キロの区間を完成し、運用開始するとしている。建設費用は約330億スイスフラン(約5兆円)で、インフラ建設やシステム運営に公的資金を投入せず、民間資金で賄うという。

すでに運輸や物流、小売、電気通信、エネルギー分野など多くのスイス企業が投資するCargo Sous Terrain社が立ち上がっており、国・政府と協調しながら国家的民間プロジェクトのような形で事業を進めていくようだ。

同社は現在、試験掘削や地球物理学的測定などで地下に関する正確な情報入手を進めているという。

出典:国土交通省資料/Cargo Sous Terrain公式サイト
■地下トンネルをめぐる事例や動向
Woven Cityでも物流専用地下道を建設

国内では、トヨタが静岡県裾野市で建設中の実証都市「Woven City」で地下に物流専用道を作る計画が進められている。

地上に「自動運転モビリティ専用道」「歩行者専用道」「歩行者とパーソナルモビリティが共存する道」の3本の道を造成し、これとは別に地下に「モノの移動用の道」1本を敷設し、物流用の自動走行ロボット「S-Palette」で物流センターに届いた荷物を各戸に運ぶという。

エンジニアリング振興協会は地下の有効活用を模索

こうした地下トンネルに関する調査・研究も進められている。財団法人エンジニアリング振興協会の地下利用推進部会は2004~2005年度に大深度地下利用空間や概略ルートなどの検討を進め、2007年度からは首都圏のコンテナ物流の課題整理、トンネルルートの比較検討、輸送システム、施設整備コスト算出、事業性の検討などを実施してきた。

2009年度には、首都圏大深度地下物流トンネル構想に関する調査研究を行った。既存技術で対応可能な無人第三軌条給電電動台車方式を採用し、外径5.5メートルのトンネルを中央防波堤外側ふ頭ターミナルを起点に青海ふ頭ターミナルや大井ふ頭ターミナル、国立府中中間デポ、立川防災立坑地下を経由して首都圏中央連絡道青梅インターチェンジ付近の青梅インランドデポを終点とする53.5キロのルートを設定するなど、具体的な検討が進められたようだ。

同部会には、鹿島建設や戸田建設といった建設事業者をはじめ、経済産業省や国土交通省などもオブザーバーとして参画している。その後の進捗は不明だが、地上が飽和状態の東京都などでこうした事業立案が本格的に行われても不思議ではなさそうだ。

トヨタと大林組は次世代道路構想「ダイバーストリート」を発表
出典:大林組プレスリリース

大林組は、トヨタの未来創生センターと豊田中央研究所とともに、次世代道路構想「ダイバーストリート」の構築を進めている。

地下空間を有する総合的かつ新たな道路・道に関する研究開発で、物流システムの高度化をはじめ無電柱化、共同溝などの効率的なインフラ配置、豪雨時の雨水貯留といったBCP対策も可能にする。

大林組技術研究所内の実証フィールドで実物大モックアップを構築し、すでに施工性や支持力特性、水平変位特性、工期短縮などを確認したという。モックアップ完成後には、地下空間で自律搬送ロボットの走行デモも行ったようだ。

同構想は、もともと豊田中央研究所が進めていた研究がベースとなっている。そうした背景を踏まえると、モビリティ面での新たな構想もまだまだ広がる可能性がありそうだ。

Woven Cityにおける地下の物流専用道にもこの技術が用いられることになるのか注目したいところだ。

【参考】ダイバーストリートについては「「トヨタの街」に、地上と地下が一体の次世代道路!?自動運転も想定」も参照。

青函トンネルに新たな構想も
出典:JAPIC資料

本州と北海道を結ぶ青函トンネルも地下トンネル(海底トンネル)だ。総延長53.85キロのうち、23.3キロが海底を貫いている。鉄道専用のトンネルで、人の移動や物流を担っている。

1988年に開通して以来30数年が経過したが、近年新幹線も通行することとなり、新幹線と鉄道貨物の共用などの点で課題が浮上している。時代に対応した鉄道路として疑問符を付けられているのだ。

日本プロジェクト産業協議会(JAPIC)はこうした現状を踏まえ、今後推進すべきインフラプロジェクトとして「津軽海峡トンネルプロジェクト」構想を発表している。第2青函トンネルの建設だ。

自動運転車専用道路と鉄道貨物を併用したトンネルを新たに作る構想で、自動車を載せるパレット台車を活用することで、自動運転車以外の車両も通行できるようにするという。

周辺自治体では、この第2青函トンネル構想実現に向けた会議も熱を帯び始めており、一部報道によると、JAPIC案を有力視する意見もあるそうだ。

【参考】第2青函トンネル構想については「第2青函トンネル構想!道路部分は「自動運転車」限定 JAPIC提言に注目」も参照。

イーロン・マスクも地下交通に着目

テスラでおなじみのイーロン・マスク氏も、地下通路に活路を見出そうとする一人だ。マスク氏は地上の渋滞に嫌気が指し、円滑な交通を実現する地下通路構築に向けたプロジェクトを進めている。

宇宙開発事業を手掛けるSpaceXの子会社としてトンネル建設を担うThe Boring Companyを2017年に設立し、本社近くにテストトンネルを掘削した。

テストトンネルはすでに閉められたようだが、ネバダ州ラスベガスで「Vegas Loop」と名付けた地下交通システムの試験運用を進めている。地下にトンネルを張り巡らせ、EV走行による低料金の移動サービス実現を目指す計画だ。

州側もトンネル建設を承認しており、総延長40キロ超のルートに51駅を設けた新たな交通手段の確立を推進しているようだ。

■【まとめ】地下開発で将来的には地上の有効活用も可能に?

都市部を中心に飽和する地上。次世代に向けたイノベーション実現には、地上に近い上空を飛ぶドローンや地下の有効活用などが必須となるのかもしれず、立体的な視野が求められる時代が到来しそうだ。

日本では、自動運転技術の普及や人口減などで将来的には地上の輸送量が減少していく可能性が高いが、その際は、一車線をパーソナルモビリティ専用レーンにするなど、地上を有効活用するさまざまなアイデアも実現しやすくなる。

膨大な予算と時間がかかるプロジェクトとなるが、正式な議論の俎上に載った際、国はどういった判断を下すのか。要注目だ。

【参考】関連記事としては「自動運転専用道路・レーン導入の最新動向(2023年最新版)」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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