Arm上場後20分間の「爆騰」の正体 自動運転事業の有望性に投資家殺到

満を持して再上場、その将来性を探る



出典:Nasdaq公式ブログ

ソフトバンクグループ傘下の半導体設計企業である英Arm Holdings(アーム)が2023年9月、米ナスダック市場に上場した。株価は取引開始直後から急騰を見せ、さながら市場全体が自動運転をはじめとしたAI(人工知能)時代を歓迎しているかのようだ。

満を持して再上場を果たしたアームの動向に触れつつ、その将来性を探ってみよう。


■アーム上場の動向
半導体各社がアーム株に関心示す

アーム株は、米国時間の2023年9月14日、ティッカーシンボル「ARM」でナスダックに上場した。普通株式9,550万株相当の新規公開で、公開価格は51ドル、売出価格における総額は48億7,100万ドル(約7,200億円)となっている。

公開前におけるソフトバンクグループの所有株式数は、ソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)が保有していた25%分の株を2023年8月にソフトバンクグループが約161億ドル(約2兆3,000億円)で買い取ったため、所有割合100%の約10億2,523万株となっている。IPOで約10%を売り出す格好だ。

米国証券取引委員会に提出済の目論見書によると、Advanced Micro Devices(AMD)、アップル、Cadence Design Systems、グーグル、インテル、MediaTekの関連会社、NVIDIA、Synopsys、TSMCが、コーナーストーン投資家として計7億3,500万ドル(約1,080億円)まで購入することに関心を示したという。

コーナーストーン投資家とは、上場が承認された早い段階で、割り当てられた一定額の株式に対し取得をコミットする投資家を指す。いち早くTSMCの取締役会が最大1億ドル(約147億円)の出資を承認している。


半導体やIT大手各社が、取引先のアーム上場に大きな関心と期待を寄せている証しと言えそうだ。

取引開始後急上昇の展開
Armの株価チャート(5分足)=出典:Trading View

取引開始後、株価はいきなり高騰する。始値56.10ドルを付けた後、約20分間上昇を続け、あっという間に60ドル台に突入した。その後、3時間かけてゆっくり値を下げるものの再上昇し、終値63.59ドルで初日の取引を終えた。公開価格から約25%値を上げ、時価総額652億ドル(約9兆6,100億円)を記録した。

翌15日は68.75ドルで始まり、高値69ドルを付けた後緩やかに下降し、60.75ドルで2日目の取引を終了した。確定売りが優勢となったようだが、それでも60ドル台をキープしている。

■アームの企業価値
3.3兆円の買い物が9.6兆円に?

現体制のアームは1990年に設立され、改称を経て1998年にナスダック市場とロンドン市場にそれぞれ上場している。


2016年にソフトバンクグループに総額約240億ポンド(約310億ドル/約3.3兆円)で買収され、その際に上場廃止することとなった。最終日の2016年9月2日の終値67.77ドルで約4億7,000万株を発行していた。時価総額319億700万ドルで、当時の為替相場(1ドル113円)換算で約3兆6,000億円に相当する。

その後、ソフトバンクグループは2020年9月、アームをNVIDIAへ最大400億ドルで売却する計画を発表した。規制当局の反対などにより結果として流れることとなったが、当時のレートで約4兆2,000億円に相当する額だ。

こうした数字を踏まえると、為替変動の影響を除いても7年前のアーム買収は大成功となった。結果論ではあるものの、NVIDIAへの売却も失敗に終わって良かったと言える。

ソフトバンクグループの株価も、14日に前日比5%高となった。幸先の良いスタートを切ったアームを好感する買いが集まったようだ。

不安定な世界情勢の中、SVFを筆頭とする投資事業の立て直しを余儀なくされているソフトバンクグループだが、孫正義会長自らが陣頭に立って進めたアーム事業が同グループに明るい光をもたらしている。

アーム上場が最終的にソフトバンクグループの2024年3月期決算にどのような影響を与えることとなるのか、引き続き注目だ。

■自動運転関連の大型IPO
モービルアイに続きアームも最大IPO案件に

自動運転関連で、巨額買収された企業が再上場を果たす例はこれで2例目となった。2022年10月にナスダック上場を果たした、インテル傘下のMobileye(モービルアイ)だ。

イスラエル企業のモービルアイは、ADAS(先進運転支援システム)ソリューションやSoC(システムオンチップ)開発で名をあげ、2017年にインテルが約153億ドル(約1兆7500億円)で買収した。同社は2014年にニューヨーク証券取引所に上場しているが、買収に伴い上場廃止している。

その後、2022年10月26日にティッカーシンボル「MBLY」でナスダックに上場した。初値は公開価格の21.00ドルを上回る26.71ドルで、初日の終値は公開価格を約38%上回る28.97ドルとなった。終値ベースの時価総額は230億ドル(約3兆4,000億円)で、こちらも2022年の米国最大IPO案件となった。約1年が経過する現在も35~40ドル付近をキープしている。

ともに高い実績を誇る企業の再上場だけに大きな注目を集めることとなったが、結果として自動運転に関連する企業が2年連続で最大のIPO案件となる見込みだ。両社が広く市場の支持を得たことは、自動運転業界としても非常に心強いものとなっている。

なお、モービルアイはインテル直系の半導体開発企業として、NVIDIAなどとは明確なライバル関係にある。一方、アームは半導体設計企業として半導体各社とパートナーシップを結べる関係にあるほか、IoTやサーバーなど広い幅広い分野での活躍が見込まれる。

モービルアイは自動運転を中心としたモビリティ領域に特化しているが、アームの活躍の場は未知数だ。その意味でアームにはまだまだ伸びしろがあり、そのポテンシャルに期待を寄せる層が今後もどんどん現れる可能性が高そうだ。

【参考】モービルアイについては「Mobileyeの3兆円IPO、自動運転業界初の「ちゃんとした上場」?」も参照。

■アームCEOの声明
成長領域拡大で多様なビジネスを展開

アームのレネ・ハースCEO(最高経営責任者)は声明で「アームベースチップの累計出荷個数は2,500億個を突破し、アームのCPUはあらゆるものの中で頭脳の役割を果たしている」とし、「その背景にはバッテリー駆動製品向けに高性能かつ電力効率に優れたプロセッサー設計を追求してきたアームのDNAがある。この設計理念があるからこそ高い支持を集め、2016年の上場廃止時点とはイメージが大きく異なっている」と語っている。

また、「2017年には、スマートフォンやコンシューマー機器向けの汎用CPUの設計から、特定市場向けの専用CPUの設計へと舵を切った。成長領域をスマートフォン市場に限定せず、より多くのモバイル機器やクラウド・インフラストラクチャ、自動車、IoTに市場特化型の演算プラットフォームを導入することで多様なビジネスを展開している」という。ソフトバンクグループによる買収後、戦略転換の節目を迎えたようだ。

また、「チップはさらに複雑化し、IPのブロックであるサブシステムで構成されるより小型なチップに分割されつつある」とし、「設計期間を短縮するため、こうしたサブシステムには初期設定不要ですぐに動作する演算ソリューションが必要となる。これは新たな成長機会であり、主要市場でこうした演算サブシステムを提供すべく、私たちは独自のポジションを確立した」とさらなる飛躍に意欲を示している。

電力効率や汎用性の高さに定評のあるアームだが、自動運転分野ではこうした要素とともに日進月歩で進化を続ける高処理能力が欠かせない。ハイパフォーマンスを発揮しつつ低消費電力を実現するソリューションの開発で、さらなる躍進に期待したいところだ。

■【まとめ】独自のポジションでAI時代を切り開く

レネ・ハースCEOの声明にある通り、「独自のポジション」を確立している点が非常に大きい。他の有力半導体企業と共存・協調しながら、膨大な半導体需要に応えていけるのだ。もちろん、各半導体企業の要件を満たす技術があるからこそ高い信頼を得られるのだろう。

自動車分野への進出はすでに本格化しているが、今回の上場を機に自動運転分野をはじめとした新たな成長領域にどのようにアプローチしていくかにも注目が集まる。どのような戦略でAI時代を切り開いていくのか、引き続き目が離せないところだ。

【参考】関連記事としては「ソフトバンクビジョンファンドとは?(2023年最新版)」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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