EV大手テスラのXデーが近づいてきた。イーロン・マスクCEO(最高経営責任者)がつぶやいた、自動運転タクシー(ロボタクシー)に関する発表日(8月8日)だ。残り1カ月を切り、いよいよカウントダウンが始まった。
ロボタクシー事業に関し、マスク氏は何を語るのか。これまで幾度もビッグマウスをさく裂させてきたマスク氏だが、ついにFSD自動運転化への道が開かれるのか?新たなロードマップとサービス概要を発表するのか?――など、すでに注目度はマックスに達しつつある。
これまでのマスク氏の発言に触れながら、テスラが描くロボタクシー事業の概要に迫っていこう。
記事の目次
■テスラのロボタクシー構想
ロボタクシー構想は過去にも幾度か言及
マスク氏は2024年4月6日、SNS「X」で「Tesla Robotaxi unveil on 8/8」と投稿した。「テスラはロボタクシーを8月8日に発表する」といった非常に短い内容だ。
Tesla Robotaxi unveil on 8/8
— Elon Musk (@elonmusk) April 5, 2024
当然、現時点では詳細は明かされておらず、サービス概要の公開にとどまるのか、自動運転車両を含めた公開となるのかも不明だ。想像を掻き立てるマスク氏ならではの手法と言える。
マスク氏はこれまで、2019年開催のAutonomy Investor Day(投資家デー)や2024年6月の年次株主総会などでもロボタクシー事業に触れている。
どのような発言があったのか、まずは過去の発言を振り返ってみよう。
2019年にロボタクシー構想を正式発表
マスク氏は2019年の投資家デーでロボタクシー構想を発表した。自動運転機能を搭載したオーナーカーがロボタクシーとなるアイデアだ。
オーナーは、FSD(Full Self Driving)を搭載した自動運転車をリース契約して所有し、使用しない時間帯はテスラの配車サービスプラットフォーム「TESLA NETWORK(テスラネットワーク)」に登録することでロボタクシーとして無人で稼働させることができる――という内容だ。
自家用車の稼働率の低さを逆手に取るようなビジネスアイデアで、車庫に眠っている自家用車を有効活用しつつ、高額になりがちな自動運転車の費用を補填することができる。
テスラの試算によると、オーナーは1マイル(1.6キロメートル)あたり0.65ドル(当時のレートで約71円)を得ることができ、9万マイル(約14万5000キロメートル)走行すれば3万ドル(同約330万円)得ることができるとしている。事故の際の責任はテスラが負い、リース契約終了後は車両をテスラに返却する。
当時の構想では、2020年中に自動運転タクシーを100万台以上稼働させるとしていた。
2016年発表のマスタープランの中でも自動運転シェア事業に言及
なお、同様の構想は2016年にすでにマスク氏の頭の中にあったようだ。マスク氏が2016年7月に発表した「マスタープランパート2」の中で、自動運転車のシェアリングについて触れられている。
マスタープランパート2によると、真の自動運転が規制当局に承認されれば、ほぼどこからでもテスラを呼び出すことができるようになり、目的地に向かう途中で眠ったり読書をしたり、その他のことをしたりすることができるとしている。
また、テスラのスマートフォンアプリをタップするだけで、自分の車をテスラの共有フリートに追加し、仕事中や休暇中に収入を得ることができるようになるとしている。これにより、月々のローンやリース費用を大幅に相殺し、場合によってはそれを上回る収入を得ることができるという。
実質的な所有コストが大幅に下がり、ほぼ誰でもテスラを所有できるようになる。多くの自家用車オーナーは1日の5~10%しかクルマを使用しないため、自動運転車の基本的な経済的効用は数倍になる可能性があるとしている。まさにロボタクシー構想そのものだ。
【参考】テスラのロボタクシー構想については「米テスラ、2020年に100万台規模で自動運転タクシー事業」も参照。
FSD加速、配車サービスをアプリに組み込む
2024年第1四半期(1~3月)の決算報告資料においても、「Our purpose-built robotaxi product will continue to pursue a revolutionary “unboxed” manufacturing strategy.」とロボタクシーに少しだけ触れている。
直訳すると、「当社のロボタクシー製品は革命的な“unboxed”製造戦略を追求し続ける」となる。Unboxedをどう訳すべきか難しいところだが、生産効率を高めていくようなニュアンスが込められているものと思われる。
資料ではこのほか、自動運転に関してFSDなどにも触れている。収益性の高い自律ビジネスはビジョンのみのアーキテクチャを通じて実現可能で、エンドツーエンドのニューラルネットワークを使用し、数十億マイルの実世界のデータでトレーニングを重ねている。
2024年初めにバージョン12をリリースしたが、今後も継続的にトレーニングを強化していく。中核となるAIインフラストラクチャのキャパシティは今後数カ月以内に向上し、第1 四半期に推論が強化された最新の車載コンピュータとなるハードウェア4.0へ移行するとしている。
また、将来的に利用可能となる配車機能に取り組んでおり、配車サービスをテスラアプリにシームレスに統合していくという。
自動運転開発は、何百万もの車両からのデータと巨大なAIトレーニングクラスターがあればこそ可能なものであり、我々はその両方を持っており今後も拡大し続ける。FSDにアクセスしやすいよう、サブスクリプションの価格を月額99ドルに値下げし、購入も可能にした。米国での価格は8,000ドルに設定している。
配車アプリ「Tesla Ride-Hailing App」も一部公開
2024年第1四半期決算報告では、配車アプリ「Tesla Ride-Hailing App」のスクリーンショットも公開されている。おそらく、「TESLA NETWORK(テスラネットワーク)」の製品版と思われる。
画面には、「SUMMON(呼び出す)」や「3 minutes away(3分離れている)」、「Arriving Now(今到着)」といった内容が表示されている。
実装時期などには触れていないが、ロボタクシーサービスとともに詳細が公表されることになりそうだ。
UberやAirbnbに似たサービスに?
2024年6月の年次株主総会で、マスク氏は「指数関数的に開発は進んでおり、急速に監視なしの完全自動運転に向かって進んでいる」と強調した。
その上で、テスラが計画するロボタクシーサービスについて「UberとAirbnbに似ている」ことに言及した。Uberは言わずと知れた配車サービス大手で、Airbnbは滞在先マッチングサービスを展開するプラットフォーマーだ。
マスク氏は「いつでも好きな時にマイカーをフリートに追加し、『一週間旅行に行く』みたいなこともできる。テスラアプリを1回タップするだけであなたのクルマがフリートに追加され、旅行中にお金を生み出す。所有者が得る収益は月々の支払いを超えるでしょう。テスラは大きなシェアを取得するが、お金のほとんどは所有者に渡される」と説明した。
根本的な考え方は、2016年のマスタープランパート2から変わっていないようだ。実現時期こそ約束を破っているものの、このブレない姿勢がマスク氏の強さなのだろう。(以下の動画は、テスラの年次株主総会の様子。マスク氏は45分ごろに登場)
中国で自動運転タクシー構想も?
ロイターなどのメディアによると、マスク氏は2024年4月に訪中した際、中国での自動運転タクシー実証を提案したという。中国でのFSDのサービスインを見据え、自動運転タクシー実証の形で導入許可を得る公算なのか、自動運転タクシーそのものが目的なのかは不明だが、中国側も歓迎の姿勢を示したという。
6月には、上海でFSDの試験許可を取得したという。どういった形式の試験なのか詳細は不明だが、データ収集などの規制が強い中国で米国企業のテスラがどのようなアクションを起こすことができるのか。今後の動向に注目したい。
【参考】テスラの中国での自動運転タクシー構想については「テスラ、本社を中国に移転か 自動運転のテスト認可で現実味」も参照。
■テスラの自動運転戦略
FSDの自動運転化が焦点に
果たして、8月8日にどのような発表が行われるのか。自動運転タクシーとなる実車・コンセプトモデルが公開されるのか、あるいはFSDの自動運転化に向けた具体的なロードマップとともにロボタクシー事業の概要が発表されるのか。
さすがに現段階の技術水準で自動運転タクシーサービスは難しいものと思われるため、事業計画ベースの発表になるのではないか。
マスク氏の頭の中では、制限のない移動を可能にする自動運転レベル5が前提となっているはずだが、その前段階としてレベル3ローンチということも考えられる。
現在提供されているFSDはベータ版だが、バージョン12が最後になるとの見方もあり、ついに自動運転化を果たす時が訪れたのかもしれない。このFSDの自動運転化が実現して初めてロボタクシー事業も可能になる。
ただし、レベル3が具体化していればすでに情報がリークされている可能性が高いため、現段階では規制当局との協議は進んでいないように思われる。
そう考えると、「自動運転走行実現に向けこれから規制当局と協議を進める」的な発表が濃厚だろうか。すでにアプリを製作していることを踏まえると、サービス面は煮詰められており、「テスラのロボタクシーはここがすごい」的なトピックが主体となるのかもしれない。
レベル5に向けたアプローチに注目
自家用車をロボタクシーとして有効活用するアイデアそのものが秀逸であり、自家用車に新たな価値を創出する意味でも業界に大きな影響を与えそうだが、レベル5を前提としている点でもそのアプローチに大きな注目が寄せられることになる。
テスラが目指す自動運転はODD(運行設計領域)に制限を設けず、手動運転が可能な条件下であればいつでもどこでも自律走行可能なものだ。このレベル5相当の自動運転に規制当局が許可を与える場合、相当神経を尖らせる可能性が高い。
なぜならば、あらゆる条件下で安全な自動運転を達成する保証を見定めにくいためだ。一般的に想定し得るシチュエーションをはじめ、半ば想定外のシチュエーションでも安全に自律走行できる保証を開発企業にどのように求めるのか。また、開発企業はそれにどのように応えるのか……と言った点だ。
それ故、規制面でどのようなルールが設定されるか注目が集まる。細かにODDを設定し、一つずつクリアしていくような手法が用いられる可能性も考えられる。レベル3、レベル4の段階をしっかり踏んでODDを拡張していく手法だ。
テスラと言えども、いきなりレベル5申請が現実的ではないことはわかっているはずだ。どのようなアプローチでレベル5に近づいていくのか、その手法に改めて注目したいところだ。
【参考】テスラの動向については「テスラ株急落!180万円の自動運転ソフト、無料提供で復活模索か」も参照。
米国ではWaymo以外はモタモタ?テスラ躍進の可能性も?
米国ではWaymoとCruiseが自動運転タクシーを実現している。Waymoはアリゾナ州フェニックスとカリフォルニア州サンフランシスコでサービス実装しているほか、ロサンゼルスとテキサス州オースティンでもまもなく本格サービスを開始する計画だ。
Cruiseも同様の展開を行っていたが、2023年の人身事故を契機にサービスを停止しており、ダラス、ヒューストン、フェニックスで手動運転によるサービスからやり直している最中だ。
2社に続く勢力としては、MotionalやAurora Innovation、Zooxなどが挙げられる。Motionalは自動運転タクシーの量産段階に達しており、ラスベガスでの展開に注目が集まるところだ。Aurora Innovationは自動運転トラックの実用化を先行させている様子だ。
Waymo以外の各社はサービス実装にもたついている印象が強い。今後の展開次第では、Waymoを追う有力対抗馬としてテスラが急浮上する可能性もありそうだ。
■【まとめ】ライドシェア事業者や自動車メーカーにも影響?
自家用車を活用したサービス実装の影響は、Waymoなどの自動運転タクシー事業者だけでなくライドシェア事業者や自動車メーカーにも及ぶ可能性が高い。
サービス実装はまだ先になるものと思われるが、このマスク氏の発想を競合他社がどのように捉え、どのように行動していくかにも注目が集まる。
Xデーにマスク氏は何を語るのか。モビリティ業界を揺るがすビッグニュースに期待したい。
【参考】関連記事としては「テスラの自動運転技術」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)