イーロン・マスクとトヨタ新社長の共通点

「エンジニア系経営者」が業界を席巻



(左)出典:Flickr / Public Domain/(右)出典=トヨタ公式サイト・リリース

2009年に取締役社長に就任して以来、14年間にわたりトヨタ自動車をけん引してきた豊田章男社長が2023年4月1日付でその職を譲る。バトンを受け取るのは、エンジニア畑をひた走ってきた現執行役員の佐藤恒治氏だ。

エンジニアとして積み重ねてきた膨大な知見を、今後はより大きな視点で発揮していくことが求められる。想像も及ばない重責だが、章男社長をはじめとする代々の経営者が築き上げてきたトヨタの土台にどのような新しい風を吹き込むのか、期待したいところだ。


さて、エンジニア系経営者としては、EV(電気自動車)メーカーである米テスラCEO(最高経営責任者)イーロン・マスク氏が有名だ。自動車メーカーの経営者の中では、群を抜く知名度を誇ると言ってよい。

また、スタートアップを中心とした自動運転業界では、圧倒的にエンジニア系経営者が多い。エンジニア系経営者が今日の自動運転業界を盛り上げてきたのだ。

エンジニア系経営者とはどのようなもので、どのような利点を持つのか。佐藤氏とマスク氏それぞれの経歴に触れながら、エンジニア系経営者の中身に迫っていく。

■佐藤新社長の経歴
技術畑からレクサスやガズー統括へ

佐藤氏は早稲田大学理工学部機械工学科を卒業し、トヨタに入社。初代プリウスやビスタのサスペンション設計、北米カムリの製品開発、Lexus GSのコンセプトプランナー・開発、GA-Lプラットフォーム主査、Lexus LCコンセプトプランナーを担当するなど、着実に技術畑で実績を積み上げ、技術を磨いてきた。


2016年にLexus InternationalでZLチーフエンジニアとなり、翌2017年には常務理事に就任し、Lexus Internationalの開発統括となった。

その後、2020年に執行役員に就任し、Lexus InternationalとGAZOO Racing Companyのプレジデント職、Chief Branding Officerを務めている。車両開発を統括する立場から、営業やマーケティングを含めたカンパニー全体を統括する立場へと前進している。

今後、2023年4月1日付で執行役員、社長、Chief Executive Officerの任に就き、第119回定時株主総会の承認を経て取締役に就任する見込みだ。

出典=トヨタ公式サイト・リリース
将来、水素エンジンの生みの親に?

近年は、BEV(バッテリー式電気自動車)や水素エンジンなどの話題で会見に臨む場面が多い印象だ。2021年12月に開かれたBEV戦略に関する説明会では、章男社長とともに全方位戦略の重要性を強調している。レクサスがBEVをリードし、先進技術をフロントランナーとしてやっていくブランドの役割をより明確にするとともに、GAZOO Racingではモータースポーツを起点にカーボンニュートラル燃料の可能性を切り拓いていく挑戦を続けていることなどに言及している。


GAZOO Racingは現在、水素エンジンの開発を進めている。これは、MIRAIのように水素を燃料とするFCV(燃料電池車)とは似て非なるものだ。FCVは水素を電気に変換して動力を得るが、水素エンジンは水素を燃焼させて動力にする内燃機関を備える。

この水素エンジンが実用化されれば、既存のガソリンエンジン車を改良することでCO2排出を抑えることも夢ではないという。2021年に水素エンジン車でレースに参戦開始し、一年が経過した2022年6月の記者会見で、佐藤氏は市販化に向けた進捗について「4合目くらい」と語っている。モータースポーツを通じた非常に速度の速いサイクルで研究開発を進めているようだ。

退任を予定している取締役会長の内山田竹志氏は、世界初の量産ハイブリッドカーであるプリウスの生みの親として知られている。

内山田氏と比較する必要はないが、佐藤氏は将来、「水素エンジンの生みの親」として名をはせる可能性もありそうだ。

サーキット場で内示を受けた…?

章男社長は、自らレーシングドライバーを務めるほど「乗るのが好き」なクルマ好きとして知られる。一方、佐藤氏は「どちらかというとつくるのが好き」なタイプのクルマ好きという。ある意味、エンジニアのかがみだ。

余談となるが、トヨタのオウンドメディア「トヨタイムズ」によると、章男社長から初めて内示を受けたのは、タイのサーキット場だったという。章男社長「ちょっとお願いを聞いてくれる?」佐藤氏「もちろんです」章男氏「社長やってくれない?」――といった流れだ。

両者の良好な関係性がうかがえる内容だ。クルマ好きとしての共通項を持ちつつ、章男社長とは異なる視点で次世代に向けたクルマづくりやモビリティカンパニーへの進化の道を切り開いていくことに期待したい。

■イーロン・マスク氏の経歴
12歳でゲーム開発、大学院休学時には初の創業

次に、エンジニア系CEOの代表格と言えるテスラCEOのマスク氏の経歴を見ていこう。マスク氏は10歳の時にコンピューターを購入し、独学でプログラミング学んだという。Gigazineによると、 12歳の時にシューティングゲーム「Blaster」を開発・販売した経歴を持つ。

マスク氏が初めて起業したのは、ネット上で地図や道案内などのシティガイドを行うサービスを展開するZip2だ。大学院休学中の1995年設立で、4年後にコンパックが3億700万ドルで買収した。

この資金をもとに、1999年にはオンライン金融サービスを手掛けるX.comを設立した。間もなくして「PayPal」を手掛ける同業コンフィニティと合併し、社名もPayPalとなる。

なお、この時点でマスク氏はコンフィニティ創業者の離脱や取締役会による自身の更迭などを経験している。当時から破天荒な性格を発揮していたようだ。

テスラのイーロン・マスクCEO=出典:Flickr / Public Domain
PayPal売却資金でスペースX設立

2002年にPayPalはeBayに15億ドルで買収され、筆頭株主のマスク氏は1億7,580万ドルを手にした。この資金をもとに同年設立したのが宇宙事業を手掛けるスペースXだ。

衛星インターネットサービスなどのビジネスを展開しつつ、人類の火星移住を目標に掲げるなどビジョンは果てしなく大きい。

2004年には、前年に設立されたEV開発スタートアップ・テスラの資金調達ラウンドを主導し、大株主として同社の会長職に就く。その後、共同創業者として認定され、同社を世界に名だたるEVメーカーへと押し上げていく。

AI開発にも注力

このほか、親類が立ち上げた太陽光発電企業ソーラーシティの買収や、AI(人工知能)開発を手掛けるニューラリンクの共同設立なども行っている。ニューラリンクは、AIチップなどを脳に埋め込む「ブレイン・マシン・インタフェース (BMI)」の開発を手掛けている。

AI関連では、対話型言語モデル「ChatGPT」で話題となっているOpenAIの設立に関わり、資金提供を行っている。

近々では、Twitter買収でも大きな話題となったのは周知のところだ。

チャレンジとイノベーションの精神を

起業家としての色が濃いマスク氏と、トヨタ一筋の佐藤氏を「エンジニア系経営者」として比較するのはさすがにお門違いと言われそうだが、マスク氏に代表されるエンジニア系創業者は、 技術に裏打ちされたビジョンを描く。現在の技術で実現不可能でも、頭の中で将来技術のあり方をしっかりと構築し、実現可能性を高めていくのだ。

CASE時代・100年に一度の大変革を迎えたと言われる自動車業界においては、時に常識の枠に捉われない発想と行動力が必要となる。

マスク氏の人間性や節々の発言は置いておき、そのチャレンジ精神とイノベーションに向けた熱意は尊敬に値するものがある。

世界的大企業のトヨタにおいても、チャレンジとイノベーションの風土をしっかりと育み、モデルチェンジに臨んでもらいたい。

■業界を席巻するエンジニア系経営者

ITが社会インフラとして定着した21世紀においては、新興企業の多くは高度にテクノロジー化され、開発におけるソフトウェアの比重が大きく高まっている。必然的に創業者の多くはエンジニア系となり、自動運転分野などは顕著にその傾向が表れている。

自動運転システム開発企業などは、むしろ非エンジニア系の創業者を探す方が困難かもしれない。

例えば、GM傘下のCruise創業者でCEOのカイル・ヴォグト氏はマサチューセッツ工科大学出身で、米国防高等研究計画局(DARPA)主催の自動運転レースに出場した経験を持つ。

Aurora Innovation創業者のクリス・アームソン氏、Nuro創業者のデイブ・ファーガソン氏、事業停止となったがArgo AI創業者のブライアン・サレスキー氏らはカーネギーメロン大学チームでDARPAのレースに出場し、その後はグーグルの自動運転開発部門で活躍した経歴を持つ。

中国系では、AutoX創業者のJianxiong Xiao(肖健雄)氏は、香港理工大学でコンピュータサイエンスの博士号を取得後、マサチューセッツ工科大学でAIなどの研究を行っていた。

Pony.ai創業者のジェームス・ペン氏は、スタンフォード大学などを経て、グーグルや百度などでエンジニアとして活躍していた。

スタートアップではないが、インテル傘下のイスラエル企業モービルアイのアムノン・シャシュア氏もエンジニア系経営者の代表格で、1つの理想像と言える。同氏はコンピュータサイエンスを専門にヘブライ大学で教壇に立つ中で、「1台のカメラで立体視可能なビジョンシステムを構築する」というコンセプトのもとモービルアイを設立した。

ADASソリューションやSoCで実績を上げ、現在は自動運転開発も本格化している。

■【まとめ】佐藤新社長の手腕に期待

誤解のないように、エンジニア系経営者と非エンジニア系経営者、どちらが優れているか――という話ではない。エンジニアとしての資質が経営に結び付くかどうかは別物であり、また大企業になればなるほど自身はエンジニアの最前線から遠のいていく。

重要なのは、エンジニアとしての技術やサービスに対する独自の知見を、経営にどのように生かしていくかだ。特に、自動運転をはじめとするCASE分野は高度かつ最先端の技術が求められる。

大きな波が次々と押し寄せるモビリティ業界をどのように乗りこなしていくのか、佐藤新社長の手腕に期待したい。

【参考】関連記事としては「社長退くトヨタ豊田章男氏、「自動運転」で何をした?」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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