2025年開催予定の大阪・関西万博で空飛ぶクルマの運航を計画していた全陣営が、来場者を乗せて飛行する商用運航を断念した。万博ではデモフライトのみ行われる予定だ。
目玉の一つとして注目を集めていただけに失望感が広がっているが、頭を切り替えデモフライトに向け最善を尽くすほかなさそうだ。
こうした遅れの背景には、耐空証明と型式証明の取得困難性があるようだ。既存航空機と基本的な要件が異なるほか、開発中の各機体それぞれが十人十色の異なる仕組みを採用しているため、審査が難航しているようだ。
各陣営のこれまでの取り組みとともに、空飛ぶクルマ実用化に向けた審査面での課題に触れていく。
▼空飛ぶクルマ|EXPO 2025|大阪・関西万博公式Webサイト
https://www.expo2025.or.jp/future-index/smart-mobility/advanced-air-mobility/
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■開発各陣営のこれまでの動向
万博での空飛ぶクルマ運航に4陣営が選定
大阪・関西万博では、ANAホールディングス×米Joby Aviation、日本航空、丸紅、SkyDriveの4陣営が会場内外での空飛ぶクルマの運航を目指していた。日本航空は独Volocopter、丸紅は英Vertical AerospaceのeVTOLを使用する。いずれも空飛ぶクルマ開発で世界をリードする有力開発企業だ。
ANAはJoby Aviationとタッグ
ANAは2022年2月、米Joby Aviation とeVTOLを活用した日本における新たな運航事業の共同検討に関する覚書を締結した。地上交通における連携などを想定し覚書にはトヨタも加わっている。
万博をはじめ、国内大都市圏を中心とした移動サービスの実現に向けた協業で、事業性調査や旅客輸送サービス実現に向けた運航・パイロット訓練、航空交通管理、離着陸ポート等地上インフラ整備、関係各社や国・自治体への対応、新たな制度・法規への対応など、さまざまな側面で共同検討を進めていくとしている。
万博では、eVTOL「Joby S-4」を使用し、会場内ポート、及び会場外ポートをつなぐ2地点間における運航を計画している。
また、2023年12月には、野村不動産とバーティポート(離着陸場)開発の共同検討に向け覚書を締結した。2024年3月には、イオンモールと関東圏・関西圏におけるバーティポート設置を目指し、バーティポートの開発、運用、事業性、法律・制度や社会受容性といった環境整備等に関する検討を行う覚書を締結している。
JALはVolocopterと提携、今後は住友商事との合弁が事業継承
日本航空は2020年9月、Volocopterとエアモビリティ分野における新規事業の創出を目的に、日本における市場調査や事業参画などの共同検討に関する業務提携を交わした。
2025年度に空飛ぶクルマを用いたエアタクシー事業の開始を目指すとしており、万博では、2人乗りマルチコプター型のeVTOL「VoloCity」を使用して、会場周辺を空から眺める遊覧飛行や会場と関西国際空港などを結ぶエアタクシーサービスを計画している。
2024年9月には、eVTOL による航空運送事業を目的に2024年6月に住友商事と共同出資して設立した合弁Soracleに空飛ぶクルマ事業を承継し、万博においてはSoracleが協賛契約主体として運航に向けた準備を進めていくと発表した。
JALはSoracleの株主構成員として、引き続き万博における空飛ぶクルマ事業に協賛していく方針としている。
Soracleは新たに米Archer Aviationと万博における空飛ぶクルマデモンストレーション運航プログラムに合意した。2024年9月の発表では、有人飛行による二地点間及び周遊デモンストレーションを万博会場および大阪ヘリポートで行う。
eVTOLは、乗客4人が搭乗可能なベクタードスラスト型モデル「Midnight」を使用する。米国で試験飛行を重ねており、2025 年末までに FAA(連邦航空局)からの型式証明取得、2026年の商用運航実現を目指している。
丸紅はVertical Aerospaceと提携
丸紅は2021年9月、英Vertical Aerospaceとエアモビリティ分野における新規事業の創出を目的に、日本における市場調査や事業参画検討の推進を共同で実施する業務提携契約を締結した。
条件付きでeVTOL 「VX4」を最大 200 機予約注文する内容も含まれており、このうち25 機分について一部機体代の支払いを実行して購入予約権を取得している。
万博では、会場内ポートと会場外ポートをつなぐ 2地点間においてVX4の運行を目指す予定としている。
このほか、米LIFT AIRCRAFT製のeVTOL「HEXA」を使用した有人実証飛行なども進めている。
SkyDriveは自社開発モデルを運航
空飛ぶクルマを開発する国内の代表格・SkyDriveは、いち早く万博開催時における大阪ベイエリアでのエアタクシーサービス実現を目指し開発を進めてきた。
2019年に日本で初めて「空飛ぶクルマ」の有人飛行に成功し、2021年10月には、万博で事業化を目指している2人乗りモデル「SkyDrive式SD-05型機」の型式証明申請が国内で初めて国土交通省に受理され、型式証明活動を開始した。
2022年4月には、SD-05の適用基準を「耐空性審査要領第 II 部」ベースに構築することを国土交通省と合意したと発表した。
第II部は、乗客数が19人以下で最大離陸重量8,618キログラム(19,000ポンド)以下の固定翼機の耐空性要件を定めたもので、航空機や装備品の安全性を確保するための強度や構造、性能に関する基準が定められている。
前例がないeVTOLにおいては証明のプロセスなどが不完全なため、当局と協議しながら進めることとなる。米国のFAAや欧州のEASAといった諸外国当局もeVTOLの型式証明審査を耐空性審査要領第II部と同等の基準で進めているという。
2022年3月には、スズキと空飛ぶクルマの事業・技術連携に関する協定締結を交わし、2023年6月には製造に向けた協力に関する基本合意書を締結した。
空飛ぶクルマの製造を目的とした100%出資の子会社を設立し、2024年春ごろをめどに空飛ぶクルマの製造開始を目指すとしている。
2023年11月には、万博に向け関西電力と空飛ぶクルマ向けの充電設備を共同開発することを発表した。関西電力とは2022年に資本業務提携契約を締結しており、高電圧・大電流で超急速充電が可能な充電設備の開発について協議を進めていた。
2024年4月には、米FAAへの型式証明申請も受理されている。米国での運用に向け型式証明活動を本格始動し、世界基準の一つと言えるFAAの型式証明の取得を目指すとしている。
■空飛ぶクルマの型式証明や耐空証明における課題
海外事例も乏しく審査は難航
空飛ぶクルマの社会実装に向け積極的に取り組んできた各陣営だが、丸紅とSkyDrive陣営は2024年6月までに、残るANAとJAL陣営も9月までに万博での商用運航を諦め、デモフライトに切り替えたという。各陣営とも実用化に向けた取り組みは引き続き進めていく。
見通しが甘かったと言えばそれまでだが、やはり型式証明や耐空証明のハードルが高かったものと思われる。
eVTOLは従来の航空機と異なる仕様の航空機であるため、諸外国と同様審査基準や証明計画、証明方法などすべてのプロセスにおいて航空局と議論しながら推進していかなければならないという。
既成の手順で進められず、参考にすべき海外事例も乏しいため、手探り状態にならざるを得ないようだ。
国内では、SkyDriveが2021年10月、Joby Aviationが2022年10月、Volocopterが2023年2月、Vertical Aerospaceが2023年3月に型式証明申請が受理されているが、いずれも取得には至っていない。
【参考】関連記事としては「空飛ぶタクシー、結局「パリ五輪」に間に合わず 許可取得に失敗」も参照。
型式証明は海外当局との連携も重要
型式証明は、新たに開発された航空機について、その型式ごとに設計や構造、強度、性能などが所要の安全基準・環境基準に適合していることを証明する制度だ。国土交通省が航空法に基づき審査する。
申請が受理されてから審査が行われることになるが、そこですべてが終わるわけではなく、機体の開発の進捗と並行して審査・検査が進められていくことになる。
海外モデルなどに関しては、FAAやUK CAA(英国民間航空局)など海外当局と連携して進めていくことも重要となる。
国際民間航空条約(シカゴ条約)では、航空機の設計国が世界に対しその安全性の責任を担保する形で型式証明を行うこととしている。登録国は、その航空機に対し耐空証明を発行し、耐空性の維持を確保する。
飛行に必須となるのは耐空証明
この型式証明は、新規に航空機を開発する際に取得するものだが、これを取得しても飛行が可能になるわけではない。飛行に必要なのは耐空証明で、航空法第11条により、航空機は有効な耐空証明を受けているものでなければ航空の用に供してはならないこととされている。
航空機の強度・構造・性能についての基準や騒音基準、発動機の排出物基準など、航空機そのものの安全性を確保する基準と環境に対する基準から構成されている。
国は、航空機の設計、製造過程、現状の3点について検査を行い、各基準に適合していると認めた場合に「耐空証明書」を発行する。設計段階、製造段階、完成後の段階それぞれで検査を行うのだ。
なお、例外として、試験飛行を行うため国土交通大臣の許可を受けた場合は耐空証明を受けることなく飛行することができる。開発段階で実証を行うには、こうした例外規定も必須となる。
この耐空証明は原則一機ごとに行われることになるが、設計検査などを全工程にわたり毎回行うのは非効率極まりない。そこで有効となるのが型式証明だ。
型式証明を取得していれば、同一の設計・製造方法による航空機においては重複する検査を省略することが可能になり、耐空証明検査をスムーズに行うことができるようになる。自動車同様、量産化を前提とする限りこの型式証明の取得も必須と言えるだろう。
空飛ぶクルマはバラエティ豊か
空飛ぶクルマは、ほぼ垂直な軸周りに回転する三つ以上の電動回転翼によって主な揚力と推進力を得るマルチロータータイプや、固定翼と推進用プロペラを有し、垂直離着陸時と巡航時で異なる電動推進システムを用いるリフト・クルーズタイプ、巡航用の固定翼を有し、一部もしくはすべての電動推進システムを垂直離着陸時と巡航時で供用するベクタードスラストタイプなど、構造面でもさまざまなタイプがある。
航空法上は、当面の間、固定翼で主な揚力を得て飛行するリフト・クルーズタイプとベクタードスラストタイプの機体は「飛行機」、回転翼によって主な揚力・推進力を得るマルチロータータイプの機体は「回転翼航空機」と整理することとしているが、その設計の特殊性により、既存航空機に対応する基準をそのまま適用することが困難な場合がある。
当面は特別要件に係る通達で対応?
従来の航空機と比較して司直離着陸や低高度飛行、電動化、無操縦者飛行など、新たな技術分野における基準や適合性証明方法を必要とするほか、その設計と運用の多様性を考慮し、安全運航に資する耐空性基準を確立することが必要としている。
型式証明などに関しては、今のところ審査基準の平準化を図るため特別要件に係る通達を制定して対応する方針のようだ。既存航空機の安全基準(施行規則附属書第1や耐空性審査要領第Ⅱ部など)に加え、空飛ぶクルマの特別要件を制定し、機体の詳細設計に鑑みて通達に定めた特別要件の一部またはすべての要件を非適用とするなど、柔軟に対応していくとしている。
【参考】空飛ぶクルマの種類については「UAM・AAMとは?空飛ぶクルマの略称表記解説」も参照。
■【まとめ】空飛ぶクルマの飛行を目の当たりする機会として万博は有用
各陣営とも型式証明・耐空証明が間に合わず、万博での商用運航を見送る格好となったようだ。デモフライトは、実証レベルであれば国交省大臣の許可のもと実施可能なため、こうした方向に落ち着くものと思われる。
残念極まりないが、海外でもEHangが活躍する中国以外は軒並み計画が遅れているように感じられる。
商用運航は見送られたが、さまざまな空飛ぶクルマが飛行する姿を大勢が目の当たりにする機会として捉えれば、万博が有用であることには変わりない。各陣営が存分にデモフライトを実施し、広く国内外にPRされることに期待したい。
【参考】関連記事としては「空飛ぶクルマとは?英語で何という?定義やヘリコプターとの違いは?」も参照。