自動運転業界において、事業停止や廃業の事例が一気に増えてきた。Appleは10年で数十億ドルを投じたと言われる自動運転開発を終了し、ホンダがタッグを組んだGM Cruiseも大赤字に耐えきれず、自動運転タクシー事業からの撤退を発表した。自動運転事業から別事業へのピボットを突然発表した上場企業もある。
こうした開発コストがネックとなった廃業の事例が増える今の状況は、自動運転業界において再編の動きが加速することを強く予感させる。今後、製造やサービス提供において、上流から下流までの工程を全て1グループで展開するような「垂直統合的」な動き、もしくは同業種の企業が集約化されていく「水平統合的な動き」は、目立つようになっていくのか。
本記事では、自動運転ラボ主宰の下山哲平による考察をお届けする。
▼【前編】自動運転業界、2024年の振り返りと2025年の展望|自動運転ラボ主宰・下山哲平
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▼【後編】自動運転業界、2024年の振り返りと2025年の展望|自動運転ラボ主宰・下山哲平
https://jidounten-lab.com/z_51622
▼自動運転ビジネス専門家・下山哲平が語る「桶屋を探せ」論 結局「自動運転」は儲かるのか
https://jidounten-lab.com/z_51838
【参考】関連記事としては「Apple、自動運転開発を「正式に終了」 10年で数十億ドルを投資か」も参照。
記事の目次
■「Uberは自ら自動運転技術を開発する必要がなくなった」
Q 技術の開発やサービスの提供を自社で完結させる垂直統合的な動きは、現在の自動運転業界では適していると言えるか?
これまでは自動運転ビジネスの将来性にいち早く気付いた人は、誰が開発してくれるかも分からない自動運転技術の開発を他社に任せておくわけにもいかないため、垂直統合的にやむなく自動運転技術を自前で開発していました。Uberもいまは自動運転部門を売却しましたが、かつてはそうでした。
【参考】関連記事としては「Uber、自動運転技術の自社開発を断念!?技術開発部門の売却へ交渉」も参照。
でも、だんだん自動運転の技術に未来を見出す人が増えてきて、放っといてもGoogleやトヨタ、GMが技術を確立してくれそうだとなったとき、将来的にコモディティ化(一般化)していくような自動運転技術の開発を自ら手掛ける必要がなくなり、Uberなどの配車プラットフォーマーは垂直統合的に事業を推進する必要がなくなりました。これが現在のフェーズです。
ただ、ユーザーに直接的に自動運転タクシーを提供する配車プラットフォーマーが、サービス提供において中心的役割を担うようになっていく中で、自動車メーカーがその下にぶらさがっていきやすい構造ではあるため、特に自動車メーカー側はそうならぬよう、主導権を取るべく、いずれは結果として上下関係による垂直統合的な動きは改めて出てくると思います。
■「大半のデータを握ることが非常に重要になってくる」
Q 一方で水平統合的な動きは出てきそうか?
配車プラットフォーマーに自動運転技術を提供する側の企業の場合、自動運転の走行データをいかに網羅的に集めるかにかかっているため、データを集めていくために企業をどんどん買収していく動きが活発になる可能性があります。そしてこれは、自動運転技術を搭載したモビリティの上に乗っかる、例えば自動運転タクシーで展開する広告ビジネスといったサービス産業でも当てはまります。
Amazonでいう「人の買い物データ」はお金に変わり、何千億円もの利益を出し、毎年それだけでぼろ儲けをしています。店舗という不動産がヘビーで利益が出にくいと言われている大手小売業であるウォルマートが、大きな小売店舗を展開しながらなぜ成長できているかというと、EC化にシフトして顧客データを集め、そこでの広告配信ビジネスで儲けているからです。でも、例えばたった500人の会員データしかなければ、1円にもなりません。5000万人、1億人という規模の顧客データを保有できて始めて、ビッグデータとしての価値が生まれるわけです。
自動運転タクシーで展開する広告ビジネスといったサービス産業も同様で、競争が激しくなればなるほど、データの母集団の網羅性を高めるために、他社が保有するデータに狙いを定めた企業のM&A、場合によっては連合化などが進むでしょう。フードデリバリーの業界がいつか必ず1社や2社に集約されていくのと一緒です。
日本で言えば、GOやS.RIDEなどが都心で走るタクシーの大半のデータを握っていることは、大きな付加価値と言えます。例えば、都心の平日の日中からタクシーに乗るのは役職者などの高所得者です。ビジネスパーソンとしてハイレイヤーの人たちのデータは、富裕層にパーソナライズした広告を打ちたい広告主からすれば、ものすごく価値があるものです。ただ、データの総量が一定以上なければビッグデータとしての価値が生まれませんので、こうした人たちのデータをたくさん保有するということが、非常に重要になってくるというわけです。
■「テスラは二面性を持つかもしれないが、トヨタは多分やらない」
Q バッテリー開発も自社で手掛けるEVメーカーであり、かつ、自動運転タクシー事業も独自に展開しようとしているテスラについては、どう見ているか?
テスラは世の中的に言うと、トヨタと同じような自動車メーカーという立場です。ただ今後はGOやUber的な立場でも事業を展開することで、二面性を持つような会社になっていくことが考えられます。自動車メーカーと配車プラットフォームという境目がなくなるパターンです。
テスラは先日発表があった通り、テスラの車両を買った人たちがその車を自動運転タクシー用に貸し出し、他の人に乗ってもらうことでお金を得られるという仕組みを構築しようとしています。「高いお金を出して自分が買った車を他人に貸したいはずがない」というアンチテーゼがすごく生まれていますが、法人であれば、テスラの車両を保有して自動運転タクシー用に貸し出すことで例えば年間10%といった利回りが出るなら、十分ありです。法人が余剰資金でワンルームマンション投資をするのと一緒です。そういった需要があるので、テスラが自動運転タクシーの配車用の「テスラ・ザ・ライド」みたいなアプリを自社で展開する可能性はあります。
ただトヨタが同じ立ち振る舞いをするかというと、多分やらないと思います。トヨタのように自動車を供給する側に特化して、メーカーとしてずっと立ち振る舞い続けるケースもあるでしょう。トヨタの歴史から見てもそうです。タクシー向けには専用車両を開発して供給し、自社でタクシー事業を展開しているわけではありません。現に今もシエナAutono-MaaSといった自動運転タクシーのベース車両として使える専用車両を開発しています。
【参考】関連記事としては「トヨタ、日本未発売車「シエナ」を自動運転化!東京都イベントで展示」も参照。
そのため、「トヨタ・ザ・ライド」といった自社サービスで自動運転タクシーを展開することはないと予想しています。そうした専用車両向けの車載エンターテインメント機能や、タクシーに乗っている人が快適に過ごせるような機能の開発は、トヨタも自分たちのバリューを高めるために注力していくとは思いますが。
Q 現在アメリカではGoogleが、中国ではBaiduなどが自動運転タクシー事業で台頭している。こうした企業が自動車メーカーを買収するケースも考えられるか?
自動運転技術が実装されたモビリティの上に乗っかるサービスこそが、自動運転の関連ビジネスにおいて最も潜在力があるため、巨大IT企業がその種のサービスに狙いを定め、自社がトップシェアを勝ち取るために同種のサービスを展開する企業を買い漁っていくということは考えられます。これはとてもリアリティがある話として、今後必ず起きると思います。
ただし、巨大IT企業による自動車メーカーの買収のような話は、もうほぼないかなと思います。自動運転技術がコモディティ化することで、車両を作ること自体が競争力の源にはならないからです。
■「エンジン開発の歴史と同じことが自動運転開発でも起きる」
Q 大手自動車メーカーにとっても開発費は決して軽い負担ではない。自動車メーカーが自動運転技術で他社に勝つために、ライバル会社との開発部門の統合の動きも活発化しそうか?
これも歴史が証明していて、同じことが燃焼エンジンにも言えます。
今はEVが増えてきましたが、ガソリンで走るエンジン車両がまだメインです。自動車を作る上で、エンジン開発は一番お金がかかります。昔は「ホンダだからエンジンの回りや走り心地がいい」「BMWのシルキーシックスのエンジンがすごくいい」というように、エンジン技術の独自性がブランド価値に大きな影響を与えていましたので、各社が独自にとてもお金がかかるエンジン開発に取り組んでいました。
しかし、だんだんとEV化が進んできたり、人のライフスタイルや価値観が変わってきたりして、ユーザーがエンジンの違いに価値を感じなくなってきました。そんな中で各社が、エンジンそのものが競争力の源ではなくなったと判断した途端、お金を無駄にかけるのもったいないから、「お金のない者同士が一緒に開発しましょう」といった流れになっているわけです。
今エンジンを独自開発している企業はかなり少ないです。トヨタを筆頭に大きい会社だけです。ルノーと日産ですら「一部ではエンジンを共同開発しましょう」といったことをしています。
自動運転もまさに一緒で、「どこどこ製の自動運転の技術ってイカすよね!」「あそこの自動運転のAIは最高だよね!」とはならなくなります。自動運転技術そのものというよりは、テスラみたいなおしゃれなデザインやSDGsっぽい雰囲気がいいよね、といった価値観で、購入する自動車が選ばれていくわけです。
であれば、自動運転技術に関しては、安全でスマートに運転してくれる技術さえ実現すればいいので、「それに関してはみんなで開発しましょう」と絶対になります。
いまの時代にWindowsやMac OSではない新しいOSを本気で開発しようとしている企業はいないですよね。それと一緒で将来のどこかの段階においては「自動運転技術をゼロから自分たちで作るなんてナンセンスだよね」というのが当たり前の時代になります。
Q テスラは、人間の目にあたる「カメラ」と脳に相当する「AI」だけで自動運転を実現するアプローチであり、そのアプローチが将来的に主流となっていけば、ダイナミックマップやLiDARの開発企業は廃業を余儀なくされるのか?
完全自動運転レベル5を実現しようとすれば、少なからずテスラ的アプローチが必要になります。ちなみにここで言う「レベル5」というのは、「世界中どこでも自動運転で走れる」という、文字通り、本当のレベル5のことです。
レベル5では、田舎のあぜ道など「これ道路なの?」という場所も走れなければならず、地図がないと走れない車だと自動運転は無理です。ただ、実際はそういう道はまっすぐ走ればいいだけなので、自動運転で走る難易度はかなり低く、今すぐにでも実現できます。
そのためレベル5も基本的には、地図データや高性能センサーを擁する自動運転と、テスラ的な自動運転を組み合わせながら走行する「ハイブリッド」になっていくと思います。つまりは、ダイナミックマップを開発している企業も高性能センサーを開発している企業も、潰れて全くなくなるということはないかと思います。
安全性で言っても、都心部になればなるほどカメラとAIだけで判断するのはハードルが高くて危ないです。渋谷や新宿などのエリアでは移動ニーズも高いですし、意地を張ってAIとカメラだけの自動運転にこだわらず、贅沢に地図とセンサーを利用してもいいわけです。
■「現実的には『限りなくレベル5に近づいたレベル4』で十分」
Q つまり自動運転レベル5は実質的には実現する必要がない?
私は、本当の意味でのレベル5は一生実現する必要がないと思っています。「限りなくレベル5に近づいたレベル4」で十分であり、それはもう実質的にはレベル5と同等だと考えています。言い換えれば、技術レベル的には永遠にレベル4でいいと思っています。
レベル4は、限定されたエリアの中における完全自動運転で、そのエリア内であれば人間の一切の関与を必要とせず、全てが無人で走行できるという水準です。この「エリア限定」を取り除いたものがレベル5であり、レベル4で走行できるエリアが増えれば増えるほどレベル5に近づいていき、現実社会ではその限りなく近づいた状態が実質的なレベル5と言えます。例えば、現在レベル4相当で運行を行っている羽田空港の特定エリアから始まって、羽田空港全体、お台場全体、23区全部をカバー、そして東京都全体でも可能に・・・といったイメージです。
わかりやすく携帯電話の電波のカバー率の話をします。いまの日本では、携帯電話は全国で通じます。どこ行っても通じます。これは自動運転レベルに置き換えるなら「レベル5」の状態と言えます。でも厳密に言うと、人口カバー率は99.9%超であるもの、100%ではありませんし、エリアカバー率でいうと当然もう少し低くなります。本当に局地的な田舎のエリアだとつながらないケースもありますが、だからといって「携帯電話は使い物にならない」といった議論には一切なりません。人がいない無人島で携帯電話がつながる必要はありません。それと一緒で、自動運転に関しても現実的に人が移動したいエリアをカバーできれば、それでもう十分であり、実質的にはレベル5と同等ということです。
■編集部あとがき
本インタビューは、自動運転業界における今後の垂直統合的・水平統合的な再編の動きを考察する上で必要となる視点や、自動運転レベルの現実的な最終到達地点から逆算し、今後も必要とされ続ける技術や仕組みについての予測を展開する内容となった。
自動運転マーケットは黎明期から実用化へのフェーズに入りはしたものの、自動運転車の発売やサービスの展開に向けた企業間連携の座組や、自動運転実現のアプローチなどについては、まだ定石が定まっていない側面もある。ただ、企業として事業を展開する上での勝率を高めるためには、現実社会における最終的な着地点を予想し、そこから今何に取り組むべきかを考える必要がある。
例えば2024年3月、東北初の自動運転車レベル4の認可が行われた。磁気マーカーを使う誘導型の自動運転であり、ポジティブに捉えるなら、磁気マーカーを使うとはいえ、レベル4で最高速度60キロを実現できることはすごいことかもしれない。しかし将来的に全国津々浦々の道路に磁気マーカーを敷設する未来はやってくるだろうか。ちなみに2025年4月から始まる大阪・関西万博でも、磁気マーカーを使った自動運転バスが運行する予定だ。
自動運転に関する事業はコストがかさむケースが多く、事業継続には長期間にわたってかなりの資金を必要とする。だからこそ、マネタイズフェーズに到達するまでに事業を継続し続けることができるよう、この逆算の視点が強く求められる。
▼【前編】自動運転業界、2024年の振り返りと2025年の展望|自動運転ラボ主宰・下山哲平
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大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)