【インタビュー】安い手数料、我々は「タクシー会社目線」 ソニー系配車アプリ「S.RIDE」、みんなのタクシー社がローンチ 西浦社長に聞く

東京最大級の1万台規模に



2019年4月16日、東京都内で新たなタクシー配車アプリ「S.RIDE(エスライド)」がリリースされた。運営するのは2018年に東京のタクシー事業者5社とソニー、ソニーペイメントサービスがタッグを組んで共同で設立した「みんなのタクシー株式会社」だ。


タクシー事業者5社の保有タクシーは合計で1万台を超え、東京都内で最大級となる。配車アプリに先行して、4月3日にはタクシーの後部座席に設置したタブレット端末による後部座席広告事業も展開している。

サービス開始から約1カ月後、自動運転ラボはみんなのタクシー社を訪れ、西浦賢治社長にサービスの手ごたえや今後の展開予定について詳しい話を聞いた。

記事の目次

【代表取締役社長・西浦賢治氏プロフィール】にしうら・けんじ 1970年10月24日生まれ、和歌山県出身。慶應義塾大学総合政策学部卒。2002年2月にソニー株式会社入社。コーポレート戦略部ゼネラルマネジャー、経営企画管理部コーポレート戦略グループゼネラルマネジャーなどを歴任し、2018年5月から現職。(2018年9月からソニー株式会社AIロボティクスビジネスグループMT事業室統括部長を兼務)


■1ステップの直感操作でタクシーを呼べるのが強み
Q S.RIDEのユーザーから見たメリット、他サービスとの差別ポイントを教えてください。

西浦社長 まず、我々は2019年4月3日から後部座席の広告を開始して、4月16日からS.RIDEの配車サービスを開始いたしました。「S」には「Simple(シンプル)」「Smart(スマート)」「Speedy(スピーディー)」という意味が込められています。

ほかの配車サービスと比較したときに一番の差別化ポイントになるのは、1ステップの直感的な操作でタクシーが呼べる点です。競合他社さんのアプリでは2〜5ステップの手順が必要となりますが、S.RIDEはアプリを起動すると、今いる場所から最も近い道路に自動でピンが立ち、黄色いバーをスライドしたらすぐにタクシーを呼ぶことができます。

とりあえずタクシーを呼んでしまって、目的地などはタクシーの待ち時間に入力すればドライバー側のアプリに伝わるようになっています。


Q 配車予約機能についてはいかがですか?

西浦社長 配車予約機能についてはJapanTaxiさんが対応していますが、我々はまだ対応できていませんので、今後取り組んでいかなければならないと思っています。

我々のサービスは最後発になりましたので、載せたい機能を全部搭載してからサービス開始という手段もありました。しかし、それだとあまりにサービス開始が遅くなってしまうので、まずはできるところからサービスを開始させていただいて、どんどんチューンアップさせていくという方法を取りました。

他社のいいところを見習いながら、UI(ユーザーインターフェース)などにはこだわってサービスを開始しましたが、予約など機能面でまだ追いついてない部分もありますので、そういった部分は今後対応していくという予定を立てています

Q 配車アプリのヘビーユーザーにとって、予約機能は重要な機能の一つだと思いますが、対応にあたって何か難しいポイントがあるのでしょうか?

西浦社長 難しい部分としては運用面での問題があります。例えば30分前ぐらいに予約で向かうタクシーを決めてしまうと、そのタクシーは30分間お客さんを乗せることができなくなってしまいます。

自動運転ラボ タクシー会社さんとドライバーさんにとっては機会損失になってしまうということですね。

西浦社長 そうです、逆に損失を出さないようにギリギリでタクシーを決めようとすると、空車のタクシーが居なくて、予約したのにタクシーが来ないといったトラブルも考えられます。このような運用面での難しさはありますね。しかし、詳しいタイミングは申し上げられないのですが、S.RIDEは予約機能に対応していく予定です。

Q タブレット端末では独自のQRコード決済「S.RIDE Wallet」を使うことも可能かと思いますが、いわゆる「流し」のタクシーに乗った時もS.RIDE Walletは利用できるのですか?

西浦社長 利用可能です。ただ、現在(2019年5月14日)は一部の車両でまだS.RIDE Walletに対応していない状況です。まだ配車自体に対応していない車両もあるため、全車両で対応するのはまだ先になりますが、近いうちに対応車両は増える予定です。

■クーポンキャンペーンなども検討中、東京1万台達成のタイミングで
Q アプリ普及のためにはユーザー数の獲得が必要かと思います。PRやクーポンキャンペーンなどの展開は考えておられますか?

西浦社長 具体的な時期は差し控えさせていただきますが、そのような展開も考えています。ただ現在クーポンキャンペーンなどを行っていない理由は3つあります。

1つ目の理由としては、現在S.RIDEに対応している3社の5600台すべての車両で同じサービスが提供できていない状況で、ユーザー様からみると少し分かりづらい状況になっているのが事実です。まずは全タクシーで同じレベルまで合わせたいというのがあります。

2点目として、S.RIDEは東京最大のタクシーサービスとしておよそ1万台という目安を出していますので、1万台規模が網羅できた時に初めてユーザー様に対してメリットを提供できるのではないかなと考えています。

3点目としては、サービスを開始してからスムーズにいかないことも色々あると思っていました。例えばユーザー様から見たときの分かりづらさがあったり、ドライバー様から見ても、実際にお客さんが来てみないと使い方が分からなかったりといった点が考えられます。

そのようなことが一巡してある程度慣れていかないと、大きなキャンペーンをやったとしてもあまり意味がないだろうなと考えています。運用面、タクシーの台数、サービスレベルの問題がある程度解決できるタイミングになったら、一気にキャンペーンをやりたいと思っています

■地方都市からの反響多数、需要の高いエリアから展開の可能性も
Q まずは東京エリアからサービスが開始されましたが、今後東京以外のエリアでの展開の予定はありますか?

西浦社長 他エリアでの展開は、予定自体はあります。ただし、まずは東京が我々のベースになりますので、東京できちんと基盤を作ってからと考えています。

ところが、4月3日にタブレットによる後部座席広告、16日にS.RIDEのサービスを開始してから、地方の事業者様からお声を掛けて頂けることが多くなっています。想定以上にいろんな地方のお客様から、興味があるから提案に来て欲しい、説明に来てほしい、という要望を頂いている状況です。

まずは東京と近郊3県、そして地方の政令指定都市で順番に展開して行こうと思っていたのですが、色々な事業者さんからご依頼を頂いた場合は、他のエリアから展開していく事もあるかもしれません。

ただしサービスを展開する際は、「点」ではなく「面」で展開をしていかないとユーザー様にとってもドライバー様にとっても利便性という面でメリットを提供出来ないので、しっかりと考えた上で検討したいと思っています。

状況によっては、ご要望のあった地域を先に展開して、それからエリアを広げる「点」と「面」のハイブリッドという形で展開する可能性も少し出てきたかなと感じています。

■タクシー事業者にとってはランニングコストの安さが大きなメリット
Q タクシー台数を確保するために、各社のタクシー事業者争奪戦が加速している印象ですが、タクシー業者さんから見たS.RIDEを選ぶメリット、他社と違うポイントはありますか?

西浦社長 おそらく他のタクシー配車アプリを運営されている会社様も気づいていると思うのですが、タクシー事業者様にとっての大きな経営課題としては2020年3月までにICカードに対応しなければいけないということが挙げられます。言いかえると、決済端末をICカード対応化しなければいけないということですね。

自動運転ラボ それは法律で決まっているということですか?

西浦社長 そうです。ですから実はタクシー会社様からすると、配車サービスより決済システムをどう解決できるのか、という点が重要だといっても過言ではありません。

そしてICカード対応やクレジットカード決済の普及によってキャッシュレス化が進むと、タクシー事業者様にとっては加盟店手数料というのが大きな痛手になってきます。また、決済端末を使っていると、月々のコストとクレジット処理1件ごとに発生するトランザクション費用もかかります。

そうすると手数料率が安い配車アプリはどこかという話が出てくると思います。我々はソニーペイメントサービスが株主ですのでカード会社さんとは太いパイプがあり、車内でクレジットカード決済した際の手数料の安さには自信を持っています。

手数料率は、カード決済が拡大するとタクシー事業者様にとってボディーブローのように効いてくるものになると思います。キャッシュレスがメインになるこれからの時代では、手数料率の安さというメリットを提供できるというところが、実は一番大きな違いだと思っています

基本的に我々と競合他社の立ち位置は少し違うと思っていて、私たちはタクシー会社様が株主なので、タクシー会社様にとってメリットのあるものを提供していきたいと考えています。

競合他社は基本的に、自分たちが運営するプラットフォームを使ってもらうためにタブレットなどの設備を無償で提供し、その代わり配車手数料が高い傾向があります。配車サービス自体が伸びて投資分を回収できるのを見越しているので、本来数万円かかる端末を無償で提供しているわけです。

ただ我々は基本的にばらまきをしたくないと思っています。最初にメリットを出して後から吸い上げますという構図は、タクシー事業者様にとって良いことなのかどうかという点で懸念があるからです。

■後部座席広告は6月末に1万台突破見込み
Q 後部座席のタブレット端末についてですが、いま現在搭載車両は何台くらいでしょうか?

西浦社長 4月末時点で4500台は超えました。現在(5月14日)はもう少し数が出ていて、6月末までに約1万台になる見込みです。

自動運転ラボ 後部座席の広告媒体としてみた時に、Japan Taxiさんの台数と拮抗するぐらいになりそうですね。

西浦社長 1万台に到達すれば、JapanTaxiさんより多くなりますね。

タブレット端末ではユーザーの視聴意向を高めるためのコンテンツも充実している=出典:みんなのタクシー配布資料
Q タクシーの後部座席広告は、広告業界で言うと久々のヒット作とも言えると思うのですが、御社の感覚としてはどうですか?

西浦社長 我々も4月からサービス開始して、状況的には比較的順調だと思っています。現状の出稿状況もほぼ満稿状態が続いています。ただ、我々の場合は今まさにタブレットの搭載台数が増えている状態なので、出稿状況が落ち着いてくるのは7月以降じゃないかなと思っています。そうなれば、台数もかなり増えてきますし、広告主さんからみてどのメディアが魅力的に見えるのかという展開になると思います。ただ、意外と複数の媒体に出稿している広告主さんも結構多いですね

自動運転ラボ ヘビーユーザーからすると、自分が使っているアプリが使えるかどうかで流しのタクシーを止めることもあると思うのですが、ラッピングタクシーの展開予定はありますか?

西浦社長 タイミングを見ながらですが、ラッピングタクシーも展開していきます。

■海外配車サービスとの連携も検討中、2019年度中には開始
Q 日本での展開では国内需要がメインになると思いますが、今後インバウンド需要も増加すると思います。海外における配車サービスとの連携などの計画はありますか?

西浦社長 そのような計画は上がってはいますし、実際そういう話もしています。どのサービスと連携するかというのは申し上げられないですが、複数の海外配車サービスとお話を進めている状況です。

たとえば分かりやすいのは、我々の株主の大和自動車交通株式会社が台湾のタクシー配車アプリ「台湾大車隊」と連携していますが、そのようなネットワークや、ソニーのネットワークでの連携の可能性もあると思います。

先月サービス開始のプレスリリースを出したときに面白いなと思ったのは、国内では「ソニー系みんなのタクシー」と書かれることが多いのですが、英語、ドイツ語、アラビア語、中国語、ハングルなどの外国語だと「みんなのタクシー」とは一切出てきません。海外では「ソニーがタクシー配車アプリを始めた」といった見方です。

このような経緯もあり、みんなのタクシーを設立した当初から海外で同様のサービスに取り組まれている事業者様からのお声がけはいくつかありました。一度に全部のサービスとは連携できないですが、どの海外のサービス事業者様と連携するとインバウンド需要を取り込めるのかということも整理しながら、今年度中にはやりたいと思っています。

■AI(人工知能)需給予測サービスに自信、2019年秋のサービス開始予定
Q AI を活用した需給予測サービスの現在の運用状況はいかがでしょうか?

西浦社長 現在は実証実験中で、今ちょうど6度目の実証実験をやっているところです。2019年の秋にはサービスを商用で開始したいと思っています。

実験の初期は数台、今は数十台レベルでやっていますが、実際に運用してみると使い勝手や機能の要望などもいろいろ出てきます。今回の結果をフィードバックしてもう一回ぐらい実験を挟んでからリリースだと考えているのですが、今のインターフェースを見るとほぼ商用レベルででき上っていると思います。

他社さんのAI需給予測機能については詳しく存じ上げないのですが、おそらく他社さんがやろうとしていない「ちょっとかゆいところにも手が届くような機能」も搭載していますので、機能とUIを含めて良いものができたという自信はあります。

タクシードライバー様にもさまざまなタイプの方がいらっしゃいます。例えば短距離のお客さんを拾っていく方や、長距離一本でやっている方など、それぞれのタイプに合わせて使っていただけるような機能を、全部整えてからリリースしたいと考えています。

■ソニーの技術、開発力も活用して新たなサービス展開も
Q みんなのタクシーとして開発しているプラットフォームやアプリは、ソニーのAIエンジニアが開発に関わっているのでしょうか?

西浦社長 ソニーのAIエンジニアが関わっている部分は結構あります。みんなのタクシーに出向しているエンジニア部隊はみんなソニー側からですが、それだけでは足りないのでアプリやベースシステムについてはデンソーテン様と一緒に開発しています。デンソーテン様は今までずっとタクシーの配車システムを開発、運営してきた事業者様なので、技術リソースもフルに活用させて頂いています。

またこれは我々にとっては、強みでもあり弱い部分でもあると思うのですが、みんなのタクシーではアライアンス方式を採用しています。今申し上げたデンソーテン様のほか、ドライバーズアプリではゼンリン様の地図を使わせていただき、決済端末ではセイコーソリューションズ様と連携し、後部座席広告ではベクトル様というように、それぞれの強みを持ち寄ってこのアライアンスの中で全体の仕組みを開発している形です。

自分たちで全部取り組むからこそ見えてくることもあると思いますが、ある程度いろんなアライアンスを組みながらさまざまな会社さんのノウハウをうまく活用することで良いものできてくるという考え方もあると思います。どちらが良い、悪いとは言い切れないですが、少なくとも我々は緩やかなアライアンスを組みながら全体の仕組みを作っていくことを考えています。

Q 現在AIエンジニアの採用は難しいですから、ソニーのエンジニアがいるというのはやはり強いですよね。

西浦社長 そうですね、やはり強みだと思います。

自動運転ラボ ソニー自体もセンサーなどの要素技術を持っているので、自動運転などモビリティ領域へ参加する姿勢を見せていますね。

西浦社長 ソニーは車載用センサーなどにも力を入れているので、そういった技術を活用して安全運転支援なども展開していく予定です。

■【取材を終えて】タクシー事業者側の視点に立つ重要性

複数のタクシー事業者を株主に持つみんなのタクシーは、タクシー事業者の意見を取り入れたサービス展開を行っているという印象を感じた。現場を知ることでしか得られない意見を取り入れることで、結果的にユーザーにとって使いやすいサービスに成長していきそうだ。ソニーの開発力がバックボーンにあることもあり、今後も目が離せない配車サービスの一つとなるだろう。


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