MaaS、読んでおきたい論文11選

経路計画や最適拠点配置、Metro-MaaSの提案…



各地で実証が進むMaaS(Mobility as a Service)。さまざまな移動手段を統合し、効率的で利便性の高い交通サービスの提供は、都市・地方の区別なく地域が抱える交通課題を解決する方策として大きな期待が持たれている。


このMaaSの実現に向け、どのようなアプローチで研究が進められているのか。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)が運営する電子ジャーナルの無料公開システム「J-STAGE」を活用し、研究の中身に迫ってみよう。

なお、論文は誰もが閲覧可能なものに限定して紹介する。

【参考】MaaSについては「【最新版】MaaSとは?基礎知識まとめと完成像を解説」も参照。

記事の目次

■観光分野におけるMaaS型サービスデザイン/早川慶朗・林ジュンタク・奥拓郎・高比良健太郎・李慧勇・河盛亮介・佐藤彰洋氏

観光分野における移動を中心に、自動運転や情報通信などの技術革新や法規制を踏まえ、モビリティに関わるサービスがどのようにあるべきかを考察している。


モビリティサービスの変化に影響を与える技術などとして自動運転技術やスマートフォンなどのICT技術、旅客運輸などに関わる法規制を挙げ、それぞれの影響や効果、在り方について言及しているほか、観光型MaaSの分析では実地調査を含めた議論を展開している。そのうえで、サービスデザインという観点からMaaSを捉え、移動を行う意思決定の最初の発端をサポートする段階が非常に重要と結論付けている。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/oukan/2018/0/2018_A-2-3/_pdf/-char/ja

■統合モビリティサービスの概念と体系的分析手法の提案/藤垣洋平・TRONCOSO PARADY Giancarlos・高見淳史・原田昇氏

2017年公開の若干古い論文だが、さまざまな交通サービスの決済や予約システム、料金体系を統合して利用者に提供する「統合モビリティサービス(IMS)」の概念を整理し、分析に向けた枠組み「MultiCycle Model」を提案している。

統合モビリティサービスの概念やシステムとして「Smart Access Vehicle System(SAVS)」や「Flexible Mobility On Demand (FMOD)、そして「Mobility as aService (MaaS)」の3つを紹介するほか、個人や事業者の個別の意思決定モデルと個別サービスごとのパフォーマンス評価モデルを組み合わせる方法として「Multi-Cycle Model」を提案し、簡易的な空間構成やサービスパフォーマンス、利用者行動の仮定を用いて例示しながら分析している。


また、今後の課題として、実データを利用した分析や実サービスの国内での導入検討、法や規制誘導策のあり方の検討、都市構造との関係の分析を挙げている。特に国内への導入にあたり、民間事業者を含む交通事業者が連携してサービスを提供するための収益配分やサービス水準維持に関する契約形態の検討が重要としている。

国内では早い段階でMaaSに注目した論文で、3氏は「統合モビリティサービスの概念、動向と論点」といった論文も公開している。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejipm/73/5/73_I_735/_pdf/-char/ja
「統合モビリティサービスの概念、動向と論点」はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrctptpj/2017/0/2017_22/_pdf/-char/ja

■大都市圏向け統合モビリティサービスMetro-MaaSの提案と需要評価/藤垣洋平・高見淳史・トロンコソパラディジアンカルロス・原田昇氏

大都市圏向け統合モビリティサービス「Metro-MaaS」の提案と、利用意向調査などによってその需要の特性を評価した内容となっている。

Metro-MaaSを「自宅周辺の生活圏をカバーできる交通サービス」「自宅最寄駅からの鉄道」を含む一体的な料金体系のサービスと定義し、WEBアンケート調査を実施した。

主要な利用者層には、現在の公共交通や各種交通サービスに不便を感じつつも、消極的理由によって自家用車を保有している人を想定し、対象者600人から現在の移動状況や月額制サービスといった仮想サービスの利用意向などを聞き取った。

アンケート結果は基礎集計をはじめパラメータ推定や交通行動の変容可能性の評価を行って分析しており、サービス利用傾向の高い属性などを明らかにしたほか、サービスが存在することで路線バスの利用が増加し、自家用車の運転が返照する可能性などについても指摘している。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalcpij/52/3/52_833/_pdf/-char/ja

■交通サービスの革新と都市交通計画/髙見淳史氏

自動運転やMaaSといった新しい技術・サービスを都市の中に受け入れるにあたっての計画論を主題に、①新しい交通サービスに関わる技術開発および導入展開の動向②それらが交通や都市に与える影響に関する研究の動向③具体的な都市空間像の提案の動向――について情報を収集・整理している。

著者は前出の「Metro-MaaS~」と同じ東京大学大学院准教授の高見氏だ。都市交通を専門とする同氏の研究論文は非常に参考になりそうだ。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrctptpj/2018/0/2018_16/_pdf/-char/ja

■人口低密度地域のライドシェアの実験とその意味/秋山哲男氏

モビリティ確保に関するさまざまな分野の枠組みを超えた統合化と、行政主導による新しい仕組み作りを重視する観点から、ライドシェア実証実験の意義について分析した内容となっている。

割り勘型交通notteco(ノッテコ)や米配車サービス大手のUberやLyftなどを引き合いにライドシェアサービスの種類を示すほか、MaaSにも言及し「きわめて野心的なユーザー・オリエンティドな交通サービス」としている。

Uberのプラットフォームを活用し、ボランティアによるライドシェアサービスを実施している北海道中頓別町の取り組みなどから、地方における交通手段の一つであることが確認でき、国の制度の壁から十分な展望を描けなかったものの、MaaSをはじめとする交通の大きな転換期が訪れており、国や地方が本腰を入れて交通を考えることが不可欠としている。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/arp/37/3/37_272/_pdf/-char/ja

■IoTプラットフォーム市場における高付加価値化/高橋浩氏

MaaSの構築においても必須となるIoTプラットフォームに関する論考で、乱立するプラットフォームが抱える課題に対しビジネスモデルとプラットフォームガバナンスという2つの視点でアプローチしている。

ビジネスモデルの視点では、でスケーラビリティやスループット、コスト高の問題などを指摘し、スケール化を検討できる一案としてIoT へのブロックチェーン導入による分散方式の実現を考察している。

プラットフォームガバナンスの視点では、複数のトレードオフ条件が複雑に関係する状況下で適切な判断を継続するのは困難な課題であり、この状況にプラットフォームガバナンス構成要素の概念が有用な視点を提供し、これを活用した対応が必要としている。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasmin/2018t10/0/2018t10_89/_pdf/-char/ja

■日本版MaaSを志向した標準的なバス情報フォーマットの柏市における導入に向けて/平沢隆之・坂井康一・大口敬・河野賢司・小野晋太郎・山口憶人・須田義大氏

東京大学生産技術研究所次世代モビリティ研究センターと共同で交通課題の解決に取り組む柏ITS推進協議会の約10年に至る活動を総括し、日本版MaaSにつながる千葉県柏市における取り組みの展望についてまとめた内容となっている。

同市は2009年に内閣府社会還元加速プロジェクト「ITS実証実験モデル都市」に選定され、交通課題の解決に取り組んでいる。

市内主要駅に乗り入れている鉄道路線二社線と民間路線バス二社間の静的・動的サービス運休情報について、デジタルサイネージやスマートフォンアプリに出力表示する公共交通情報連携社会実験を2013年に2カ月間にわたって実施したほか、路線バスのサービス規模を縮小した形で乗合ジャンボタクシーを展開するなど精力的に活動している。

こうしたデータ収集や分析、交通事業者を巻き込んだ取り組みは、MaaS構築に向けた前段として必要なものだ。論文には掲載されていないが、同市ではこのほかにもマルチ交通シェアリングサービスや自動運転バスの実証実験などが行われており、2020年には三井不動産とMaaS Global社がMaaSの実証実験を行う予定となっている。交通に関するさまざまな取り組みの先進地・モデルとして注目だ。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/seisankenkyu/71/2/71_81/_pdf/-char/ja

■都市構造の違いがシェア型自動運転車の運行効率に及ぼす影響/東達志・香月秀仁・谷口守氏

将来実現が期待される、自動運転技術とライドシェア、カーシェアサービスを組み合わせた自動運転車によるシェア交通サービス「Shared-adus」に関する論考で、Shared-adusの運行効率と都市構造の関係性について、実際の地域やトリップ需要に基づいた分析を行っている。

分析では、Shared-adus を「MaaSを構成するモビリティ」と位置付け、自動運転レベル5のシステムを搭載し、地域全体で共有するものと仮定し、複数の都市構造シナリオを想定してシェア成立割合や運行効率などを明らかにしている。

結論としては、Shared-adusが普及した社会において単純に都市機能を集約するだけでは、車両偏在化や走行時間の増加などの課題が発生する可能性を指摘している。また、公共交通の導入が難しい郊外地域では、都市機能が分散した都市構造を想定する必要があり、利便性を失わない範囲でトリップ需要を集約し、効率的運行を実現する必要があるとしている。

直接MaaSを論じた内容ではないが、MaaSと強く結びつくモビリティサービスであるため、ぜひ目を通してもらいたい。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalcpij/53/3/53_551/_pdf/-char/ja

■交通サービスのための耐戦略性を有する動的課金メカニズム/早川敬一郎・羽藤英二氏

MaaSにおいて、顧客の利己的な行動選択を前提に利用者と交通事業者双方の最適状態が導かれるような課金制度を検討する専門的な内容となっている。

交通サービスモデルにDynamic pivotやOnline VCGの二つのメカニズムを適用し、異なる課金方法で効率的な交通資源の割り当て方法を考察している。

実験の結果、Dynamic pivotでは、利用者の干渉が大きいときに利用者の効用の合計値が負となり、Online VCGでは利用者の干渉が比較的少ない一定条件下において、サービスオペレーターの収益が負となっているようだ。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjsai/JSAI2019/0/JSAI2019_3Rin223/_pdf/-char/ja

■異種車両連携を考慮する経路計画における整数計画法/大滝啓介・早川敬一郎・小出智士・大社綾乃・西智樹氏

さまざまな機能を持った車両=異種車両が連携することで新しいサービスの創発が期待される中、車両の経路計画に着目し、配送サービスを例に経路の最適化について専門的に考察している。

車両は、大車両と小車両の2種類で、小車両は大車両に乗り込むことができるなど特殊な連携も可能としたモデルを想定。整数計画法を用いて既存のIPインスタンスが抱える問題を解決できる新たなIPインスタンスやその拡張例を提案し、数値実験によって性能評価を行っている。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/pjsai/JSAI2019/0/JSAI2019_4Rin121/_pdf/-char/ja

■最適拠点配置への待ち行列モデルの利用/池ヶ谷克基・大場春佳・水野信也氏

MaaSにおいて、シェアサイクルにおける自転車といったモバイルツールが偏った拠点に集中する問題に対し、最適な拠点配置を実現するシミュレーションを紹介している。

研究では、BCMP ネットワークを利用した最適拠点配置結果にシミュレーションを適用し、モデルの詳細な結果を得ている。この結果を用いることで、事業者はモビリティの最適拠点配置を実施し、効果的な運用が期待できるとしている。

サイクルシェアにおいて車両が特定のステーションに偏在する問題は現実として起こっており、今後、カーシェアでもワンウェイ型サービスが本格導入されれば高い確率で課題となる。MaaSにおける新モビリティサービスなども同様で、こうした研究の進展に期待したいところだ。

論文(PDF)はこちら
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasmin/201910/0/201910_155/_pdf/-char/ja

■【まとめ】交通環境を一変させるMaaS 研究論点も多角化

かつての交通課題は、公共交通の在り方や環境問題などが多くを占めていたが、MaaSの登場によって論点が多角化している印象を受ける。

都市構造の違いや需要・効用を基にした論点から、新モビリティサービスやプラットフォームの在り方、統合方法、各地で進められている実証を糧に分析したものなど、今後続々とMaaS関連の考察が発表されるものと思われる。交通環境を一変させるインパクトは計り知れない。

実用化が猛烈な速度で進みそうな情勢だが、サービス導入後に浮き彫りになる課題も多いはずだ。また、目標の一つとなっているMaaS Global社の「Whim」が最終的な到達点ではなく、さらなる進化の余地があるはずだ。実証をはじめ、研究がますます盛んになることに期待したい。

【参考】関連記事としては「自動運転、読んでおきたい論文15選」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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