自動運転、英Arm(アーム)チップの独壇場に?

IVI・ADASシェア75%、最新トピックスまとめ

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出典:Armプレスリリース

さまざまな電子機器に搭載されているプロセッサ。パソコンやスマートフォンをはじめ、自動運転分野でも必須のハードウェアだ。

パソコンの領域では米インテルが市場を主導しているが、自動運転の領域ではどうなのか。インテルや米NVIDIA(エヌビディア)の名はよく聞くが、陰でじわりとシェアを伸ばしていると言われる企業がある。ソフトバンクグループ傘下の英企業Arm(アーム)だ。

今回は、アームの自動運転領域における取り組みについて解説していこう。

■そもそもArmとは?

Armは英国のケンブリッジに本社を置く半導体・プロセッサ開発メーカー。英エイコーン・コンピュータの開発部門をもとに、米アップルコンピュータ、米VLSIテクノロジーのジョイントベンチャーとして1990年に創業し、次々とソフトウェア開発会社を買収しながら成長を遂げた。チップの基盤となるプロセッサなどのテクノロジーを開発・設計し、半導体企業にライセンスを供与するビジネススタイルで、製造は主にパートナー企業が行う。

2016年にソフトバンクグループが買収を正式発表し、約240億ポンド(約3.3兆円)でアームホールディングスの全株式を買収した。当時、日本企業による海外企業の買収額として過去最高を記録し、大きな話題となった。

アームのプロセッサは、スマートフォンのメインチップなど多くの製品に使用されており、2017年度にパートナーから出荷されたチップは、デジタルテレビからブレーキシステム、スマートセンサー、クラウドを支えるデータセンターまで計210億個以上に上る。車載用チップメーカーの上位15社は、同社IPのライセンスを受けているという。

ソフトバンクグループの資料によると、2018年のIVI(車載インフォテインメント)・ADAS(先進運転支援システム)におけるアームの市場シェアは75%に達しているという。

今後、急速に発展するIoTテクノロジーや新しい市場に投資することで長期的な成長機会を追及していく構えで、常時接続のアーム版Windows10搭載PCや機械学習プロセッサ、5G、クラウド・インフラストラクチャー、自動運転技術などの最先端のモバイル処理技術が、将来の成長に寄与すると見込んでいる。

■自動車関連各社と「Autonomous Vehicle Computing Consortium(AVCC)」発足

アームは2019年10月、自動運転車向けの共通の演算プラットフォームの開発を共同推進するAVCCの発足を発表した。初期メンバーとしてボッシュ、コンチネンタル、デンソー、ゼネラルモーターズ、NVIDIA、NXPセミコンダクターズ、トヨタの各社が名を連ねており、自律演算の専門知識を支える主導的な組織を構築し、自動運転車の大規模展開に関する最重要課題の解決に寄与していくこととしている。

AVCCのビジョンと共通目標の達成に向け、自動運転車を現行のプロトタイプ・システムから大規模展開の段階へと移行させることを目標に推奨事項を定める。システム・アーキテクチャと演算プラットフォームに関する一連の流れで、サイズや温度範囲、消費電力、安全性の観点から、自律システムのパフォーマンス要件と、自動車固有の要件や制限の間での調和を図る。

メンバー各社は、自動運転車の展開に際し、課題を解決するソリューションを実現するとともに、目標達成のためのイノベーションに焦点を当てた業界の専門家によるエコシステムの形成をともに目指す。ワーキンググループでは、アイデアを共有し、共通の技術的課題を研究することで、業界横断型のコラボレーションを推進することとしている。

■組み込みCPU向けのカスタム命令を実現する「Arm Custom Instructions」を発表

特定の組み込み・IoTアプリケーション向けの最適化や差別化を実現するArmv8-Mアーキテクチャ向けの新機能「Arm Custom Instructions」を2019年10月に発表している。2020年上半期に開始予定で、当初はArm Cortex-M33 CPUへの実装を予定しており、新規および既存のライセンシーへの追加コストは不要という。

Arm Custom Instructionsは、ソフトウェアの断片化を招くことなく、完全統合型のカスタムCPU命令の迅速な開発をサポートする。強力なソフトウェア・エコシステムに加え、セキュリティや処理アクセラレーションの向上など、Armv8-Mアーキテクチャの主要なメリットを活用できる。

設計者にはエンコーディング空間が確保されており、カスタムデータパスの拡張機能を容易に追加しつつ、既存のソフトウェア・エコシステムの完全性を維持できる。この機能と、既存のコプロセッサ・インターフェイスが組み合わさることで、機械学習(ML)や人工知能(AI)など、エッジ・コンピューティングのユースケース向けに最適化された各種アクセラレータによってCortex-M33 CPUの機能を拡張できる。

このArm Custom Instructionsと後述するArm Flexible Accessは、シリコンパートナーの柔軟性と差別化を強化することで、MLやAI、自動運転、5G、IoTなどの新たなエッジ・コンピューティングの機会をサポートするとしている。

■より柔軟で自由な半導体設計を実現する「Arm Flexible Access」を発表

アームは2019年7月、半導体設計用のテクノロジーの利用とライセンスに関する提供形態を拡大する新たな提供モデル「Arm Flexible Access」を発表した。企業のSoC設計チームは、半導体設計資産(IP)のライセンスを取得する前にプロジェクトを開始でき、半導体設計における試作や評価、イノベーションの追求により自由に専念できるようになる。

パートナー企業は、対象となるIPを半導体のカスタム設計に無制限に利用できるようになる。ライセンス料の支払いは生産段階での利用分に対してのみ発生する。アームの既存パートナーだけでなく、システムプロバイダーやOEM、スタートアップ企業などの新規参入企業にとっても、半導体設計の機会が増大し、自動運転などの分野で新たな成長機会を見込めるという。

■自動運転対応プロセッサの最新版「Arm Cortex-A65AE」を発表

アームは2018年12月、車載用に独自設計した「Automotive Enhanced」シリーズの最新プロセッサ「Arm Cortex-A65AE」を発表した。7nmに最適化されたCortex-A65AEは、安全機能を実装しつつ、自動運転車のセンサー・データ処理や、車載インフォテイメント、コックピット・システムの高スループット・ニーズに対応した、同社初となるマルチスレッド・プロセッサだ。

次世代の自動車では、より高水準の自動運転を実現するためカメラやLiDAR(ライダー)、レーダーなど、自動車の周囲を監視するセンサーの数が大幅に増加し、これらのデータを安全に処理するためのスループットと演算リソースの要件も大幅に拡大することが見込まれている。

Arm Cortex-A65AEは、ADAS(先進運転支援システム)や自動運転の用途の実現に必要となるヘテロジニアス(異種のアーキテクチャをもつマイクロプロセッサが統合されたCPU、異種混在のマルチコア)の各種処理に必要となる高いデータスループット能力を有しており、生成されたセンサー・データの複数のストリームをより効率的に処理し、これまでにない画期的なドライバー体験を安全に実現するという。

また、機械学習やコンピュータ・ビジョンなど、アクセラレータに接続したロックステップ・モードで利用することでデータを効率処理するほか、高水準のセキュリティ機能を維持する。

■「Arm Safety Readyプログラム」発表

アームは2018年9月、自動運転分野において安全性の分野をリードし、マスマーケット向け自動運転の普及を加速させる取り組みとして、新たな「Arm Safety Readyプログラム」を発表した。

完全自動運転の実現によって期待されるのは交通事故や死亡事故数の大幅な低減であり、自動運転対応のSoCやシステムの開発にあたっては、安全性を後回しにした形でパフォーマンスや電力効率、セキュリティを優先することは認められない。しかし、自動運転レベル5への道のりを埋め尽くすプロトタイプには、最も基本的なセキュリティ機能すら欠けており、消費電力を大量に必要とする高コストなデータセンターCPUが使用されることも往々にして見受けられるという。

そこで同社は安全性を最優先課題のひとつとして取り組み、シリコン・パートナー各社が安全性への取り組みで一歩先を歩み続けられるよう、安全性に対する大規模な投資を集約したArm Safety Readyプログラムを発表した。

プログラムは、同社の既存製品や新規製品、および将来の製品が対象となっており、ISO 26262とIEC 61508の規格に対応した体系的なフローや開発など、厳格な機能安全プロセスを経ている。また、ソフトウェア、ツール、コンポーネント、認証、規格を一元管理しており、パートナー企業は、機能安全をよりシンプルかつ低コストに実装することができる。プログラムの提供サービスを活用することで、パートナーや自動車メーカーは、自動運転用途に欠かせない最高水準の機能安全を自社のSoCやシステムに実装することが可能となる。

■「The Autoware Foundation」に参加

自動運転スタートアップのティアフォーが2018年12月に発表した、自動運転OS「Autoware(オートウェア)」の業界標準を目指す世界初の国際業界団体「The Autoware Foundation(AWF)」にアームも参加している。

AWFは、Autoware.AI、Autoware.Auto、Autoware.IOという3つのカテゴリの中で、Autowareに関する種々のプロジェクトを発足させ、発展させていくための非営利団体。参画に関し、アームのオープンソースソフトウェア担当副社長Mark Hambleton氏は「このパートナーシップにより、Autowareエコシステムは安全で効率的な次世代車両のための認証可能なソフトウェアスタックでさらに協力することができる」とコメントしている。

■NVIDIAと提携 IoTデバイスに対する機械学習を容易に

アームは2018年3月、IoTデバイスに対するディープラーニング推論の提供に向け、米半導体大手のNVIDIA(エヌビディア)と提携することを発表した。

オープンソースのNVIDIAディープラーニングアクセラレーター(NVDLA)アーキテクチャをアームの「Project Trillium」プラットフォームに組み込み、機械学習を実現する。この協業により、IoT チップ企業が容易にAIを自社の設計に組み込み、インテリジェントで低コストの製品を生産することが可能になるという。

■アームベースの新製品も続々

アームをベースとした新製品は、国内外を問わず続々と発表されている。2018年1月には、米ザイリンクスがセーフティクリティカルなADASや自動運転システムの開発を可能にする、オートモーティブグレードの「Zynq UltraScale+ MPSoCファミリ」を供給開始したことを発表した。この製品ファミリは、豊富な機能を備えた64 ビットクワッドコア「ARM Cortex-A53」、デュアルコア「ARM Cortex-R5」をベースとするプロセッシングシステム (PS) と、ザイリンクスのプログラマブルロジック(PL)である「UltraScale」アーキテクチャを 一つのデバイスに統合したものだ。

国内では、STマイクロエレクトロニクスが2019年2月、リアルタイム・マルチコア性能に必要な不揮発性メモリを内蔵した初のArm Cortex(R)-R52ベースの車載用32bitマイコン「Stellarファミリ」を発表している。

より安全でスマートな車載システムと先進的なドメイン・コントローラを実現するもので、主要アプリケーションは、ハイブリッド・パワートレインのスマート制御や車載充電器、電池管理システム、DC-DC変換コントローラといった車両電動化アプリケーションに加え、スマート・ゲートウェイ、ADAS、車両安定制御システムなど多岐にわたるという。

また、2019年9月には、エッジAIスタートアップのエイシングが、AIアルゴリズム「ディープ・バイナリー・ツリー(DBT)」をアームの「Cortex-M」シリーズ搭載チップに実装することに成功し、提供を始めると発表した。

DBTは、導入機器単体がクラウドを介することなくリアルタイムに自律学習・予測することが可能な独自のAIアルゴリズムで、産業機械や自動車、家電などの制御向けに幅広く使われている「Cortex-M」シリーズに実装可能になったことで、実際の制御システムの中にAIを組み込む事がより容易になったという。

■【まとめ】IoTの本格化でアームも本領発揮 自動運転分野におけるシェアも拡大へ

プロセッサの製造は基本的にパートナー企業が行うため、アームが前面に出る場面が少ないものの、スマートフォン同様自動運転領域においてもアーム系プロセッサの搭載率は想像以上に高そうだ。

特にソフトバンクグループの傘下に収まった2016年以降は自動運転向けの開発に力を入れている印象で、AI開発をはじめさまざまな場面で活用されている。

今後IoTが本格化し、自動運転技術と深く結びついていくことでこの流れはより鮮明になるものと思われる。巨額出資したソフトバンクグループが見据えた未来は、すぐそこまで来ているのだ。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)



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