米国や中国などを筆頭に実用化が始まっている自動運転技術。米カリフォルニア州などでは自動運転タクシーが商用化され、車道を無人走行する姿を見かけることも珍しいものではなくなった。
一方、こうした自動運転車の増加によりトラブルも増加傾向にあり、カリフォルニア州当局がGM系Cruiseの無人走行ライセンスを一時停止するなど、「待った」をかける事態も発生している。国内では、初の自動運転レベル4サービスとして脚光を浴びている福井県永平寺町の自動運転車両が駐輪中の自転車に接触し、自主的に運行を中止している。
こうした事故・トラブル事案を目耳にし、SNSなどでは自動運転を危惧する声も散見される。中には、「自動運転は人間の運転よりも危険」とする意見もあるが、果たしてそれは正しいのか。結論から言えば、短絡的にこうした意見を口にするのは「情弱(情報弱者)のレッテル張り」と言えなくもなく、自動運転移動サービスの普及の阻害要因になりかねない。
自動運転VS.手動運転――ではないが、両者を比較しながら自動運転に対する評判の実情に迫っていく。
記事の目次
■自動運転に関する事案
走行台数に比例してトラブルも増加
自動運転に関連する事故やトラブルは、自動運転タクシーサービスが展開されている米カリフォルニア州やアリゾナ州などで多数報告されている。
特に、通信不具合などで路肩や車道上で動かなくなり、一般車両の走行を妨げるトラブルは多数報告されている。2022年6月には、サンフランシスコで運行中のCruiseの自動運転タクシー約60台がサーバー障害で停止した。フォールバック機能も動作せず、遠隔オペレーターによる対応ができなかったという。
また、2023年4月には、Waymoの自動運転タクシーが「霧」の発生により車道上で立ち往生するトラブルもあったようだ。
このほか、警察官の指示に対応できず交通を遮断したケースや、消防車などの緊急車両の通行に対応できないケースなども報告されている。
事故関連では、2022年6月にCruise車が交差点で他車両と衝突する事故を起こしたほか、2023年5月にはWaymo車が放し飼いの犬をはねる事故も発生している。同年10月には、他車両にはね飛ばされた歩行者をかわしきれず、Cruise車がその歩行者をはね、路肩まで引きずる事故も発生した。
過失割合などはさまざまで、自動運転車に重過失があるケースは少ないものと思われるが、こうした事故を踏まえ、Cruiseは2022年に自主的にリコールを行ったほか、2023年10月にはカリフォルニア州道路管理局(DMV)と同州公共事業委員会(CPUC)がCruiseに対し、営業停止と無人走行試験許可の即時停止措置を行っている。Cruiseはこれを重く受け止め、他のエリアでの無人走行も中止している。
【参考】Cruiseのライセンス停止については「営業停止に至ったGMの自動運転タクシー、「事故率は人間以下」は嘘だった?」も参照。
日本でも事故がぽつりぽつりと発生
日本では、セーフティドライバー同乗のもと実証中の有人自動運転車両が隣接レーンを走行するトラックに接触する事案や、追い越し車両に接触する事案等が発生している。人身事故では、東京オリンピック・パラリンピックの選手村において、交差点を渡ろうとした選手に接触する事故が起きている。
無人走行では、福井県永平寺町で2023年10月、運行中のレベル4車両が道路左側に駐輪してあった自転車と接触する事案が発生した。けが人は確認されていない。町は原因究明と再発防止策により安全が確認されるまで自動運転による運行を中止するとしている。
【参考】永平寺町の事故については「自動運転、一気に事故リスク露呈 日本初レベル4が運行中止、米国でもGMに停止命令」も参照。
■自動運転に対する評判
「手動運転のほうが安全」は正しいか
国内外問わず、公道を走行する自動運転車の台数が増加するにつれ、当然ながらこうした事故やトラブルも増加しているようだ。
こうした情勢を受け、自動運転技術に懸念や疑問を呈する声も多くなってきた印象が強い。純粋に「自動運転大丈夫なの?」と心配する声をはじめ、「自動運転技術はまだまだ未熟」といった感想なども散見される。中には「手動運転のほうが安全」といった声まであがっている。
実際、事故やトラブルの中には「一般的な手動運転」よりも未熟と思われる事案も少なくない。例えば、永平寺町の接触事案も、一般的な手動運転であれば多くのドライバーが回避できるレベルのものだったと思われる。
ただ、こうした事案をもって「自動運転は手動運転より危険」とレッテルを貼るのは早計であり、言葉は悪いが浅はかだ。
前述した永平寺町の事例を持ち出すと、進行ルート上に停まっている自転車に接触するのは正直なところ自動運転としてはレベルが低い。仮に、周囲に雑草が生い茂っていて見通しが悪く、雑草に隠れた自転車の後方部分だけが進行ルートにはみ出していたため、そこに薄っすらと接触した――というのであれば、まだ言い訳が立つが……。
詳細な状況は不明だが、センサーの認識能力やAI(人工知能)の判断能力が欠如していたものと推測される。同様のケースを手動運転で考えた場合、ほぼ全てのドライバーは自転車を回避し、トラブルなしで通過するだろう。
ただ、全てのドライバーが同様のケースを何度繰り返しても接触しないか?と言えば、そうはならない。一瞬気を抜いたタイミングと自転車を目視可能になるギリギリのタイミングが重なるかもしれない。人間のドライバーは、多かれ少なかれ注意力を増減させながら運転しており、悪条件が重なれば誰でも事故を起こし得る。永平寺と同様のケースでも、100%回避できるとは言えない。
一般的に手動運転で回避可能な事案を自動運転が起こしたとしても、それをもって直ちに「自動運転は手動運転より危険」とはならないのだ。
対等な条件での比較が必要
自動運転と手動運転の安全性を比較するには、走行距離当たりの事故発生率を比較するなど、同条件で両者を対等に比べなければならない。
サンプル数が少ないため完全な第三者によるデータは見当たらないが、Cruiseがミシガン大学交通研究所と共同調査したレポートによると、100万マイル(約160万キロ)当たりの衝突事故は、ライドシェア車両64.9件に対し、Cruiseの自動運転車は23件だったという。
また、Waymoが実施したバーチャルシミュレーションテストによると、衝突が発生するシナリオにおいて自動運転は75.0%回避し、重傷化リスクを93.0%低減した一方、人間のドライバーは62.5%を回避し重傷化リスクを84.0%低減したという。あくまでバーチャルによるシミュレーションテストだが、この際に用いた人間のモデルは常に注意を払って運転し続けることができる優秀な人間を想定している。一般的なドライバーと比較すれば、もう少し差は開くことになりそうだ。
【参考】Waymoの調査については「衝突回避率:自動運転は75.0%、手動運転は62.5% 米Waymo、死亡事故シナリオで調査」も参照。
一定の安全性が備わっているからこそ社会実装される
ADAS(先進運転支援システム)が事故低減や重大事故の抑制につながっていることは説明不要と思われるが、実用化済みの自動運転も多くの場合手動運転よりも事故率は低いものとされる。
一定の安全性が担保されているからこそ開発サイドは社会実装に踏み切ることができ、また関係当局も許可を付与することができるのだ。
本来的に、社会実装済みの自動運転システムは「一定の安全性」を備えている。この「一定の安全性」についてはケースバイケースとなるため一概には言えないが、一般的に想定される事故・事案を回避できる水準に相当するものと思われる。
事故やトラブルを100%回避する水準に達していないのは事実だが、それでも手動運転全体と比較すれば事故率は低く収まっているのだ。
自動運転による事故が目立つのは、単純にニュースやSNSのトピックに上がりやすいためだ。また、その内容が際立って見えるのも、手動運転では同様の事故が話題にならないことに加え、「自動運転は完璧でなければならない」という前提が根底にあるためだ。
「自動運転は完璧ではない」という意見に対しては現時点で反論の余地がない。しかし、これをもって「手動運転より危険」とするのは一切の根拠が存在しない大きな誤りと言える。
また、こうした根拠のないレッテルが社会受容性を低下させ、現在進行形で進められている研究開発・実証の妨げになりかねない点も問題だ。安易な発言は、技術の高度化にふたをするような行為と言える。
■【まとめ】「自動運転は安全」が共通認識となる社会を目指そう
もちろん、自動運転による相対的な事故の少なさは、「明確に交通ルールを守り、制限速度内で無理な運転をしない」ことによる部分も大きい。仮に、全ての人間のドライバーが交通ルールを順守して走行すれば、社会全体の事故が減ることは言うまでもない。ただ、それを実現できないのが人間だ。
また、わざわざ人間をコンピューターに置き換えるのだから、人間よりも高性能が求められがちな点も理解できる。手動運転を上回っているからこそ真の利便性が享受されるからだ。
開発サイドに求められるのは、より安全な運転を実現するこの高性能化だ。「手動運転より安全」ということにあぐらをかくことなく、そして「自動運転は危険」というレッテルに負けることなく、これを乗り越えて普及に向けた取り組みを加速してシステム改善を重ねていってほしい。
利用者をはじめとした第三者が共通認識として「自動運転は安全」と感じられるようなシステム・サービスの実現と社会受容性の向上が目下の課題となりそうだ。
【参考】自動運転に関する事故・トラブルについては「自動運転とトラブル(2023年最新版)」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)