日本国内での導入が徐々に迫るIR(統合型リゾート)。2021年度中に公募が始まり、誘致を目指す地方公共団体の中から3カ所が選定される予定となっている。
こうしたIRの誘致は大規模なインフラ整備を伴う。建物が立ち並ぶ広大な造成エリアをはじめ、一大集客スポットとして近隣エリアや空港などからの交通網を整備しなければならないが、ここに自動運転実用化のチャンスが眠っている。
この記事では、IRと自動運転の関係について解説する。
記事の目次
■IRと自動運転
大規模開発は自動運転実用化の絶好の舞台
カジノのイメージが先行するIRだが、一般的にはホテルをはじめ国際会議場や展示場といったMICE関連施設、ショッピングモールや美術館、劇場、アミューズメントパークといったエンターテインメント施設など、複合的集客を図る一大集客スポットとなる。
IRの敷地だけでも数十万平方メートルに達し、施設内を移動するのも一苦労だが、大規模開発であるがゆえ多くは近隣駅や空港などから新たな動線を引っ張る必要が生じる。道路をはじめとする交通インフラを新規、あるいは再整備しなければならないのだ。
こうした大規模開発は、自動運転をはじめとした既存のルールの枠に収まらない新技術の実証・導入の場としてもってこいだ。また、大規模開発に合わせた特区指定なども考えられる。
交通政策をフラットな状態から構築
日常的な観光需要をはじめ、大規模イベントの開催など大きな集客力を持つIRは、新たな人の流れを生む。既存の交通網・交通体系ではさばき切れないため、MaaSをはじめとした新たな概念を導入しなければならないが、交通政策を一から構築できるため、自動運転をはじめとした次世代モビリティの導入を図りやすい。
MICE効果でスタートアップの誘致も
IR施設の周辺を実証フィールド化することで、企業誘致を図りながら自動運転の早期実現を推し進めることもできるかもしれない。MICE会場でモビリティ関連の大規模見本市の開催を実現し、多くの開発メーカーやスタートアップを呼び寄せるとともに、各企業が研究開発を行いやすい実証フィールドをアピールするのだ。
IR施設周辺が「自動運転開発のメッカ」として位置付けられれば、国際的にも競争力を発揮できる都市づくりを進められるかもしれない。自動運転関連の技術も多数発表される国際見本市「CES」が、IR先進地のラスベガスで毎年開催されているイメージに近い。
次世代交通インフラへの投資、税収増で手厚く
莫大な収益を生み出すとされるIR。IR誘致した自治体には税収増加効果も見込めることから、自動運転やMaaSといった次世代交通インフラへの投資・支援を積極的に行えるようになることも考えられる。
■米ラスベガスの事例
IR先進地である米ネバダ州のラスベガスでは、配車サービス大手Lyftと自動運転開発を手掛けるAptivが積極的に自動運転の実用実証サービスを展開している。
パイロットプログラムは2018年に開始された。セーフティドライバー同乗の自動運転車が通常の配車サービスに混在する形で営業しており、翌2019年に乗車回数5万回、202年2月には10万回を超えている。
Aptivは2020年に韓国ヒュンダイと合弁「Motional」を設立し、Lyftの配車アプリを通じて2023年に米国の複数の都市で自動運転サービスを展開する方針を掲げている。
ラスベガスではこのほか、2017年に一足早く仏NAVYAが自動運転シャトルバスの実証を開始しているほか、2019年にはZooxもラスベガスに進出し、自動運転タクシーの実証を進めている。
【参考】LyftとAptivの取り組みについては「口コミ評価、驚きの4.97!Lyftの自動運転タクシーが超優良 乗車回数が5万回超え」も参照。ちなみにLyftの自動運転開発部門「Level 5」は、トヨタ子会社のウーブン・プラネット・ホールディングスによる買収が発表されている。
口コミ評価、驚きの4.97!Lyftの自動運転タクシーが超優良 乗車回数が5万回超え、テスラも参入を目指す分野 https://t.co/wpwcJgc678 @jidountenlab #Lyft #自動運転タクシー #5万回
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) June 15, 2019
スマートシティ化も促進
同市はスマートシティに向けた取り組みも推進しており、NTTグループが大きく関与している。NTTは2018年9月からデルテクノロジーズとともに公共安全ソリューションの共同実証実験を実施しており、開発の成果となるスマートシティソリューションは、2019年春に商用提供する形でラスベガス市が正式採用している。導入エリアを徐々に拡大しているようだ。
なお、NTTは2020年3月にスマートシティの実現に向けトヨタと業務資本提携に合意している。最先端のAIやIoT、ICTリソースを活用したスマートシティプラットフォームを共同で構築し展開していく構えで、将来的には自動運転分野への応用にも期待が持たれるところだ。
■国内IR誘致団体の取り組み
万博開催に向け開発進める大阪
大阪府・大阪市は、2025年開催予定の大阪・関西万博とIR誘致エリアを人工島「夢洲」に統一し、一大開発とともに周辺のイノベーションを促進する計画を打ち出している。
モビリティ業界は万博に向けすでに動き出しており、大阪市高速電気軌道(大阪メトロ)をはじめとする関西鉄道7社は2019年に「関西MaaS検討会」を組織した。万博に向け、関西地域における出発地から目的地までのシームレスな移動手段を提供するためMaaS実用化に向けた検討を進めている。
【参考】関西MaaS検討会については「視野にあるのは万博——関西MaaS検討会、鉄道会社の枠を超え」も参照。
また、1970年に開催された大阪万博の跡地「万博記念公園」では、三井物産やパナソニックらが2020年10月から11月にかけて自動運転車両を活用した次世代型モビリティサービスの実証試験を実施した。万博記念公園の持つ魅力や潜在価値を引き出し更なる活性化の実現可能性を検証するとともに、大阪・関西万博の機運醸成に寄与することを目的としている。車両はBOLDLYが「NAVYA ARMA」を提供した。
一方、大阪メトロと大阪シティバスは2019年、大阪駅に近いグランフロント大阪周辺で自動運転バスの実用化に向けた取組みを開始し、2020年2月には万博会場の夢洲においても自動運転バスの走行を実施している。
2021年度にはレベル4自動運転車両の遠隔監視による実証実験を夢洲で行う計画を立てている。将来的には、MaaSに組み込んでいく考えだ。
【参考】大阪メトロの取り組みについては「大阪メトロ、地下鉄やバスで自動運転技術の実証実験 万博控え」も参照。
万博からのIR誘致で効果的にインフラ整備
IRに向けては、「日本観光・IR 事業研究機構地域観光推進室 関西ワーキンググループ」が2021年3月に発表した「大阪IRに関する提言」が興味深い。周辺インフラ整備の観点から以下の3点を提言している。
- ①自動運転に対応したインフラ整備
- ②バスを活用した周辺観光地への送客
- ③船を活用した周辺観光地及びベイエリア各所への送客
- ④空飛ぶクルマのインフラ構築・運営の検討
①では、大阪・関西万博に向けた淀川左岸線の共用に加え、淀川左岸線延伸部や第二湾岸道路などの大阪北部エリアの幹線道路網の早期整備を推進し、自動運転の受け皿となる自動車専用道路の充実を図ることや、万博開催時にバス専用化が検討されている淀川左岸線を、万博後に自動運転専用道路として活用すること、舞洲~夢洲間における自動運転シャトルバス・共同輸配送車の導入、夢洲内の外周道路における先進的自動運転の試行などを提言している。
④では、IR 開業時には法的・技術的な課題がある程度クリアされている可能性がある空飛ぶクルマの実用化に向け、夢洲空中遊覧の本格導入や夢洲~内陸間運行の試行などを提言している。
和歌山県や長崎県も自動運転やエアモビリティ視野に
和歌山県は、比較的関西国際空港に近く、全域整地造成済ですぐに着工することが可能な人工島「和歌山マリーナシティ」を候補地に据え、誘致を検討している。
基本構想の中で、大都市圏の交通結節点からの直結バスルートの新設の促進や一次交通の拠点と二次交通の円滑な接続を図るなど、観光客のニーズに応じた移動手段をスムーズに利用できる環境整備を促進するとし、IR区域内における自動運転バスの運行も視野に入れている。
2021年3月には、IR誘致を見据え和歌山市と南海電気鉄道が連節バスの公道走行実証を行っている。
このほか、IR誘致を進める長崎県・佐世保市も、広域・周遊観光の推進に向け移動自体のアクティビティ化を図る案を出しており、この中で空飛ぶクルマの活用も検討している。
■【まとめ】イノベーションの場としても注目を集めるスポットに
大規模開発を伴うIRの誘致は、一定エリアにおいて新たな都市づくりを進めるようなものだ。その意味では、スマートシティのように最先端技術やサービスの導入を図りやすい環境や機運が生まれる。
誘致を進める地方公共団体は、ぜひ自動運転をはじめとした先端技術の導入を積極的に盛り込んだ構想を練り、イノベーションの場としても注目を集める未来の都市づくりを進めてほしい。
【参考】関連記事としては「【特集】最前線「自動運転×スマートシティ」」も参照。