フリマアプリでおなじみのメルカリが、モビリティ分野で研究開発を進めているようだ。同社は空気で膨らませる斬新な電動モビリティ「poimo(ポイモ)」を発表し、将来的には自動運転や追従運転によるラストマイル物流の配送実証を行う方針という。
poimoとはいったいどのようなモビリティなのか。その概要とともに、パーソナルユースの電動モビリティの在り方について掘り下げていこう。
記事の目次
■poimoの概要
poimoとは?
poimoは、パーソナルモビリティとソフトロボティクスの技術を組み合わせた電動モビリティで、「Portable and Inflatable Mobility(持ち運びでき、膨らませることのできるモビリティ)」の頭文字をとったものだ。
空気で膨らませる構造によって人が持ち運べるくらい軽く、やわらかく安全なボディを実現している。空気を抜いて折り畳めばバッグに入るサイズまで縮めることが可能で、電動モビリティとしては画期的だ。
ボディ部分には、軽くて強度のあるドロップステッチ素材を使用し、荷重試験で人の体重を支えられることを確認済みという。空気を注入して膨らませることで搭乗可能になるが、成型次第でバイクやソファなどさまざまな形状を作ることができるのも魅力の一つだろう。
ステアリングにも空気圧構造が利用されている。車輪やバッテリーなどは別構造と思われるが、現在用途に適したワイヤレス・バッテリーレス構造を無線給電の研究グループと協力して開発中という。
研究開発チームは?
研究開発は、公共交通機関と目的地をシームレスにつなぐファーストマイル・ラストマイルを担う新モビリティとして、メルカリの研究開発組織「mercari R4D(アールフォーディー)」と、東京大学川原研究室・新山研究室が共同で進めている。
mercari R4Dは、研究(Research)の「R」と、と設計(Design)・開発(Development)・実装(Deployment)・破壊(Disruption)の4つの「D」をベースに、革新的な技術のスピーディーな研究開発と社会実装を目的に2017年12月に設立されたメルカリ内の研究開発組織で、ブロックチェーン、量子コンピュータ・量子インターネット、HCI、AI、モビリティといった幅広い領域のリサーチに取り組んでいる。
一方、川原研究室(川原圭博教授)は、コンピューターネットワークやモバイル、ユビキタスコンピューティングのコアとなる技術の研究開発を通じて「未来の生活」をデザインする研究を進めている。
センサーやロボット、ウェアラブル機器などのIoT機器を低コストかつ迅速に作ることを可能とするファブリケーション技術の研究開発をはじめ、IoT機器のサスティナブルな動作実現のためのエネルギーハーベスティング(環境発電)や無線給電技術の開発に取り組み、エネルギーの循環を考慮した真の自律システムアーキテクチャの確立を目指している。
新山研究室(新山龍馬氏)は、人間型知能の構成論的科学に基づき、実世界知能システムのブレークスルーにつながる新たな理論と技術を探求しており、生物規範型ロボットや複雑で柔軟な生体型機構を作るための新しいロボット製造方法、高密度・薄型・柔軟な触覚センサーの開発などに取り組んでいる。
東京都のロボット実証事業に採択
2019年には、東京都が東京オリンピック・パラリンピック2020大会に向け公募した先端技術を用いたサービス実証ロボットに採択され、街全体のロボット実装化に向けた実証として同年8月に開催された「竹芝夏ふぇす」会場でpoimoを披露し、多くの来場者の視線を集めたようだ。
【参考】東京都のロボット事業については「自動運転による運搬ロボや警備ロボ、東京都主導のサービス実証実施へ」も参照。
今後の取り組みは?
今後は、走行性能や利便性といった技術課題の解決やニーズ検証・コンセプト検証を進めるとともに、新型コロナウイルスによる非接触型配送の需要高まりを受け、自動運転・追従運転によるラストマイル物流の配送実証を行う予定としている。
成型自由度の高いpoimoは、箱型のモデルを作ることで配送にも活用できる可能性が高い。インフレータブル構造のメリットをどのように配送分野で生かすかが1つのポイントになりそうだが、フリマアプリを主力とするメルカリにとってラストマイル配送は他人事ではないだけに、高い注目を集めそうだ。
■電動モビリティの未来
小型軽量化が普及のカギに
インフレータブル構造のモビリティとしては、ミニボートが代表的な存在だ。空気による浮力は、水上モビリティにうってつけの武器となる。こうしたインフレータブル構造の軽さや手軽さを陸上モビリティに応用する発想そのものが非常に興味深い。
パーソナルユースの電動モビリティとしては現在、電動キックボードに高い注目が集まっている。法律上「原動機付自転車」の扱いとなることが社会実装を妨げているが、新型コロナウイルス対策として公共交通の「密」を避けるため、新しい生活様式においてオープンエアで1人乗りの電動キックボードは有効なモビリティであるとの大義名分のもと、規制緩和に向けた動きも強まっている。
ラストマイルを担う電動モビリティとしては、これまで電動アシスト機能を備えた自転車が主力だったが、近い将来規制緩和とともに新たな市場を形成する可能性が高い。
【参考】電動キックボードについては「自民党MaaS議連で議論された「電動キックボード規制緩和」の提言とは?」も参照。
通勤や通学などに伴うラストマイルは、駅などの主要な交通結節点から数百メートルや1~2キロ程度の移動の需要が多い。持ち運びが難しい自転車は基本的に駐輪場を確保しなければならず、維持管理コストが別途必要になる。バスはバス停の位置に依存するほか、タクシーはお金に余裕がないと毎回利用できない。
こうした際に、気軽に利用できるシェアサービスや、容易に持ち運び可能なパーソナルユースのモビリティがあると非常に便利だ。一定の軽さと大きさをクリアしていれば、電車内などに持ち込んで出先で気軽に利用できる。
電動キックボードも5キロ未満の軽量で折り畳み可能なモデルが多数製品化されているが、持ち運びが便利か……と問われると、もう一歩の小型軽量化が求められそうだ。
耐久性やコストの問題もあり容易ではないが、だからこそ小型軽量化を実現した際のインパクトは大きなものとなる。
poimoのようにインフレータブル構造を利用した新たな技術やアイデアが、モビリティの常識を一変させる可能性もありそうだ。
給電・充電技術も大きく進化
poimoは「ワイヤレス・バッテリーレス構造」の研究も進めている。ワイヤレス給電によりバッテリーなしで動作可能なシステムと推測されるが、こうした給電技術なども大きく進化を遂げ始めている。
ワイヤレス充電・給電技術は、スマートフォンなどで普及している「Wireless Power Consortium(WPC)」の規格「Qi(チー)」のように、端子を使わず簡易接触で充電可能な技術が確立されており、EV(電気自動車)分野でもワイヤレス給電システムの搭載が少しずつ広がってきている。
中でも、開発の中心となっているのは完全非接触型の給電技術だ。自動車関連では、日本電業工作とボルボテクノロジー・ジャパンが2012年、EV用給電としてマイクロ波ワイヤレス給電システム(レクテナ)の受電実験に成功したことを発表している。
送受信したマイクロ波を電力に変える技術で、電磁誘導や磁界共鳴、電界結合など他のワイヤレス給電方式に比べ、EVと送信機間の距離を1~10メートル程度と長く取れるため汎用性が高まるとしている。
また、豊田合成も2018年に車載製品では世界初となる共振式のワイヤレス給電技術を用いた「LED照明付きエアコンレジスター」の開発を発表している。
物体の振動(周波数)が他の物体にも伝播する共振の原理を利用したワイヤレス給電技術で、送電側と受電側の回路の磁界(周波数)を共振させて電力伝送することで離れた場所にも送電できる仕組みだ。この製品はレクサスUXに実装されている。
電動マイクロモビリティのシェアリングサービスを手掛けるLuupは2019年、東北大学未来科学技術共同研究センターと共同で実施した電動キックボードインフラの構築と給電システムに関する実証実験の中で、ワイヤレスを用いた遠隔給電技術の検証を行っている。
電気も無線のように飛ばす時代が到来し始めていると言える。人体への電磁放射の安全性検証など課題はありそうだが、モビリティ業界にはEVをはじめ電化の波が強く押し寄せており、こうした新たな給電・充電技術の開発も積極的に進められているのだ。
【参考】Luupの取り組みについては「電動キックボードに遠隔給電を導入!?Luupがシェア事業展開へ」も参照。
電動キックボードに遠隔給電を導入!?Luupがシェア事業展開へ 東北大の松木教授が研究開発 https://t.co/sdavb4o3fk @jidountenlab #キックボード #Luup #実証実験
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) August 24, 2019
■【まとめ】社会実装に向けた今後の取り組みに期待
事業の多角化を見据えたメルカリのモビリティ分野参入に注目が集まるところだ。東京大学というバックボーンも非常に強力で、インフレータブル技術の採用のほか、さらに斬新かつ最先端の技術を導入する可能性もありそうだ。
今後、人の移動やモノの配送、自動運転化など社会実装を見据えた動きを進める中で、新たなパートナー企業の出現などにも注目していきたいところだ。
【参考】関連記事としては「空港で世界初!羽田に自動運転パーソナルモビリティ WHILLが開発」も参照。