日立製作所を中心に、1000を超す子会社や関連会社を持つ日立グループ。かつての鉱山開発から発電所の建設、家電製造など、時代に合わせて主力となる事業領域を変遷させ、発展を遂げてきた。
近年は社会イノベーションに向けた取り組みが目立っているが、モビリティ分野への注力ぶりも顕著で、特に自動運転分野には早くから進出し、着実に研究開発を進めてきたようだ。
今回は、自動運転分野における日立グループの取り組みを細かく追っていこう。
■日立の自動運転開発史
自動車分野には1930年に参入
日立は戦前の1930年に自動車用電装品の国産化事業に着手するなど、早くから自動車業界との関わりを持っている。1979年にエンジン集中制御コントロールユニットの生産、2002年に携帯電話を利用した車載情報端末向けの地図・経路配信サービスシステムの商品化や電動4WDシステムを量産するなど、世界初となる技術・製品を数多く世に送り出している。
アイサイト実用化に向けステレオカメラを製品化
自動運転関連では、日立オートモティブシステムズがスバルの運転支援システム「アイサイト」の開発プロジェクトに2003年ごろから携わっている。当時、カメラで物体を検知するシステムは未知のもので、プロジェクトの依頼を受け一から研究開発を進め、2008年にセンシング向けステレオカメラの実用化・製品化にこぎつけた。
ステレオカメラ技術はその後も進化を続けており、より小型化したモデルがスズキの小型車などに採用されている。
グループ再編でモビリティ事業を強化
2013年4月には、日立グループの経営体制を再編し、インフラシステムグループから自動車機器事業を分離して新たにオートモティブシステムグループを設置し、5グループから6グループ体制とした。都市における主要な移動手段である自動車とインフラシステムとの協調を図ることで都市機能の高度化を促進していたが、ニーズの変化が加速する自動車機器分野においてよりスピーディな経営判断を実現することとしている。
同年5月には、テレマティクス通信ユニットに蓄積される走行履歴情報などを自動車メーカーを通じて収集し、ビッグデータとしての活用を目指す企業向けのクラウドサービス「日立テレマティクスデータ加工配信サービス」の提供を開始した。
同サービスは、損害保険ジャパンが同年7月に開始する個人向け自動車保険「ドラログ」に活用するための連携システムに採用されている。
同年9月には、豊田市でバス向け運行最適化支援システムの運用実証を開始したほか、日産と横浜市が10月に開始したカーシェアサービス「チョイモビ ヨコハマ」向けにカーシェアシステムをクラウドで一元管理するITプラットフォームを提供している。
2014年2月には、アマゾンウェブサービス(AWS)と日立クラウドソリューション「Harmonious Cloud」を高速・安定して連携できるネットワークサービス「クラウド間接続サービス for AWS」の提供を開始した。自動車分野に限らず多様な分野に展開可能で、クラウドサービスに注力する同社の姿勢が鮮明になっている。
また、2015年9月には、米ミシガン大学が開設した自動運転車やコネクテッドカーの走行実験プロジェクト「Mcity(エムシティ)」で市街地を想定した走行試験を開始したことを発表している。
【参考】Mcityについては「“住めない街”続々…自動運転テスト向け、仮想の”人”も歩き出す?」も参照。
茨城県内で初の公道実証に着手 技術の社会実装も本格化
2016年2月には、「いばらき近未来技術実証推進事業」の一つとして、日立オートモティブシステムズが初めて公道での自動運転実証試験を行った。
また、同年4月に自動運転システムに対応するOTAソフトウェア更新ソリューション、9月に業界初の走行レーン見失い対処機能を統合し自動運転の安定性を高める自車位置推定技術、自動車制御システムの安全要件を自動検証する技術、10月に自動運転車向けのアプリケーション開発を効率化するリアルタイムデータベース搭載の自動運転ECUプラットフォーム、12月にスマートフォンを用いて車外から自動車の駐車を自動で行うリモートパーキングシステムの開発をそれぞれ発表するなど、開発技術の社会実装を本格化させている印象だ。
同年12月には、低速先導車追従走行(渋滞運転支援)を含む11種類の先進運転機能を自動運転ECUに実装し、北海道のテストコースで実証したことを発表したほか、同年12月から2017年3月にかけ、ステレオカメラをはじめとした複数のセンサーを組み合わせたセンサーフュージョン機能を装備した車両で、自動運転の実現に向け茨城県内の模擬市街路で実証実験を行っている。
2017年6月には、デンソーや日本無線などとともにセンチメートル級の精密衛星測位サービス事業化に向け新会社「グローバル測位サービス」を設立することを発表している。
同年8月には、自動運転用アプリケーションを開発する過程で発生する不具合を短時間で再現する技術を開発し、同技術を搭載した自動運転ECUとソフトウェア開発キットを11月から提供すると発表した。
同年10月には、自動運転レベル3に必須となる技術として、自動運転システムの基幹部品が破損した際に安全にドライバーへ運転を引き継ぐ技術「1 Fail Operational」、2018年1月には、自宅などの駐車場の周辺環境を記憶することで実現する高度な自動駐車技術「Park by Memory」の開発をそれぞれ発表するなど、研究開発を重ねてきた技術の社会実装を本格化させている印象だ。
2019年以降は研究開発力の強化を加速
2019年7月には、日立オートモティブシステムズがスタートアップ企業の支援・育成に取り組んでいる米Plug and Playと協業を開始すると発表した。自動運転やコネクテッドカーなどの分野において、革新的な技術やアイデアを持つスタートアップ企業との関係を強化し、イノベーション創出を加速させている。
同年9月には、大阪市とスマートシティ実現に向けたデータ利活用に関する連携協定を締結したと発表した。また、11月には日本電気などとともにスマートシティのアーキテクチャ構築に関する内閣府SIPの事業を受託したことも発表している。
スマートシティに関しては、早くから千葉県柏市で「柏の葉スマートプロジェクト」に携わっている。分野横断的な技術や知見を持つ日立がスマートシティ事業においてどのような活躍を見せるか要注目だ。
同年10月には、一般道での自動運転実用化に向け、走行環境の潜在的なリスクを予測し疑似的にマップ化して認識することで、予測したリスクを回避できるよう走行制御を行う技術を開発したと発表した。
【参考】リスク予測に基づく走行制御技術については「日立×自動運転、この1年で開発した2つの重要技術の有望性」も参照。
また、2020年3月には、データサイエンティストのトップ人財を結集した「Lumada Data Science Lab」の設立を発表した。深い知見を有するエンジニアやコンサルタントなど約100人を結集し、AI・データアナリティクス分野の研究開発と事業のスパイラルアップのサイクルを構築するとともに、データ利活用の実践の取り組みを通じたデータサイエンティストのトップ人財の育成も行うという。
同年4月には、ドイツの自動車部品向けソフトウェア開発会社seneos(ゼネオス)の買収を発表している。フロントエンジニアリングを強化するとともに、国や地域ごとの商習慣や、最新の共通標準ソフトウェアアーキテクチャーやソフトウェア開発プロセスのフレームワークなどに則り、効率的なソフトウェア開発を行っていく方針だ。
同年5月には、日本電信電話とリコー、東京電力ホールディングスとともに、電動業務用車両の普及を目的とした「電動車活用推進コンソーシアム」の設立も発表している。
内部人材の育成をはじめ、スタートアップとの取り組みも強化しており、技術開発力をいっそう高めていく構えのようだ。
■自動運転に資する4つの技術開発
日立は、安全、快適、環境、時間の4つの機能のバランスを実現する自動運転システムを目指し、事故撲滅をはじめ環境保全や高齢者移動支援、渋滞解消、快適性向上などに対応するクルマづくりに向け新たなソリューションを提供することを事業コンセプトに掲げている。
また、IoTの進展によりコネクテッドカーを基盤としてIT企業やサービス事業者が自動運転やモビリティサービスに参入する中、日立もOT(Operational Technology)/ITの両技術を保有する強みを武器に、長年蓄積したノウハウを生かし2016年6月にIoTプラットフォーム「Lumada」を立ち上げている。
Lumadaでは、AIやセキュリティ、アナリティクスといった基本機能・技術を活用し、クラウドからコネクテッドサービス、自動運転と幅広い事業領域をカバーし、それらを協調させることによって幅広い社会ニーズに対応している。
自動運転実現に向けたポイントとしては、「見て考える」「つながる」「意思疎通」「走る・曲がる・止まる」を要素に、主に以下の技術開発に取り組んでいる。
- ①外界認識するセンサーフュージョンとその膨大なデータを処理するAI技術
- ②情報連携技術(OTA:Over The Air/セキュリティ)
- ③クルマと乗員の意思疎通としてのHMI(Human Machine Interface)技術
- ④AD-ECU(Autonomous Driving – Electronic Control Unit)の経路指示を確実にトレースする車両統合制御技術の開発
①外界認識するセンサーフュージョンとその膨大なデータを処理するAI技術
①では、フロントセンシングの主要センサーとして車載ステレオカメラの開発に注力している。日立グループのクラリオンは、近傍全方位センシングとして車両のフロントグリル・リアバンパー・両サイドミラーなどにカメラを装着したSurroundEye(サラウンドアイ)を市場投入している。また、カメラの補完として夜間や逆光などの影響を受けにくいミリ波レーダーの小型化・低コスト化にも取り組んでおり、各センサーのフュージョン技術開発も進めている。
②情報連携技術(OTA:Over The Air/セキュリティ)
②では、多様な製品分野で培った情報通信技術と自動車システム技術を融合し、コネクテッドカーを実現するプラットフォームとして、ソフトの膨大化に対応するソフトウェア更新技術(OTA)や、外部ネットワークと接続するためのセキュリティ対策としてのゲートウェイ技術、車両側で大量の情報を一次処理するコンピューティング技術を組み合わせたソリューションなど、さまざまなセンターサービスと車載機器を開発している。
③クルマと乗員の意思疎通としてのHMI(Human Machine Interface)技術
③では、クラリオンが車室内の情報機器を統合し、安全、快適、便利な情報提示と操作を実現する統合HMIと、ネットワークを介してクラウドサービスへのアクセスを実現するクラウド接続機能(Smart Access)を開発し提供している。
④AD-ECU(Autonomous Driving – Electronic Control Unit)の経路指示を確実にトレースする車両統合制御技術の開発
④では、自動運転に向けエンジン、ブレーキ、ステアリング、サスペンションの個々のコンポーネントの性能に磨きをかけると同時に、自動運転や先進運転支援システムのコントローラーの経路指示に対し各コンポーネントの制御を統合し、確実な経路トレースと安全性を確保するのに加え、プロドライバー以上の乗り心地を実現する車両統合制御コントローラーの開発を進めている。
自動運転を成立させる技術範囲は非常に多岐に及ぶが、日立グループは保有するさまざまな分野の技術・ビジネスを駆使し、これらの技術を統合することでより高度な自動運転を目指していくこととしている。
■【まとめ】自動運転開発後のスマートシティ化にも注目 総合技術力で存在感高める
サプライヤーとして縁の下の力持ちに徹しながらモビリティ事業を強化し、地道な研究開発を続けて自動車メーカーに先端技術や製品を送り出しているイメージだが、近年は内部の研究開発体制の強化に留まらずスタートアップへの支援や企業買収など外部技術も吸収し、自動車専門サプライヤー顔負けの技術を次々と生み出している。
自動運転における技術開発の主力は自動運転システムにあるが、将来的にはインフラとの協調をはじめ、スマートシティに代表されるようにさまざまなモノが結びついていくことになる。その際、総合的な技術力を有する日立の強みが一気に顕現する可能性が高い。
自動運転開発に終わらず、その先の社会づくりを見据えた同社の取り組みに引き続き注目したい。
【参考】関連記事としては「米GM、80年前に自動運転構想 消えたケーブル敷設案」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)