過去最多となる9人が立候補した自由民主党の総裁選挙。最終的に石破茂氏が乱戦を制し、衆参両院の本会議で第102代の総理大臣に選出された。
臨時国会を経て衆議院を解散する運びで、次の焦点は与野党の攻防に向けられるところだが、自民党の勢力が増減するにしろ石破新内閣が今後のかじ取りをしばらく担うことになる。
金融や経済政策などに対するさまざまな意見が飛び交っているが、その是非は置いておき、当サイトとして気になるのは自動運転施策だ。
石破政権下で自動運転施策はどのように推進されていくのか。その可能性に迫る。
記事の目次
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■新内閣の顔ぶれから見る自動運転施策
デジタル大臣の平将明氏に期待?
石破総裁の自動運転施策は正直なところ不明だ。取り立てて自動運転に言及した場面はほぼ見られない。ただ、2015年に内閣府特命担当大臣を務めていた際、平将明副大臣、小泉進次郎政務官のもとに「近未来技術実証特区検討会」を設置した過去がある。
検討会では、自律飛行や自律走行といった近未来技術に関する実証プロジェクトと実現に向けた規制改革事項などについて検討を行っている。直接的ではないものの自動運転に関連した取り組みを進めており、また、当事者である平将明氏をデジタル大臣に起用する方向で調整している点もプラス材料になるものと思われる。
平氏はAIやイノベーションへの理解が高く、自動運転推進派の一人であることは間違いない。河野太郎氏の「ガンガンいこうぜ」路線と比べれば勢いは落ち着くかもしれないが、「いろいろやろうぜ」路線でバランスよくロードマップを整え、確実に遂行してくれそうな気がする。その手腕に期待したい。
国土交通大臣は公明党の指定席として、斉藤鉄夫氏の起用が濃厚なようだ。経済産業大臣は武藤容治氏が内定しているようだ。安倍内閣下で経済産業副大臣を務めており、自民党の自動運転車・サポカー推進議連発足時(2017年)に名を連ねていた。
規制改革などを担う内閣府特命大臣の人事なども気になるところだが、何はともあれ自動運転技術の実用化・社会実装は政府として既定路線のため、石破政権下で後退することはまずないだろう。
■これまでの自動運転施策の引継ぎ
自動運転技術で地方の活力増強を……
岸田政権下で掲げられた政府目標「自動運転サービスを2025年度目途に50カ所程度、2027年度100カ所以上で実用化」に対し、どのようなアプローチを図っていくのか。高速道路における自動運転トラックの実現をどのように推進していくのか。こうした点も気になるところだ。
石破氏はリスク分散のため首都一極集中の解消を公約に掲げていた。また、内需中心の地域分散型、少量多品種・高付加価値型の経済に移行するため、地方の農林水産業、建設業、観光・サービス業などの潜在力を最大化し、魅力的な地方へ都市部からの300万人移住を実現するとしている。
地方に活力を生み出す施策と絡めて自動運転を推進するのも一つの手で、現在の計画「モビリティ・ロードマップ 2024」に手を加えるのか、そのまま踏襲するのか。地方公共団体の取り組みをどのように支援していくのかなど、注目していきたい。
【参考】国の自動運転施策については「自動運転、日本政府の実現目標は?(2024年最新版) セグメント別解説」も参照。
■防衛施策と自動運転
防衛関連に光が指す?
石破氏と言えば、小泉政権下で防衛庁長官、安倍政権下で防衛大臣を歴任するなど、安全保障や防衛分野に精通した国防族でも知られる。アジア版NATOの提唱や日米地位協定の見直しに言及するなど賛否は必至だが、防衛力強化を推進していくことはほぼ間違いない。
防衛省ではこれまでもUGV(無人地上車両)の研究などが進められてきた。2024年秋には、防衛イノベーション技術研究所(仮称)を新たに設置する計画もある。
防衛面でも技術革新を推進していく方針をより鮮明にしており、石破氏がこの流れをさらに加速させていく可能性は十分考えられる。その際、自動運転技術への注目もいっそう増すものと思われる。
道路交通における民間の自動運転開発は日進月歩で進んでいるが、改めて防衛面への技術転用も進められていくことになるのか、要注目だ。
自動運転技術による無人化は防衛にも必須?
防衛関連ではこれまで、以下のような研究開発事業が進められてきた。
- 無人水中航走体(UUV)や無人水上航走体(USV)に関する「無人航走体構成要素の研究」(2010年度)
- 画像を用いた新しい測位・航法技術「画像ジャイロ応用技術の研究」(2013年度)
- 情報収集や監視、物資輸送などで使用する陸上無人機技術に関する「車両型無人プラットフォーム技術の研究」(2014年度)
- 特殊環境下で狭隘空間に進入しての偵察任務で使用する「遠隔操縦式小型偵察システムの研究」(2015年度)
- 武力攻撃や災害派遣などに使用可能な「多目的自律走行ロボットの研究」(2016年度)
- 長期間の水中航走を可能にする「水中無人航走体長期運用システム技術の研究」(2019年度)
- UUVの多目的化や能力向上を可能とするモジュール化技術を確立する「長期運用型UUV技術の研究」(2022年度)
- 地図や衛星に依存しない自律走行技術の研究も
【参考】軍事・防衛分野と自動運転については「自動運転技術の軍事・防衛・戦争利用」も参照。
UGV関連では、CBRN(化学、生物、放射線、核)に対応した遠隔操縦作業車両システムの環境認識向上技術の研究(2016年~2020年)や、UGV周辺環境認識技術の研究(2020年~2022年)なども進められてきた。
2023年には無人戦闘車両システムの研究にも着手している。無人機同士の協調や有人機と無人機群の協調技術などを磨き、輸送・警護をはじめ偵察・警戒・監視業務などを担うことができる無人機の実現を図っていく方針だ。
2022年12月発表の「防衛力整備計画」では防衛技術基盤の強化を掲げ、先進的な能力実現に向け民生先端技術を幅広く取り込む研究開発や、海外技術を活用するための国際共同研究開発を含む技術協力を追求・実施していくとしている。
▼UGVの研究~これまでの取組みと将来のビジョン~|防衛装備庁陸上装備研究所システム研究部|無人車両・施設器材システム研究室
https://www.mod.go.jp/atla/research/ats2023/pdf_oral_matl/15_1610.pdf
無人化関連では、防衛装備品の無人化・省人化を推進するため、UUV技術の獲得や管制技術の研究、有人車両から複数のUGVをコントロールする運用支援技術や自律走行技術などに関する研究などを進めていくとしている。
こうした無人アセットは、情報収集や警戒監視、物資輸送、攻撃などを想定しているようだ。攻撃に関しては異論も多そうだが、侵略的なものではなく防衛のための攻撃もある。少なからず、警戒監視や物資輸送などの無人化・自動化は防災や社会生活とも共通可能なため、推奨すべきところではないだろうか。
また、自衛隊が想定している無人機の運用環境には、何らかの妨害によりGNSS(衛星測位システム)が使用不可能な場合や、状況変化により既存地図が使用不可能な場合、不整地で運用、障害物が散乱しているケースなどもある。
3次元SLAMや赤外線ステレオカメラとLiDARの両方でSLAMを実行するなど、自動運転技術の応用系が生かされる場面も多いようだ。
「軍事」などを意識せず、民間による研究開発が促進されるような環境構築に期待したいところだ。
新研究機関の動向にも注目
2024 年10月をめどに、新たな研究機関「防衛イノベーション技術研究所(仮称)」を防衛装備庁に創設し、研究開発体制の充実・強化を実行していく計画もある。
米国のDARPA(国防高等研究計画局)やDIU(国防イノベーションユニット)の取り組みを参考としたブレークスルー研究により、変化の早いさまざまな技術を革新的な機能・装備につなげていくという。
革新型ブレークスルー研究のプログラムマネージャーは外部から募集しており、2024年度はロボット開発を手掛けるテムザックの髙本陽一代表取締役議長や、千葉工業大学未来ロボット技術研究センター(fuRo)の古田貴之所長、DARPAでプログラムマネージャーを務めていたCindy Daniell氏ら11人が採用されたようだ。
どのような成果が飛び出すか、要注目だ。
【参考】fuRoのロボット技術については「堀江氏「こいつすげえ!」。4足歩行ロボ、蹴っても立ち上がる 自動運転配送でも活躍!?」も参照。
■防災施策と自動運転
無人化技術は防災面にも貢献
石破氏は「防災省(仮称)」の創設にも言及している。知見や技術の集約・共有化と伝承、平素の訓練、研究・開発、法整備のできる体制を作っていくとしている。
具体策は不明だが、日本はもはや災害列島と言っても過言ではないほど地震や暴風雨による多大な被害が毎年発生している。
避難誘導や現場の状況把握、捜索、救助、物資輸送など多方面で自動運転技術が貢献する分野だ。災害発生直後など、有人での活動が制限される場面では、ドローンと併用する形で無人車両やロボットを導入することで現場の状況を迅速に把握することができる。
避難後は、物資の輸送面で大きく貢献できそうだ。被災後は人的な面でも限界が生じるため、数ある避難所に物資を配送する業務を無人化できれば非常に助かる。無人給水車を運行することなどもできそうだ。
警備ロボットによる巡回や情報アナウンスなどにも期待が寄せられる。自動化された建設機械によるがれきの除去や運搬なども想定される。
これらの分野では、自動運転技術やロボット技術が必須となる。こうした観点からも今以上に研究開発が進むよう、民間の投資を促す施策をお願いしたいところだ。
■民間の自動運転開発と軍事・防衛事業
イノベーションは軍事開発からも生まれる
日本においては、軍事・防衛面へ技術提供することに抵抗感を持つ層が一定数存在するが、歴史的・世界的にはこうした分野から生まれたイノベーションは数多い。今や生活に欠かせないGPSは米国防総省の軍事プロジェクトから生まれたものだ。
例として挙げづらくなったが、軍事大国のイスラエルでは、退役したエンジニアがLiDARやセキュリティ企業を立ち上げることも珍しくない。
米国で先行する自動運転開発も、DARPA(国防高等研究計画局)から派生した面が非常に強い。DARPAは2004年、軍事要件に適用可能な自動運転車技術の開発を目的に、自動運転技術を競うコンテスト「DARPAグランドチャレンジ」を開催した。その後、2005年、2007年にも同様のレースが開催されている。
大会にはカーネギーメロン大学やスタンフォード大学、マサチューセッツ工科大学など米国屈指の有力大学から多くのエンジニアが参加した。
その中には、後にGoogle XやUdacityを創設し、グーグルにおける自動運転開発プロジェクトを主導したセバスチャン・スラン氏をはじめ、Aurora Innovation創業者のクリス・アームソン氏やNuro創業者のデイブ・ファーガソン氏、Argo AI創業者のブライアン・サレスキー氏、Cruise創業者のカイル・フォークト氏らが名を連ねている。
現在の米国における自動運転開発シーンのリーダーの多くがDARPAから生まれたと言っても間違いではない。もともと自動運転技術に関心を持っていたエンジニアもいるだろうが、参加をきっかけに自動運転技術に関心を持ったエンジニアも相当多いものと思われる。
こうした研究開発の促進は有効な策だ。日本でも自動車技術会主催の「自動運転AIチャレンジ」などが開催されており、エンジニアの育成・底上げに貢献しているが、さらに発展させ、高精度3次元地図や衛星測位システムなしの自動運転コンテストや不整地における自動運転走破コンテストなどを開催すれば未来のレベル5技術の実現に繋がっていくのではないだろうか。
石破政権には、防衛や防災の観点を交えつつ、こうした施策に打って出てもらいたいところだ。
【参考】自動運転関連のレースについては「自動運転、「レース」が技術革新の火種に 日本でも大会が定着」も参照。
多方面からの施策で民間開発が促進
このように多方面から自動運転技術の研究開発を促進することで、同技術の開発を進める民間各社に大きなチャンスが生まれる。場合によっては、高次元の国際競争力を持つこともできるだろう。
自動運転技術の実用化はすでに始まっているが、採算ラインに達するにはまだ時間を要する。ティアフォーやTuringなど意欲のあるスタートアップがより多くのチャンスをつかめるよう、さまざまな観点から自動運転関連政策を進めてもらいたいところだ。
自動運転の注目度が高まれば、関連する上場企業も当然恩恵を受ける。例えば、石破氏の防災省構想を受け、株式市場ではすでに防災関連銘柄が注目を集めているように、石破氏が防衛や防災面における自動運転技術の活用を表明すれば、自動運転関連テーマの銘柄にも注目が集まる可能性が高い。
自動運転事業が防衛・防災分野を契機に力を増し、そこからさまざまな産業へイノベーションが広がっていくことも考えられる。
石破政権には、従来の移動・輸送領域における実用化に加え、防衛・防災面など多方面からイノベーションが創出されるような施策を望みたいところだ。
■【まとめ】防衛・防災×自動運転のポテンシャルは高い
道路交通における自動運転施策がどのように推進されるかは何とも言えないところだが、石破氏の特性を踏まえると、防衛や防災分野を絡めた自動運転施策に大きな可能性が眠っているのでは……といった印象だ。
自民党内部がまとまりを欠く中、石破氏がどこまで独自色を発揮できるかは正直不明だが、足元が定まらないようなふわふわした施策は似つかわしくない。
防衛・防災面における自動運転技術の導入は一例だが、「これぞ石破氏」という尖った信念をぜひ実現してもらいたいところだ。
【参考】関連記事としては「自動運転推進派の政治家・議員・知事一覧(2024年最新版)」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)