日本において高級車の代名詞的存在となっているDaimler(ダイムラー)傘下のMercedes-Benz(メルセデス・ベンツ)社。世界最古の自動車メーカーの一つであり、早くから自動車の安全性向上を図ってきた社風は有名であり、今なお受け継がれている。
そんな同社の安全性追求の歴史を振り返りながら、現在の自動運転技術の水準や将来に向けた戦略に迫り、改めて「自動運転と安全」について考える契機になればと思う。
■メルセデスベンツの自動運転戦略
安全技術を代々継承、積み重ねがADASに
ベンツの安全性追求は、1939年、ベラ・バレニーの「自動車の衝突安全性」の研究から始まったとされており、1953年には世界初の衝撃吸収構造ボディを採用した自動車を発表している。1970年にアンチロック・ブレーキングシステム(ABS)のテスト版第1号を発表し、1971年にはエアバッグの特許を出願。1996年にブレーキアシストをEクラス、Sクラス、SLクラス、CLクラスの標準装備に指定している。
2008年には、新しい自動非常ブレーキやアダプティブヘッドライトアシストシステム、車線逸脱防止システム、アテンションアシスト、歩行者保護改善を目指したアクティブボンネットを発表。こういった一つひとつの研究開発が改良を重ねながら継承され、進化を遂げて採用されたのが現代のベンツ社のADAS(先進運転支援システム)をはじめとした安全機能となっている。
自動運転の開発については、約30年に及ぶという。1986年からヨーロッパの「ユーレカ」研究イニシアチブの枠組みの中で、PROMETHEUSプロジェクト(最高の効率性と前例のない安全性を備えた欧州交通のためのプログラム)に取り組んでおり、さまざまな技術やセンサーシステムの研究を今なお続けているという。
■メルセデスベンツの自動運転・ADAS機能
すでに高レベルの自動運転技術を獲得しているベンツ。2016年には、自動運転技術「CityPilot」を搭載した半自動運転バス「Future Bus」の走行試験を、公共交通として成功させている。十数台のカメラが道路とその周辺をスキャンし、長距離レーダーと短距離レーダーのシステムは常に先行するルートを監視する。
都市インフラと協調しながら走行し、障害物や歩行者を認識して自動でブレーキをかけるほか、バス停に近づくと自動でドアを開閉する。運転席に座るドライバーはほぼ何もしておらず、基本的には有事に備えているだけだ。
市販車では、機械的な制御だけでなく車体そのものの衝突被害軽減も含めたADAS機能「インテリジェントドライブ」を確実に進化させ、続々と搭載を進めているようだ。以下、特徴的なシステムをいくつか紹介する。
アクティブディスタンスアシスト・ディストロニック (自動再発進機能付)&アクティブステアリングアシスト/ディスタンスパイロット・ディストロニック&ステアリングパイロット
カメラとレーダーセンサーが前走車を認識し、速度に応じた車間距離を維持するほか、車線やガードレールを認識し、カーブ時などでステアリング操作をアシストする。
アクティブレーンチェンジングアシスト
カメラやレーダーセンサーが周囲を確認し、3秒以内に他車と衝突する危険がないかを検知。安全を確認した後ステアリングをアシストし、自動的に車線を変更する。
トラフィックサインアシスト
ステレオパースカメラが交通標識を読み取り、制限速度の標識を読み取った際は制限速度を超えると警告音でドライバーへ注意喚起する。
ヘッドアップディスプレイ
車速やナビゲーション、ディストロニック・プラスの設定内容など、運転に必要な情報をフロントガラスに情報を投影し、約2メートル前方に浮かんでいるように見えるシステム。
クロスウインドアシスト
時速80キロメートル以上で直線などを走行している際、一定レベル以上の横風を検知すると、必要に応じて車両片側のブレーキ制御を行い、その影響を相殺して車線逸脱を防ぐ。
緊急回避補助システム
車両前方にいる車道横断中の歩行者などとの衝突の危険を検知すると、システムが正確なステアリングトルクを計算し、ステアリングによる回避操作をアシストする。回避後も、走行していた車線をスムーズに走り続けられるように挙動の安定化もサポートする。
PRE-SAFEインパルスサイド
レーダーセンサーにより側面衝突が不可避であることを検知すると、衝突側前席バックレストのサイドサポートに内蔵されたエアチャンバーが瞬時に膨張し、乗員をドアから遠ざけることで衝撃の軽減を図る。
PRE-SAFE
危険回避のため急ハンドルや急ブレーキの操作をした際、事故が起きる可能性をあらかじめ察知し、電動シートベルトテンショナーの作動や着座ポジションの自動調整、サイドウインドウなどの自動クローズなど、安全装備の効果を最大限に発揮する。
ナイトビューアシストプラス
夜間走行時、照明のない路上前方に歩行者や動物が現れると、インストゥルメントパネル中央部の表示をナイトビュー映像に自動的に切り替え、対象物を強調表示することでドライバーに注意を促す。また、検出した歩行者にヘッドライト光を当て、ドライバーと歩行者の両方に注意を促すスポットライト機能も備えている。
Mercedes me connect(メルセデス・ミー・コネクト)
クルマ自身が通信機能を持つことで利便性や安心を提供するコネクテッドサービス。24時間故障通報サービスは、故障の際にボタン一つで故障の内容とともに自動でコールセンターにつながる。24時間緊急通報サービスは、エアバッグが展開するような事故など万一の際に運転者に代わって自動でコールセンターにつながり、消防に連絡するなどのサポートを受けることができる。
また、リモートパーキングアシストは、クルマの外からスマートフォンのアプリで駐車操作が可能で、並列・縦列駐車にも対応している。このほか、スマホで施錠・解錠や確認ができるリモートドアロック&アンロック機能やスマホとカーナビを連動させる機能、駐車位置検索、プラグインハイブリッド車の充電時間設定や確認機能、レストランやホテル予約などのサポートも受けられるコンシェルジュサービスなどが用意されている。
■メルセデスベンツの自動運転・ADAS機能を搭載した車種
フラッグシップモデル「S-Class Sedan」
「アクティブディスタンスアシスト・ディストロニック(自動再発進機能付)&アクティブステアリングアシスト」などの安全機能が29種類搭載されているほか、メルセデス・ミー・コネクトサービスの「リモートパーキングアシスト」も利用可能だ。価格は1116万円(税込)からとなっている。
Eセグメントの中核モデル「E-Class Sedan」
2016年発売の5代目には、「PRE-SAFEインパルスサイド」など29種類の安全機能が搭載されている。Sクラスセダン同様、メルセデス・ミー・コネクトサービスの「リモートパーキングアシスト」も利用可能だ。価格は701万円(税込)からとなっている。
お手頃価格のコンパクトハッチバック型「A-Class Sedan A」
2018年に発売されたばかりの4代目には、「アクティブレーンチェンジングアシスト」や「パーキングパイロット(縦列・並列駐車)」など30種類の安全機能が搭載されている。ベンツの中では手に入れやすい普及モデルだが、安全性能に抜かりはないようだ。価格は322万円(税込)からとなっている。
コアなファンが多いSUV「G-Class」
1990年にW463型を発売して以来、実に約30年ぶりとなるフルモデルチェンジ並の大幅な改良を2018年に行ったGクラス。従来型(旧型)もマイナーチェンジなどで安全性能は高められており、13種類の機能を搭載。一方、新型は14種類にとどまっており、クルマの特性から基本的な安全機能に抑えているのだろうか。価格は1562万円(税込)からとなっている。
■最近の関連ニュース
中国自動車メーカー吉利汽車がダイムラー筆頭株主に
中国の浙江吉利(ジーリー)控股集団傘下の自動車メーカー・吉利(ジーリー)汽車が2018年2月、ダイムラーの発行株式の9.69%を取得したと発表した。ダイムラーの筆頭株主となった同社は、2010年にも米フォードからスウェーデンのボルボを買収しており、世界戦略を加速化している。また、10月には配車サービス提供に向け両社が合弁会社設立交渉に入ったことも報じられている。
一方で、ダイムラーは中国において北京汽車(BAIC)と合弁会社「北京ベンツ」を設立しており、ベンツ車を現地生産している。2018年2月には新工場の建設案などベンツ車の現地生産を拡大する意向を発表しており、今後の動向に注目が集まっている。
【参考】吉利とダイムラーについては「中国・吉利と独ダイムラー、配車サービス提供へ合弁会社設立へ」も参照。
自動運転コンセプトカー「Vision Urbanetic」発表
2018年9月に発表した自動運転コンセプトカー「Vision Urbanetic」は、貨物モジュールと乗客用モジュールの2種のボディを載せかえることで異なる用途に対応できる斬新なモデル。1台の車両で人や物の輸送に柔軟に対応することで、都市空間を効率的に利用できる。
完全自動運転車のため、ステアリングホイールやペダルなどは搭載されておらず、車両の前面に装備された大型ディスプレイにより、歩行者など他の道路利用者に対してメッセージを表示することもできる。
【参考】「Vision Urbanetic」については「独メルセデス・ベンツ、新コンセプト「Vision Urbanetic」の自動運転EVカー 「貨物用」「乗客用」切り替え可能」も参照。
ドバイ政府がベンツ車で国営自動運転タクシーサービス開始か
ドバイ交通局(RTA)の幹部が2018年10月、国営の自動運転タクシーを年内にもドバイ市内でサービス開始させることを語っていたことが明らかになった。車両には4人乗りのベンツを使用する見込みという。
また、都市ディベロッパーの森ビルが2018年8月に発表したオンデマンド型シャトルサービス「HillsVia」の実証実験においても、ベンツの日本法人が最新の車両を提供するなど協力している。
自動運転タクシー分野では、機能面だけでなく乗り心地も含めベンツ車の評価や人気は高そうだ。
【参考】ドバイの自動運転タクシー構想については「ドバイ政府「年内に国営自動運転タクシー」 最高時速32キロ、LiDARやカメラ搭載」も参照。森ビルの実証実験については「六本木ヒルズに初のライドシェア 森ビル社員が相乗り通勤などで実証実験 米Via社のサービス活用」も参照。
■安全性こそが全ての原点
ベンツは「走る」「曲がる」「止まる」という3つの普遍的な機能の進化・熟成を重視しており、これら3つの要素は最終的に安全性に帰結するという。安全性こそが全ての原点であり、究極のゴールという姿勢だ。
この究極のゴールが完全自動運転なのかどうかはわからないが、安全性を高める過程で結果として一歩ずつ近づいているのは事実であり、自動運転コンセプトカーもいろいろと発表している。
完全自動運転を不安視する向きは依然として根強いが、その際にはぜひベンツの取り組み・考え方を一考してもらいたい。
【参考】関連記事としては「自動運転車とは? 定義や仕組み、必要な技術やセンサーをゼロからまとめて解説|自動運転ラボ」も参照。