自動車からドライバーという存在を排除し、自律走行を可能にする自動運転。車内空間の設計は自由度を増し、無人の移動販売や宅配などさまざまなサービスへの活用が見込まれている。新型コロナウイルスの感染拡大で無人ソリューションへの注目度も高まり、こうした動きに対する期待度は高い。
自動運転車における自由な設計は、車内空間に留まらない。自動車の設計そのものの自由度が増すことから、上下分離を可能とする車体の開発も進められているようだ。
クルマを「上半身」と「下半身」に分離するアイデアは、自動運転にどのような将来をもたらすのか。上下分離方式の自動運転車の可能性に迫ってみよう。
記事の目次
■自動運転車の設計
設計の自由度増す自動運転車
自動運転車を構成するモジュールは、AIをはじめとする数々のソフトウェア群で車両を制御するコンピュータと、LiDAR(ライダー)やカメラなどで構成され周囲の状況を把握するセンサー群、路車間通信(V2I)や車車間通信(V2V)、遠隔型通信を可能にする通信機器、バッテリー機器などに大まかに分類できる。
EV化により内燃機関が不要になり、手動運転向けのステアリングやペダルをはじめ運転席も不要となる自動運転車は、思いのほかシンプルに組み上げることが可能なのだ。
もちろん、各機器そのもののシステムは高度化され、より密接に連携して機能することが求められる。また、実用化初期においては、検知精度を高めるためセンサー類の設置場所の自由度も低くなりがちだ。
しかし、技術の発展に伴って高性能化と小型化が図られ、次第に冗長性を持ったシステムの構築が可能になるものと思われる。将来的には設計の自由度が大幅に増し、既成概念化している「自動車」のデザインや仕組みが一新される可能性も高い。
ボディ(上半身)とシャーシ(下半身)に分離する設計も可能に
こうした自動運転システムを構成する各機器を、足回りを中心としたシャーシ部分、いわば「下半身」に納めることができれば、自動運転車の汎用性を飛躍的に高めることが可能になる。
下半身に主たるシステムを搭載することで、上半身となるボディ部分の自由度がいっそう高まり、強度など一定の安全性を確保する限りにおいて、さまざまな車内空間を演出することができる。
この自由度を応用し、ボディ部分を着脱可能なモジュールとして捉えることで、単一の自動運転プラットフォームをさまざまな用途に活用することも可能になる。
自動運転システムを搭載したシャーシ部分を自動運転プラットフォームとし、その上に乗せ換え可能なさまざまなタイプのボディを用意する仕組みだ。シャーシ部分に動力源を備え、上からボディを被せるだけのラジコンやミニ四駆のようなイメージで、シャーシの規格に適合したボディであれば、好みに応じて乗せ換えることが可能になるのだ。
用途に応じたボディを乗せ換えることも
乗用車としてエクステリアの変化を楽しむほか、デスクやモニターなどを備えた仕事向けや、ベッドを備えた休息用、大きめのテーブルを備えた団らん用など、用途に応じたボディを乗せ換えることもできる。
移動サービス用の自動運転車であれば、会議仕様やホテル仕様、移動販売仕様、宅配仕様、無人移動図書館、診療仕様など、利用の可能性はさらに広がるだろう。需要に応じてボディを乗せ換えるだけで、さまざまなサービスを提供することが可能になり、例えば平日は宅配や会議仕様として活用し、週末は観光地向けの移動販売やホテル仕様などに活用する――といった使い方ができるのだ。
震災や台風などで大きな被害が出た際は、避難施設や診療用途としても利用できる。現在世界で猛威を振るっている新型コロナウイルスなどに対しても、人と人との接触を減らす宅配ロボットとしての活用や、個別対応が可能な軽症者向けの診療施設として活用するなど、柔軟な使い方ができそうだ。
■上下分離可能な自動運転コンセプトモデル
高コストな自動運転車の開発・製造において、単一規格の自動運転シャーシをさまざまなモビリティサービスに活用できるメリットは思いのほか大きく、こうしたシャーシタイプの自動運転プラットフォームに乗せ換え可能なボディを組み合わせるアイデアは、すでにコンセプトモデルとして提案されている。
ダイムラー「Vision URBANETI」
独ダイムラーがCES 2019で披露したコンセプトモデル「Vision URBANETI」は、切り替え可能なボディを備えた自動運転プラットフォームによって、人の移動とモノの輸送の分離を排除し、両立することを可能にしている。
インテリジェントな自己学習型ITインフラストラクチャに組み込まれたモビリティコンセプトとして、シャーシ部分に自動運転システムやバッテリーなどを搭載し、オペレーターによる車両管理システムによって効率的な移動や輸送を可能にするという。
人の移動向けのモジュールは丸みを帯びたミニバンのようなデザインで、車内には最大12人が乗車可能なスペースを有する。一方、バスのような長方形型をした貨物用モジュールは、総車両長5.14メートルのうち、3.7メートルもの積載スペースを備えているようだ。
フォルクスワーゲン「Volkswagen POD」
独フォルクスワーゲンは2019年4月にドイツ・ハノーバーで開催された産業見本市で、オーナーが車内のインテリアを自由に設計できるモジュラーコンセプト「Volkswagen POD」を発表した。
同社がEVプラットフォームとして発表したモジュール式のEVマトリックス(MEB)をベースに自動運転機能を搭載したコンセプトモデルで、シャーシ部分にEV要素をはじめ自動運転機能も盛り込むことでボディ部分の設計の自由度を確保し、MaaS(Mobility as a Service)車両としてさまざまなビジネスモデルに活用できるとしている。
見本市では、リテール(小売)POD、バリスタバーPOD、エネルギーPOD、ヘルスケアPODの4種類を提案した。リテールPODは移動販売車を想定したモデルで、見本市では移動中に体のサイズをスキャンし、新しいスーツやサマードレスを注文できるシステムを紹介した。
バリスタバーPODは、8つの座席と高速インターネットを完備したエスプレッソバーで、スウェーデンの「フィカ」スタイルを取り入れたモバイルカフェをイメージしているという。エネルギーPODは、充電インフラを補完する移動式の充電ステーションで、コンサートなどの大規模なイベントで使用可能なほか、EVマイカーを充電するため個人がエネルギーPODを呼び出して使用することなども想定している。
ヘルスケアPODは、患者向けの診断用椅子と診断用モニターなどが備えられており、医師がオンラインで遠隔医療を行うという。新型コロナウイルスなど、感染症対策でこうしたシステムがあると重宝しそうだ。
Rinspeed「SNAP」
スイスのコンセプトカービルダー・Rinspeed(リンスピード)もCES 2018でボディ交換が可能なコンセプトモデル「SNAP」を披露している。
技術の進展が著しい自動運転車には寿命が短いITコンポーネントが多いため、こうしたハードウェアとソフトウェアをハイウェアシャーシ「スケートボード」に搭載し、ボディ部分の耐久性の高いパッセンジャーセーフティセル「ポッド」から分離可能にすることで、自動車コンポーネントのさまざまなライフサイクルに柔軟かつ効率的に対応できるようにしたという。
翌年のCES 2019ではサイズを一回り小さくした「microSNAP」、CES2020では「MetroSnap」とコンセプトを進化させているようで、移動販売型のボディをシャーシから外して地面に置き、自動販売機のように活用するアイデアなども発表されている。
■トヨタのe-Palleteにも注目
上下を分離可能かまでは現在のところ分からないが、自動運転技術を搭載したトヨタの次世代電気自動車(EV)「e-Palette」(イーパレット)にも注目だ。2018年1月にCESでe-Paletteを発表した際、ライドシェア仕様やホテル仕様、リテールショップ仕様といった設備を搭載することが可能になることに触れられている。
上下分離可能な他社の自動運転コンセプトモデルと同様、車両の「上半身」でさまざまなビジネスの展開をすることを想定して開発されているもので、今後どのような展開をみせていくのか注目が集まっている。
【参考】詳しくは「【最新版】トヨタのe-Palette(イーパレット)とは? MaaS向けの多目的EV自動運転車」も参照。
■【まとめ】開発生産効率高い上下分離式が将来のスタンダードに?
上下分離方式は、トレーラーの乗用型・進化型と捉えるとイメージしやすいのかもしれない。トラクター・牽引車に自動運転システムを搭載し、分離できる荷台や客車などのトレーラー部分をボディとみなせば、自律走行が可能なシャーシ部分とボディを切り離し、さまざまなボディを乗せ換えることであらゆるビジネスに活用していくことは想像に難くないはずだ。
こうしたアイデアは、空飛ぶクルマのコンセプトにも登場している。ボディ部分をシャーシに載せて陸送したり、ドローンと連結して空を飛んだりするのだ。
自動運転車の実用化が始まったばかりの現在は、乗用車タイプやバスタイプなどシャーシとボディが一体化したモビリティが主流となっているが、技術がある程度熟成した段階で開発・生産効率が高い上下分離方式が社会実装され、自動運転を活用した多様なサービス展開に拍車をかけていく可能性は極めて高い。
今後、自動運転シャーシの開発に特化したスタートアップやボディ開発を手掛ける企業などの登場にも期待したい。
【参考】関連記事としては「自動運転社会の到来で激変する9つの業界」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)