昆虫などの視覚器官にヒントを得た複眼光学系が、将来自動運転などの分野で活躍するかもしれない。産業技術総合研究所センシングシステム研究センターの研究チームは2024年11月、熱に弱い生体素材からも単純な工程でナノ構造体を成型する金型の作製技術を開発したと発表した。
同技術により、例えばトンボの複眼を模した成型品を容易に得ることが可能になるという。この複眼再現技術によって、光学特性の最適化や複眼撮像の画像処理といった研究が加速することに期待が寄せられる。将来、トンボの360度視野を生かした新たなセンサーが誕生し、自動運転などで活躍するかもしれない。
産総研のプレスリリースでは「トンボの360°視野をそのままの大きさで再現し、ドローンや自動運転での事故防止に寄与するような技術を目指します」と触れられている。
産総研の事例とともに、バイオミメティクス(生物模倣)の可能性に触れていこう。
▼産総研:トンボの複眼から金型を作製
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241107/pr20241107.html
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■産総研センシングシステム研究センターの取り組み
単純な工程でナノ構造体を金型成型する技術を開発
産総研のセンシングシステム研究センターは、熱に弱い生体素材からも単純な工程でナノ構造体を金型成型する技術を開発した。
ナノ構造体は、1ミリの100万分の1スケールの原子や分子レベルの微細な構造体で、その特異な形状と物質の性質により、光や電気、熱などの物理的現象を制御することができるという。
ナノ構造には、例えば超撥水性や接着性といった機能があり、これらの機能を工業製品に付与することができれば製品に新たな機能を追加するうえで有益となる。
このナノ構造体の作製にあたっては、フェムト秒レーザーによる超微細加工が発展し単純な構造であれば大面積の加工ができるようになったが、工業生産による製品化には低コスト・短時間で金型化する技術が求められており、また、金型作製時に熱によるダメージが発生するため、熱耐性が重要視されるなど素材の制限が大きな壁として存在しているという。
熱に弱い材料でも金属薄膜を成膜可能に
産総研は、これまで金属成膜に一般的に利用されるマグネトロンスパッタのプラズマ制御技術を開発してきた。従来の手法では原型を加熱してしまう問題があったが、産総研が開発した制御技術は、磁力線を用いて加速電子を封じ込めることができ、温度上昇の原因となる加速された電子を原型に当てないことで熱ダメージを最小限に抑え、熱に弱い材料でも金属薄膜を成膜することができるという。
産総研は、この技術を活用し、さらに金型となる金属薄膜を厚膜化する技術の開発に取り組んだ。
研究題材としてトンボの複眼に着目
研究題材として、トンボの複眼に着目したようだ。トンボの複眼は立体構造を持ち、数十マイクロメートルのレンズ構造とさらにその表面にナノスケールの不規則構造が存在する。
このトンボの複眼を熱に弱いナノ構造原型として用い、低温成膜によってトンボ複眼表面に形成された金属薄膜を、ニッケル浴を用いた電解めっきで微小構造を保存したまま厚い金属膜にした。
作製した金型を用いてエポキシ樹脂を流し込み180℃で硬化し成型すると、多数の個眼を表面に配置した成型品が得られ、それぞれの個眼がレンズとしての機能を有することを確認できた。
トンボ複眼のレンズには、ナノスケールの不規則構造から生じる防曇機能があり、作製したナノ構造金型を用いて成型したレンズにおいても防曇機能が再現できることを実証した。これは、生体組織の複雑・不規則なナノ構造を2万個以上のレンズ表面に1プロセスで付与することに成功した世界初の例という。
この技術により、ナノ構造の金型を作製する際、安価で微細加工が容易な低融点の樹脂などを原型の素材に使用することが可能となる。
作製が容易になることで研究が進展
研究では、微小な構造を原型とした際の再現性と金型材料の選択肢の広さによる加工コストの低減可能性を示すことができた。今後は、加工難易度の低い低融点の樹脂に機能性を示すナノ構造を形成・金型作製し、機能性ナノ構造体の量産化を実証する。
また、トンボの複眼再現に関しては、レンズを金型で繰り返し作製できるため、光学特性の最適化や複眼撮像の画像処理といった実用化に向けた研究が加速することに期待されるとし、トンボの360度視野をそのままの大きさで再現し、ドローンや自動運転での事故防止に寄与するような技術を目指すとしている。
カメラ領域へのイノベーションに期待
理解が及びにくい技術領域だが、生産性の観点を踏まえたナノ構造体の成形は非常に難しいところ、今回の研究により、安価で微細加工が容易な低融点の樹脂などを素材に使用する道が拓けた――ということだ。
また、実証に採用したトンボの複眼に関しては、作製した各個眼がレンズとしての機能を有すること、そしてトンボ複眼レンズの特徴である防曇機能を再現・確認できた。
こうした機能性ナノ構造体の量産化が可能になれば、光学特性の最適化や複眼撮像の画像処理といった分野の研究がいっそう進み、自動運転などに寄与する新たなセンサーが誕生するかもしれない――といった感じだ。
自動運転の車載センサーは、カメラやLiDAR、ミリ波センサーなどさまざまなセンサーで構成されているが、人間の目に近いカメラはやはり主役となる。今回の研究が、カメラのポテンシャルを引き上げる技術に繋がっていくことに期待したい。
■バイオミメティクス(生物模倣)開発の動向
バイオミメティクスはナノ領域まで進展
テクノロジー云々以前から人間は生物の特徴をよく観察し、生活に取り入れてきた。バイオミメティクスという概念は、神経物理学者のOtto Schmitt博士が1950年代に提唱したという。
衣類などに張り付いて分布域を広げる植物の種子「ひっつき虫」の原理を利用した面ファスナーなども代表例に挙げられる。科学の進展とともにその応用領域を拡大し、産総研の取り組みのようなナノ領域まで研究が進められているようだ。
以下、複眼関連やモビリティ関連のトピックを紹介する。
産総研は蛾の目由来の構造体研究も
類似した事例としては、「モスアイ=蛾の目」に由来するモスアイ構造の精密化を促す研究も行っている。産総研は2020年、東亜電気工業とともにモスアイ構造体を越える世界最高レベルの低反射特性と防曇効果を併せ持つナノ構造体を開発したと発表した。
モスアイ構造体は、広波長帯域・広入射角範囲の反射防止光学部材を実現する新しい反射防止技術として注目されており、その用途は、複雑形状のレンズや液晶パネル、自動車のメーターパネルなど幅広く、反射防止コートの高機能化に貢献するという。
詳細は省くが、広い入射角範囲で世界最高レベルの低反射特性(入射角60度での反射率をモスアイフィルムに比べ7分の1まで低減)が実現できたという。
さらに、従来難しかった無機親水膜の超親水状態を長期間に渡って維持でき、防曇機能が発現できることもわかった。これらの特性から、高い視認性と防曇性が要求される大面積曲面車載パネルへの適用や、曲率半径の小さい超広角レンズへの適用などIoT技術への貢献が期待できるとしている。
▼産総研:世界最高レベルの広角の低反射性と防曇性を兼ね備えた光学部材を開発
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2020/pr20201124/pr20201124.html
大阪大学は複眼カメラ「TOMBO」を開発
大阪大学の谷田純研究室は、昆虫の複眼に着想を得た複眼カメラ「TOMBO(Thin observation module by bound optics)」を開発している。
神経性重複像眼を模倣した装置で、小さなレンズを並べ画像を撮影するカメラだ。各個眼の画質は粗いが、並べられた小さなレンズの距離や画質の差などの計測結果を元に広い範囲をきれいな画質として再現することを可能にしている。
多数のアレイ状に配列されたレンズ(レンズアレイ)を採用することで撮像部を薄型化することができ、各レンズが小口径・短焦点のため深い被写界深度の画像を得ることができる。曲面上にレンズを配置することで広角な視野を実現し、三次元物体計測を行うことができるという。
▼Thin observation module by bound optics (TOMBO): concept and experimental verification
https://opg.optica.org/viewmedia.cfm?r=1&rwjcode=ao&uri=ao-40-11-1806&html=true
上海科技大学はバイオミメティック並置複眼を開発
上海科技大学の研究室は、3D印刷とマイクロ流体支援成形を組み合わせた独自の製造方法により、半球の表面全体に全方向に522個のマイクロレンズをパターン化するバイオミメティック並置複眼(BAC-eye)を開発したと発表している。
従来の人工複眼の多くは微細加工技術に依存しており、3D人工複眼から生成された画像は一般的な平面画像センサー技術と一致しないという。
しかし、BAC-eyeはあらゆる平面画像センサーに直接取り付けることができ、フルカラーの広視野角イメージングが可能になる。事実上、自然の複眼を正確に再現したものになるという。
自然複眼のパノラマ画像撮影機能を忠実に模倣した3D BAC-eyeは、複雑なアルゴリズムを必要とせず点光源の正確な3D位置追跡も可能という。3次元で物体の位置を追跡することができる――ということは、自動運転分野にも応用可能な技術なのかもしれない。
イリノイ大学も複眼カメラを開発
米イリノイ大学の研究チームも、昆虫の複眼から着想を得て半球に小さなレンズを多数並べて撮影できるセンサーの開発について発表している。多数のレンズ群により深い被写界深度を実現し、広角でほぼすべての物体にピントの合った撮影を行うことができる。直径1.5センチほどのカメラに180個の微小レンズが配置されているという。
エアバスは可変式の高性能翼を開発
エアバスは2023年、技術革新を目指すAirbus UpNextの取り組みとしてバイオミメティクスを活用した航空機の初飛行を実施した。
詳細は不明だが、飛行中に形状を変えることで空力効率を最大化する高性能翼を搭載しているという。
ブリヂストンのスタッドレスタイヤもヤモリとシロクマから着想
ブリヂストンのスタッドレスタイヤ「BLIZZAK(ブリザック)」は、ヤモリとシロクマから着想を得ているという。
垂直なガラス面でも登ることができるヤモリの手の構造や、氷の上でも滑らないシロクマの手の構造などを研究し、スタッドレスタイヤを開発したという。
MAHLEはフクロウの羽からノイズ低減技術を開発
ドイツのサプライヤーMAHLEは2024年、フクロウの翼から着想したバイオニックファンブレードを発表した。フクロウの羽毛にはノイズを低減する効果があり、この技術を応用することで従来のファンノイズを半分以上低減できるという。
トヨタ紡織は砂漠の昆虫から温度上昇を抑制する表皮を開発
トヨタ紡織はジャパンモビリティショー2023で、砂漠の昆虫から着想を得たバイオミメティクス遮熱表皮を発表している。
炎天下の砂漠に生息する昆虫は、体を覆う体毛が太陽光スペクトルの反射率を変化させて過剰な熱を放出する機能があるという。この構造を模倣し、微細な毛羽を持つファブリックを内装品に用いることで、温度上昇を抑制することが可能という。
■【まとめ】トンボの眼は自動運転向き?
さまざまな分野・領域でバイオミメティクスが役立てられていることが分かった。産総研などが取り組む昆虫特有の複眼は、カメラ・レンズにイノベーションをもたらし得る構造を有する。魚眼レンズをはじめとする単眼は、その用途によっては複眼に取って代わられる可能性もありそうだ。
被写界深度の深い視野を360度求められる自動運転も、複眼が有する特徴を生かしやすい領域だ。今後、さらなる研究とともに商品化を見据えた動きが出てくるのか、要注目だ。
【参考】関連記事としては「自動運転とは?分かりやすく言うと?業界をリードする企業は?(2024年最新版)」も参照。