トヨタグループにおいて最先端の研究開発を担うウーブン・バイ・トヨタの最新決算が、債務超過に陥っている。先日公告された第3期決算(2023年3月31日現在)によると、約60億円の債務超過となっている。TRI-AD時代を通じて初の債務超過決算だ。
最先端技術の開発を手掛ける同社の経営状況はどのようになっているのか。Woven Cityの運営は大丈夫なのだろうか。
過去の決算から最新決算までを網羅しつつ、同社の存在に迫っていく。
記事の目次
■ウーブン・バイ・トヨタの決算
TRI-ADが前身
TRI-AD(トヨタ・リサーチ・インスティテュート・アドバンスト・デベロップメント)時代までさかのぼり、ウーブンの過去の決算を見ていこう。
ウーブンの前身となるTRI-ADは、自動運転技術をはじめとした先行開発分野における技術開発促進に向け、2018年3月に設立された国内開発拠点だ。ショーファーやガーディアンといった自動運転技術や、高精度3次元地図を自動生成する技術AMPなど多岐に渡る開発を進めてきた。
その後、事業のさらなる拡大・発展に向け2021年1月に新体制「ウーブン・プラネット・ホールディングス」に移行した。同社は、2023年4月に社名を「ウーブン・バイ・トヨタ」に変更し、今に至る。
【参考】ちなみに「債務超過」とはどのような状況を指すかだが、貸借対照表の「資産の部」の合計額から、「負債の部」の合計額を引いた金額がマイナスであれば、債務超過ということになる。以下このことを念頭に記事を読んでいってほしい。
TRI-ADの第1期決算(2018年3月31日現在)は、資産の部が流動資産5,000万円、負債の部が流動負債1,956万円となっている。設立間もない時点での数字だ。
第2期(2019年3月31日現在)は、資産の部が流動資産90億3,568万円、固定資産70億4,206万円の計160億7,774万円、負債の部が流動負債154億9,642万円、固定負債1億9,130万円の計156億8,772万円と数字を大きく伸ばしている。
第3期(2020年3月31日現在)は、資産の部が流動資産21億7,470万円、固定資産128億9,806万円の計150億7,276万円、負債の部が流動負債127億2,075万円、固定負債3億3,039万円の計130億5,114万円となっている。
この3期はいずれも債務超過とはなっていない。
【参考】TRI-ADの決算については「トヨタ自動運転会社TRI-AD、第3期純利益は4.5倍超の16.3億円 2020年3月期決算」も参照。
2020年度に新体制に移行
ウーブン・プラネット・ホールディングスの第1期(2021年3月31日現在)は、資産の部が流動資産201億5,332万円、固定資産184億7,043万円の計386億2,375万円、負債の部が流動負債32億7,159万円、固定負債1億5,595万円の計34億2,754万円と大きな資産超過となっている。株主資本は351億9,621万円だ。
売上高34億2,002万円、売上総利益14億8,767万円を計上している。経常損失6億7,728万円、当期純損失6億7,879万円の状況だ。
第2期(2022年3月31日現在)決算は、資産の部が流動資産673億7,100万円、固定資産1,355億4,200万円の計2,029億1,300万円、負債の部が流動負債644億7,100万円、固定負債601億1,200万円の計1,245億8,300万円となっている。株主資本は783億3,000万円だ。
売上高227億9,100万円、経常利益51億7,500万円、当期純利益29億3,300万円と数字を大きく伸ばし、利益を確保している。
TRI-AD時代から引き続き、この2期もいずれも債務超過とはなっていない。
ちなみに、ウーブン・プラネット・ホールディングス傘下のウーブン・アルファとウーブン・コアの数字も記しておく。ウーブン・アルファの第2期決算(2022年3月31日現在)は、資産計80億9,500万円に対し負債計273億9,500万円で、株主資本はマイナス193億円となっている。同様に、ウーブン・コアは資産223億3,377万円、負債179億3,312万円で、株主資本は44億65万円となっている。
【参考】ウーブン・プラネット・ホールディングスの決算については「トヨタ子会社ウーブンプラネットHD、第2期で既に黒字!」も参照。
名称変更直前の決算で債務超過に
そして最新の第3期(2023年3月31日現在)決算だ。資産の部が流動資産635億5,500万円、固定資産1,044億9,100万円で計1,680億4,700万円、負債の部が流動負債1,152億2,300万円、固定負債589億1,700万円の計1,741億4,000万円となっている。
資産の部の1,680億4,700万円から負債の部の1,741億4,000万円を差し引くと、60億9,300万円の債務超過になっていることが分かる。
資本金5,000万円、資本剰余金978億1,400万円、利益剰余金マイナス1,039億5,800万円で、株主資本はマイナス60億9,400万円だ。売上高は240億5,700万円、経常損失30億9,500万円、当期純損失1,062億1,300万円となっている。
なお、ホールディングス傘下のウーブン・アルファとウーブン・コアの最新決算は2023年7月5日時点で公告されていないため、社名変更とともに事業も統合した可能性がある。
■ウーブン・バイ・トヨタの最新決算詳細
貸借対照表の要旨(単位:百万円)
▼資産の部
流動資産 63,555
固定資産 104,491
資産合計 168,047
▼負債及び純資産の部
流動負債 115,223
(うち賞与引当金 2,091)
固定負債 58,917
(うち退職給付引当金 130)
株主資本 △6,094
・資本金 50
・資本剰余金 97,814
・・その他資本剰余金 97,814
・利益剰余金 △103,958
・・その他利益剰余金 △103,958
負債・純資産合計 168,047
損益計算書の要旨(単位:百万円)
売上高 24,057
売上原価 16,905
売上総利益 7,152
販売費及び一般管理費 9,672
営業損失 2,519
営業外収益 1,850
営業外費用 2,426
経常損失 3,095
特別損失 101,599
税引前当期純損失 104,695
法人税等 49
法人税等調整額 1,469
当期純損失 106,213
■Woven Cityに黄色信号?
後段で触れるが、同社は自動運転技術をはじめとした先端技術の開発や、Woven Cityの運営などを担っている。Woven Cityは2024年に第1期工事を完了し、2025年にも一部実証を開始する予定だが、貸借対照表を見る限り、その運営に黄色信号が灯っている──と見ることもできるのではないだろうか。
債務超過は、保有財産を処分しても債務を完済できない状態だ。親会社のトヨタの意向次第であるとは言え、リスキーな経営状況となっていることに間違いはない。
【参考】Woven Cityについては「トヨタWoven Cityを知るための「4つの数字」」も参照。
トヨタWoven Cityを知るための「4つの数字」 https://t.co/VCKGpnqm7N @jidountenlab #トヨタ #WovenCity
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) June 17, 2023
■ウーブン・バイ・トヨタの役割
債務超過の原因は特別損失にあり
債務超過となっているウーブン・バイ・トヨタだが、日経新聞によると、グループ会社における債務超過の拡大に伴う出資額減損や貸倒引当金の増加により、1,015億円の特別損失を計上したことが理由という。
詳細は不明だが、損益計算書を見ると確かに「特別損失 1,015億9,900万円」が計上されている。これが大きく影響し、当期純損失が1,062億1,300万円となっているようだ。つまり、明確かつ一過性の原因があるのだ。
研究開発に赤字は付きもの
そもそも、ウーブン・バイ・トヨタはトヨタグループにおいて最先端の研究開発を担う部門に位置付けられている。赤字を厭わない運営体であり、未来に向けた先行投資を行っているのだ。たとえ本業で大赤字となっていても、それは基本的に想定されたものだ。
本家本丸のトヨタ自動車は、研究開発費として毎年度1兆円超を計上している。2023年3月期は1兆2,416億円を計上し、2024年3月期は1兆2,400億円を予定している。こうした研究開発費が短期的な見返りを求めない投資であることは、言うまでもないことだ。
母体となるトヨタの経営が健全である限り、現時点でウーブン・バイ・トヨタが純粋な黒字化を求められることはそうそうなく、必要に応じた研究開発費・資本を投入されるのが一般的と言える。
Arene開発とWoven Cityに注力
ウーブン・バイ・トヨタが現在特に注力しているのは、恐らくソフトウェアプラットフォーム「Arene(アリーン)」の開発とWoven Cityだ。
Areneは、モビリティソフトウェアの開発と活用を向上させるソフトウェアの開発プラットフォームとしてクルマの知能化を加速させる核となる存在で、車載OSとしても次世代BEVを皮切りに搭載されていく予定だ。
ソフトウェア更新を見据えて設計されたクルマに対し、ハイレベルなアーキテクチャとインターフェース、車載OS、開発・テスト用のツールを提供していく。
同社によると、パソコンやスマートフォンにおけるWindowsやiOSのように、プログラミング可能なモビリティの新時代を切り拓く画期的な存在になる可能性を秘めているという。ソフトウェア・ディファインド・ビークルがスタンダードとなるこれからの時代、Areneのような存在の重要性は大きく増していくのだ。
一方、Woven Cityは第1期工事の竣工を2024年夏に予定しており、2025年中に一部実証を開始する計画だ。ENEOSなどがすでに実証パートナーとして名乗りを上げており、モビリティと関連したさまざまな取り組みを展開していく予定だ。
自動運転車の実証も大きく加速していくものと思われる。改正道路交通法のもと、自動運転車は許可制で公道走行が可能となったが、私有地であるWoven City内であればさらに踏み込んだ実証を行うことができる。無人で安全に走行するだけでなく、ヒトの移動やモノの輸送、小売といった「自動運転×X」の取り組みの進展に大きな期待が寄せられる。
【参考】Areneについては「トヨタ、次世代車載OS「アリーン」を2025年実用化へ」も参照。
トヨタ、次世代車載OS「アリーン」を2025年実用化へ https://t.co/bCY0pt3bjw @jidountenlab #トヨタ #OS
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) April 14, 2023
■【まとめ】2025年に事業が本格化 具体的戦略に注目
親会社のトヨタが健在である限り、現時点でウーブン・バイ・トヨタの経営状況に過剰反応する必要はなさそうだ。その一方で、自動運転・ADAS技術や地図関連技術などビジネス性を有するソリューションもしっかりと育てており、こうしたサービスがどのように収益に結びついていくかも気になるところだ。
AreneとWoven Cityはともに2025年に実用化・本格事業化が始まる予定だ。それまでの2年間、ウーブン・バイ・トヨタがどのように技術を磨き、そして具体的な戦略を導き出していくのか、引き続き注目だ。
【参考】ウーブン・バイ・トヨタについては「自動運転部門のWoven、ついに社名を「トヨタ」へ!」も参照。