イーロン・マスク、GPTに夢中!「自動運転」には飽きた?

「Xホールディングス」が総合AI開発企業体に?



テスラのイーロン・マスクCEO=出典:Heisenberg Media/Flickr (CC BY 2.0)

テスラCEO(最高経営責任者)のイーロン・マスク氏が新たなAI(人工知能)開発企業「X.AI」を設立したことが明らかになった。ここのところ、Twitter買収やOpenAI絡みの話題に終始し、自動運転開発に関する話題が乏しくなっている印象が強いが、同氏はどこに向かっているのか。

これまでにも、OpenAIやNeuralinkの立ち上げに関わるなど世界トップクラスのAI信者とも言える同氏。今後は、自動運転開発よりも言語モデルの開発に注力していくのだろうか。


この記事では、マスク氏とAIの関わりを踏まえつつ、同氏による自動運転と言語モデル開発の今後に迫っていく。

■マスク氏とAIの関係
OpenAIやNeuralinkの立ち上げに関与

近年は経営者としての顔が大きくなったマスク氏だが、その本質はエンジニアだ。オンライン金融サービスを手掛けるX.com設立を皮切りに資金を集め、これまでにスペースX設立やテスラへの経営参加、ソーラーシティの買収、ツイッターの買収など数々の事業を切り盛りしてきたが、その根底にあるのは自身の技術開発力に裏打ちされた創造力だ。

AI関連では、これまでにOpenAIやNeuralinkの立ち上げに関わってきた。OpenAIは2015年、現CEOのサミュエル・H・アルトマン氏やマスク氏らが共同設立した非営利法人で、人類全体に利益をもたらす汎用AIの開発を軸としている。

Neuralinkは2016年に共同設立したスタートアップで、脳とコンピューターをつなぐインターフェースの開発を手掛けている。


AIチップなどを脳に埋め込む「ブレイン・マシン・インタフェース(BMI)」など尖った研究開発も進めているが、人体実験に関する承認請求に対し、米国食品医薬品局(FDA)は2023年3月までに却下している。

なお、同社にはマスク氏のほかアルトマン氏やグーグルベンチャーズなども出資している。

OpenAIとは運営めぐり仲たがいに?

OpenAIをめぐっては、2018年2月までに「テスラにおけるAI研究との利益相反」を理由にマスク氏が取締役を辞任することを発表している。一方、米メディアSemaforによると、マスク氏は2018年初頭までにOpenAIの研究がグーグルに致命的な遅れをとっていると指摘し、マスク氏自身が経営を行う提案を行ったそうだ。

アルトマン氏ら幹部がこの要請を断ったため、マスク氏は辞任したという主旨だ。さらに、当初約束されていたマスク氏による10億ドルの追加出資についても、同氏は1億ドルしか支払わなかったとしている。これが、マスク氏とOpenAIとの溝を深めたきっかけとされている。


この経緯に起因するものかは不明だが、OpenAIは翌2019年、これまでの「Incorporated(Inc.)」とは別に、営利部門を担う「Limited Partnership(L.P.)」のOpenAIを立ち上げている。さらには米マイクロソフトとの距離を縮め、10億ドルの出資を受けている。

その後、OpenAIが2022年11月に一般公開を開始した大規模言語モデル「ChatGPT」が世界中の注目を集め、AIによる言語処理の進化に対する関心が一気に高まった。2023年4月には、最新バージョンとなるモデル「GPT-4」も発表している。

AI開発の一時停止求める公開書簡発出

ここで登場するのが、非営利団体Future of Life Instituteだ。同団体は、AIをはじめとした最先端テクノロジーがもたらす可能性があるリスクを警鐘する団体で、マスク氏はこの団体の顧問を務めている。

同団体は2023年3月、「Pause Giant AI Experiments(大規模AI実験を一時停止せよ)」と題した公開書簡を発表した。

出典:Future of Life Institute公式サイト

書簡では、この数カ月間でAI研究は制御不能な競争に巻き込まれていると指摘し、作成者でさえも理解できない展開を危惧している。

その上で、強力なAIシステムはリスクが管理可能であると確信した場合にのみ開発する必要があるとし、AIのトレーニングを少なくとも6カ月間一時停止するよう求めている。

この一時停止期間中に、外部専門家によって厳密に監査および監督される高度なAIの設計と開発に向けた一連の共有安全プロトコルを制定すべきとし、これができない場合、政府が介入することにも言及している。

つまり、「AI開発におけるガバナンス・ルールをみんなで制定するまで、開発を一時停止しよう」といった主旨だ。AIの暴走や悪用を制限できるよう、今のうちに開発ルールを定めるべき――ということだろう。

同署名には、2023年4月時点で2万6,000筆を超える署名が集まっており、マスク氏も名を連ねている。マスク氏の名前が独り歩きしている印象が強いが、この書簡をマスク氏が主導したかどうかは不明で、あくまで賛同者の1人という立場だ。賛同者には、アップル創業者の1人であるスティーブ・ウォズニアック氏なども加わっている。

なお、AI開発が大好きなマスク氏だが、その一方でAI活用のリスクを指摘する意見を以前から発していることにも言及しておく。

▼公開書簡は以下から確認できる(Future of Life Institute公式サイト)
https://futureoflife.org/open-letter/pause-giant-ai-experiments/

書簡の裏で新たなAI企業設立

AI開発の一時停止に賛同しているマスク氏だが、その裏では新たな動きを見せていた。米メディアThe Informationが2023年2月末に報じた内容によると、マスク氏はChatGPTに代わるAIモデル開発に向け、新たな研究所開設のためAI研究者に声をかけているという。

米メディアWall Street Journalによると、「X.AI」という企業が3月9日付でネバダ州において登録されていたという。また、4月17日付の米FoxNewsによるインタビューによると、マスク氏は新たな言語モデル「TruthGPT」を開発すると公言したようだ。

マスク氏は先だって持株会社「X Holdings」を設立しており、X.AIもこの傘下に加わるものと思われる。マスク氏が買収したTwitterも社名を「X(Corp.)」に変更し、ホールディングスの子会社となっている。

このほか、マスク氏に関しては、AI開発向けに高性能GPUを1万個購入したことも2023年4月に報じられているなど、AI開発についてやる気満々だ。

SNSであるTwitterは、言語モデル開発の学習材料の宝庫と言える。このリソースを最大限活用し、AI開発を本格化させるものと思われる。

マスク氏のこうした姿勢はダブルスタンダードと受け取られがちだが、もしかしたら6カ月間は開発を止める可能性もある。即開発を始めたとしても、そうした声は「マスク理論」により吹き飛ばすのだろう。

■自動運転と言語モデルの関係
自動運転より言語モデル開発に注力?
テスラのイーロン・マスクCEO=出典:Flickr / Daniel Oberhaus (CC BY 2.0)

前置きが長くなったが、ここからが本題だ。大規模言語モデルの開発に注力する姿勢を強めているマスク氏だが、「こうした対話型AIにうつつを抜かしていると、自動運転開発は遅れてしまうのでは?」といった声も聞こえる。

「今年中(来年中)に完全自動運転を実現する」といった毎年恒例のアナウンスも説得力を欠き、レベル4~5はもとよりレベル3ですらいまだ未達成の状況だ。FSDを活用したデータ収集などは力を入れているようだが、大きな進展が見られない状況が続いている。

言語モデルが自動運転開発に寄与?

では、大規模言語モデルの開発は自動運転と結びつかないのか?と言えば、答えはノーとなる。言語モデルの開発も自動運転に寄与する技術なのだ。

一般的な自動運転車は、カメラやLiDARなどのセンサーが取得した情報をリアルタイムで解析することで信号や歩行者、周囲の自動車などの状況を認識する。コンピュータビジョン技術だ。

AIを活用したコンピュータビジョン技術によって検知した情報をもとにAIが自動車の停止や操舵などを判断し、安全に走行する。この一連の流れが自動運転で最も重要と言える開発領域だ。

しかし、コンピュータビジョンが認識すべきものは、歩行者や信号、標識など特定のパターンに限らない。数字や文字の認識、さらには「文章」を認識しなければならないケースも出てくることが想定される。

例えば、道路周辺の標識には「自転車通行可 ここから」や「自転車を除く 一方通行」、「〇〇の飛び出しに注意」、「大貨等・三輪 けん引を除く」「300m先 工事中」など、さまざまな表示がされている。

形式が定まったものであれば事前に学習可能だが、突発的な事故による注意標識や文字アナウンスが行われている場合などもある。テスラのようなレベル5を目指す場合、こうした文字・文章も正確に読み取り、理解する能力がAIには求められる。

【参考】関連記事としては「自動運転、レベル4とレベル5の違いは?(2023年最新版)」も参照。

事実、国内でレベル5開発を進めるスタートアップ・TURINGも言語モデルの開発に着手している。

また、車内外の人と意思を疎通するHMI(ヒューマン・マシン・インタフェース)の観点からも重要だ。乗員が機械類を一切操作することなく、自動運転車に命令を下すことができるシステムが理想だが、そのためには「音声認識」が不可欠となる。

この音声認識技術も、言語モデルがベースとなることは言うまでもない。乗員が発した言葉を的確に認識して意図を汲み取り、しっかりと返答したり不明な部分を質問したり、時には提案したりするなどし、快適な走行を実現する。

自動運転の高度化とともに、こうした技術の必要性や需要が増してくることは間違いない。独自の言語モデル構築に動き出したマスク氏は、必ずやその技術を自動運転領域にも活用していくだろう。

【参考】テスラの自動運転技術については「テスラの自動運転技術(2023年最新版)」も参照。

■【まとめ】XホールディングスがAIを多角的・総合的に開発する企業体に?

マスク氏が今後大規模言語モデルの開発注力することは間違いなく、もしかしたらTwitter買収もその布石だったのかもしれない。ともかく、この言語モデルの開発も自動運転に資する技術となるのだ。

また、だからと言ってコンピュータビジョンをはじめとした自動運転開発から今更手を抜くとも思えない。むしろ、自動運転を含め多角的かつ総合的なAI開発体制を構築していくのではないだろうか。

その一挙一動に注目が集まり、賛否両論が分かれがちなマスク氏だが、マスク氏ならではの信念を貫き、今後も世間をあっと言わせるアクションを起こし続けるのだろう。

【参考】関連記事としては「マネタイズ、ChatGPTより「自動運転」の方が容易」も参照。

【参考】関連記事としては「自動運転車、「チャットGPT」の音声版が大活躍する未来」も参照。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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