現在4機体制で運用している準天頂衛星システム「みちびき(QZSS)」の初号機後継機の打上げが2021年10月に行われた。2023年度をめどに5~7号機を打ち上げ、より高度かつ安定した衛星測位サービスを提供していく構えだ。
みちびき導入により、環境に左右されにくい安定した測位サービスを受けられるとともに、自動運転開発において注目されるのがセンチメートル級の高精度測位を実現するサービス「CLAS(シーラス)」だ。
この記事では、CLASの概要とともに、同サービスを活用した取り組みなどを紹介していく。
記事の目次
■センチメータ級測位補強サービス「CLAS」の概要
みちびきとは?
CLASの概要の前に、みちびきの概要や測位システムの課題などを説明しておく。
みちびきは、準天頂軌道の衛星を主体に構成されている日本の衛星測位システムで、「日本版GPS」と呼ばれることもある。GPSは米国が運用する衛星測位システムで、日本でもカーナビやスマートフォンなどで標準的に使用されている。
この衛星を活用した測位システムには、一定程度の誤差が生じることが多い。その要因には①現在位置から観測できる衛星の数②電離圏による影響――が挙げられる。
みちびきは、このうち①の問題を解決するのに大きく貢献する。衛星測位システムで正確に位置を測定するにはより多くの衛星から信号を受信することが重要だが、山間部が多い日本ではGPSにおける可視衛星数が少なく、測位において大きな誤差が生じたり、測位そのものができなくなったりする場合がある。
このため、日本を対象とした軌道の衛星を打ち上げ、GPSと互換を図りながら測位精度を高める取り組みが進められているのだ。日本国内の地上から高仰角で観測できる衛星を常時確保することで、測位精度を高める狙いだ。
この日本独自の衛星測位システムがみちびきで、2010年の初号機打ち上げ以後、2017年までに計4機を打ち上げ、2018年11月にサービスを開始している。今後も2023年までに3機を追加し、7機体制で運用する計画だ。なお、このほど打ち上げられた後継機は、11年が経過した初号機に代わるものとなる。
サブメータ級測位補強サービス「SLAS(エスラス)」
②の「電離圏による影響」を解決する技術開発も進められている。上空の電気を帯びた大気の層を電波が通過する際、電波そのものの速度が遅くなり、距離の算定に誤差が生じる。これが電離圏の影響だ。
この電離圏の影響は、一つの衛星から発せられる複数の周波数の電波を同時に受信し計算することでほぼ解消できるが、現在普及している受信機は1周波対応で、2周波対応はまだ高価という。
この問題に対応するのがSLASだ。SLASは、サブメータ基準局が電離圏誤差を抽出し、誤差を小さく抑えるための補強データをみちびきに配信する。この補強データを、改良した従来の受信機で利用可能にすることで、低コストで高精度な測位情報を利用することが可能になる。
このサブメータ級測位補強により、従来10メートル程度と言われていた誤差を、1メートル以下に抑えることが可能になるという。
ただし、データ処理や送信に多少のタイムラグが発生するため、主に歩行者・自転車や船舶などのタイムラグの影響を受けにくい利用者を想定している。自動車などの場合は、他のセンサーと組み合わせて利用することが望ましいとしている。
▼サブメータ級測位補強サービス|システム性能|みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト – 内閣府
https://qzss.go.jp/technical/system/l1s.html
センチメータ級測位補強サービス「CLAS(シーラス)」
SLASよりもより高精度な測位を実現するのがCLASだ。国土地理院が全国に整備している電子基準点のデータを利用して補正情報を計算し、誤差数センチレベルの正確な現在位置を求めるための測位補強情報をみちびきから送信するサービスだ。
この信号はGPSと異なるため、専用の受信機が必要となる。また、衛星を経由するため、補強情報を作成してから送信するまでの間に十数秒のタイムラグが生じるという。
用途としては、MMS(モービルマッピングシステム)などの3次元計測をはじめ、建設機械や農業機械の自動運転化など、一定領域内で低速走行する自動運転システムを想定しているようだ。
公道における自動運転に利用する場合、リアルタイムの自車位置推定用途でこのセンチメートル級の測位サービスを活用するのは現状難しいようだ。
ただし、マッピング用途などリアルタイム性を要しない用途においては、センサーが取得した画像データなどの位置をより正確に把握することが可能になる。また、自動運転トラクターや自動バレーパーキングなど、比較的低速で安全を確保しやすい環境下であれば、自動運転の自車位置推定用途でも活用できそうだ。
誤差を補正する技術やタイムラグを縮める技術などは現在進行形で研究開発が進められているものと思われ、将来的に通常の自動運転用途で活用できる可能性は十分考えられる。自車位置推定は自動運転の重要要素であるため、今後の進化に期待を寄せたい。
▼センチメータ級測位補強サービス|サービス概要|みちびき(準天頂衛星システム:QZSS)公式サイト – 内閣府
https://qzss.go.jp/overview/services/sv06_clas.html
■CLASを利用した取り組み
三菱電機がCLAS活用自動運転を実証
衛星の製造やCLAS対応受信機の開発を手掛ける三菱電機は2017年、CLAS信号を用いた自動運転の実証実験に着手した。CLAS信号と高精度3次元地図を活用するインフラ型の自動運転の可能性を確認し、カメラなどのセンシング技術を活用する自律型のシステムと合わせ自動運転の実用化を目指すこととしている。
2019年開催の東京モーターショーでは、この技術を搭載した自動運転実証実験車「xAUTO」を披露している。
衛星関連から自動車関連まで幅広い研究開発を続ける同社は、高精度測位を実現する技術開発の急先鋒と言えそうだ。
【参考】xAUTOについては「高精度地図が無くても、自動運転実現!三菱電機が新技術発表、衛星信号を活用」も参照。
高精度地図が無くても、自動運転実現!三菱電機が新技術発表、衛星信号を活用 https://t.co/UstjsTwPiL @jidountenlab #自動運転 #三菱電機 #地図
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) October 23, 2019
農作業用クローラにCLAS活用
カワサキ機工は2020年度、CLASを活用した農作業用のクローラ(キャタピラ)型自律走行車両の実証実験を行った。
自動運転農機においては従来のRTK方式を採用する例が多いが、中山間地などでは個々の圃場が狭く分散しているため、RTK基準局を都度移動しなければならず、また携帯電話の電波が入らない地域もあるという。
こうした課題解決に向けCLASに着目し、平地や遮蔽度合いが異なるさまざまな場所で実証を行った結果、いずれの場所においても目標としていた誤差15センチ以内を達成したという。誤差数センチ級とはいかなかったようだが、実用域としての基準を満たす結果となっている。
自動運転草刈機にCLAS活用
農業運搬車両の製造などを手掛けるキャニコムはCLASを活用した自動運転草刈機の開発に取り組んでおり、2020年5月に福岡空港敷地内で実証実験を行った。
同社は乗用四輪駆動雑草刈機「まさお」を製品化しており、自動運転による負担軽減を開発テーマに据えている。これまで既存のGNSSを活用していたが常に誤差が生じ、制御精度向上が課題に挙がっていたが、CLASを使用することで位置精度が明らかに向上したという。
自動運転油圧ショベル開発にCLAS活用
油圧ショベルの遠隔操作技術の開発に取り組むビスペルは、CLASを活用した建機の自律システム開発に着手した。
既存の建機に応用できるよう脱着可能な自動運転システムを構築し、CLAS対応受信アンテナなどとともに油圧ショベルに取り付け、無人で自律動作可能な建機で掘削や土砂をトラックへ積み込む実証を行った。
その結果、RTK活用次と比べ遜色のない精度が実現できることを確認したほか、CLASのみで行ったショベルの方向検知も十分な精度を発揮したとしている。
自動航行船の取り組みも
小型プレジャーボートの設計開発を手掛けるニュージャパンマリン九州などは2019年度、CLAS活用によるプレジャーボートの自動着岸や自動操舵の実証を行った。
GNSSアンテナ・測位受信機と1対のスラスタを装備したボートを用い、マリーナであらかじめ記憶させた桟橋で停船位置・方位に自動で戻す着岸実験と、潮流と風のある洋上でボートの方位と位置を自動保持させる内容で、実証の結果、自動着岸に成功したほか、船位保持においても目標の保持精度を達成したという。
福島高専による自動運転をテーマに据えた事業が2021年度実証事業に採択
詳細に関する公式発表は出されていないが、2021年度の「みちびきを利用した実証事業」において、福島工業高等専門学校による「みちびきとMarhy 3D Map(機械可読高精度三次元地図)のコラボレーションによる自動運転の基礎的実証事業」が採択されている。
■衛星関連のその他の取り組み
Geelyが独自衛星網構築へ
衛星関連では、中国の自動車大手である浙江吉利控股集団(Zhejiang Geely Group Holding)が自動運転の精度向上に向け人工衛星の製造に着手することを発表している。
独自開発した低軌道の人工衛星を活用し、自動運転車を高精度に誘導するナビゲーションネットワークの構築を進めていく構えだ。
【参考】浙江吉利の取り組みについては「自動運転のために人工衛星を飛ばす!中国・吉利が生産スタート」も参照。
自動運転のために人工衛星を飛ばす!中国・吉利が生産スタート https://t.co/06nY1AfVUw @jidountenlab #自動運転 #人工衛星 #中国 #吉利
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) October 5, 2021
通信用途の衛星利活用も?
衛星は測位情報のみならず、通信用途にも利用されている。衛星電話などが代表例だ。この通信衛星を自動運転に活用する取り組みが、EV大手テスラとロケット開発を手掛けるSpaceXによって近い将来始まるかもしれない。
SpaceXは、人工衛星の一群により衛星インターネットサービスを提供する「スターリンク」計画を推し進めており、すでに1,000機を超える小型衛星を打ち上げている。地球上のほぼ全ての地域で衛星インターネットにアクセス可能になる見込みで、すでにカナダなど一部地域でブロードバンドサービスを実証展開している。
同社が米連邦通信委員会に提出した資料によると、スターリンクのサービス対象を自動車や飛行機といった移動体まで拡大する計画のようだ。また、CEOとして両社を率いるイーロン・マスク氏も、将来自動運転に衛星通信を活用する意向を示している。
想像の斜め上を行くマスク氏のリーダーシップのもと、近い将来とんでもない構想が飛び出す可能性も十分考えられそうだ。
■【まとめ】リアルタイム高精度測位が自動運転に貢献
CLASはタイムラグが欠点となるため、公道を走行する自動運転においてはまだまだ本格実証が行われていないようだ。ただ、「みちびき」そのものの活用は進んでおり、サブメータ級測位補強サービスのSLASは、レベル3を実現するホンダの新型「レジェンド」に採用されている。
みちびきの打ち上げによって観測可能な衛星数が物理的に増加し、課題①「観測できる衛星の数」は解消されつつある。今後は、高精度測位をいかにタイムラグなく実現するか――といった技術開発が焦点になりそうだ。
リアルタイムの高精度測位が実現すれば、自動運転技術の高度化に大きく貢献することは間違いない。大きく注目すべき研究開発分野だ。
【参考】関連記事としては「ダイナミックマップとは?自動運転で活躍する3次元地図、意味や役割は?」も参照。