「AIがAIを制御し、自動運転の実現を加速」──。NTTデータグループが描く自動運転開発に向けたアプローチだ。判断軸が異なる二つのAIをベースに、最終的な判断を別のAIが下す「Hybrid AI=ハイブリッドAI」を採用し、複雑な道路交通環境に対応可能な自動運転システムの構築を進めているのだ。
ハイブリッドAIとはどのようなものか。同グループの開発プロセスを紐解いていこう。
記事の目次
■NTTデータグループにおける自動運転開発
多方面から自動運転開発を推進
NTTデータグループは、先進技術によって引き起こされるモビリティ社会の変革を「車両開発における変革」「自動運転における変革」「データ連携における変革」の3軸で捉えている。これらの変革が各領域で相互作用を及ぼしながらより大きな変革の波を起こすとし、AIや運行管理システム、ビッグデータ処理など多方面で自動運転開発に携わっている。
その中で、グループにおける自動車技術の研究開発センターとしてAI開発をリードするのが「NTTデータ オートモビリジェンス研究所(旧キャッツ)」だ。
次世代モビリティ社会を支える「自動化」や「知能化」のソフトウェア開発に向け、各分野のエキスパートが集まる研究者・エンジニア集団を目指し2020年に旧キャッツを構造改革する形で誕生した研究所だ。
「Digitalize human intelligence, Improve automated mobility」をミッションに掲げ、新技術やプロダクトサービス、国際標準の調査、新技術検証・それらのインテグレーションによるPoC実施、新技術のアーキテクチャー・機能開発などを手掛けている。
特に、AI開発において注力しているのが「Hybrid Artificial Intelligence=ハイブリッドAI」だ。強化学習とルールベースを組み合わせることで、想定外の状況にも対応可能な自動運転の実現を目指しているという。
このハイブリッドAI開発のアプローチについて、同グループのオウンドメディア「DATA INSIGHT」などをもとに解説していく。
▼AIがAIを制御し、自動運転の実現を加速させる~自動運転の現在地とNTT DATAが描く未来~|DATA INSIGHT
https://www.nttdata.com/jp/ja/data-insight/2023/1204/
■ハイブリッドAIの全貌
AIがAIを制御し、自動運転の実現を加速
AIの活用が最も期待される分野の一つである自動運転は、複雑な交通状況下における「おもいやり」や「譲り合い」といった高度な判断が必要となるものの、人間並の知的判断を自動運転で行うためのプロセス・手法・ツールは、まだ確立されていない。
その課題に立ち向かっているのがNTTデータ オートモビリジェンス研究所の先端研究部で、「SEAS」という独自の方法論により突破口を切り開こうと研究を重ねているという。
現在世界各地で開発が進められている自動運転レベル4は、通信技術によって先頭車両を追従するトラック隊列走行システムや、道路構造物に設置したセンサーなどで情報を補完するインフラ協調型、走行範囲の高精度な地図の活用など多岐にわたるが、一般道における自動運転では自動運転車が単体で複雑な周囲の環境を認識し、AIが車両の挙動を決定する自律型であることが不可欠とする。
NTTデータは、自動運転社会の早期実現に向けインフラ協調型+自律型の開発研究を手掛けており、自動車メーカーに勝るとも劣らない自律型の研究開発を進めているという。
適切な判断や継続的な性能向上がカギ
しかし、一般道におけるレベル4は、歩行者や自転車、バイク、他のクルマなどが混在し、さらには信号や交通標識、緊急車両にも対応しなくてはならず、走行環境として最も複雑な部類に入る。
このレベル4を社会実装するためには、「複雑な交通環境の認識」「適切な判断・制御」「安全保証と継続的な性能向上」の3つの難しさがあり、特に「適切な判断・制御」と「安全保証と継続的な性能向上」が難しいという。
例えば、自車両が法律に基づいて適切に走行していても、周囲には法律を守らないドライバーも存在し、臨機応変な事態に対応できなければ安全性は担保できない。安全でなければ一般道での実証は難しく、データの収集も進まない。
社会実装に向けた安全保証の手法について議論が進まず、「安全保証と継続的な性能向上」も不十分になるとしている。
GARDEN活用し運用と開発サイクルを確立
こうした課題を解決するために同研究所が提唱している手法が「SEAS / Sustainable Engineering Autonomous System」だ。日本語では「持続可能な自動運転システムの開発を可能とするエンジニアリング」となる。
自動運転車両による運用で培った知見やギャップを開発で解消し、運用の高度化を図る循環を繰り返すイメージだ。開発には、自動運転システム安全性論証に基づくシナリオベース開発プロセスを実現するAI開発ツール群「GARDEN」を活用しており、そこで得られたノウハウを自動運転システムの開発環境「GARDEN baby’s breath」として公開している。
【参考】GARDENについては「自動運転の重要シナリオ、網羅的に自動生成!NTTデータ子会社がソフトリリース」も参照。
自動運転の重要シナリオ、網羅的に自動生成!NTTデータ子会社がソフトリリース https://t.co/nninLMLk8g @jidountenlab #自動運転 #シナリオ #NTTデータ
— 自動運転ラボ (@jidountenlab) May 11, 2022
判断軸が異なるMARINAとREEF
このSEASの運用には、ルールベースのAI「MARINA(マリーナ)」と、強化学習のAI「REEF(リーフ)」、そしてこの二つのAIを統合して最終判断を下す「ハイブリッドAI」を組み合わせる。
MARINAは「道路交通法に基づいた運転の判断」を担い、REEFは「不測の事態にも対応する運転の判断」を担当する。そして、ハイブリッドAIがこれら二つのAIを統合し、状況に応じて適切な判断・制御を下すという。
MARINAは、複雑な交通状況下において道路交通法を明確に遵守するためルールベースで判断する。道路交通法という形式知をルール化し、運転判断を行うのだ。
ルールの数が増えるほど設計難易度が向上するルールベースにおいて、階層化コストマップ(障害物のある領域を数値で表現した格子状の地図)を用いることで効率的なルール設計を行い、そのルールに従いながら自動運転を行うという。
一方のREEFは、市街地で想定される実際の運転を強化学習で学ばせる。ChatGPTが強化学習によって人間らしい自然な回答を可能とするように、自動運転においてもより人間らしく、周囲の交通状況と調和する自動運転制御判断を行う手法として有効活用できる可能性が高いとしている。
実際の環境で試行錯誤を繰り返しながら方策を学習する強化学習にはコンピュータシミュレーションを採用し、どのような行動を取れば最善の結果を得られるか探索し、良い行動を覚えていくという。
例として「かもしれない運転」が挙げられている。REEFが完成すれば、人間が考えるような運転行動や判断を得ることができ、経験に基づく「かもしれない運転」を獲得できる可能性が示唆されている。
二つの判断系AIを調整し最終判断を下すハイブリッドAI
MARINAとREEFにはそれぞれに長所と短所があり、単独で使用するには性能限界や安全性能面で不安が残る。同研究所は両方を備えた自動運転の研究を進めているが、両方とも判断系AIのため、自動運転車両をどちらの判断に基づいて制御するか迷うという。ここで登場するのがハイブリッドAIだ。ハイブリッドAIが二つの判断系AIを調整し、最終判断を下すのだ。
ハイブリッドAIの判断には「協調」と「調停」がある。協調は、例えば、片方のAIが「前進」、もう片方が「右に微調整」と判断を下した際、基本的には前に進むという制御に矛盾はないため、事前に優先AIとして指定したAIの判断を優先する。
調停は、片方のAIが「前進」、もう片方が「右に曲がる」という判断を下し、判断ギャップが生じた際に、想定外の出来事に遭遇したエッジケースとして周囲のデータを再度収集・解析し、それぞれのAIの判断をアップデートしてハイブリッドAIが最終的な判断を下す。
いずれの場合も、判断精度向上や説明責任を果たすため、なぜ矛盾が生じたか、またどういった基準で判断を下したかを解析できるようログとデータを確保している。
このハイブリッドAIを活用した実証は2022年に開始しており、環境に存在するノイズの違いやハードウェアの不安定性、機械の個体差など、多くの課題も判明してきているという。
シミュレーションで採用した手法を複雑に改造したり、調整したりすることで、自動運転システムのAIが成長できるよう、研究と実験を重ねる必要があり、社会実装や実車からのデータ収集に関しても前向きに活動を展開していくという。
■【まとめ】自動運転分野での存在感ますます上昇
余談だが、第2回自動運転AIチャレンジでは、NTTデータ オートモビリジェンス研究所の所属チームがトヨタ所属チームなどを抑えて優勝(最優秀賞)している。同社の開発力の高さがうかがえる。
グループとしても、各地の実証への参画や高精度3次元地図データの研究開発への参画、群馬大学との協定締結などさまざまな分野で活動している。
日本の自動運転開発をあらゆる面から推し進めるオールラウンダーとして、今後ますます存在感を高めていきそうだ。
【参考】自動運転AIチャレンジについては「第2回自動運転AIチャレンジ、優勝はNTTデータチーム!コロナ禍のためオンライン上で実施」も参照。