近年、自動運転分野で急速に存在感を強めている中国ネット検索最大手の百度(バイドゥ)。自動運転技術のプラットフォーマーとして大規模な自動運転開発連合を組織し、世界各国の自動車メーカーやサプライヤーとともに自動運転車の開発や量産化を進めている。
バイドゥはどのような未来図を描いているのか。自動運転技術のプラットフォーマーの役割とともに、同社の戦略を明らかにしよう。
記事の目次
■百度の沿革
バイドゥは2000年1月、現会長兼CEO(最高経営責任者)を務める李彦宏(り・げんこう、英名ロビン・リー)氏が北京で創業。検索技術を大手ポータルサイトへ提供する事業から着手し、2001年に自社の検索サービス「Baidu.com」 のBeta(ベータ)版をスタートした。その後正式スタートし、音楽ファイル検索や画像検索、地図検索などさまざまなサービスを展開しており、現在では中国において70%を超える市場シェアを獲得している。世界では、検索最大手の米グーグルに次ぐ2位の規模に成長している。
なお、2005年にNASDAQに上場を果たし、2006年には日本法人「バイドゥ株式会社」も設立。日本法人は、中国向けWebマーケティングや各種アプリの配信などを行っている。
自動運転分野では、AI(人工知能)技術の革新を目指す中国政府の施策と協調しており、政府が重点分野に掲げる自動運転、スマートシティ、医療、音声認識の4分野のうち、自動運転のリーダー企業としてバイドゥが選ばれている。
2017年4月に自動運転車向けのソフトウェアプラットフォームをオープンソース化するプロジェクト「Project Apollo(阿波羅)=アポロ計画」を発表し、自動運転分野に本腰を入れ始めた。
■百度の自動運転に関する取り組み
アポロ計画の概要:自動運転開発プラットフォーム提供 参加企業130社に
自動運転車向けのソフトウェアプラットフォームをオープンソース化するプロジェクト「Project Apollo(阿波羅)=アポロ計画」は、2017年4月の発表以後パートナー企業が続々と集まり、2018年7月の正式始動を経て着々と事業が進んでいる。
アポロ計画は、バイドゥが「アポロ」と名付けたAIを活用し自動運転を制御するソフトウェアの技術情報をオープン化したプラットフォームサービスで、HDマップサービスや自動運転シミュレーションエンジン、深層学習アルゴリズムなどのリソース共有を行うことができ、開発スピードを早めることが可能となる。
現在オープンソースとして公開しているのは、ソフトウェアプラットフォームのほか、ハードウェア開発プラットフォームやクラウドサービスプラットフォーム、ターンキーソリューションなど。短期間のうちにバージョンアップを重ねており、2019年1月時点でアポロ3.5がリリースされている。
これまでに、中国国内の第一汽車、北京汽車、長安汽車、東風汽車、長城汽車、奇瑞汽車、江淮汽車、フォルクスワーゲンの中国法人をはじめ、独BMWやダイムラー、日本のホンダ、スウェーデンのボルボ、米フォード、韓国の現代、英ジャガーランドローバーなどの海外自動車メーカーや、独ボッシュ、コンチネンタル、ZF、仏ヴァレオ、米エヌビディア、マイクロソフト、インテル、ベロダインライダーといった部品大手や自動運転開発関連企業など多くの企業が参加している。2019年1月時点で、130の企業や研究機関などがパートナー登録しているようだ。
計画では、2018年に無人運転シャトルバスの量産を開始するほか、米ロサンゼルスで障がい者に自動運転シェアサービスを試験的に提供し、2021年には自動運転車の量産を開始することとしている。
なお、プラットフォームをオープンソース化する手法は、米グーグルが開発したスマートフォンやタブレット向けのOS「Android」と比較されることが多い。Androidはオープンソースのモバイル向けプラットフォームとして世界中に普及しているが、Androidをベースにしたアプリなどを開発しやすい環境を提供することでAndroidと互換性を持つソフトウェアが大量に生まれ、それがシェア拡大に繋がっていくという手法を採用している。
バイドゥも、自動運転におけるOSとしてアポロの普及拡大を図り、将来的に自動運転分野の覇権を握る未来図を描いているのかもしれない。
アポロファンド(Apollo Fund):スタートアップ支援で開発促進
自動運転技術のイノベーションを促進するため、2017年9月に自動運転事業向けファンド「アポロファンド」の設立を発表した。
基金の総額は100億人民元(約1650億円)を超え、3年間でスタートアップをはじめとした100を超えるプロジェクトに投資していくこととしている。
AI技術などを武器とした中国スタートアップの勢いは留まるところを知らず、世界への展開を広げつつあるが、それを影で支えているのが資金調達のしやすさだ。中国はベンチャーキャピタル以外にもバイドゥをはじめテンセント、アリババなどの上場企業が積極投資を行っており、潤沢な資金がスピード感ある開発を促進している。
フォードとの協業:共同開発したレベル4実証に向けプロジェクトに着手
アポロ計画初期から参加を表明していた米自動車メーカーのフォード。同社の中国法人は2018年6月にバイドゥとコネクティビティ、AI、デジタルマーケティングにおける協業を模索していくことで合意しており、中国のモビリティ事業におけるイノベーションの機会を調査するための共同ラボの設立を目指すこととしている。
2018年10月には、アポロ計画で開発を進めていたテスト車両の改造を完了し、北京で自動運転レベル4に対応した自律走行車両を共同で実証試験を行う2年間のプロジェクトに着手することを発表している。
ダイムラーとの協業:コネクティビティの分野で協業
ドイツの自動車メーカーダイムラーとは、アポロ計画が始まる以前から協業関係にあり、2015年に車載用ソフトウエアの開発で提携することが報じられている。
アポロ計画始動後も、2018年7月に自動運転やコネクティビティーの分野で提携を強化することが明らかにされており、中国市場を重視するダイムラーと自車の技術を売り込むバイドゥの思惑が一致した形だ。
【参考】中国市場におけるダイムラーについては「中国でベンツ買い控え 独ダイムラー2018年第2四半期決算、純利益29.5%減に」も参照。
BMWとの協業:コネクテッド分野で提携 その後アポロ計画にも参加表明
中国でコネクテッドサービス「BMWコネクテッド」を展開する独自動車メーカーのBMWは、サービスの拡充に向け2018年6月にバイドゥと提携。翌7月にはアポロ計画への参加を表明し、自動運転技術の分野でさらなる共同プロジェクトを模索することとしている。
ボルボ・カーとの協業:レベル4のロボタクシー視野に共同開発
スウェーデンの自動車メーカーボルボ・カーと共同で完全自動運転EV(電気自動車)の開発に乗り出すことが2018年11月に発表されている。ボルボ・カーは自動車の製造技術を、バイドゥはアポロ計画で得た成果などを提供する形とみられ、自動運転レベル4のロボタクシーの製造を視野に入れているようだ。
【参考】ボルボ・カーとの協業については「スウェーデン・ボルボと中国バイドゥ、自動運転開発でタッグ」も参照。
日本での展開:SBドライブが「アポロン」導入
バイドゥは日本進出も視野に入れている。2018年7月に、ソフトバンクグループのSBドライブ株式会社とバイドゥ株式会社が、アポロを搭載した自動運転バス「Apolong(アポロン)」の日本での活用に向け協業することを発表している。
アポロンは中国のバス車両メーカー「金龍客車」が開発・製造しており、ハンドル・アクセル・ブレーキのない自動運転レベル4相当の技術を搭載しているという。今後、アポロンとSBドライブが開発中の遠隔運行管理システム「Dispatcher(ディスパッチャー)」と連携させるなど日本で活用するための仕様変更などを進め、2019年初期までに実証実験用車両を含めて10台のアポロンを日本に持ち込む予定となっている。
この協業により、SBドライブは自動運転バスの実用化による公共交通の維持・改善につなげていくこととし、またバイドゥは自社の自動運転技術を活用し、日本が抱える交通・移動手段の課題解決に繋げていくこととしている。
【参考】バイドゥの日本での展開については「中国・百度、レベル4クラスの完全自動運転EVバスを実用化 ソフトバンクとも協業」も参照。
自動運転レベル4量産化へ:金龍客車や第一汽車が製造
2018年6月までに、バス車両メーカー「金龍客車」と自動運転バスの量産化を同年7月にも開始することが明らかにされている。バイドゥが開発した自動運転システムを搭載した初のハンドル・アクセル・ブレーキがない自動運転バスで、7月に100台レベルの量産体制に入り、市場投入後テスト走行を始めるという。
主に観光地や空港などの半閉鎖・完全閉鎖エリアで導入し、走行速度は時速20~40キロメートルに制限する。技術や法規、インフラ、コストなどさまざまな問題を解決しながら、路線バスや観光バス、市バスなど一般道路まで応用範囲を拡大する計画となっている。
【参考】金龍客車の自動運転バスについては「百度のアポロ計画、AI自動運転バス量産化へカウントダウン」も参照。
また、2018年11月には、中国大手自動車メーカーの第一汽車集団有限公司(FAW)と共同でレベル4クラスの自動運転車を開発し、2020年末ごろから量産に乗り出すことも報じられている。自動運転車の販売は当初は中国国内に限り、その後、中国以外の国の法律や交通ルールにも最適化するようシステムなどを改変し、海外展開を進めるものとみられる。
【参考】第一汽車の自動運転車開発については「百度と一汽、自動運転車を2020年末に量産へ レベル4相当の技術搭載」も参照。
■自動運転レベル4量産化でプラットフォーマーの存在感強める
自動運転開発におけるプラットフォーマーとして存在感を強めるバイドゥ。中国内の自動車メーカーとの協業では、すでに自動運転レベル4の量産化に目途を付けており、欧米などの自動車メーカーとの自動運転開発も具体化が進み始めている。
自動運転技術の独自開発を進める欧米自動車メーカーがなぜ続々とアポロ計画に参加するのか、といった観点で見ると、巨大な中国市場を見据えた戦略であることも否定できないだろう。中国で自動車を販売するには障壁が多く、現地法人との合弁立ち上げなど一定の企業努力が必要になる。
将来を見越し、中国市場ではバイドゥによる自動運転技術、欧米市場では自社の自動運転技術……といったすみ分けを考えているのかもしれない。
もちろん、バイドゥの技術が「Android」のように浸透し、世界を席巻する可能性もある。アポロを利用することで初期の開発速度を高めることができるため、アポロを応用したスタートアップが今後力を付け世界進出を図ることも考えられる。
また、グーグル系ウェイモなども、今後自動運転技術の商品化やプラットフォーム化を進めていく可能性があり、プラットフォーマーによる自動車メーカー獲得競争が激化することも予想される。
先を見通すには時期尚早だが、少なからず自動運転における業界マップにバイドゥが大きな影響を及ぼすことは間違いないだろう。
また、2018年6月に日本の自動車メーカーとして唯一参加を表明したホンダの動向についても今後注目していきたい。
【参考】中国における自動運転戦略については「「自動運転×中国」の最新動向は? 国や企業の取り組み状況まとめ」も参照。