ライドシェア大手Uber、タクシー運転手に270億円 減収分を補填へ

豪州で合意、日本を含む世界に波及も?



配車サービス大手の米Uber Technologiesが、オーストラリアのタクシードライバーら8,000人に減収分の補償として計2億7,180万豪ドル(約270億円)支払うことに合意した。原告側弁護団が明らかにしている。


ウーバーは、タクシードライバーらから違法なサービス提供により減収を余儀なくされたとして2019年にビクトリア州で集団訴訟を起こされており、この裁判における和解金が270億円となったのだ。単純計算で1人当たり約340万円となる。

ウーバーをめぐっては、これまでギグワーカーの位置付けに関する訴訟が多かったが、新たに既存業界から収入補填を求められることとなった。

こうした訴訟は今後広がる可能性があるのだろうか。オーストラリアの訴訟の中身に触れていく。

【参考】ライドシェアについては「ライドシェアとは?(2024年最新版) 仕組みは?参入企業は?」も参照。


■オーストラリアにおけるウーバー訴訟

減収分求めウーバーを提訴

今回の訴訟がオーストラリア全土のものかビクトリア州内に限定したものか定かではないが、タクシードライバー総数を考慮すると州内に限られたものの可能性がある。

対象は2014年から2017年の期間にタクシーやハイヤーなどの免許を有していたドライバーらだ。この間、ウーバーは違法状態で営業しており、これに伴う減収分を求め2019年に州裁判所に提訴した。現在同州最高裁判所で審理が進められていたが、原告・被告双方が合意に達したため、270億円で和解した。

オーストラリア国内では2012年にウーバーが進出して以来、ライドシェアサービスをめぐる規制が変遷している。ウーバーは声明で「2018年から各州レベルのタクシー補償制度に貢献してきたが、本日の和解案によりこれらのレガシーな問題は過去のこととなる」と裁判の終結を述べている。

どのような経過をたどってきたか漠然としているため、以下オーストラリアにおけるライドシェア規制の流れに触れていく。


法整備前のライドシェアサービスが争点に?

連邦立憲君主制国家のオーストラリアでは、米国同様各州が一定の権限を有し、日本の道路交通法や道路運送法に相当する法規制は州が担っている。

ウーバーがオーストラリアに進出した2012年当時、ライドシェアを規制する法律はなかった。ウーバーは当初、タクシーなどの配車サービスを提供していたが、2014年に一般人がマイカーを使用してサービスを提供する「Uber X」を開始した。

各州では有償タクシーサービスに車両やドライバーの許認可が必要なため、Uber Xは違法とされ、一部の州ではライドシェアドライバーに行政罰や罰金が科されたという。

あいまいな状況を打開しようとニューサウスウェールズ州は2015年、ライドシェアサービス合法化に踏み切った。配車を行う事業である輸送予約事業と乗合事業それぞれに認定制度を設け、ドライバーには認定や車両検査、運転歴審査などの費用負担が課されることとなった。いわゆるPHVサービス型だ。

一方、タクシー協会は自らの事業に必要な経費がライドシェアに比べ割高であるため不公平として反発を強めたため、州政府は各種補助やライドシェアサービスに1ドルを賦課し基金を創設するなどの対策を実施した。ウーバーが言う「2018年から各州レベルのタクシー補償制度に貢献」は、おそらくこの制度を指すものと思われる。

つまり、今回の裁判は、ウーバーがライドシェアサービスに着手した2014年からこの補償が支払われるまでの2017年を対象に補償を求めたものと思われる。

■ライドシェアをめぐる動向

オーストラリアの訴訟には根拠あり

オーストラリアの訴訟は、むやみやたらに「ライドシェアのせいで収入が減ったから補償しろ!」……という話ではなく、一定の根拠に基づいたもののようだ。

また、オーストラリア各州でライドシェアが合法化された背景には、既存タクシーサービスの質の悪さがあったようだ。

ニュー・サウス・ウェールズ州が2021年に発行したレポート「Point to Point Transport Independent Review 2020」によると、シドニーの乗客によるタクシーとライドシェアに対する評価は、利便性(タクシー32%、ライドシェア55%)、待ち時間(同2%、40%)、金銭的価値(同-27%、40%)、カスタマーサービス(同6%、32%)など、多くの項目でライドシェアを高く評価している。

タクシーの方が高かったのは、安全性(タクシー31%、ライドシェア12%)、ナビゲーション(同24%、17%)、運転技術(同16%、12%)などだ。

ライドシェアに対する国民の支持が高かったからこそ合法化された一方、規制緩和や補償制度を実装する過程でごたごたした。その結果として裁判に至り、最終的にウーバー側も和解案を飲んだ格好だ。

オーストラリアの今回の裁判は独特の背景に基づくものだが、この手の裁判は連鎖する可能性がある。世界各国のタクシードライバーや組合、協会などの組織がこの裁判に注目し、自国における法規制などと照らし合わせて粗を探し、民事裁判を仕掛けるのだ。プロパガンダ的な意味合いを込めて提訴するケースなども考えられそうだ。

合法化されればプラットフォーマーに責任は生じない?

オーストラリア各州では、配車プラットフォーマーが各ドライバーの管理や運行管理を行う「TNC(Transportation Network Company)型」のサービスが導入されている。各州がライドシェアドライバーに対し、事故歴や犯罪歴といった一定の要件を設け、その要件に基づいてプラットフォーマーがドライバーを審査・登録する形式だ。

国や州、自治体などが直接ドライバーを審査する「PHV(Private Hire Vehicle)型」もある。ライドシェアドライバーとして国から直接お墨付きをもらうのだ。

また、プラットフォーマーの役割も大まかに2種類存在する。あくまでドライバーと乗客を仲介させるマッチングサービスに留まる媒介契約モデルと、プラットフォーマーがドライバーと乗客双方と運送契約を結ぶ直接契約モデルだ。後者の場合、乗客とプラットフォーマーが運送契約を結び、登録ドライバーはプラットフォーマーから運送業務を委託される形でサービスを提供する。

ひとえにライドシェアと言ってもさまざまなパターンが存在するが、いずれにしろ国が何らかの形で制度化している限り、既存タクシー事業者から減収を理由に提訴されてもプラットフォーマーとしての過失は基本的にないと言える。

あくまで合法サービスを提供しているからだ。仮にライドシェアによって既存事業者が不当に減収を余儀なくされたとしても、その責任はプラットフォーマーではなく国にある。従来の類似サービスが規制でがんじがらめに縛られており、国策的に保護されていたのであれば、国に対し付け入るスキはありそうだ。

合法化前のサービスが問題視される可能性も

では、ウーバーのようなプラットフォーマーが今後同様の件で訴えられる可能性はないのか?というと、答えは「否」だ。

ライドシェアサービスのパイオニア的存在であるウーバーは、世界各国で法や規制が整備される前にライドシェアサービスを積極展開してきた。各国の対応は、規制のないグレーゾーンのためしばらく泳がせていたケースと、何らかの法規制を盾にすぐにサービス停止を求めるケースに大別できるが、前者の場合は訴訟を起こされる可能性がある。

グレーな状態でサービスを提供し続け、その後正式に法整備された場合、グレー時代は違法・脱法状態だったと認識される可能性があるためだ。このグレー時代にさかのぼる形で損害を請求される可能性は否定できないだろう。

日本ではプラットフォーマーは問題なし

では、日本の場合はどうだろうか。現時点で導入されていないが、将来の話だ。日本ではウーバーが2015年、福岡県福岡市でライドシェア実証「みんなのUber」を実施したものの、即座に国土交通省から「白タク行為」と指摘され中止に追い込まれた経緯がある。日本では厳密に禁止されてきたのだ。

そのためグレーゾーンは存在せず、将来ライドシェアが解禁されたとしても過去の減収分云々という話は出しようがない。

リスクがあるとすれば、運賃水準だろう。仮に解禁後のライドシェア運賃がタクシーに比べ割安に設定可能で、乗客の多くがライドシェアに流れた場合、タクシー事業者の収入は減少する。タクシーは最低運賃など規制が厳しいため、こうした縛りに差が生じれば不公平な制度設計となる。

ただし、この場合提訴されるのは国となり、プラットフォーマーが訴えられることはない。あくまで法に則る形でサービスを提供する限り、リスクにはなり得ない。一方、国はライドシェアとタクシーに同レベルの規制をかけ、公平性を担保することが必須となりそうだ。

【参考】ライドシェアをめぐる法整備については「ライドシェアの法律・制度の世界動向」も参照。

■【まとめ】強硬策に訴訟はつきもの?

ウーバーはこれまで、強行的に各国でライドシェアサービスの普及を推進してきた経緯があり、状況によってはオーストラリアと同様の訴訟が相次ぐ可能性も否定できない。強硬策に訴訟はつきものだ。

ただ、既存のタクシーサービスの質が悪い国においては、ポイントツーポイントの移動サービスに新しい風を吹き込んだ功績は大きい。わずか10数年で世界を巻き込む形で移動サービスに変化をもたらしたのだ。

諸外国に比べタクシーサービスの質が高いと言われる日本では、ライドシェアが解禁されてもいきなり多くの支持を集めるのは難しいものと思われる。解禁議論が今後どのような方向に進んでいくのか、改めて注目したいところだ。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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