トヨタ章男氏、ウーブン株の売却リターン「たった2%」の1億円 企業価値低迷か

完全子会社化でトヨタが株式買い取り



出典:Flickr / DennisM2 (CC0 1.0 : Public Domain)

ウーブン・バイ・トヨタに新たな動きがあったようだ。トヨタが豊田章男会長個人からウーブン株を買い取り、完全子会社化するのだ。その買取額は51億円という。

章男氏が特別な思いを込めて私財を投じたウーブン。同氏「個人」の手を離れることになるが、トヨタグループの中で先端技術の開発を手掛けていくことに変わりはない。


何が変わるのか?――という点では、外から見る限りよくわからない話だ。どのような背景のもと、内側ではどのような変化を求めているのか。ウーブン完全子会社化の真相に迫る。

ちなみに後述するが、章男氏は会社設立の際に50億円の私財を出資しているため、株式の売却益が1億円発生しているとみられる。出資から2年半~3年ほどで50億円が51億円になった形となるが、パーセンテージにしてみれば、売却リターンは「たった2%」だ。

つまり、ウーブンの企業価値はほぼ上がっていないという見方ができる。

■章男氏による個人出資の概要
「私個人の意志を入れられるように」――個人で50億円を出資

章男氏はウーブン・プラネット・ホールディングス設立の際、50億円の私財を出資している。章男氏は組織再編発表時、社員に対し個人的出資を明らかにしていたが、2021年3月期の有価証券報告書において、「当社取締役社長豊田章男が、当社連結子会社であるウーブン・プラネット・ホールディングス株式会社に対して5,000百万円の金銭出資をしています」と記載され、その額も明らかとなった。


その他の株主の存在については明かされていないものの、トヨタイムズによると、今回の株式買取時点においてトヨタが95%を保有しており、残り5%が章男氏という。この章男氏の5%を51億円で買い取り、完全子会社化するというのだ。

章男氏は個人出資について、「新しい未来には答えがない。答えのない世界において、会社の社長であるより、『こんな世界があったらおもしろい』という私個人の意志を入れられるようにしたい」といった主旨の発言を行っている。

Woven Cityをはじめ先端技術開発を担うウーブンの未知の可能性について、「トヨタ」としてではなく「章男 」として臨まんとする気持ちの表れだ。

この章男氏の気持ちを、トヨタが51億円で買い取るのだ。その背景には何があったのか。


■完全子会社化の背景
関係強化で実装を加速

トヨタは2023年9月、ソフトウェア実装の加速に向けウーブン・バイ・トヨタとの関係を強化すると発表した。

この半年前の2023年4月、クルマの知能化やソフトウェアの実装をスピーディに進めるフェーズに移行していくことを踏まえ、ウーブン・プラネット・ホールディングスをウーブン・バイ・トヨタに社名変更した。

この際、具体的な会社再編の内容には触れていなかったが、今回の報道発表によると、これまでのウーブンの自主開発体制を、トヨタからの委託開発体制に変更するという。これまでは自由度のある自主開発が認められていたものと思われるが、親会社であるトヨタの意向のもと開発を行う体制に変更するというのだ。

9月には、役員体制の変更も発表されている。TRI-AD時代からウーブンをけん引してきたジェームス・カフナーCEO(最高経営責任者)が退任し、新たにデンソー出身の隈部肇氏が代表取締役に就任する内容だ。

隈部氏はデンソーで電子プラットフォームやADAS、自動運転開発などを手掛けてきた人物で、2019年には、デンソーとアイシン、アドヴィックス、ジェイテクト4社が設立した自動運転統合制御ソフトウェアの開発を進めるJ-QuAD DYNAMICSの代表取締役社長(CEO)に就任したほか、2021年からはウーブン・バイ・トヨタの前身の1つであるウーブン・コアの取締役も兼務している。

トヨタはこの人事を、ソフトウェアプラットフォーム「Arene(アリーン)」が開発から実装フェーズに移行すること、また「Woven City」の実証開始を見据えたものとしている。経営層が現場近くで迅速な意思決定を行う体制に移行するというのだ。

その根底には、「トヨタグループにおけるソフトウェアの開発体制の見直し」があるという。トヨタ、ウーブン、デンソーの3社連携を強化し、ソフトウェアを軸にモビリティの価値を高めるための3社を通じた組織・人事の再編の一環としている。

【参考】ウーブンの人事については「トヨタ系ウーブン、新社長の得意分野は「自動運転」!?10月付で就任」も参照。

利益相反を懸念?

ウーブンにおけるソフトウェア開発をトヨタからの委託体制に変更したことを受け、トヨタはウーブンの普通株式の全てを保有し、完全子会社化した。完全子会社化することで、より迅速に社会システムやクルマへのソフトウェア実装を進め、いち早く顧客にソフトウェアとハードウェアが融合したモビリティの楽しさや快適性、利便性を届けていくとしている。

ただ、この主張にはやや疑問が残る。完全子会社でなくとも、残りの5%が章男氏であればトヨタにとって障壁にはならないはずだ。

トヨタイムズによると、章男氏は委託元であるトヨタの代表取締役でありながら、受託側となるウーブンの株主である状況が「利益相反」を招く懸念があったからだという。なるほど、こちらの理由のほうがすっきりと納得できる。

トヨタが章男氏に依頼する形で株式を買い取っており、買取金額の51億円は第三者機関で株式価値を評価して決めたという。

企業価値が上がっていない?

出資から2年半~3年ほどで50億円が51億円になった格好だが、少しひねくれた見方をすれば、企業価値がほぼ上がっていないようにも見える。

憶測だが、自主開発体制からトヨタによる委託体制への変更の背景には、カニバリゼーション(共食い)の発生があったのではないだろうか。自主開発により組織が縦割り化され、トヨタとウーブンがそれぞれ競合・食い合うような開発を行うなど、非効率な面はなかっただろうか。

もちろん、トヨタグループにおいてウーブンはスタートアップのような役割を担っており、これが次のフェーズに移行した――ともとれる。

【参考】ウーブンの業績については「トヨタWoven City、早くも「黄信号」か 60億円の債務超過決算で」も参照。

■【まとめ】ソフトウェア重視の時代、存在感を高められるか

真相は不明だが、章男氏は「自分の子どものように思っているウーブンへの気持ちは変わらない」としている。Areneの実装やWoven Cityの稼働など、まもなく本格化するウーブンの事業には大きな未来が待ち受けている。

ソフトウェア重視のクルマ作りが求められる中、その開発面ではIT・テクノロジー企業の後塵を拝しがちな自動車メーカー。トヨタは、この組織再編でどのように存在感を高めていくのか。今後の動向に注目したい。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)




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