米半導体大手インテルが、自動運転開発を手掛ける傘下企業Mobileye(モービルアイ)の株式を新規公開する意向を表明した。2017年の買収以来となる再上場で、2022年中旬にも米国で上場する計画だ。
再上場の狙いは何か。また、この間モービルアイはどのような道を歩んできたのか。同社の生みの親であるアムノン・シャシュアCEO(最高経営責任者)の考えや戦略を交えながら、インテル・モービルアイ勢の動向に迫っていく。
記事の目次
■モービルアイの概要
単眼カメラでADASや自動運転を実現
モービルアイは1999年、単眼ビジョンシステムの開発を目的にシャシュア氏らによって設立された。1台のカメラとソフトウェアアルゴリズムのみを使用して車両を検出する技術で、交通事故を抑制するADAS開発に本格着手した。
その根底にあったのは、「人間が視覚だけに基づいて車を運転できるならば、コンピューターも運転できる」という考えだ。人間の目にあたるカメラの画像から、オブジェクトの種類や距離、速度などを正確に導き出すことで自動運転を実現するというものだ。
距離や速度の測定には、三角測量方法に基づき2台のカメラによるステレオビジョンを活用する手法が研究者の中では支配的だったが、コンピュータービジョンの権威として1台のカメラによるモノビジョンでこれらの技術を実現すること、またコストやデータ処理の負荷も考慮し、単眼カメラによる技術開発にこだわったようだ。
SoC(システムオンチップ)開発にも着手
その後、コンピュータービジョンのパフォーマンスを最大限発揮するためには、既製品ではなく専用のシステムオンチップ(SoC)が必要と思い至るようになった。
当時は、ハードウェアやソフトウェアの開発事業者とチップ開発事業者は分離しており、選択肢は既成チップを用いるか特注するしかなかったが、コンピュータービジョンスタックの膨大な計算負荷に対し最高のパフォーマンスを発揮させるため、データ処理能力を左右する専用のSoCを自ら設計することに踏み切った。
大きなチャレンジとなったが、この研究開発が実を結び、2004年に初代「EyeQ」を発表した。このEyeQシリーズが進化を続け、後の自動運転開発につながっていく。EyeQシリーズは2008年に本格的な量産が始まり、2012年に出荷数100万個を突破した。2015年に1,000万個、現在では1億個突破と加速度的に普及していく。
一方、2006年にはアフターマーケット部門を設置し、後付けADAS製品の開発に乗り出すなど、事業拡大を積極的に図っている。
資金面では、2007年にゴールドマンサックスから1億3,000万ドル(約150億円)出資を受けたほか、2014年8月にニューヨーク証券取引所にIPO(新規株式公開)した。
自動運転開発に本格着手
自動運転開発は、2013年ごろに本格的にスタートした。開発中のADASテクノロジーが自動運転開発に必要な重要な構成要素の一部を構成していることを再認識し、この研究開発の追及を開始したのだ。
ADASから自動運転に移行するには、追加のセンサーやより高度なアルゴリズムをはじめ、自動運転車の運転技術と安全性を理解し評価するための共通の方法や自動運転用のHDマップ、各車両に必要なハードウェアのコスト削減など、業界を通じた課題解決が必要とし、大きな視点で多方面の研究を進めていく。
その成果が、「Responsibility-Sensitive-Safety(RSS)」と「Road Experience Management(REM)」だ。RSSは、安全な車間距離や無謀な割込み、優先走行が侵害されるケース、死角が発生するケース、衝突回避のための走行ルールの逸脱について5つの安全ルールを設定し、各種ケースにおいて自動運転車が行うべき判断などについて定義している。このモデルを業界に普及・浸透させることで、自動運転の安全性を高めていく狙いだ。
一方のREMは、モービルアイ製品を搭載した世界中の車両から道路関連データを効率的にクラウドに送信・収集し、低コストでスケーラブルなHDマップを作製する技術だ。
自動運転車の開発にとどまらず、自動運転社会の構築に向けた取り組みを進めていることがよく分かる。
インテル傘下へ
モービルアイは2016年、BMW、インテルとパートナーシップを結び、自動運転開発を加速させる。この縁をきっかけにインテルとの結び付きが深まり、2017年の巨額買収へとつながっていったと思われる。
モービルアイとインテルは2017年3月に買収契約を正式に締結したと発表した。同年8月にはモービルアイの発行済普通株式に対する公開買付けを完了し、インテルはモービルアイの発行済普通株式1億8,788万2,291株、約84%を取得したと発表した。
この公開買付けに関連し、モービルアイはニューヨーク証券取引所へ上場廃止する意向を通知した。モービルアイ株は9月上旬に廃止され、最終的な株価は62.67ドル、発行済み株式数は約2億2,174万株で、時価総額約139億ドル(約1兆5,300億円)となった。
インテルは当時、自動車のシステムやデータ、サービス市場は、2030年までに最大700億ドル(約7兆7,000億円)になると推定しており、自社が有するハイパフォーマンス・コンピューティングとコネクティビティの専門知識とモービルアイの最先端のコンピュータービジョンに関する専門知識を合わせることで、ADASや自動運転向けのコンピュータービジョンをはじめ、機械学習、データ分析、ローカリゼーション、マッピングの開発におけるグローバルリーダーを目指すとしている。
■モービルアイが再上場へ
再上場後も連結子会社に
インテルは、モービルアイを独立した上場企業とすることで、同社の価値を最大限に高め、成功実績をもとにさらなる市場拡大の役割を担うものとしている。すでに取締役会の賛同を得ており、2022年中旬に米国でIPOを行う。
引き続きモービルアイ株式の過半数はインテルが保有して連結下にとどめ、戦略的パートナーとして業界の発展を追求しながら協働し、さまざまなプロジェクトを継続する。インテル副社長を務めるシャシュア氏の役職もそのまま残す予定だ。
モービルアイの売上高は、買収前の2016年末の3億5,000万ドル(約400億円)から、2020年末には10億ドル(約1,100億円)近くまで増加している。2021年も前年比40%の増収を見込んでいるという。
2022年にロボタクシーサービス開始予定
2021年には、自動運転車のテストプログラムを米国、欧州、アジアにわたる世界各地の複数都市へと拡大し、商用ロボタクシーも発表した。8つのEyeQ5を備えた自動運転システム「Mobileye Drive」を搭載しており、「MoovitAV」のサービスブランド名でイスラエルのテルアビブとドイツのミュンヘンで2022年中にサービスを開始する計画だ。
OEM関連では、自動車メーカー30社以上から新たに41件のADASプログラムを獲得したほか、2023年に開始予定のMaaS関連プログラムにおいても複数の契約を締結したという。
さらに、2024年にはコンシューマーや企業向けの自動運転車の設計を開始するとしている。
まだまだ右肩上がりが確実な状況と言えそうだ。2022年の上場予定日前後にロボタクシーサービスがスタートすれば、話題性にも事欠かない。上場廃止時の時価総額139億ドルを大きく超えていくことは間違いない情勢だ。
シャシュア氏は「インテルとの協働により、強力な収益を生み出す価値の高い技術リソースとサポートが提供され、フリーキャッシュフローによって自動運転開発の資金を調達できている。今後も両社の顧客に数々の素晴らしいプラットフォーム・ソリューションを提供し続けていく」としている。
【参考】MoovitAVについては「自動運転タクシー、「欧州第1号」はMobileye濃厚 2022年から展開」も参照。
■【まとめ】全方位戦略で自動運転分野を席巻
ロボタクシーサービス「MoovitAV」に加え、自動運転配送トラックを開発するUdelvにMobileye Driveを供給する契約なども交わしており、同社の自動運転技術は今後大きくシェアを伸ばしていく可能性が考えられる。
インテル傘下のMaaSプラットフォーマーMoovitのもと、直営サービスとしてロボタクシーを展開することもできれば、他のサービス事業者と共同で臨むこともできる。また、自動運転システムの提供や世界のHDマップ作製を行うこともできる。
全方位戦略により、自動運転分野におけるリーダーの地位に上り詰めようとしている感を受ける。この戦略が本格化するだろう2022年、モービルアイの上場が市場にどのようなインパクトを巻き起こすか必見だ。
▼Mobileye公式サイト
https://www.mobileye.com/
【参考】モービルアイについては「Mobileyeの年表!Intelが買収、チップ開発&自動運転タクシー事業も」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)