日本での普及には「誰が矢面に立つか」が重要 ライドシェアと自動運転に共通点【対談後編】

川邊健太郎氏×下山哲平(自動運転ラボ主宰)

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自動運転ラボ主宰の下山哲平(左)/LINEヤフー会長の川邊健太郎氏(右)=撮影:自動運転ラボ

日本ではこの数年、ライドシェアの完全解禁に向けた機運が高まったが、結局はタクシー会社しかサービスを展開できないという、極めて限定的な制度が政府・与党によってつくりあげられた。日本ではなぜ新たに登場したサービスの形態が普及するために、スピーディーな規制改革が実行されないのか。

LINEヤフーの会長である川邊健太郎氏がライドシェアの規制改革に取り組む中、自動運転ラボ主宰の下山はこの点について「誰が矢面に立ってやるかというのが、日本の場合すごく重要」と指摘し、ライドシェアも自動運転でも同じ側面が存在すると指摘する。

本記事は、川邊氏と下山による対談の後半として、ライドシェアと自動運転という同じモビリティ業界の新形態のサービスに関する共通的な課題と、自動運転に関する日本の最新動向についても触れていく。

▼【対談前編】ライドシェアは「タクシーと別の業」 LINEヤフー会長の規制改革論の真意は?
https://jidounten-lab.com/z_52466

■下山「誰が矢面に立ってやるかというのが、日本の場合すごく重要」

下山 川邊さんが規制改革推進会議のワーキンググループで、委員の立場としてライドシェアの解禁論が下火にならないように言い続けることが大事だというのには同意です。

ただ、誰が矢面に立ってやるかというのが日本の場合すごく重要であり、この点については自動運転の領域でも面白い話があります。ホンダはGMと組んで、日本で自動運転タクシー事業を始めるっていうことを元々リリースしていました。ホンダという大手企業、「日本のみんなが信頼できる会社」がです。

ただ一応、「タクシー」というスキームであるため、タクシー事業を運行管理者としてできるかというと、今の法律上ではできません。自動運転とは言え、いわゆる遠隔の運行管理を担いますと言っても、それも現在の制度では一応駄目なのです。あくまでも川上にタクシー会社が立ち、その車両に自動運転技術を提供する側がホンダ・GM陣営という構図でなければできません。

ただ、自動運転タクシーの事業において最も貴重なのは「データ」です。各乗客にパーソナライズした広告を打つにも乗客の乗降データが必要ですし、自動運転技術の進化にも膨大な走行データは不可欠です。でも、自動運転タクシー事業に一番お金を出すのはホンダとGMなのに、データがタクシー会社に貯まるなら、新規事業として展開するメリットがありません。

出典:ホンダ・プレスリリース

実はこのプレスリリースが出たときに、下請け側がちゃんと許認可を持っていれば、フロント側に立つのはいわゆるタクシー事業者じゃなくてもいい、というような解釈に変えようという話が、すぐに持ち上がりました。ただ、ホンダではなくUberがこのリリースを出していたら、絶対その話にはなってないと思います。

結局、誰が矢面に立ってやるかというのが、日本の場合、すごく重要だと思うのです。

ライドシェアを完全自由化する新法を欲している声が日本の大企業からは全くと言っていいほどあがっておらず、完全解禁の瞬間に向けて諦めずに事業を一応続けているのが、大資本で言えば外資のUberしかいない状況です。もしUberではなくトヨタがライドシェアの新法制定を前提に事業計画を立てていれば、話は変わってくると思います。

川邊さんのおっしゃるように、新法を作って新しい世界を作っていくことには同意です。ですが、その作るための動きをより活発にするためには、今のスキームの中でねじ込んでいく人が必要ですよね。「鳴かせてしまおうホトトギス」的にやっていく人がいないといけないわけです。

川邊氏 そういった分析をされているのですね。

下山 今、メルカリ出身の青柳さんという方が大阪でタクシー会社を買収して、ニューモ(newmo)という新しいアプリで事業の立ち上げに取り組んでいます。

彼が目指しているのは、タクシー会社としてライドシェアサービスを展開することではなく、ユーザーの支持が集まったら一般の人が簡単にドライバーになれるような規制改革がバンと進むことを見越して、いまは我慢の時期だと思いながら事業に取り組んでいるわけです。将来を見越して、先にタクシー側の立場でライドシェアをやっておく、というスタンスです。

▼newmo公式サイト〜移動で地域をカラフルに〜
https://newmo.me/

川邊さんは、本来の意味でのライドシェアが今展開できないからライドシェア事業に参入しない、と言われましたが、これはその通りだと思います。ただ楽天でもいいのですが、日本企業がやった方が規制改革に関しては進みやすいと思います。日本でいう有名なインターネットカンパニー、もしくは一番使われているアプリに配車サービスも乗っかれば、ゲームチェンジは比較的起こりやすくなると思います。

この観点において、LINEヤフーさんがライドシェアに参入することの意義は大きいと思いますので、参入が選択肢に入ることはないのかなと、客観的に見て感じるところではありました。もちろん、利益相反みたいな大人の事情もあるとは思いますが。

川邊氏 なるほど、その視点もありますね。

■川邊氏「ナビゲートはユーザー接点を多く持っている企業がやっていく」

下山 タクシーに関しても、ライドシェアに関しても、自動運転に関しても「ユーザーの入口を押さえている」ということが最も重要です。これはGoogleやUberなどのインターネットカンパニーが最も得意なところであり、日本のLINEヤフーグループや楽天の社内でも参入の議論にならないのかな、とシンプルに思っています。先程も触れた通り、日本企業が完全解禁を想定して事業を展開した方が、規制改革は進みやすいと思いますし。

ちなみに自動運転の話ですと、いまは自動運転の技術を有している企業に注目が集まりがちですが、私は技術を有していること自体にはさほど価値がないと思います。なぜかというと、自動運転技術自体はコモディティ化(一般化)するためです。最終的には、ユーザーの入口を押さえている企業はどこなのか、という戦いになると確信しています。

川邊氏 移動しようとするときに、ここからここまでは電車で行ってください、ここからは電車はないのでタクシーやライドシェアで行ってください、マイクロモビリティを使ってくださいと、それぞれの手段が整っていれば、それをナビゲートするのは、おっしゃる通り、ユーザー接点を多く持っている企業が自然にやっていくことになるのかなと思います。

ユーザーに対しての接点を持ったところが強いというご指摘はもっともだと思います。ただ、ここのパーツがまだそろっていないという状態にあるという認識で私がいる、ということです。

■下山「『日本はダサイ』『やっぱり日本政府が悪い』という風潮がようやく出てきた」

川邊氏 自動運転は結局どんな感じになりそうですか?

下山 2024年に大きく変わったポイントがあります。私は自動運転のニュースが大きく取り上げられたときには大体テレビの報道番組などに呼ばれ、その時にいろんなニュースメディアで解説するのですが、ほぼ必ず聞かれることがあります。「アメリカ中国では無人で自動運転で走っているのに、なぜ日本は遅れているのか」と。

逆に言えば、テレビのマスメディアが、(深夜枠とかではなく)普通の時間に放映されているニュース番組がこの問題を取り上げるということが、ようやく2024年に起きました。つまり「海外では本当に無人タクシーが走っているじゃん」とテレビの前の皆さんにも知られるようになったのが、いまさらではありますが去年です。

日本では「どうせまだ実用化されていないし、まだまだ先の話」という世界観だったので、警察も含めて法律も「牛歩」という感じでした。

また、日本の国民性の問題とも言えますが、事故が起こったときに叩かれるので、企業はできる限り先頭バッターではやりたくないわけです。トヨタがやって1回でも事故を起こしたら、速攻で事業は止まります。「自動運転は事故ゼロ」という神話的な考え方も日本にはありますから。私の持論ですが、トヨタは絶対に一番乗りでやりません。

ただ世論は普通の一般ニュースなどを見て「あれっ?」って気づいてしまいました。海外では普通に自動運転タクシーが走っているのに日本はまだということに、「日本はダサイ」「やっぱり日本政府が悪い」という風潮がようやく出てきました。

このタイミングで政権交代は起きなかったのですが、首相が変わり、要は色々と今っぽいことした方が褒められる時期に差し掛かっているため、いわゆるバフがかかっている状態となっていますから、ちょうど去年の末くらいから結構進みやすくなった印象です。

川邊氏 今のお話は全部、自動運転タクシーの話と思っておけばいいですか?

下山 自動運転タクシーが普及できるかどうかは、結局、現時点では日本の配車アプリを展開する「タクシー派」側が自動運転タクシーを嫌がるため、今のままだとあまり普及しません。

ただ、バスの方がいまだいぶ進んでいます。実際には自動運転レベル4(※特定条件下における完全自動運転)には達しておらず、人間がほぼ常時待機して、いつでもハンドルやコントローラーで介入できる状態なのですが。

出典:RoAD to the L4|経済産業省|国土交通省

とはいえ、なぜバスが進んでいるかいうと、地方では自動運転バスを導入しないと公共交通がもたないという危機感がありますし、既得権益者、つまりは地方のバス会社が反対側に回っていないことも大きいです。でもタクシー会社に関しては、反対側に回っています。

また、バスであろうがタクシーであろうが、そもそも日本ではいわゆる完全無人走行の許可を都心部で出していませんが、これには許可を出してもらおうと真剣になっているプレイヤーが少ない状況であることが背景にあります。

事故を起こしたら叩かれるから、トヨタなど資金力のある大企業がしっかりとユーザーサービスを作ろうとしていません。(大学ベンチャーからスタートした自動運転OSの開発企業である)ティアフォーさんのような数百億円規模の資金調達をしている企業もありますが、あくまでも技術ベンダーですので、ユーザーサービスを自前で赤字を出してまで開発していくような会社ではありません。

タクシー事業を自動運転でやっていこうという先行投資できる主力プレーヤーがいないということが、自動運転タクシーが実用化していっていない理由の一つであるわけです。

川邊氏 日本においてはそういった背景があるわけですね。

■下山「延び延びになったのは、元々メインだったのはトヨタだったから」

川邊氏 警察関係はどうなっていますか?

下山 基本的に法律上の要件は決まっていますので、警察では、そのうえで走行許可・道路使用許可的なOK/NGを出すというオペレーションになります。ただしどのエリアを、これだったら安全に走れるかといったジャッジ基準はまだまだ確立できていない所もあります。ですから、なかなかベンダー側は「もう無人でやっても絶対大丈夫です」とは言えない状況です。

ただ直近でいうと、結局丸1年以上、もう2年近くずれているのですが、東京都でいえば、湾岸エリアやお台場エリアで乗用車的なモビリティの実証実験がおそらく動き始めるようになるのは、今年かなと思います。2023年ぐらいからずっとやると言ってきた話です。

オリンピックのときからやると言っていましたが、延びに延びているのは、やはり結局元々メインだったのはトヨタだったからです。トヨタはオリンピックの選手村で事故を起こしてしまって、「やはり矢面には立ちたくないな」「厳しいな」となって…。

あとはタクシー会社も自動運転タクシーに取り組みにくい事情があります。業界としては「ライドシェアOK」って言ってないのに、「完全無人の自動運転タクシーは、いわゆるライドシェアじゃないですか」という感じで、推進すると自己矛盾に陥ってしまいます。何かその辺りが今こんがらがってしまっている感じです。

川邊氏 自動運転に関しても、タクシー業界側の事情が色々と影響を与えていそうですね。つまり私がライドシェア自由化の流れに貢献することができたとすれば、自動運転タクシー業界を狙っているプレーヤーにとっても嬉しいことですね。引き続き尽力していきたいと、改めて身が引き締まりました。

■インタビューを終えて

前後編にわたって、規制改革論者の川邊氏が指摘する、日本の官製ライドシェアの問題点やライドシェア法制のあるべき姿などについてインタビューをした内容をお届けした。ライドシェアと自動運転における課題の共通点などについても話は及んだ。

「タクシーとは別に、新法でライドシェアを別の業として作りたい」「民間の力でできるものに補助金を入れるのはおかしい」と語る川邊氏は、今後も国の規制改革推進会議やXなどのSNSを通じて積極的な発言を続けていくことに、改めて意欲を示した。

いま、モビリティ業界は大変革期にいる。ライドシェアや自動運転、そして今年の大阪・関西万博では、空飛ぶクルマがデモ飛行を行う。これらの革新的な技術や仕組みを社会で普及させていく上では、ユーザーたる国民が受ける恩恵や税負担、安全性などを鑑みて、法整備や規制・ルールの最適解を導き出す必要があり、その議論は活発かつオープンに行われてしかるべきだ。

今後も自動運転ラボでは川邊氏の発言に注目しつつ、国の規制改革推進会議の議論の行方についてもしっかりと追っていきたい。

▼【対談前編】ライドシェアは「タクシーと別の業」 LINEヤフー会長の規制改革論の真意は?
https://jidounten-lab.com/z_52466

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)



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