ADAS(先進運転支援システム)の機能の1つに「標識認識機能(TSR/Traffic Sign Recognition)」がある。道路標識を車載センサーで認識し、ディスプレイに表示したり警告を発したりする機能だ。
安全運転を支援するシステムとして非常に有用だが、最近、ホンダ「Honda SENSING(ホンダセンシング)」の標識認識機能が、ラーメンチェーン「天下一品」の企業ロゴを「車両進入禁止」の道路標識に誤認識したことが話題になった。
天下一品のロゴと車両進入禁止の標識は、ともに赤枠に白い横線が入ったもので、類似していることは確かだ。この記事では、こうした車載センサーにおける誤認識の課題と対策に迫っていく。
記事の目次
■ホンダの標識認識機能と「天下一品」の看板
ホンダの標識認識機能は、車載単眼カメラで道路標識を検知し、マルチインフォメーションディスプレイやヘッドアップディスプレイに表示することで注意を促す。最高速度や一時停止、はみ出し通行禁止、車両進入禁止の各標識を認識することが可能だ。
ただし、色あせた標識や街路樹などで一部が隠されたケース、数字の判別がつきにくいケースなどではシステムが正常に作動しない場合があり、ホンダのHonda SENSING BOOKにおいては、標識と似通ったのぼり旗や看板、トラック背面のステッカーなどを標識と誤認識する可能性があると記載されている。
ただし、標識認識機能が誤認識をしたとしても、ディスプレイに誤認識した結果が表示されるのみで、自動車の制御には影響しない。
なお、冒頭の「天下一品」の件はホンダも把握しており、そのためかどうかは定かではないものの、Honda SENSING BOOKにおいて誤認識の例として示された看板には、「中華そば」の文字が入っている。
【参考】Honda SENSINGについては「ホンダの自動運転・ADAS戦略とは? ホンダセンシング標準装備化」も参照。
■なぜ誤認識は起きるのか?その原因は?
こうした誤認識はなぜ起こるのか。車載センサーによる物体検知・認識は通常AI(人工知能)が担っており、センサーに映った物体の色やサイズ、形状、位置、動きなどの特徴から道路標識や白線、歩行者、自転車などを識別する。
多くの場合、特定のモノをタグ付け・ラベリングしたさまざまなパターンの大量の画像をAIに学習させる。例えば自動車を学ばせる場合、さまざまな車種・形状の自動車があらゆる角度で映し出された画像をAIに与えることで、AIは次第に特徴を見出し、「自動車とはこういうものだ」と結論付けていくのだ。
規格化された道路標識は比較的学習させやすいが、色あせや汚れ、光の加減、天気、街路樹の影響などで見え方が変わるため、許容範囲を設けることも珍しくない。若干色合いが異なったとしても、「これは一時停止の標識だ」などと認識できるように設定するのだ。
ただし、こうした許容範囲が広ければ、天下一品の企業ロゴを道路標識と誤認識することにつながってしまう。カメラの解像度やAIの判別精度などにも左右されるが、許容範囲が狭ければ認識不全に陥りやすく、逆に許容範囲が広ければ誤認識を起こしやすくなる。さじ加減が難しいところだ。
■自動運転においては誤認識が致命的になりかねない
こうした誤認識は、注意や警告を発するレベルのADASであれば許容範囲となるが、自動運転においては致命的になりかねない。自動運転車は、こうした道路標識に従って自動車を制御するからだ。高精度3次元地図に記された標識情報をフェールセーフ的に使用することも可能だが、米テスラの自動運転システムのように、地図を用いないシステムも存在する。
セキュリティ・脆弱性の調査や研究などを手掛けるMcAfee Advanced Threat Researchは2020年2月、ADASにおけるモデルハッキングの検証結果を発表した。
モデルハッキングはAIアルゴリズムの脆弱性を悪用して不利な結果を実現する概念で、同社は道路標識の誤分類・誤認識を引き起こすことに重点を置き、2016年製テスラ車に搭載されたMobileye製カメラの認識システムを解析した。
その結果、標識に簡単なステッカーを貼ることで、「一時停止」を「追加車線」の標識に誤認識させたり、速度制限の数値を誤認識させたりすることに「成功」したという。
McAfeeから報告を受けたMobileyeは、カメラシステムの最新バージョンにおいてこれらのユースケースに対応済みとしている。
■こうした課題のカギを握る「OTA技術」
今後到来する自動運転社会においては、こうした誤認識への迅速な対応が不可欠となる。道路標識以外にも重要なものから軽微なものまでさまざまな不具合や欠陥が見つかることが想定されるため、絶えずシステムの改善・アップデートを図る必要があるのだ。
一般乗用車においても、高度な自動運転レベル2やレベル3の普及が始まるため、車載センサーに対する依存度・重要性は大きく増していくことが予想される。
その際、従来のリコール対応のようにディーラー対応を待っていては手間も時間もかかるため、無線通信を活用したOTA(Over The Air)技術によって各車両のソフトウェアをリアルタイムで更新することが必然となる。
コネクテッド技術の進化により一部車種はOTAに対応しているものの、全体としてはまだまだ未対応なのが現状だ。まずは、こうしたベースインフラを整備し、OTAを標準仕様に変えていかなければならないだろう。
【参考】OTAについては「Over The Air(OTA)技術とは? 自動運転車やコネクテッドカーの鍵に」も参照。
■【まとめ】OTA技術が安全な自動運転の支えに
コネクテッド化・自動運転化が進む自動車は「動くコンピュータ」と化し、パソコンやスマートフォンなどと同様、適時ソフトウェアを更新し、最新の状態を保つことが必然となる時代がやってくる。
特に自動運転の実用化初期は、ユーザーを巻き込むような形でコンピュータの誤りを見つけるデバッグが行われることが想定される。開発や実証段階で発見できなかったエラーが、ユーザーの手に渡ることで初めて発見されることは珍しくない。
大事なのは、こうしたエラーに対し迅速に修正パッチを提供する開発体制と仕組みだ。自動運転の安全性を支えるOTA技術の進化に期待したい。
【参考】関連記事としては「【最新版】自動運転に必須の7技術まとめ 位置特定技術、AI技術、予測技術など」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)