陸上における自動運転車の開発同様、海上における船舶自動化に向けた開発も本格化しているようだ。広大な海上を渡航する船舶における自動化は、自動車における自動化とは環境が全く異なる。自動運航船にはどのような技術が必要であり、現在の開発状況はどの程度に達しているのか。
国や開発企業の動向を探り、自動運航船の概要とともに現在における開発の取り組みなどをまとめてみた。
■自動運転船の概要と開発の現状
自動運航船の概要:レベル分けの動きも
自動運航船は、船に搭載した高度なセンサーや情報処理機能、セキュリティの確保された衛星通信、陸上からの遠隔サポート機能などを備えた船舶とその運航システムを指す。
現時点における自動運航船のイメージは、外洋上においては従来の見張り役をセンサーなどの機械や陸上からの遠隔監視により行い、船舶交通が増加する沿岸部においては、船員らによる監視の下、基本的には見張りや操船を自動化する。港内では、船体が岸壁と平行になる位置まで自動操船を行う。接岸操船や綱取りは、無人タグのアシストなどを受けつつ有人で実施し、荷役は一部を自動化する。これらの仕組みにより、船員不足への対応や労働環境の改善、ヒューマンエラーの防止、入港時間の低減などを図ることが可能になる。
自動車業界と同様、自動運航船もその機能に応じて自動化レベルを定義づける動きがある。英国のリスクマネジメント組織「ロイドレジスターグループ(ロイド船級協会)」が提唱するレベル分けでは、機器などの運航支援ツール、船上や陸上といった支援する場所、人の関与の度合いによって、以下の7レベルに分類している。
- AL0「自動化なし」
- AL1「船上での意思決定支援」:船の運航は、船員が意思決定。船上の最適な航路表示等の支援ツールが船員の意思決定に影響を与える。
- AL2「船上及び陸上での意思決定支援」:船の運航は、船員が意思決定。船上または陸上から機器製造者による機器メンテナンス、航路計画に関する支援ツールが船員の意思決定に影響を与える。
- AL3「積極的な人間参加型」:船の運航は、人間の監視の下で自律的に実行される。船上または陸上から提供されデータにより、重要な決定は人間によってなさる。
- AL4「人間監視型」:人間の監視の下で自律的に実行される。重要な決定については人間によりなされる。
- AL5「完全な自律」:船舶のシステムが決定したことについて、人による監視がほとんど行われない。
- AL6「完全な自律」:船舶のシステムが決定したことについて、全く監視がなされない。
なお、自動運航船レベルについては、国際海事機関(IMO)でも暫定的なレベル分け案が合意されたようだ。
自動運航船の開発加速とともに国際ルール作りも進展
国土交通省海事局「海事レポート」によると、世界の海上荷動き量は2000年に55億9500万トン、2010年に91億2000万トン、2016年に111億5000万トンと着実に増加しており、今後、世界の船員需給がひっ迫する見通しという。
また、海難事故の約8割が人為的要因により発生していることなども踏まえ、世界的に船舶の自動化や高度安全化に向けた取り組みが進められている。自動運航システムの導入により、ヒューマンエラーの防止や船員の作業負担の軽減、運航の効率化などの効果に期待が持たれている。
国内においては、国土交通省が2016年度からIoT技術やビッグデータ解析を活用した船舶・舶用機器の技術開発を支援する「i-Shipping(Operation)」を推進しているほか、未来投資戦略2017の中で「自動運航船を社会に取り入れることによる海上物流の高度化」が掲げられ、2025年までに自動運航船の実用化を目指す方針が打ち出された。
船舶の設備、運航などに係る国際基準の2023年度中の合意を目指すとともに国内基準を整備することとし、2018年度にこれらの基準の基礎となる要素技術として、船内機器などのデータ伝送に係る国際規格の策定を主導するとともに、改正後の海上運送法に基づき、運航効率化のための最先端のデータ伝送技術などを活用した先進船舶の導入が、2025年までに250隻程度で図られることを目指すこととしている。
国際的には、国際海事機関(IMO)において自動運航船の国際ルール策定に向けた議論が進められており、2019年6月の会合では、日本とノルウェーなどが共同で提案した国際的な自動運航船の実証試験を安全かつ効率的に行うための暫定ガイドラインについて審議されるなど、日本として自動運航船の早期実用化に向け積極的に関わっているようだ。
■実現のために必要な技術
見張り自動化(他船検出): センサーで他船や障害物を検知
カメラやレーダー、AIS(自動船舶識別装置)データなどの情報を統合して、周辺船舶を自動検出する。可視光カメラや赤外線カメラ、高感度カメラなどさまざまなセンサーを駆使し、夜間や濃霧中など視界環境が著しく悪い状況下での検出を可能とする技術も開発中という。自動運航船においては、LIDAR(ライダー)は近距離の詳細検知などに使用されるようだ。
このほか、ボートユーザーなどを対象とした小型船の位置共有アプリの開発も進んでいる。アプリが小型船の接近を検出し、警告を発する機能などがある。
衝突回避:衝突防止に向け回避ルート選定
船が込み合った海域において、船同士が近接し衝突しないよう高度なアルゴリズムで衝突回避ルートを探し出して表示する機能などの開発が進んでいる。過去のAISデータに基づいてリスクを定量化するなど、統計的挙動予測アプローチによって30分後の危険エリアの予測や危険エリアを迂回する技術も開発中のようだ。
自動運転車の場合、衝突回避には走行ルートの変更とともにブレーキ制御などの余地があるが、重量のある船舶の場合、速度低減に時間を要することから、早い段階で回避ルートを見つけることが強く求められることになる。
船陸間通信:効率的な運行支援 将来的には操船支援も
運航する船から運航状況や機器類の状態などのデータを陸上ステーションとやり取りする技術。安定的かつ効率的な運航を可能にするほか、位置情報や船上のセンサーが取得した画像情報などをもとに操船支援を行うシステムの開発なども将来的に見込まれている。
自動離着桟:自動で桟橋へ離着する技術 実証実験進む
準天頂衛星(QZS)を活用した精密測位や高機能舵、無人タグなどにより、自動着桟を可能にする技術。自動運航船にとってはコア技術の一つとなる。
綱取りを含む大型船の完全自動着桟にはまだ技術的課題が残るようだが、官民共同で実証実験が進められている分野だ。
船体全体のデータ化:精度の高い自動航行に向けあらゆるデータを活用
見張りの自動化や衝突回避などのためセンサー類のデータや位置情報などのデータが収集・蓄積・分析されているが、このほかにもエンジンなどの機器類をはじめとした船体各部の状況をデータ化することで、船体モニタリングを可能にする必要もある。
可能な限りあらゆる情報をデータとして収集・蓄積・分析・共有することで、より精度の高い自動航行が可能になるのだ。
■自動運転船に関する取り組みをしている国内企業
日本郵船:避航操船AI開発や有人遠隔操船システムなど研究開発中
国内海運大手の日本郵船は、2018年3月に発表した新中期経営計画「Staying Ahead 2022」の中で将来に向けた自動運航船の開発などデータとデジタル技術を駆使した新たな価値の創造を目指すことを打ち出している。
2018年5月、日本海事協会の子会社である株式会社シップデータセンターが手掛ける船舶の運航データを共有化する「IoS-OP(Internet of Ships Open Platform)」のコンソーシアムに中核メンバーとして参画した。
IoS-OPは、海事産業の関係者が合意した秩序あるルールの下で、関係者がデータを共有するための共通基盤。企業が壁を越えてデータを共有・活用し、「データ駆動型イノベーション」を促進する重要なインフラとなる。
同年7月には、日本郵船グループの株式会社MTI、株式会社日本海洋科学(JMS)が国立大学法人神戸大学と共同で研究する「人工知能をコア技術とする内航船の操船支援システム開発」が、国土交通省の「交通運輸技術開発推進制度」に採択された。
グループでは自動運航船につながる技術として避航操船(他船と衝突を避けるための操船)に関し「安全性と経済性を両立する避航操船用のAI開発」と「熟練操船者の経験を幾何学的なモデルで再現する避航操船プログラムの開発」の2つのアプローチで研究を進めている。
前者は、深層強化学習を応用し、膨大な数の航海シミュレーションを通して徐々に最適な避航行動を学習し、さまざまな状況下で安全性と経済性に優れた避航操船行動を選択できるプログラムの開発を進めている。一方、後者は、操船経験が豊富な船長・航海士の経験値や感覚値をJMSの交通流シミュレーション用プログラムに組み込むことで、プログラムを実船の運航支援用に改良し、自律航行の技術として確立させることを目的に研究を進めている。
同年8月には、国土交通省が実施する「操船支援機能と遠隔からの操船等を活用した船舶の実証事業」の実施者として、同社と同社グループの株式会社MTI、京浜ドック株式会社、株式会社日本海洋科学が選定された。
コンピューターが周囲の情報を収集・統合・分析して行動計画を作成し、遠隔地もしくは本船上の操船者による承認の下、その行動計画を実行に移す「有人遠隔操船システム」に関し、タグボートでデータ収集とシステム開発を行い、2019年後半にはタグボートにおいて同システムの実証実験を行う予定だ。
商船三井:自動離着桟技術の実証進める
商船三井は2017年5月、三井造船と共同提案した「自律型海上輸送システムの技術コンセプトの開発」が国土交通省の「交通運輸技術開発推進制度」の研究課題の一つに採択された。
船舶の自動・自律運航技術の導入による安心・安全で効率的な海上輸送システムの実現に向け、高度に自律化された船舶(自動運航船)の技術コンセプトを開発し、自動運航船実現に必要となる技術の開発ロードマップを策定するもので、研究の進捗に伴って段階的に広く社会や海事産業界に提示することにより、自律型海上輸送システムの実現に向けた技術開発と社会実装に向けたインフラと制度整備の動きを促すこととしている。
2018年7月には、三井E&S造船、国立大学法人東京海洋大学、三井造船昭島研究所とともに共同提案した「船舶の自動離着桟の安全性に係る実証事業プロジェクト」が、国土交通省の自動運航船実証事業に採択された。
プロジェクトでは自動離着桟を主眼に置いた実証試験を行うほか、独自に遠隔監視・自動避航の実証実験を行うことも計画しており、これにより実用性の高い自動・自律運航システムの実現に向けた取り組みを加速させていくこととしている。
実証実験は同年12月から2019年2月にかけて東京海洋大学の汐路丸で実施し、海上に設置された仮想桟橋に対し計54回の自動着桟を行った。2019年度は大型内航フェリーでの実証実験を予定しており、この実験解析結果を生かし、大型フェリーの操縦性能を考慮した適切な操船制御の実現などの課題を解決する操船制御システムの開発と試験方法の検討を進めていく予定としている。
川崎汽船:K-IMS開発 運航データをビッグデータ化して運航支援
川崎汽船は、統合船舶運航・性能管理システム「K-IMS」を川崎重工グループとともに共同開発したと2016年に発表している。K-IMSは、従来の電子アブログ&パフォーマンス解析システムと機関状態遠隔監視システムをベースとし、航海データを含めた本船のあらゆる運航データをリアルタイムに収集・監視するシステムに発展させると同時に、新たに最適運航システムを取り入れたもの。本船から自動送信されるリアルタイムな運航データを相互のシステムにおいて有効活用することが可能となり、リアルタイムで本船運航状態や最適安全航路の選定、最新の本船運航性能等を把握することで、陸上から本船の運航支援と性能管理を容易に行うことができるという。
大島造船所:自律操船システム開発 完全バッテリー駆動式自動運航船も発表
大島造船所は2018年7月、国土交通省が実施する自動操船機能の実証事業を三菱重工のグループ会社、MHIマリンエンジニアリングとともに受け、事前に設定した経路や速度の保持や衝突や座礁の防止、離着岸を支援する機能を持った自律操船システムの共同開発を進めている。
2019年6月には、日本初の完全バッテリー駆動式自動運航船「e-Oshima」の命名式について発表されている。e-Oshimaには衝突・座礁を防止するための自動避航を可能とする自動操船システムが導入されているほか、内燃機関を使用せず、航行用の推進動力をはじめ通信・航海計器など必要な電源を全てバッテリーから供給することで、低騒音、低振動かつクリーンな航行を実現しているという。
Marine X:水上モビリティの自動航行化とビジネス化目指し起業
自動運航船の開発は大手海運事業者が主体となっているが、新進気鋭の企業も誕生している。2019年5月設立の株式会社Marine Xは、船舶をはじめとする水上モビリティの自動航行化と自動航行技術を活用したビジネス開発を進めている。
異なる業界から新たなテクノロジーを取り入れ応用することで、水上モビリティの体験を「より安全に、快適に、楽しく」するとともに、。将来的には観光・レジャー業界を中心に、離島同士を完全自動運航の船舶でつなぐ局地的なインフラの構築や、河川を利用した新しい都市型の水上交通網の構築を実現することで、海洋立国である日本で海やボートを身近な存在にしていくこととしている。
【参考】Marine Xについては「水上モビリティの自動運転化へ新会社 Marine X社、大阪で設立」も参照。
パイオニア:3D-LiDAR活用し自船位置推定や周辺環境認識技術確立へ
電機メーカーのパイオニアも、東京海洋大学と共同で船舶の自動運転化に向けた研究を進めているようだ。
将来の自動運航船の実用化に向け、同社が開発した3D-LiDARセンサーを用いた自船位置推定技術、周辺環境認識技術の確立および検証を行うこととしている。
【参考】パイオニアの取り組みについては「パイオニアと東京海洋大学、3D-LiDAR活用して自動運転船を実現へ」も参照。
■【まとめ】自動運航船の開発本格化 多様化の動きも
自動運航船の開発は今まさに本格化した状況で、海運事業者や通信事業者らを中心に鋭意進められている状況だ。また、Marine Xのようにロボティクス技術などを活用した取り組みや、早くもMaaS(Mobility as a Service)に取り入れる動きなども出始めている。
また、海洋調査などを目的とした小型の船舶や軍用の船舶については無線操縦技術がすでに実用化されており、こうした技術と組み合わせた新技術の開発なども今後出てきそうだ。
陸、海、空、それぞれで自動化が進められている昨今。将来、水陸両用で空も飛べる機体が登場する日が訪れるのかもしれない。
【参考】関連記事としては「【最新版】自動運転車の実現はいつから?世界・日本の主要メーカーの展望に迫る|自動運転ラボ」も参照。