高速道路における大型自動車などの最高速度が、2024年4月に時速90キロに引き上げられた。物流2024年問題対策としての施策の一つだ。近年、高速道路の一部区間において一般乗用車の最高速度が120キロに引き上げられるなど、高速道路の「高速化」は少しずつ進んでいるようだ。
一方、初心者やペーパードライバー、高齢者ドライバーなど、高速化を望まない層がいるのも一つの事実だ。中には、むしろ制限速度内でのみ走行可能なクルマが欲しいという人もいるのではないだろうか。
ニッチな需要があるのかどうかすら不明な「制限速度内でのみ走行可能なクルマ」。技術的に実用化することは可能なのだろうか。また、仮に実用化された場合、道路交通においてどのような存在となるのか。速度規制の実態に迫ってみよう。
記事の目次
■道路における速度規制
道路区分ごとに速度規制基準が存在する
道路の最高速度は、道路交通法第22条により「道路標識等によりその最高速度が指定されている道路においてはその最高速度を、その他の道路においては政令で定める最高速度をこえる速度で進行してはならない」と定められている。
各道路の設計速度は、道路の区分に応じた速度規制基準が道路構造令で定められており、交通事故発生状況や道路構造、沿道状況などの現場状況に応じた補正を行った上で決定される。
規制は定期的に見直しされており、2009~2011年度の見直しでは、685区間で40キロ規制が50キロ規制に、152区間で30キロ規制が40キロ規制に変更されるなどしている。
クルマの最高速度は、基本的にこの道路における最高速度に従わなければならないが、実勢速度は多くの道路でかけ離れているのが実態だ。交通量が少なく視界が開けている郊外では実勢速度は最高速度よりも早く、逆に交通量が多い商業エリアなどでは遅くなる場合が多い。
昔のクルマは時速100キロ超で「キンコンキンコン……♪」
国産車においては、乗用車は時速180キロ、軽自動車は時速140キロ、大型トラックは時速90キロのリミッターが一部例外を除き設けられている。大型トラックは道路運送車両法で明確に規制されているが、それ以外は日本自動車工業会による自主規制だ。
道路の設計速度は最高時速120キロまでだが、リミッターが120キロに設定されているとアクセルベタ踏みのエンジン全開状態で走行しなければならず、負担が大きい。余裕を持った走行能力を提供するとともに、勾配などを考慮し、坂道でも最高設計速度を満たすことができるよう設定されているようだ。
余談だが、昭和中後期の時代のクルマには速度警告装置が搭載されており、乗用車で約100キロ、軽自動車で約80キロを超す速度を出すと「キンコン…キンコン…」とアナログチックな音が車内に鳴り響いた。1986年に搭載義務付けが廃止されたが、恐らく年配の方は今でも脳内再生可能なほど記憶に刻まれているのではないだろうか。
キンコンシステムでは速度制限に対応できない?
さて、ここからが本題だ。現実として大半の自動車が制限速度以上の速度で走行できるよう設計されており、それ故速度違反で検挙される人も後を絶たない。減少傾向にあるものの、2023年中の最高速度違反の検挙件数は88万件に上る。
多くの場合、意図的に制限速度を超えるようアクセルを踏み込んでいるが、中にはぼーっとしていつの間にか速度が出ていたケースや、標識を見落とすケースなどもある。いわゆる漫然運転だ。
絶対的安全運転主義者の中には、こうしたヒューマンエラーを回避するシステムを求める人がいるかもしれない。制限速度を絶対に超えないクルマだ。
簡易的には、制限速度を超えた場合にアラートを発する機能があればよい。「キンコンキンコン」と鳴っていた昔ながらの技術をリバイバルさせるのだ。ただ、制限速度は道路によって一律ではなく、沿道の状況などによって都度変わる。小学校があれば、その周辺だけ時速30キロ規制なども珍しくない。
各道路の制限速度を可変的に認識し、それに対応してアラームを鳴らすのは「キンコン技術」ではなしえない。キンコン技術は、あくまで単一の速度にしか対応していないためだ。
道路標識認識機能と連動しても対応しきれない?
各道路の制限速度に対応するためには、システムが標識を都度認識して上限速度を制御する機能が必要となりそうだが、これでも対応しきれない。交差点を右左折して別の道路に出た際、都合よく速度標識が設置されているわけではないためだ。
すべての道路に対応するには、カーナビマップ上のすべての道路に制限速度をマークし、位置情報と結びつけて対応しなければならないだろう。GPSによる位置情報も、誤差が大きいと大変なことになる。稀に隣接する別の道路を走行していることもある。高精度な測位システムも重要となりそうだ。
その上で、随時制限速度をシステムが認識し、上限を超えることがないよう車両を監視し続けるのだ。ドライバーが上限を超える勢いでアクセルを踏んだ際、システムが自動制御してリミッターを掛けるような仕組みだ。
こうしたシステムが搭載されれば、高齢者に多いペダルの踏み間違いによる暴走事故の一部を回避できる可能性もある。敷地内の暴走には対応しきれないものの、道路走行中の暴走を一定程度抑制することができる。
渋滞やあおり運転誘発の懸念も
ただ、常に制限速度で走行する車両がいた場合、別な問題が発生する可能性がある。渋滞やあおり運転だ。実勢速度70キロの郊外の道路で制限速度50キロを厳密に守って走行していれば後続車は徐々に連なり、ブレーキを踏む人や、しびれを切らしてあおりモードに突入する人が出てくる。対向車線にはみ出して追い越しを掛ける人も出てくるだろう。
一番左側の第1走行車線を制限速度を満たしながら走っている限り本来文句を言われる筋合いはないが、ドライバーの考え方は十人十色だ。ドライバーの思考が色濃く反映される運転操作は社会の縮図であり、緩めの法規制のみで完全統制できないのは必然と言える。
善悪は別として、これが現実の道路交通社会だ。ペーパードライバーや絶対的安全運転主義者など、制限速度で走行したいドライバーにとって、道路上は針のむしろなのだ。
こうしたトラブルの要因は、各車両の走行速度にばらつきがあるためとも言える。絶対的安全運転主義者が走行しやすい道路環境を作るには、道路上を走行するすべてのクルマが制限速度内でしか走行できない仕組みを作るしかない。
速度警告システムをバージョンアップ?
過去、速度警告音が義務付けされたのは1974年から1986年までの間だ。廃止された理由としては、一定リズムのキンコン音が眠気を誘発するという理由や、日本の独自規制ゆえ海外メーカーから圧力がかかったとする説などが挙げられている。
この速度警告音に関する規制を、改良を加えつつ復活させると交通安全に大きく貢献するかもしれない。上述した各道路の制限速度を網羅したマップと連動させ、制限速度を超えた際にキンコンし始め、さらに速度を増すごとにより不快な音や音声に変わっていく。
コネクテッド機能を活用し、20~30キロオーバーした際は自動で警察に通報……というところまでいけば、速度違反の大半は解消できるのではないか。現段階においては拒否反応が大きいものと思われるが、未来の道路交通社会においてこうしたシステムが実装される可能性は否定できないだろう。
■速度規制と自動運転車
自動運転車は制限速度を順守する
制限速度をしっかり守る存在として、自動運転車が挙げられる。自動運転車は、走行中の道路の制限速度をしっかりと把握し、制限速度を上限に安全運転するよう設計されている。
カメラなどのセンサーが随時道路標識を認識するほか、多くの自動運転車は速度規制などの規制や指示が盛り込まれた高精度3次元地図を実装し、自車位置と突合しながら正確かつ安全な走行を実現している。
原則、交通違反を行わないことが求められているため、絶対的安全運転主義者がひれ伏すような優等生ぶりを発揮する存在となる。
この自動運転車における速度制御の仕組みを用いれば、手動の一般車両においても制限速度を守るシステムは実現できるだろう。
制限速度遵守は厄介者扱い?
ただ、現段階においては、実勢速度が規制速度を上回る道路においては制限速度内の走行は厄介者扱いされる。Navya(GAUSSIN MACNICA MOBILITY)製ARMAなど、時速20キロで走行する自動運転車が実用化されているが、こうした低速モデルの実装には多くの交通参加者の理解と協力が不可欠となる。
制限速度未満で走行する場合は、後続車が安全に追い越しできるようなスペースを設ける必要もあるだろう。
制限速度を満たす限り本来後続車に配慮する必要はないが、世知辛い現実の交通社会を考慮すると、制限速度未満で走行する場合と同様の対応が求められることも多い。実勢速度が優勢である限り、流れに乗れない、あるいは流れを壊す車両の存在は現実問題として邪魔者扱いされてしまうのだ。
であるならば、アダプテッドクルーズコントロール(ACC)のように、前走車両に追従するか、一定速度を上限に維持しながら走行するシステムのほうがなじむのかもしれない。
果たして、制限速度内でしか走行できないクルマが求められる日は訪れるのか。本来求められるべき存在の車両であるはずだが、一種のジレンマのように必要とされないのが「今」の交通社会だ。
しかし、自動運転車が市民権を得てスタンダードな存在となり、そして本格的な普及期が訪れた際には、速度に対する考え方が変化している可能性がある。自家用車へのレベル4技術導入が進めば、制限速度による走行も徐々に一般化し始めるためだ。
■【まとめ】現在の常識は未来に通用しない
現在の常識が未来においても常識とは限らない。多数派がいつまでも多数派であるとは限らないのだ。
また、自動運転技術が高度化した未来においては、従来の制限速度そのものが大きく変わっている可能性も考えられる。
手動運転車は20年先も残っているものと思われるが、その割合は徐々に低下し、道路交通の主導権は自動運転車が握ることになる。そうした時代には、道路交通の概念が大きく変わっているはずだ。
「制限速度内でしか走行できないクルマ」に対しても、常識にとらわれない考え方が必要となりそうだ。
【参考】関連記事としては「似てる?マツダ車、道路の番号標識を「制限速度」と勘違い」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)