【報告書分析】東京五輪のトヨタ自動運転車事故「人為的ミスが重なった」

関係者間の安全対策や横断ルールの認識に溝

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出典:自動運転車事故調査報告書

東京オリンピック・パラリンピックの選手村で発生したe-Palette(イー・パレット)の接触事故に関する「自動運転車事故調査報告書」が、このほど公表された。自動運転車事故調査委員会(交通事故総合分析センター)が取りまとめた。

2021年の大会当時、選手村内で選手らの移動を担っていたe-Paletteが視覚障がいを持つ選手と接触し、軽傷を負わせた事故だ。結論から言うと「人為的ミス」に他ならないが、複数の要因が複合的に結びついて事故に至った経緯が細かに記されている。

事故の概要を踏まえつつ、事故の発生要因について解説していく。

▼自動運転車事故調査報告書〔調査対象事故〕パラリンピック選手村内中型バスの接触事故(東京都中央区)
https://www.mlit.go.jp/jidosha/content/001628504.pdf

■事故の概要
パラ選手がe-Palette側方に接触

事故は2021年8月26日、パラリンピック開催中の選手村で起きた。選手村内の巡回バスとしてe-Paletteを自動運転レベル2の状態で走行中、交差点を右折した際に横断歩道で選手と接触した。選手は視覚障がい者だった。

横断歩道の手前で完全に停止する直前に運転者が手動操作で再発進させた後、e-Paletteの運転システムによって事前設定した速度まで加速している際、選手が横断歩道に向かって進行したため運転者が「SLOW DOWN」スイッチを手動操作し減速を行ったが間に合わず、e-Palette側方の前輪付近に選手が衝突した。この事故で、選手は左足に軽傷を負った。

e-Paletteがわずかに先に横断歩道に進入し、それに気付かなかった選手が衝突した格好だ。当時、交差点には交通誘導員2人が配置されており、e-Paletteには運転者のほか、接遇員と乗客5人が同乗していた。

事故概要図=出典:自動運転車事故調査報告書
当該車両と被害者の接触推定箇所=出典:自動運転車事故調査報告書
時系列の動き

報告書では、事故発生30秒前からの運転者や交通誘導員らの挙動を時系列で細かに追っている。事故発生の29秒前、e-Paletteは交差点の横断歩道(右折前)に差し掛かり、一時停止した後運転者が「GO」スイッチを操作する。

e-Paletteは10数秒かけて右折後の横断歩道に差し掛かる。この間、選手は右折後の進行方向側から交差点に向かって歩道を進んでいる。交通誘導員は、e-Paletteの方を向いたまま停止灯を持った左手を車両進行方向に向けて水平に掲げる動作を行っている。この動作を見て、運転者は選手が横断歩道手前で立ち止まるか、または交通誘導員が選手を制止すると判断した可能性があるようだ。

e-Paletteは選手もしくは交通誘導員を検知し、横断歩道手前の仮想一時停止線でブレーキをかけるが、完全に停止する直前、事故の約9秒前に運転者が「GO」スイッチを操作し、横断歩道への進入を開始しようとする。5秒前には歩道を歩く選手の方を目視している。一方の選手は下方向を見ながら歩道を進んでおり、3秒前に白杖を逆手に持ち、そこから横断歩道への進入を開始する。

進行方向を向いていた運転者は、2.21秒前に上体をずらして選手の方向を目視し、「SLOW DOWN」スイッチを操作するが間に合わず、選手と衝突した0.85秒後に「緊急停止」スイッチを押した。誘導員は3秒前から身体をe-Paletteに向けたまま、選手の方向を目視していたようだ。

当該車両、被害者及び当該誘導員の動き=出典:自動運転車事故調査報告書

【参考】選手村における事故については「「自動運転バス」なのに?事故で運転手を送検」も参照。

■関係各者に対する分析
e-Paletteの検知対象から歩道上の選手が外れる?

当時、横断歩道付近の歩道上は、e-Paletteの作動検知エリア範囲外とされていた。横断歩道付近には交通誘導員や横断歩道への進入を意図しない歩行者などがおり、これを検知対象とすると車両が停止を繰り返して前進できなくなるため対象外とし、運転者が確認・判断することとなっていたようだ。

このため、今回被害にあった選手は検知対象から除外され、減速機能が作動しなかったと考えられている。

なお、報告書では2019年時点においては、自動運転システムが歩行者らの行動を解析し横断歩道への進入を完全に予測する方法は、標準的な技術として実用化された例は見当たらないとしている。横断歩行付近の歩行者が渡るのか渡らないのかをシステムが正確に判断するのは難しいということだ。

また、e-Paletteには基準に適合する音を発する車両接近通報装置が備えられていたが、選手は調査に対し同意せず口述聴取が行われていないため、この音を認識していたかどうかは不明という。事故発生時の周囲の騒音状況なども不明で、分析は困難という。

運転者への技能教育には問題なし

運転者は事前に研修施設内やドライビングシミュレーター、座学、実際の運行ルート上における実車を用いた技能教育などを行っており、多様なヒヤリハット場面に対応できる素養を持ち合わせていたと考えられる。

こちらも諸般の事情により運転者から口述聴取ができていないため真相は不明だが、運転者が事故の2.21秒前に「緊急停止」スイッチではなく「SLOW DOWN」スイッチを選択した理由として、この操作で接触を回避できると判断した可能性が指摘されている。

なお、運転者が車両の加速や操舵を操作ができないといった制約があった。e-Paletteの仕様は通常のハンドルやブレーキと異なる特別な装置で操作する「特別装置自動車」であったため、十分訓練していても慣れない操作方法が影響したことも考えられるため、シミュレーターによる実証などによる詳細な分析を待つ必要があるとしている。

大会組織委と車両運行者、警備会社間の意思疎通に疑問点?

同交差点においては、もともとトヨタから大会組織委員会に信号機の設置や交通誘導員6人の配置が要望されていた。しかし、予算面の制約などから却下され、当初はボランティア2人が配置されていたという。その後、ボランティアによる誘導で混乱が生じたため、警備会社による交通誘導員を配置したという。

警備会社は、大会組織委員会が策定した誘導マニュアルに「巡回バス優先」と記載されていたことから、通行の順位を歩行者よりも巡回バスが優先として認識し、交通誘導員に指示していた。実際は「歩行者」が最優先される。

また、障がいの程度は外見から判断しにくいため、横断する可能性がある歩行者に対しては声掛けによる注意喚起を行うよう指示していた。

事故発生時、交通誘導員は選手の存在を認識していたものの、横断歩道に進入しないものと判断して声掛けを行わず、横断を制止する姿勢をとっていた。選手に声掛けし、その上で制止を行うことで事故を回避できたと考えられるとしている。

なお、トヨタが提供した資料によると、交通誘導員が歩行者に対して停止を求める姿勢を取っている時は、交通誘導員の誘導に従って速やかに交差点を通過するよう巡回バスの運転者に対して再三の申入れがあったという。

運転者は「歩行者優先」と認識しており、交通誘導員の指示と選手の動きに戸惑い、わずかに対応が遅れた可能性もありそうだ。

報告書では、「交通の運用ルールについて認識の齟齬が発生していた」と指摘している。

■事故発生の原因
さまざまな要因が結び付き事故に発展か?

運転者は、選手が横断開始することに対する予測と判断が遅かったと指摘されている。その裏側には、巡回バス優先と指示された交通誘導員による対応が内在しており、また、交通誘導員が選手に声掛けを行っていなかった事実も判明している。

さらには、交通誘導員の配置などの安全対策に関する調整や交通運用ルール、特に交差点における車両と横断者の優先関係に関する認識の共有が十分でなかった部分がみられる。大会組織委員会とバス運行サイド(トヨタ)、警備会社の意思疎通が十分図られていなかったことも要因に挙げられる。

運転システム面では、横断歩道付近の歩道上の障害物が作動検知エリアから除外され、横断歩道手前の歩道上に位置していた選手に対し作動しなかったと考えられる。

また、運転者による「SLOW DOWN」スイッチの操作による減速に加え運転システムによる通常ブレーキと緊急ブレーキが作動したが、これらの減速機能は主に走行ライン近傍の障害物や車両側方近傍の障害物通過時の衝突を回避するためのもので、走行ラインの側方から車両に向かって進行してくるものとの接触を回避することは想定外となっていた。

このため、選手が横断歩道手前の歩道上に位置している際は作動検知エリア外となり、直近まで車両は減速することができず、接触回避に至らなかったと結んでいる。

いずれにしろ、レベル2運行である限りシステムに責任を求めることはできない。人為的ミスが積み重なった末に起きた事故と言えそうだ。

巡回バスに搭載されていたセンサー等=出典:自動運転車事故調査報告書
「GO」及び「SLOW DOWN」並びに「緊急停止」スイッチの配置=出典:自動運転車事故調査報告書
■再発防止に向けた提言
全ての交通参加者の総合的な取り組みで安全を確保

今後普及が見込まれる運転自動化技術を利用した車両や、将来の自動運転車を使用した移動サービスにおいても今回の事故と同様の状況に遭遇しうる。

現状、常に人間と同等の認知や予測、判断を含む運転操作を運転自動化システムに求めることには一定の限界があり、人間による運転と自動運転システムによる運転の違いを認識した上で、総合的に交通の安全を確保していく必要がある。

社会実装に向けては、システムの性能を高めるとともに、自動運転車が安全走行できる外部環境を構築し、車両運転者のみならず車両利用者を含む全ての交通参加者の総合的な取り組みによって、交通の安全を確保することが重要としている。

システムとドライバー間における運転権限の誤解をなくす

人間のドライバーが運転操作を行う状況が存在する自動運転車においては、車両のシステムが運転の全てまたは一部に責任を負って自動運転を行っていると誤解しないようにする必要がある。また、システムもこうした誤解を招かない仕様とすることが求められる。

運転者は、ブレーキなどの装置を含む車両特性や操作方法を十分に理解し、道路状況や交通状況に応じた技能を習得し、運転自動化システムが担う役割と運転者が担う役割を理解した上で運転を行うことが求められる。運転者に対する事前教育も不可欠としている。

関係者間で合意した安全対策を確実に遂行

自動運転車の運行に関わる実施主体や車両開発者、運行主体、警察をはじめとする関係行政機関などが、車両特性や技術レベルに応じた適切な走行環境を構築し保持することが必要で、その上で運行を計画する段階から安全対策を検討し、実施主体、運行主体などの間で運行方法や交通ルールに関する認識に齟齬が生じないよう周知を徹底し、合意した安全対策が確実に実施されるようにする必要がある。

また、今回の運行は道路使用許可を受けた上でのものだったが、許可に付された交通安全に関する許可条件や指導事項が抽象的なものにとどまっていたことから、改めて運転自動化技術を利用した車両に係る道路使用許可と安全対策の在り方について見直す必要があるとしている。

障がい者への対応にも言及

今回の事故の教訓の1つとして、視覚障がい者の利用が多く想定される交通状況においては、視覚障がい者にも対応可能な交通信号機の設置や、車両接近時に注意喚起音を鳴らすといった特別な配慮を検討すべきことにも言及している。

現実の道路交通環境では、子どもや高齢者など交通事故に遭うリスクの高いさまざまな者が通行していることから、道路状況や交通状況に応じ対策を検討する必要があるとしている。

記録装置はますます重要に

運転自動化技術を利用した車両に係る事故調査は、当事者の状況や装置などの作動状況、道路状況・交通状況などを考慮し、総合的かつ科学的な調査・分析を行い、事故原因を究明する。

自動運転車の場合、人間ドライバーが存在しない状況も考えられ、この場合運転者からの状況の聞き取りは行えず、自動運転車に記録されたデータの重要性はさらに増す。

事故原因の究明に必要なデータを確実かつ正確に記録・保持し、各種データを最大限活用するために可視化することが望まれる。

■【まとめ】自動運転実証の教訓に

選手村における事故はe-Paletteのシステムに起因するものではなく、それ以前の人為的なミスが重なった結果発生したものだった。

要因の1つとして「ドライバーによる対応の遅れ」が指摘されているが、これは実質レベル2、レベル3状態で行う自動運転実証で発生しやすい事象かもしれない。適格なドライバーであっても、システムの判断に先駆けて手動介入し過ぎれば実証の意味をなさないため、ギリギリまでシステムによる制動を待とう――といった心情が働くためだ。このギリギリの判断が難しい。

各地で自動運転実証が加速し始めているが、同様の事例は当然ながら起こり得る。基本的な部分をしっかりと見直し、安全確保に努めてほしい。

※自動運転ラボの資料解説記事は「タグ:資料解説|自動運転ラボ」でまとめて発信しています。

記事監修:下山 哲平
(株式会社ストロボ代表取締役社長/自動運転ラボ発行人)

大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報
【著書】
自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)



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