堅調に右肩上がりの成長を続けるEC市場。中でも近年注目を集めているのが即時配達を行う「クイックコマース」だ。
注文を受け次第直ちに配達を行うクイックコマースは、ラストマイルを担う労働力不足や送料などの課題を抱えるものの、それ故に自動運転との相性が良い。それ故に自動運転・無人配送との相性が良い。
コロナ禍を契機に需要が増大したクイックデリバリーを含め、「即配」と自動運転の相性について解説していく。
記事の目次
■EC市場の動向
世界のEC市場規模は500兆円超に、日本は3位
今さら説明は必要なさそうだが、ECは「Electronic Commerce(エレクトロニック・コマース)」の略で、一般的にはインターネットを介して受発注がコンピューターネットワークシステム上で行われる取引を指す。大手ECプラットフォームとしては、楽天市場やAmazonなどが代表的だ。
総務省によると、2021年の世界のEC市場の売上高は、前年比19.5%増の542.0兆円という。コロナ禍における巣ごもり需要が大幅増の背景にありそうだ。国別では、中国が178.4兆円と他国を突き放し、米国101.7兆円、日本28.0兆円、ドイツ17.2兆円、英国16.6兆円と続く。日本は世界3位の規模のようだ。
▼令和4年版 情報通信白書
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/html/nd236300.html
一方、経済産業省の調査によると、2021年のBtoCタイプのEC市場規模は、前年比7.35%増の20.7兆円という。企業間ECにあたるBtoBタイプは同11.3%増の372.7兆円(2020年)、個人間のCtoCタイプは同12.9%増の2兆2,121億円という状況だ。
コロナ禍後の反動や物価高などその時々の影響で短期的には増減するだろうが、長い目で見ればEC市場はまだまだ右肩上がりを続けていくと思われる。
即日配達が肝のクイックコマース
一方、クイックコマースは、注文を受けてから迅速に商品やサービスを配達する形態を指す。配達されるまでの時間に明確な定義はないものの、早いものは30分以内、遅くとも注文当日中に配達完了するものを指すことが多い。
楽天市場のようなECプラットフォーム・ネット通販サイトなどは、基本的に国内であればどこでも注文を受け付ける。送料や配送日時に差が出るものの、全国、あるいは全世界を対象に商品を販売しているのだ。
一方、クイックコマースはあらかじめ配送可能エリアを限定することで、即配送を実現するものが一般的だ。実店舗を含む配送拠点から、予定時間内に配送可能なエリアを設定し、同エリア内の居住者を対象にネット注文を受け付ける形だ。
近年は、店舗形態ながら店内で買い物ができない実質配送拠点となるダークストアを設け、即配送サービスを提供する例も増えているようだ。
クイックデリバリーはコロナ契機にサービスが浸透
Uber Eatsに代表されるデリバリープラットフォームも実質的にクイックコマースと同一と言える。ネット上のプラットフォームを通じて注文・配送を行う仕組みはECと変わらないからだ。
ネットを介して飲食店の料理などを注文・受注し、多くの場合単発で仕事を請け負うギグワーカーを通じて即時配達を行う。コロナ禍を契機に大きな注目を集め、出前館などさまざまなプラットフォーマーが鎬を削ることとなった。
近年では、ダークストアとなる「Uber Eats Market」をUber自らが運営し、日用品の取り扱いを開始するなど、一般的なクイックコマースと変わらないビジネス展開も進めている。
競争激化で淘汰もすでに始まっている
国内デリバリーサービスは、Uber同業のDiDiによるDiDi Food、フィンランドのWolt、ドイツのデリバリーヒーローが展開するfoodpandaなどがコロナ禍に相次いで進出したが、DiDi Foodとfoodpandaは国内事業から撤退している。
市場拡大のスピード以上に競争が激化したことが要因と思われる。登録店舗やギグワーカー確保に向けた競争が激化する一方、利用者の伸びが過当競争・サービスの水準に追い付かず、体力勝負の先にある事業継続性を見失ったのかもしれない。海外勢にとっては、日本向けサービスへのカスタマイズ面でも壁があった可能性がありそうだ。
その一方、国内スタートアップのエニキャリのように、自前のデリバリーサービスanyCarryを運営しつつ、注文サイトの構築や配達管理システムの提供、自転車配送サービスなどをソリューション化し、ラストワンマイル物流のDX化を推し進めている例もある。
クイックデリバリーサービスが浸透し、黎明期を抜けるまでの間にどのようなビジネスモデルを確立していくかが勝敗を左右しているのかもしれない。
スーパー業界でもクイックコマースが加速傾向に
スーパーマーケット業界におけるクイックコマース導入の動きも活発化している。大手は軒並み自社ECサイトを開設しているが、その枠組みの中で、または別個にクイックコマースサイトを設ける動きが出ている。
セブン-イレブン・ジャパンは2017年、注文から最短30分で商品を配達する「セブン-イレブン ネットコンビニ(現7NOW)」を開設した。実店舗を配送拠点に近隣エリアに配達する仕組みで、2023年時点で東京都・北海道・埼玉県・千葉県・広島県・神奈川県の一部地区1,200店でサービスを提供している。全国各地に店舗網を持つコンビニならではのサービスだ。
セブン-イレブンとともにセブン&アイ・ホールディングス傘下に収まるイトーヨーカ堂も早くからECサイトを運用し、当日配送などの取り組みも進めている。
2023年4月には、小売ECプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」を提供する10Xと店舗起点の配送サービス実現に向け検討を開始したことを発表した。イトーヨーカ堂は、首都圏のネットスーパー利用ニーズを受け従来の店舗出荷型からセンター出荷型への移行を推進しているが、店舗起点の多様な買い物ニーズに対応するため、「店舗資産を活用した未来のお届けサービス像」について共同検討を行うという。
バローホールディングスは、ネットスーパー「ainoma」で当日注文・受け取りに対応したサービスを展開している。
西友は楽天と手を組み、「楽天西友ネットスーパー」で当日配送を行っている。Amazonが運営するネットスーパー「Amazon フレッシュ」なども同様に当日配送を可能にしている。
■クイックコマースが抱える課題
クイックコマースの配送は非効率?
こうした即配におけるネックは、配送を担う労働力(ドライバー)と配送料だ。Uber Eatsなどのようにギグワーカーを活用するのも1つの手法だが、即配を行う上で安定性に欠ける面があり、配送料相当のコストもかかる。直営でドライバーを確保する場合、ドライバー不足で人は集まりにくく、人件費もばかにならない。そのうえコストはそのまま配送料に転嫁される。
翌日以降の通常配送であれば、事前に効率的な配送ルートを作製して1台の車両で多くの配達先を回ることができるが、この観点からいうと即配は効率が悪く、基本的には1軒に1台、多くとも複数軒を1台で回ることになる。従来のラストマイルよりも非効率な仕組みであることも否めないのだ。
利用者目線では、配送料が高ければ高いほど当然手を出しにくくなる。小口の注文であればなおさらで、気軽な利用の障壁となるのだ。
自動運転技術がラストマイルの課題を解決
こうした問題の解決手段として期待が高まっているのが、自動運転技術だ。自動運転による無人化によって無人配送ができるようになると、人件費の負担が軽減する。そうすれば、ドライバー不足にも対応しながら配送料を抑制することが可能になる。
自動運転車、あるいは自動配送ロボット導入の初期費用は高額だが、ランニングコストを考慮すれば元を取ることができる。技術が向上すればするほど運用効率が上がり、普及すればするほどイニシャルコストも低下していく。
無人配送は現在はまだ実用・実証レベルだが、年を追うごとに技術は進化し、それに伴い導入メリットも大きなものへと変わっていくのだ。
■自動運転技術の導入例
米国ではStarshipやUberなどが無人配送を推進
海外では、米国・中国を中心にクイックコマースやクイックデリバリー分野への自動運転技術の導入が進んでいる。
自動配送ロボットのパイオニア的存在の米Starship Technologiesは、2023年5月に累計配達回数500万件を突破した。累計走行距離は1,000万キロに達したという。大学構内を主戦場としており、安全を確保しやすい点も普及を後押ししている。
車道を走行するロボットタイプでは、米Nuroの取り組みが際立っている。サービスパートナーにはウォルマートやクローガー、ドミノピザ、セブン-イレブン、FedEx、Uberなどが名を連ね、カリフォルニア州などで無人配送のサービス実証を進めている。
歩道を走行する自動走行ロボットと比較すると、車道を走行する分技術的要件が上がるが、より広範囲を素早くたくさんの荷物を積んで移動することができる。
Uberとは2022年にUber Eatsの食料品配達向けに複数年にわたる提携を交わし、ロボット配送のサービス実証を開始した。ロボットがギグワーカーに代わって配達を行う取り組みだ。
UberはNuroのほか、自動配送ロボットを開発するServe Roboticsや、自動運転開発企業のMotionalやWaymoなどとも提携を交わし、それぞれ無人配送に向けた取り組みを進める構えだ。
【参考】Uberの取り組みについては「Uber、いよいよ「自動運転化」を本格化!ライドシェア&配達で」も参照。
このほか、EC大手Amazonも自動配送ロボット「Scout(スカウト)」の開発に熱を入れていたが、業績悪化に伴い2022年に研究開発を凍結した模様だ。
【参考】Amazonの取り組みについては「Amazonが大失着?自動運転部門の縮小は「未来へのリスク」」も参照。
中国でも開発プレーヤーが続々
中国では、スタートアップのNeolixをはじめ、アリババ傘下のCainiaoや京東集団など、開発プレーヤーの裾野が非常に広がっている。クイックデリバリー関連の大々的な取り組みは大きく報じられていないものの、一度火が付けば即座に横展開が始まる国だ。クリックデリバリー×無人配送の各社の動向に注目したい。
なお、Neolixの車体は、京セラコミュニケーションシステムが日本国内での実証に活用している。
【参考】京セラコミュニケーションシステムの取り組みについては「LINEが活躍!自動配送ロボのお届け通知で使用 北海道で実証」も参照。
ZMPやパナソニックなどがサービス実証に着手
日本国内でも自動配送ロボット開発は熱気を帯びている。パイオニア的存在のZMPをはじめ、パナソニック、ティアフォー、Hakobot、LOMBYなど、年々開発プレーヤーが増えている印象だ。
ZMPは、ENEOSホールディングスとエニキャリとともに複数店舗の商品を宅配するサービス実証に着手している。
パナソニックは楽天や西友などと手を組み、神奈川県横須賀市や茨城県つくば市で店舗近隣への配送実証に力を入れている。
LOMBYは2023年にスズキと共同開発契約を交わし、ラストマイル物流への配送ロボットの供給を目指す構えだ。
出前館は2023年8月、ビル内において自動配送ロボットを活用した無人配送の取り組みを開始したようだ。
【参考】出前館の取り組みについては「出前館、ついにデリバリーの最終工程を「自動運転」化!配送ロボを活用」も参照。
■【まとめ】配送コスト低減がカギを握るクイックコマース
小口注文が多くなりがちなクイックコマースにおいては、配送にかかるコストをどれだけ削減できるかがカギを握ることになりそうだ。
そして、コストを抑えつつ効率的な配送を実現するのに、自動運転技術の活用が近道となることは間違いない。
技術のさらなる向上と社会受容性の高まりが欠かせないところだが、そのためには無人配送のサービス実証あるのみだ。小売業界とロボット開発勢の協業がいっそう加速していくことに期待したい。
【参考】関連記事としては「自律走行ロボットの種類は?(2023年最新版)」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)