タクシー大手・日本交通の川鍋一朗会長が「世田谷区の細い道を全部自動運転するには30年はかかる」との考えを示していたことが、このほど判明した。自社運営のYouTubeチャンネル「日本交通 人事担当」に川鍋会長が登場し、視聴者からの質問に回答する形で考えを示した。
川鍋会長は全国ハイヤー・タクシー連合会の会長などを歴任する業界のリーダーであり、その発言には重みがある。川鍋会長はどのような根拠をもとに自動運転普及に向けた予測を立て、また自動運転技術・サービスに対しどのようなスタンスでいるのか。その真意に迫る。
記事の目次
■川鍋会長の発言概要
自社YouTubeチャンネルで視聴者に回答
川鍋会長が登場したのは、同社人事が運営するYouTubeチャンネルだ。「今までの10年と、これからの10年」を副題に据えた回のスペシャルゲストとして招かれ、自社やタクシー業界のこれまでの10年と今後の10年間における変化について語っている。2022年にアップされた動画だ。
後半では、視聴者からの質問に川鍋会長が回答するコーナーも設けられ、視聴者から「自動運転の技術がタクシー業界でオーソドックスになるまでの行程として、会長が考える道のりは?また、どの行程のどういった面で自動運転技術を扱いたいと思うか」といった質問が寄せられた。
「港区の坂や世田谷区の細い道を全部自動運転でいくのは30年かかる」
川鍋会長は「まず実用化されるのは、幹線道路を走るバスみたいなもの。細かい道路を入らない、大きな道路だけを行くもの。(そう考えると)やはりタクシーではなくバス。それがかなり見られるようになるのが10年後、相当見られるようになるのが20年後」と話す。
その上で「港区の坂や世田谷区の細い道を全部自動運転でいくのは30年かかる。あるいは、こういった一部道路には自動運転車は入れないようにするか。それほど自動運転というものは難しい。広いところをまっすぐに走る大きなバスみたいなものは、相当できる余地はある。それでもしばらくは予備で人(スタッフ)が乗っているという状況になると思う」とした。
「幹線道路を走るバスなどからスタートし、無人化は10年で1割も無いんじゃないかな、20年後に6割いけば良いんじゃないか」とし、「運転は車がやってくれるため、スタッフは途中で止まった際に安全確認をして合図を送るなど、基本はどちらかというと乗っている複数のお客様との会話などホスピタリティが求められるようになる。運転技術とともにホスピタリティが重要になり、そこを磨かないといけない。タクシー乗務員に求められる要素が相当変わっていく」と締めくくっている。
▼【日交さんいらっしゃい!DX】会長TOPセミナー開催!スペシャル ~今までの10年と、これからの10年~【日本交通(株)】(※自動運転に対する回答は49分過ぎ)
https://www.youtube.com/watch?v=P_pPpI1rUzY
過去の配信でも「自動運転はイレギュラーに弱い」
川鍋会長は、2021年にアップされた動画「【日本交通会長インタビュー】タクシー業界の逆風や歴史から予測する“移動”の未来とは?【自動運転タクシー】」の中でも同様のことを語っている。
自動運転は歩車分離できない場所やイレギュラーなものに弱く、込み入った道路などを克服するにはまだまだ時間がかかる――とし、「タクシー乗務員がいらなくなる日は30年後も恐らく来ない。我々はテクノロジーを味方につけ、自動運転機能を味方につけ、モビリティの進化の最前線に居続けることが大事」と締めくくっている。
▼【日本交通会長インタビュー】タクシー業界の逆風や歴史から予測する“移動”の未来とは?
https://www.youtube.com/watch?v=zBNJfz2hvyU
■発言の真意を探る
川鍋会長は最新テクノロジーの導入に積極的
こうした見解を表面だけなぞると、川鍋会長は「自動運転にネガティブなのか?」――と思う方もいるかもしれないが、むしろ推進派だ。自動運転に関してはあくまで冷静な目線で捉え、海外とは異なる日本特有の狭く込み入った道路まで全て対応するには30年かかるのではないか――とする見解だ。
路線があらかじめ定まっているバスと異なり、タクシーは客の要望に応え可能な限り運転しにくい道でも走行しなければならない。全ての公道をODD(運行設計領域)に収めるには、30年かかる――といった趣旨の発言なのだ。
日本交通は最新テクノロジーに対しては実に意欲的で、いち早くタクシー業界のDX化に取り組み、自動運転実証などにも積極的に参加している。タクシーDX化の象徴は、配車アプリ「GO」だ。スマートフォンの本格普及が始まった2011年、川鍋会長自らが陣頭指揮を執り、スマートフォン向けの配車アプリをリリースした。海外スタートアップに見劣らない先見性だ。
その後、アプリや運用を手掛ける子会社名を「JapanTaxi」に改称し、2020年にはDeNAの同業部門と合併し、合弁「Mobility Technologies」として新たなスタートを切った。アプリ名は「GO」に改称され、2023年4月に企業名も「GO」としている。
この10年で業界は大きく変化
冒頭の動画で、川鍋会長は「タクシー業界におけるこの10年の変化は、前の100年の変化より大きい」と語っている。その理由にスマートフォンを挙げ、「10年前はタクシー業界はまだオペレーション産業だったが、今は半分オペレーション、半分テクノロジーと産業の本質が変わった。ITをやらなければならない。そのITをやるのがMobility Technologies(現GO)」と話す。
今後に関しては、「次の10年の進化はこの10年の進化より早い。ようやく道具が揃った感じで、アプリも浸透してキャッシュレスも普通になり、ようやくさらなる進化を実際に感じてもらえるフェーズに入った。相乗りなど、移動に新しいオプションができ、これからの10年間で一般化する」という。
全国ハイヤー・タクシー連合会は過去、事前確定料金や定額運賃、変動迎車料金、相乗りなどの導入に向けたアクションプランを発表し、業界を通じた改革を推し進めている。実際、相乗りサービスや変動料金制(ダイナミックプライシング)が実現するなど大きな成果を上げている。
スマートフォンの活用により可能となるサービスは多い。川鍋会長が発言している通り、今後の10年間はさまざまなサービスの導入・本格普及期に入る可能性が高そうだ。
【参考】タクシー業界の取り組みについては「タクシー2.0時代、20の革新 自動運転やMaaSも視野」も参照。
■日本交通とGOの自動運転関連の取り組み
DeNAと事業統合、モビリティ革新へ
日本交通は2020年2月、子会社JapanTaxi(現GO)とDeNAのモビリティ部門の統合を発表した。配車アプリの統合をはじめ、モビリティサービス全般にイノベーションを起こす構えで、将来的には自動運転を含む革新的な技術の導入を図っていくとしている。
新たに設立されたMobility Technologiesは現在GOに社名を変え、パートナー企業とともに自動運転実証などを進めている。
【参考】DeNAとの取り組みについては「JapanTaxiとDeNAの配車アプリ事業、統合へ 自動運転技術の導入も視野」も参照。
ZMPらと自動運転×MaaS実証
日本交通は2019年、ZMPら7社で空港リムジンバスと自動運転タクシー、自動運転モビリティを連携させたMaaS実証を東京都内などで行うと発表した。
両社のほか、東京空港交通、東京シティ・エアターミナル、日の丸交通、三菱地所、JTBが協同し、2020年1月に空港と周辺施設などを結ぶサービス実証を行っている。
【参考】自動運転を活用したMaaS実証については「「お金を受け取る」MaaS実証、自動運転タクシーなど活躍 東京都内と空港結ぶ」も参照。
ティアフォーらと自動運転タクシー実装へ
JapanTaxiとティアフォー、アイサンテクノロジー、損害保険ジャパン日本興亜、KDDIの5社は2019年11月、自動運転タクシーの社会実装に向け協業を行うと発表した。
ティアフォーの自動運転システムをトヨタ製JPN TAXIに統合し、自動運転車の構築とサービス実装を進めていく方針で、2020年から東京都内で実証を進めている。
国内では数少ない自動運転タクシー関連の取り組みで、今後の進展に期待したいところだ。
【参考】自動運転タクシー実装に向けた取り組みについては「トヨタ製「JPN TAXI」を自動運転化!ティアフォーやJapanTaxi、無人タクシー実証を実施へ」も参照。
羽田空港周辺でARMA運行に協力
羽田空港に隣接する複合施設「HANEDA INNOVATION CITY(HICity)」を舞台にした自動運転シャトルサービスにも日本交通が関わっている。
BOLDLYとマクニカ、鹿島建設、羽田みらい開発とともに2020年9月から「NAVYA ARMA」を活用したバスの定常運行を行っている。敷地内の運行をはじめ、羽田空港第3ターミナルまで公道を走行して送迎する実証も進められている。
【参考】ARMAを活用した取り組みについては「自動運転バス・シャトルでの移動サービス一覧(2023年最新版)」も参照。
■【まとめ】会長の予測を上回る進化に期待
日本交通やGOは、モビリティサービスプロバイダーとしてタクシー関連にとどまらず広く自動運転実証に携わっていることが分かった。川鍋会長は、否定的な意味で自動運転タクシー実装の困難を説いているわけではなく、経験や知識に基づくリアルな考えを示しているのだ。
現実問題として、初期の自動運転タクシーは完全に自由な移動を行うものではなく、ODDを細かく設定し、走行可能な道路を対象に乗降ポイントを複数設置する形で実用化される可能性が高い。どこでも乗り降り可能とする柔軟な運行には時間を要するものと思われる。
しかし、レベル4が解禁され、国内でも今後公道実証が盛んに行われることが予想される。豊富な実証経験を糧に、会長の予測を上回る進化を遂げることに期待したいところだ。
【参考】関連記事としては「自動運転はどこまで進んでいる?(2023年最新版)」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)