トヨタとソフトバンクの共同出資会社として2019年2月に事業を開始し、2年半が経過したMONET Technologies株式会社(モネ・テクノロジーズ)。独自に立ち上げた企業横断型のコンソーシアムにはすでに600社以上が加盟し、モビリティ業界の革新に向け突き進んでいる。
印象的なのがスピード感だ。コンソーシアムにおける仲間集めもそうだが、次世代モビリティサービスの提供に向けた自治体との連携、実証実験の実施、MaaS関連サービスの提供と、矢継ぎ早にさまざまなプロジェクトを発表・前進させている。
そんな中、自動運転ラボは今回、MONET Technologiesの副社長兼COO(最高執行責任者)である柴尾嘉秀氏にインタビューを申し込んだ。このようなスピード感を実現できる組織としての強さの源泉、そして現在すでに提供を開始しているサービスの狙いを探るためだ。
この記事では、自動運転ラボの発行人である下山哲平(株式会社ストロボ代表取締役社長)による柴尾氏へのインタビューの模様をお届けする。
【柴尾嘉秀氏プロフィール】1990年にトヨタ自動車株式会社に入社。車両製造・国内営業・モータースポーツなどのリアル領域を経験する一方、デジタルマーケティングやテレマティクスなどのデジタル領域も担当。2019年2月にMONET Technologies株式会社の代表取締役副社長 兼 COOに就任し、現在に至る。
記事の目次
■情熱的な出向社員、システム・事業企画・営業で計120人ほど
自動運転ラボ まず御社の組織形態について教えてください。出資会社であるトヨタやソフトバンクなどからの出向社員が多いのでしょうか。
柴尾氏 基本的に社員は出資企業からの出向者で構成しています。MONET Technologiesでの直接採用は行っておりません。
自動運転ラボ それは意外ですね!
柴尾氏 出資会社の中から、システム領域・事業企画領域・営業領域に合った人材を出していただいています。出向と言いながらも皆さん本当に情熱的で、MONET Technologiesの生え抜きの社員と言っても過言ではありません。出向人数は出資いただいている割合とほぼ同様です。
【参考】MONET Technologiesの株主構成は、ソフトバンクが37.3%、トヨタ自動車が37.0%、日野自動車とホンダが各10.0%、いすゞ自動車とスズキ、SUBARU、ダイハツ工業、マツダが各1.1%となっている(2021年7月時点)。株主構成については「企業情報|MONET Technologies」から確認できる。
自動運転ラボ 出向社員は総勢で何人ぐらいいらっしゃるのでしょうか。また、エンジニアが多いのでしょうか。
柴尾氏 関わっているメンバーは120人ほどで、システム領域・事業企画領域・営業領域の3領域で3分の1ずつくらいです。ちなみに、車両や自動運転に関わるセクションでは、OEMメーカー(完成車メーカー)系のメンバーが多いです。
自動運転ラボ 現状では御社に直接入社するルートはないとのことですが、入社を希望されている人はたくさんいると思います。
柴尾氏 ありがたいことに、そういうお声もいただいております。
■モビリティを通じ、生活者をさまざまなサービスにつなげる
自動運転ラボ 御社のサービス開発の根底にある理念・方向性を教えてください。
柴尾氏 我々は「生活者」を中心に据え、その生活者をモビリティを通じてさまざまなサービスにつなげていくことを目指しています。
これまで、生活者のそばにあるマイカーが外のサービスとの接点となってきた時代が長く続いてきましたが、「所有から利用へ」といった時代の流れや、高齢世代による免許の自主返納が進んでいることもあり、マイカーの代わりとなるサービスとの接点が必要になってきます。まさにその接点をつくろうと、モビリティを軸としたサービス開発に取り組んでいます。
そして、常に自動運転時代をバックキャスト(※編注:未来から振り返って今すべきことを見定めること)しながら取り組んでいくことを意識しています。将来、自動運転技術を活用した移動サービスを各自治体さんにスムーズに導入していきたいというビジョンも含んでいます。
■オンデマンドバスやマルチタスク車両、38自治体で導入
自動運転ラボ 現在自治体向けに提供しているソリューションや、導入件数などについて教えてください。
柴尾氏 自治体様に向けては、例えばオンデマンド型のバスやタクシーのほか、車内のレイアウトを変更してさまざまな用途で活用できる「マルチタスク車両」などを街に導入する取り組みを進めさせて頂いております。導入件数は38件まで増えました。
まず「人の移動」向けにオンデマンド型モビリティに取り組み、その次に「サービスの移動」としてマルチタスク車両などの取り組みを始めたという流れです。
自動運転ラボ 群馬県富岡市では、ミニバン車両を使ったオンデマンド乗合タクシーを街全体で使えるように取り組んでいると聞きました。
柴尾氏 富岡市では今年(2021年)1月にスタートした当初は乗降ポイントは300カ所でしたが、市民の皆様の声を聞きながら乗降ポイントをどんどん増やし、現在は397カ所まで増えました。
富岡市の市長様も「マイカーがなくなっても生活できるまちにしたい」という思いを強く持っており、我々も全力で取り組みを前進させていきたいと思っています。
乗合タクシーの利用者は増え、月3,000回以上運行しています。富岡市では、公共交通を6台の乗り合いタクシーに統一したのが一番の特徴です。また将来的にはモビリティを使って、さまざまなサービスの提供やモノの移動にも取り組んでいくことを視野に入れています。
【参考】富岡市で運行しているデマンド型の乗合タクシーは、MONET Technologiesのスマートフォンアプリか電話で乗車の予約ができる。市民などは1乗車100円で利用でき、未就学児は無料で利用できる。地元のタクシー会社が運行事業者となり、サービスが提供されている。詳しくは「市内全域におけるデマンド型乗合タクシー(愛タク)の運行について|富岡市」も参照。
■サービスの移動に注力!マルチタスク車両で住民のもとへ
自動運転ラボ 先ほど触れられたように、「人の移動」だけではなく「サービスの移動」にも取り組むというのは、非常に興味深いです。具体的な取り組みを教えてください。
柴尾氏 サービスの移動については、行政を移動させるトライアルを2021年1月から福島県いわき市で始めました。
自動運転ラボ 「行政を移動させる」とは、一体どういうことでしょうか。
柴尾氏 先ほど紹介したマルチタスク車両が市内のさまざまな場所に移動し、その車両を通じてオンラインで市民からの相談などに応じる仕組みです。市役所における行政サービスの窓口を、そのまま移動させてしまおうという発想です。
具体的には、市民の方にマルチタスク車両に乗ってもらって、モニターを通じて市役所の担当職員の方と話してもらう形です。この取り組みはいわき市役所全体で取り組んで頂いておりまして、第2弾の実証実験の実施も検討を進めています。
自動運転ラボ サービスの移動に関しては、御社の「医療MaaS」の取り組みも大きな注目を集めました。
柴尾氏 医療MaaSは、ポータブル医療機器やビデオ会議用の端末など、遠隔診療用の機器を積んだ車両に看護師さんが乗って患者さんがいる場所まで移動し、医師が病院にいながらオンライン診療をできるようにするというものです。長野県伊那市や静岡県浜松市などとの取り組みです。
コロナ禍で「コンタクトレス」に注目が集まったこともあり、多くの自治体様からお問い合わせをいただいております。
【参考】関連記事としては「自動運転・MaaSは「医療」にも貢献する」も参照。
■自動運転シャトルでの移動サービスも開始、小売MaaSの実証も
自動運転ラボ 自動運転車を活用した移動サービスについてはいかがですか。
柴尾氏 広島大学の東広島キャンパス内で定路線の自動運転シャトルを運行しています。現在は大学構内という「私有地」ですが、秋口には公道に運行エリアを拡大する予定です。
有人車両での「小売MaaS」の実証実験も並行して進めており、ゆくゆくは自動運転シャトルの公道走行と小売MaaSを合体させることを目指しています。シャトルとして人の移動に貢献しつつ、近隣のスーパーの商品配達も同時に行います。
自動運転ラボ 「小売×MaaS」や「小売×自動運転」は非常に親和性が高いですよね。
柴尾氏 そうですね。ただし利用を促進するためには、高齢者を含めた住民の皆さんのデジタル化が必要だと感じています。
モビリティの観点だけで考えるのではなく、まちのDX(デジタル・トランスフォーメーション)などとも歩調も合わせながら、さまざまな関係者の方々とともに、周辺課題をクリアしていく必要があります。そして住民の方々に喜んでもらえるMaaSにしていきたいという思いがあります。
我々は生活者の方々と会う機会も多いので、先に述べたような医療が移動してくるサービスを導入したことで、病院への通院が困難だった人の喜んでいる声も直に伺っています。そういった声を聞くと、やはりモビリティサービスは生活の景色を良い方に変えていける力を持っていると感じます。
そしてさらに、自動運転といった新しい技術が入ってくればますます良くなるはずなので、自信を持って事業を前進させていきます。
【参考】関連記事としては「東広島市で「自動運転車で小売りMaaS」実現へ!ソフトバンク、連携協定を締結」も参照。
■サービスの軸は「システム」「モビリティ」「ノウハウ」
自動運転ラボ ただ単にモビリティを提供するだけではなく、さまざまな角度から色々な課題に挑戦しようとしているのですね。
柴尾氏 我々の提供していくサービスの軸は「システム」「モビリティ」「ノウハウ」です。例えば「ノウハウ」としては、法規対応や交通事業者様との連携、成果を出すための仕組みなどを、各自治体様にしっかりと提供していければと思っております。
「システム」についてはオンデマンドモビリティや医療MaaSを予約するための「MONETアプリ」など、「モビリティ」についてはマルチタスク車両のほか、将来的には自動運転の車両をラインナップし、パッケージとして提供していきたいと考えています。
コンソーシアムの加盟企業様と自治体様をマッチングする取り組みも進め、企業と自治体が連携するモデルの構築も推進していきます。
【参考】関連記事としては「MONET、オンデマンドバスをワンパッケージで提供!専用スマホアプリも公開へ」も参照。
■気になるMONET Technologiesのマネタイズのポイントは?
自動運転ラボ マネタイズに関してはどのように考えていますか?
柴尾氏 モビリティを活用したサービスを各地域に持続可能なモデルとして導入し、導入後もしっかりと関わっていきたいと思っています。自治体様とのプロジェクトで収益化するというより、導入したサービスでマネタイズを目指すという形です。
これまで我々のサービスを創りあげる過程において、数十もの自治体様から色々なことを現場で教えてもらい、厳しいお声も頂きながらさまざまな改善をしてきました。今後もこうしたお声やリクエストをヒントに、システム・モビリティ・ノウハウをバージョンアップさせていきます。
自動運転ラボ 各地域には既存の交通事業者がおります。御社としては、どのような関係を築いていきたいですか。
柴尾氏 モビリティを使った実際の交通オペレーションについては、これからも既存の交通事業者様に担っていただくことが最適だと思っており、我々は「サービスの移動」に関わるプラットフォームづくりに特に注力していきます。
そしてもちろん、各OEM様に出資いただいているという強み、コンピタンス領域としてモビリティの強さという部分をしっかりと会社として持ち続け、移動とサービスを連動させながら事業領域を拡大していくことを意識しています。
その上で、本当に自治体様や生活者の方々にとって役に立つ移動サービスなのか、喜ばしい移動サービスなのか、モビリティのオペレーションはどうあるべきか、地元で事業をされているサービサーの皆様としっかりとつないでいくことが本当にできるのか、ということを、実証を通じて検証しています。
「行政MaaS」や「医療MaaS」などのサービスを地域の皆さんとつくっていき、それらをうまくパッケージ化してプラットフォームに載せ、他の地域の皆様にも展開できるようにしていきたいと思っています。
■「移動×メガネ販売」に秘める可能性、鍵は「高付加価値」
自動運転ラボ マルチタスク車両で展開するサービスとして、行政サービスや医療サービス以外に検討しているものはありますか?
柴尾氏 マルチタスク車両は、シートを全部はずして空間だけにもできますし、10人乗りのワゴンとしても使えます。また、車内にはモニターやテーブルなどを設置することもできます。現在、MONETコンソーシアムの企業の皆さんに実車を見てもらい、アイデアを出してもらっています。
そのアイデアをマルチタスク車両で試してもらい、サービスの需要がしっかりあることが確認できれば、そこから本格的に専用車両をつくっていきます。
ただし、特定の曜日や時間帯に需要が偏っている場合は専用車両にしてしまわず、月曜日は荷物の配送に使い、火曜日は人の移動に使い、水曜日には医療機器を積み、というようにして、1台の車両の稼働率を上げていく使い方をしてもらおうと思っております。
専用車両としてつくる場合は、コスト回収が可能な高付加価値なサービスが必要です。そこでまだアイデアベースですが、ちょっと夢のある話ですと、メガネ屋さんを移動させる、というアイデアがあります。
いわば「移動メガネ販売サービス」とも言えるこのアイデアは、高齢者の方に喜んでいただくことができ、視力の計測や状況把握などの付加価値があり、ある程度お金をいただけるようなサービスになるはずです。メガネだけではなく補聴器も作れるようになれば、よりコスト回収がしやすくなるはずです。
■データの有効活用でMaaSが持続可能な循環型モデルに
自動運転ラボ 事業として「データ解析サービス」の展開も視野に入れておられますが、どのような方向性でサービスインに向けて取り組まれていますか。
柴尾氏 データの有効活用は当初から検討している領域です。そこでしっかりマネタイズできれば、MaaSが持続可能な循環型モデルとなります。
正直なところ、当面モビリティはサービス事業者にとって重いコストとして扱われると思います。そのコストを何で補っていくかといったときに、データは1つの手段になってくるかと思っています。
■取材を終えて
モビリティをどのように活用すれば、住民の暮らしをより豊かにできるか・・・。そのことを突き詰めているのがMONET Technologiesだ。
国内でこれほどのスピード感で自治体と取り組みを進めている企業は、ほかにあるだろうか。事業に取り組む熱意が感じられたインタビューだった。今後もMONET Technologiesの挑戦に注目し続けていきたい。
【参考】関連記事としては「MaaS実証加速、自治体との連携も(ソフトバンク×自動運転・MaaS 特集)」も参照。
大手デジタルマーケティングエージェンシーのアイレップにて取締役CSO(Chief Solutions Officer)として、SEO・コンテンツマーケティング等の事業開発に従事。JV設立やM&Aによる新規事業開発をリードし、在任時、年商100億から700億規模への急拡大を果たす。2016年、大手企業におけるデジタルトランスフォーメーション支援すべく、株式会社ストロボを設立し、設立5年でグループ6社へと拡大。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、早くもあらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。(登壇情報)
【著書】
・自動運転&MaaSビジネス参入ガイド
・“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)